福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2015年12月17日

少年法の成人年齢引下げ問題に関する意見(法務省の意見募集に関して)

意見

第1 意見の趣旨
 1 少年法第2条1項の定める「成人」の年齢を現行の20歳から引き下げるべきではない。
 2 若年者に対する刑事法制の在り方について検討を行うときも,少年法の成人年齢の引下げ問題とは切り離し,別途議論すべきである。

第2 意見の理由
1 公職選挙法の改正に伴い,少年法第2条1項が定める「成人」年齢について,これを引き下げるべきか否かの議論がある。
しかし,当会の本年6月25日付「少年法適用対象年齢引下げに反対する会長声明」で詳しく指摘したとおり,法律の適用対象年齢は,各法律の立法趣旨に照らして個別具体的に検討すべきであり,少年法の適用対象年齢についても,18歳・19歳の少年は未成熟であり,再犯防止策としては刑罰を科すよりも保護処分に付する方が適切であるとの立法趣旨に照らし,そして,子ども・若者の成長発達ないし最善の利益と犯罪予防などの社会全体の利益を実現する観点から,個別具体的に検討すべきである。そして,現行少年法の手続と教育的な処遇や環境調整等は再犯防止に効果を挙げるなど,有効に機能しているため,現行少年法が適用対象年齢を旧少年法(大正14年制定)の18歳未満から20歳未満へと引き上げた趣旨について,現時点においてこれを変更すべき合理的な理由は存在しない。適用対象年齢の引下げは,18歳・19歳の少年がこれまで受けることができた教育的な働きかけや環境の調整という機会を奪うこととなり,その結果,少年の立ち直り・更生の機会を奪い,再犯の可能性を高める結果を引き起こしかねず,少年にとっても社会にとっても不利益な結果となりかねない。
よって,少年法の「成人」年齢は引き下げるべきでない。

2 この点,自由民主党の政務調査会が本年9月17日に取りまとめた「成人年齢に関する提言」は,少年法の「成人」年齢について,「国法上の統一性や分かりやすさといった観点から,少年法の適用対象年齢についても,満18歳未満に引き下げるのが適当である」とする。
しかし,上記提言も,国民年金の支払義務や児童福祉法に定める児童自立生活援助事業における対象年齢などの諸法令については適用年齢引下げの対象外とし,飲酒・喫煙や公営ギャンブルについては適用年齢引下げの是非を引き続き検討するとしているように,やはり,法律の適用年齢は,各法律の立法趣旨に照らして個別具体的に検討すべきものである。上記提言の「国法上の統一性や分かりやすさ」との観点は,少年法の適用年齢を変更する根拠としては極めて薄弱であり,不十分であるといわざるを得ない。
そして,上記提言も認めるとおり,罪を犯した者の社会復帰や再犯防止という点で,現行少年法の保護処分が果たしている機能には大きなものがある以上,少年法の適用対象年齢を引き下げる必要はない。

3 法務省は,上記提言を受け,「若年者に対する刑事法制の在り方全般に関する意見募集」を行っているが,当会としては,以上の理由から,少年法の「成人」年齢の引下げについて,改めて強く反対する意見を表明するものである。
また,若年者に対する刑事法制の在り方については,本来,少年法の「成人」年齢引下げ問題とは別の,20歳以上の若年成人に関する検討課題である。従って,若年者に対する刑事法制の在り方について検討する場合であっても,それと少年法の「成人」年齢の引下げの是非とを関連付けて議論すべきではなく,両者は切り離して議論されるべきである。
                                   以 上


                    2015年(平成27年)12月17日
                    福岡県弁護士会  
                    会 長  斉  藤  芳  朗 

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2015年12月18日

死刑執行に関する会長声明

声明

1 本日、2名の死刑確定者に対して死刑が執行された。2015年(平成27年)6月に続くわずか半年の間の執行であることに加え、そのうちの1名は裁判員裁判による死刑確定者として初めて執行されたものであり、社会に与える影響も小さくない。
 現法務大臣のもとでは初めての執行ではあるものの、現政権の死刑に対する姿勢も踏まえれば、さらなる執行がなされることへの懸念はより一層高まっている。
2 死刑をとりまく問題状況について、従前から当会が指摘している点に何ら変わりはない。すなわち、死刑事件について、4件もの再審無罪判決が確定しており(免田・財田川・松山・島田各事件)、えん罪によって死刑が執行される可能性が現実のものであることが明らかにされた。また、2014年(平成26年)3月には、死刑判決を受けた袴田巖氏の再審開始と死刑および拘置の執行停止も決定され、現在もなお死刑えん罪が存在することが改めて明らかとされたばかりである。
  なにより、死刑は、かけがえのない生命を奪う非人道的な刑罰であることに加え、罪を犯した人が更生し社会復帰する可能性を完全に奪うという問題点を含んでいる。のみならず、死刑判決が誤判であった場合にこれが執行されてしまうと取り返しがつかない。かかる刑罰は、いかなる執行方法によったとしても、残虐性を否定することができない。
 それゆえ、死刑の廃止は国際的にも大きな潮流となっている。
このような問題を看過して次々と死刑を執行する姿勢には大きな疑義を挟まざるを得ない。
3 日本弁護士連合会も、上記のような死刑の問題状況を踏まえ、2014年(平成26年)11月に、「死刑制度の廃止について全社会的議論を開始し、死刑の執行を停止するとともに、死刑えん罪事件を未然に防ぐ措置を緊急に講じることを求める要請書」を提出して、有識者会議の設置や死刑に関連する情報の公開などを具体的に求め、全国民的議論が尽くされるまでの間、全ての死刑の執行を停止することに加え、死刑えん罪事件を未然に防ぐため、全面的証拠開示制度の整備や再鑑定を受ける権利の確立などを要請した。 
4 当会は、政府に対して、今回の死刑執行について強く抗議の意志を表明するとともに、今後、死刑制度の存廃を含む抜本的な検討がなされ、それに基づいた施策が実施されるまで、一切の死刑執行を停止することを強く要請するものである。


                   2015年(平成27年)12月18日
                   福岡県弁護士会会長  斉 藤 芳 朗

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2015年12月15日

消費者庁・国民生活センターの地方移転に反対する意見書

意見

2015年(平成27年)12月15日
福岡県弁護士会 会長  斉 藤 芳 朗

第1 意見の趣旨

1 消費者庁が,特命担当大臣の下で政府全体の消費者保護政策を推進する司令塔機能を果たすとともに,消費者被害事故などの緊急事態に対処し,所管する法制度について迅速な企画・立案・実施を行う機能を果たすためには,担当大臣,各省庁及び国会と同一地域に存在することが不可欠であり,これに反するような地方移転には反対である。

2 国民生活センターが,全国の消費生活相談情報の分析を踏まえて消費者保護関連法制度・政策の改善に向けた問題提起や情報提供を効果的に行うためには,消費者庁及び消費者委員会と密接に連携して分析及び情報交換を行うことが必須であり,また,消費生活センター・消費生活相談窓口支援の中核機関としての機能を果たすためにも地方移転には反対である。

第2 意見の理由

1 はじめに

政府は,政府関係機関の地方移転に係る道府県の提案を受け,目下「まち・ひと・しごと創生本部」に「政府関係機関移転に関する有識者会議」(以下「有識者会議」という。)を設置し,本年12月に考え方を取りまとめ,来年3月には基本方針を決定することとしている。その中で,徳島県から消費者庁と国民生活センターを同県に移転することが提案され,有識者会議で審議されている。

東京圏への一極集中は,地価の高騰,若年者の東京圏への大量流入,人口や各機関の集中による被害の大規模化と災害時の行政機能・産業の空洞化のリスクを増大させるだけでなく,地方の人口減少と人手不足,地域経済の縮小を増幅させるなど,我が国全体の活力の低下をもたらす事態となる。これを是正する方策として政府関係機関の地方移転を促進することは,その機関に関連する民間事業者の地方展開を促す効果も期待できる点で,地方の活性化に資する政策として評価できる。

ただし,地方移転に伴い当該政府関係機関が果たすべき本来の機能が大きく低下することとなっては本末転倒であるから,地方移転の対象機関を選定するに当たっては,この点の検証が不可欠である。そして,有識者会議の考え方として,道府県からの提案のうち「官邸と一体となり緊急対応を行う等の政府の危機管理業務を担う機関」や「中央省庁と日常的に一体として業務を行う機関」に係る提案,「現在地から移転した場合に機能の維持が極めて困難となる提案」などについては,移転をさせない方向性が示されている。

消費者庁・国民生活センターは,以下に述べるとおり,担当大臣の下で消費者委員会とも連携しながら,多数の省庁に分散している消費者行政を総合的に推進する司令塔として,「他の省庁と日常的に一体」となって業務を行っている。また,大規模な食品被害など国民の安心安全を脅かす事態が生じたときには,「官邸と一体となり緊急対応を行う」政府の危機管理業務を担っている。このため,現在地から移転した場合に本来の機能の維持が極めて困難となり,我が国の消費者行政全体の機能の後退につながるものとして重大な危惧を指摘せざるを得ない。これらの機能を果たすためには,担当大臣,各省庁及び国会と同一地域に存在することが不可欠である。有識者会議の考え方に照らしても,これに反するような地方移転には反対である。

当会は,消費者庁が創設されたことについて,当会管内で生活をする市民はもちろんのこと,国民全体の視点に立って見ても,その権利を守るうえで大変喜ばしいことであると捉えている。徳島県は,消費生活サポーターの養成と地域連携の推進など消費者行政の推進を先駆的に取り組んでいる地方公共団体として高く評価できるものの,消費者庁,国民生活センターの機能確保の観点から,これを他の省庁と切り離して地方移転することには反対せざるを得ない。また,消費者庁,国民生活センターと連携して消費者行政を担っている消費者委員会においても移転が検討される事態となれば,これについても反対せざるを得ない。

なお,移転の可否を審議している有識者会議には,利害関係を有する消費者代表も入っておらず,これを対象とする公聴会やヒアリングも予定されていない。消費者にとって重大な影響を及ぼすものであり,消費者代表などからの意見聴取をすべきである。

2 消費者庁の地方移転について
(1) 各省庁と連携し消費者政策推進の司令塔として機能する消費者庁

消費者問題は,食品や製品の生産・流通・販売・安全管理,金融,教育,行政規制・刑事規制など多くの領域に関わり,経済産業省・金融庁・農林水産省・厚生労働省・国土交通省・文部科学省・警察庁等をはじめとするほとんどの省庁と関連している。しかし,これらの各省庁による取組だけでは統一的な消費者行政の施策を適切に推進し実行していくことはできない。消費者庁は,様々な省庁と密接に連携し,政府全体の消費者行政の司令塔として,消費者保護施策を統括的に推進する役割を果たすために設置された(平成20年6月27日閣議決定「消費者行政推進基本計画~消費者・生活者の視点に立つ行政への転換~」。現行の消費者基本計画は,平成27年3月24日閣議決定「消費者基本計画」であり,同日付の消費者政策会議決定の「消費者基本計画工程表」も参照。)。

大多数の消費者関連法は依然として消費者庁でなく各省庁が所管しているが,その中で,消費者庁は,消費者保護のために立法や法改正を企画し実現しなければならない。設置されてわずか6年の,規模も小さい消費者庁が,大きな権限や機能を持つ関係省庁と協議し,様々な利害を調整して法改正を実現することは,決して容易なことではないが,消費者庁には関係省庁との日常的で密接な協議や調整を通じて,かかる統括的な役割を果たすことを期待されている。さらに,消費者庁は,各省庁の所管する法律を消費者保護の視点から統括的にチェックし,必要な修正も求めていかなければならない。このように,消費者庁には,消費者保護の政策を各省庁と一体となって,時に対立する利害を調整しつつ行っていくことが求められている。

また,消費者庁は,消費者被害事故の緊急時には情報収集をし,官邸と一体となって各省庁と連携しながら消費者安全のための施策を実施し,マスコミにも必要な発信をし,様々な緊急対応を行う等の政府の危機管理業務を担っている。

このような機能を担う消費者庁は,担当大臣や中央省庁と日常的に一体として業務を行う必要があり,現在地から地方移転した場合に機能の維持が極めて困難になると考えられる機関である。

(2) 緊急時における危機管理業務の担い手として

消費者庁は,消費者安全に関する重大事故発生時には,官邸と連絡を取りながら,関係大臣等を本部員とする緊急対策本部を速やかに開催し,関係省庁と連携して事態に対処しなければならない。即時に各方面から被害情報の収集をし,マスコミ等にも対応し,消費者の安全のための施策を適切に行う必要がある。

例えば,2013年(平成25年)12月29日,冷凍食品から農薬(マラチオン)が検出されたため,事業者から自主回収するとの発表がなされた事件では,消費者安全法を踏まえ,消費者庁は直ちに消費者向けに注意喚起した。事件発覚直後である年明け早々には内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全)が直接事業者と面談の上,情報提供等の要請を行い,さらに関係府省庁の局長級で構成する消費者安全情報総括官会議を開催するなどの施策が実施された。消費者庁は,食品衛生法を所管する厚生労働省をはじめ,食品安全委員会,農林水産省,警察庁等と連携し,情報の共有と被害の拡大防止等の対応にあたった(平成26年度版消費者白書19~24頁)。

なお,この消費者安全情報総括官制度は,消費者安全法を踏まえて消費者被害の発生・拡大を防止して安全を確保するため,緊急事態への即応体制を強化するために設けられた制度であり,消費者庁をはじめとして,食品安全委員会,警察庁,総務省,消防庁,文部科学省,厚生労働省,農林水産省,経済産業省,国土交通省,環境省の所定部署から構成されている(平成24年9月28日関係府省局長申合せ「消費者安全情報総括官制度について」)。消費者庁はこの会議の事務局を務めなければならず,消費者庁が直接に準備や出席をしなければ会議は成り立たない。

さらに,ホテル・レストランが提供する料理等のメニュー表示に関する偽装表示の問題では,消費者庁は内閣官房長官の下で「食品表示等問題関係府省庁等会議」を開催し,食品表示の適正化策を早期に策定した。

東日本大震災発生時には,消費者庁長官主宰で物価担当官会議を開催して,関係省庁と連携して震災後の生活物資確保を図っている。

また,防災や鳥インフルエンザ対策の政府の緊急会議がある場合には,消費者庁も直ちに参集する必要があるとされている。

このような多数省庁が関係する緊急事態は,消費者問題では頻繁に起こることであり,何ら珍しいものではない。こうした緊急事態においては,インターネットや電話などの遠方からの情報交換や情報発信では到底足りず,数時間以内に対面での会議を開き,官邸や省庁を回って情報収集と情報共有を行い,記者会見などを行う必要がある。場合によっては問題になった製品・食品そのものを関係省庁やマスコミに示すなどして迅速・確実な情報伝達をすることも必要になる。消費者庁が地方に移転した場合,これらの点について中央にいるのと同様の機能を果たすことは極めて困難である。特に上記のとおり,消費者庁が緊急時に事務局を担当する消費者安全情報統括官会議の現場に消費者庁の職員が不在ということは考えられず,会場設営,資料配付等の事務局作業を地方にいながら行うのは不可能である。

以上のように,消費者庁は,こうした緊急事態に司令塔としての機能を有し,短期間に官邸と連絡を取り調整し,会議を招集し,関係省庁との協議を行い,国民に周知させ,製品等の回収を実施していく責務を負っている。仮にかかる緊急対応を地方において行おうとすれば機能低下が避けられず,対応の遅れによっては消費者の安全に関わる深刻な事態を引き起こしかねない。

(3) 官邸・関係省庁・国会との直接協議による消費者行政の司令塔機能の発揮
消費者庁は,日常的に官邸と密接に連絡をとり,各府省庁と調整して政府全体の消費者行政の司令塔機能を果たしている。消費者庁が多数省庁との関係において消費者行政の司令塔機能を持つことは,消費者庁構想を決定した消費者行政推進基本計画の段階から明らかにされているところであり,政府全体の消費者行政の5カ年計画である消費者基本計画においても確認されている(平成22年3月30日閣議決定の消費者基本計画1頁,平成27年3月24日閣議決定の消費者基本計画1頁等)。

① 総合調整権限の発揮

消費者問題を担当する内閣府特命担当大臣は,消費者の権利尊重,自立の支援を実現し,消費者が安心して安全で豊かな消費生活を営むことができる社会の実現のため,基本的な政策を実施する。このため関係行政機関の長に対して資料提供,説明要求,勧告,勧告に基づく措置の報告要求,勧告した事項に関する内閣総理大臣への意見具申などの権限を持つ。この権限は,消費者庁創設に際して,消費者行政における総合調整権限の重要性から明確化されたものであり,この総合調整権限行使のための事務局は,当然ながら消費者庁が担っている。

そして,消費者庁は,政府全体の消費者行政の5カ年計画である消費者基本計画を策定し,そのフォローアップをすることで,関係省庁への司令塔機能を果たしている。

上記の事例でも明らかなとおり,緊急事態などにおいては,官邸及び特命担当大臣と密接な関係の下に,消費者庁が業務を担って関係省庁と総合調整の機能を果たしているのである。こうした機能を果たすためには消費者担当大臣の理解・協力が不可欠であるが,担当大臣が中央に残る場合,担当大臣との緊密な連携が阻害されることも懸念され,担当大臣が霞が関にいて,消費者庁が地方にあるという状態は,この点からしてもおよそ無理と言う他はない。

かかる調整機能の具体的な発動場面においては,対応に消極的な省庁を説得して協力を促すことが何よりも必要であるところ,電話やテレビ会議等では説得力に欠けることも想定され,「直談判」によるねばり強い対応が求められる。また,事案によっては問題になった製品そのものを示して説明することでより正確で深い理解が可能となることもあるのであり,面談による調整権限の行使は極めて重要である。

② 措置要求の権限の行使

消費者庁は,消費者被害の発生又は拡大の防止を図るため,他の省庁が所管する法律の権限を当該省庁が実施する必要があると認めるときは,当該措置の速やかな実施を求めることができる(消費者安全法第39条)。

すなわち,消費者庁は,他省庁が担っている消費者問題についても,常に適切に業務が遂行されているか注意を払い,必要があれば関係省庁に働きかけていく必要がある。

③ 隙間事案への対応の必要

所管法・所管大臣がない場合の,いわゆる隙間事案については,消費者安全法第40条(事業者に対する勧告・命令),第41条(譲渡等の禁止又は制限),第42条(回収等の命令)などの規定を活用し,消費者庁が直接対応することとしている。

しかし,隙間事案であるかどうかは,各省庁間で必ずしも認識が共通でない場合も多いと考えられるので,緊急事態への対応のためにはこの場合においても他省庁と迅速な協議を経ることが必要である。

例えば,こうした隙間事案の典型例として挙げられるミニカップ入りこんにゃくゼリーの安全性の問題では,まさにカップの形状やゼリーの固さ,テクスチャ(表面の手触り・触感)の在り方が議論の対象となる。仮にこの問題が緊急的に検討されることとなれば,当然関係省庁や関連事業者等と面談で説明・協議することが不可欠となる。

④ 関係省庁との日常的な会議等の実施

消費者庁が,上記のような消費者行政を司令塔として推進する上では,産業育成や教育研修を担う省庁(経済産業省,厚生労働省,農林水産省,国土交通省,文部科学省,総務省,金融庁など)との会議と議論が日常的に行われている。

特に今日の社会では,高齢者の消費者被害,インターネット取引被害,不当表示被害など,次々と深刻な消費者被害が発生している。そのため,関係する政策の実施や法改正作業を迅速かつ頻繁に行うことが今後も必要となってくる。

このため,消費者庁では,消費者関連法の改正作業が頻繁に行われている。最近では,消費者安全法,景品表示法の改正,消費者裁判手続特例法の創設などが行われ,現在でも,特定商取引法,割賦販売法,消費者契約法,公益通報者保護法の改正のための検討作業が行われている。これらの法改正においては,関係省庁との密接な直接参加の会議などの協議が不可欠である。

1つの消費者政策を実現するためには,産業育成担当省庁などから反対されることがしばしばあり,これらの関係省庁を粘り強く説得していく必要がある。そのためには,日常的に会議を開き,各省庁の職員同士が直接会って議論することによってようやく施策が前進している実情がある。

これらの省庁と消費者庁だけが離れることになれば,産業育成担当省庁への説得機能が減退し,消費者庁の司令塔機能が後退する懸念が大きい。

⑤ 国会対応について

消費者政策においては,上記のとおり関係する法改正作業を迅速かつ頻繁に行うことが重要である。

これらの法改正においては,関係省庁との調整はもとより,法案立案作業の過程で内閣法制局と頻繁に協議を行い,更に国会への対応が必要となる。

衆議院,参議院ともに「消費者問題に関する特別委員会」が設置されるのが通例であり,消費者庁はここに出席し,検討される消費者問題や法改正について長時間にわたる説明等の対応が求められる。また,各政党の消費者問題に関する調査会,勉強会が頻繁に開催されており,これへの出席や説明も求められている。

さらに,実際の法改正の審議においては,審議に当たる国会議員に個別に趣旨や内容を直接説明する必要も多い。個々の議員への個別説明をテレビ会議等で行うことは,インフラ整備や議員との信頼関係維持という点で限界があり,地方移転を行った場合に著しい支障を来すこととなる。

以上のとおり,毎年法改正の課題を抱えている消費者庁の国会対応が地方移転によって十分に行えなくなるとの危惧がある。

(4) 福岡県からのアクセスという視点から見たときの問題点

また,福岡県からのアクセスという視点から見ても,たとえば,消費者庁が徳島県に移転された場合,消費者庁へのアクセスの円滑性を損なうことになる。

すなわち,福岡県下には,「消費者支援機構福岡」という適格消費者団体としての認定を受けている消費者団体が存在しており,同団体の理事長や理事には当会の会員が名を連ね,その他にも同団体の活動には当会からも多数の会員が協力をしている。そして,適格消費者団体は,消費者契約法の定める差止関係業務などに関して,消費者庁と緊密に連携をとる関係にあり,ヒアリング等が行われる際には消費者庁に出頭するということも行われている。

そうした実態に則って考えると,福岡から徳島に移動することを考えた場合,航空機で移動するとすると,現在,福岡空港と徳島阿波おどり空港を結ぶ便は,1日に往復各1便しかない。しかも,その便は,福岡(11:30発)→徳島(12:30着),徳島(13:00発)→福岡(14:10着)であるため,消費者庁が東京にある現状と比較すると,移動の利便性は著しく損なわれることになり,出頭が現実的には不可能となることも考えられる。さらに,鉄道を用いる場合でも,JRを利用した場合,博多駅から徳島駅までは新幹線と特急を乗り継いで片道4時間を要することになり,やはり福岡・東京間の移動よりも利便性に劣ることになる(福岡・東京(羽田)間は,航空機で2時間強で移動可能である。)

このことは,延いては消費者行政に対する福岡県からの意見が,消費者庁に適切に届けられなくなるという重要な問題につながりうる。福岡市,北九州市の2つの政令指定都市を持つ福岡県は,2014年11月1日時点で推計509万3885人の市民が生活する大都市であり,これまでも,そしてこれからも,消費者行政を策定する際に,重要な位置を占める都市であると考えられる。

そうすると,福岡県から消費者庁へのアクセスが阻害されてしまうことは,全国的視点から見ても,消費者行政にとって決して望ましいことではない。

(5) 小 括

以上のように,消費者庁は,自ら所管する法の執行を担うほか,担当大臣の下で消費者行政の司令塔として,緊急の事態には関係省庁と対応の協議を行い,所管省庁がない場合には隙間事案として自ら対応し,所管省庁が所管法に基づく措置を取らない場合には措置要求を行うなどの責務を担っている。そして,関連省庁が行う法改正に対しても意見を述べ,消費者政策全般に関する消費者基本計画の作成・見直しを行い,その作業過程において各省庁の関連部局と情報交換や施策実施の要請を行う役割がある。こうした司令塔機能を果たすためには,霞が関の各省庁に近接して消費者庁が所在し,いつでも関係部局の担当者と面談協議や資料提出要請を行うことが不可欠である。取り上げる課題によっては,産業育成省庁の施策に対し消費者庁が必要に応じて修正を求める働きかけを行うことも必要である。

要は,消費者庁の業務は消費者庁だけで完結するものではなく,司令塔機能を発揮するためには関連各省庁との密な連携が必須なのである。

消費者庁は創設されて6年しか経過しておらず,他省庁と比較して圧倒的に弱小な消費者庁が仮に地方に移転すると,他省庁に対する働きかけの力が大幅に低下し,司令塔機能を果たすことができなくなる。つまり,消費者庁に期待されている機能の性格は,縦割りでかつ極めて大きな機能権限を持つ省庁が所管する行政行為に対して,サイレントマジョリティである消費者の視点からチェックを行い,修正を求め,時にはブレーキをかけるものであって,各省庁の所管業務にとっては,制約を課す性格を持っている。他省庁との厳しい軋轢を生じ得る機能であり,それ故他省庁とのより密接な連携が一層必要とされるのである。よって,消費者庁が各省庁の所在地から隔絶されることは,我が国の消費者政策の推進が停滞することとなる。

したがって,消費者庁を地方移転の対象とするのは不適当である。

3 国民生活センターの地方移転について
(1) 国民生活センターの政策形成への役割と消費者庁との連携

国民生活センターは,全国の消費生活相談情報を集約・分析し,一般消費者や地方自治体に情報を発信することにより消費者や地方消費者行政を支援する機能を担い,さらに,相談情報を分析した結果に基づいて,消費者庁や各省庁の消費者関係法制度の不備や見直しの問題提起を行う機能を担っている。この機能は消費者行政の推進や法の新設・改正に極めて重要な役割を果たしている。

2010年12月から2013年12月にかけて,国民生活センターを消費者庁と統合することにより機能強化することが検討された。この議論は,数年にわたり続けられ,最終的には当時の森まさこ大臣の下に設けられた「消費者行政の体制整備のための意見交換会」で検討され,2013年7月に中間整理が公表された。そこでは,消費者行政の在り方の基本認識として,「(1)消費者庁,消費者委員会,国民生活センターの三者の緊密な連携の必要,(2)これまでの国民生活センターの見直しにより,本来充実強化されるべき国民生活センターの機能が低下しており,早急な回復の必要,(3)国民生活センターの在り方については,各機能の一体性確保と機能の維持・充実を,消費者行政推進の視点で検討の必要」との結論が示された。また,当面の対応として,「(1)国民生活センターで,新しく消費者を対象とした『お昼の消費生活相談』を実施,(2)3つの機関の情報提供・政策的対応への連携の中で,とくに国民生活センターが提起した意見・要望の政策形成への活用・反映への取組」を取り上げた。そして,2013年12月には,森大臣から,国民生活センターの在り方について,「消費者行政の推進にとって,国民生活センターは,消費者行政における中核的な実施機関として,(1)消費者行政の司令塔機能の発揮,(2)地方消費者行政の推進,(3)消費者への注意喚起のいずれにとっても不可欠な存在である。」との位置づけが示された。

このように,国民生活センターは消費者庁・消費者委員会と緊密な連携を図ることにより,政府全体の消費者行政を推進する役割があることが確認され,国民生活センターが提起した意見・要望の政策形成への活用・反映への取組が重視されているのである。消費者庁,消費者委員会及び国民生活センターは,相互に連携しつつ一体的に消費者政策の司令塔機能を発揮することが求められる組織である。

国民生活センターはこれらの機能を果たすために,全国の消費生活相談センター・消費生活相談窓口から収集された相談情報であるPIO-NET情報を分析し,各省庁が行う消費者関連法の制定・改正における立法事実を明らかにする資料を作成し情報提供している。消費者庁のほか警察庁,経済産業省をはじめ各省庁が消費者関連法を執行したり,改正を審議するに当たり,国民生活センターに相談情報の分析を依頼したりしており,その場合には各省庁の担当者の問題意識を国民生活センターの担当職員と直接面談して密に意見交換することが重要である。

例えば,取引においては,具体的な事業者の勧誘資料を基に被害現場の声を直接反映させるため,国民生活センターと消費者庁など各省庁の担当部局や当該事業者との議論が必要であり,消費者庁との協議は毎週のように実施されている。製品の安全については,当該製品を目の前にした消費者庁など各省庁の担当部局や当該事業者との検討が不可欠である。しかし,国民生活センターの商品テスト部門は,徳島県への移転の対象から除かれているので,このような作業が困難になる。

国民生活センターが地方に移転することによって,これらの消費者庁やその他の省庁との緊密な連携が損なわれ,消費者庁の司令塔機能を具体化する情報分析や政策提言機能が低下していくことが強く懸念される。

(2) 国民生活センターの消費生活センター・消費生活相談窓口支援の中核機関としての役割

国民生活センターは,全国各地の消費生活センター・消費生活相談窓口の相談処理の支援機能として,相談支援,情報提供,商品テスト,ADRなどを実施して,消費生活センター・消費生活相談窓口支援の中核機関としての役割を果たしている。例えば,問題のある取引をしている事業者との協議を行ってその情報を各地に発信し,商品テストを実施して,その結果に基づき注意喚起・情報提供・事業者指導をするとともに,紛争解決委員会(ADR実施機関)において事業者と消費者の出席を求め和解の仲介手続を行っている。これらの機能を果たすためには,多数の専門家の確保,協議のための事業者の来訪・訪問などが必要となるが,地方でこのような専門家が確保できるか,事業者が来訪するか等が懸念されるし,各地から集まってもらうとしても多くの費用がかかることになる。

さらに,このたびの地方移転の提案は,国民生活センターのテスト・研修部門は現状のまま神奈川県に残し,東京事務所の部署だけを移転するものであり,同センターの各機能の有機的結合が遮断されかねない。国民生活センターの機能として既に確認されている,各機能の一体性確保と機能の維持・充実に反するものとなる。

このように,国民生活センターの地方移転は国民生活センターの消費生活センター・消費生活相談窓口支援の中核機関としての役割を阻害する懸念が強くある。

(3) 小 括

以上のように,国民生活センターは,消費者基本法第25条に定められた消費者行政の中核的実施機関として,消費者庁,消費者委員会と連携して,諸問題を検討して関連省庁に意見を述べ,地方消費者行政を支援し,消費者・事業者・地方自治体・各省庁に情報提供を行っている。国民生活センターの役割は国民生活センターのみで自己完結しているわけではない。その役割を果たすためには,各省庁に近接し日常的に連携でき,消費者庁,消費者委員会が所在している場所に近いところで,多くの専門家が確保できるところにある必要がある。したがって,国民生活センターを地方移転の対象とするのは不適当である。

4 消費者委員会の地方移転について

現時点で消費者委員会の地方移転について公表された資料は見当たらないが,前述のとおり国の消費者行政は消費者庁・消費者委員会・国民生活センターが相互に連携しつつそれぞれの役割を果たしていることから,念のためこの点についても触れておく。

消費者委員会は現在非常勤の委員10名から構成されており,月に1回程度の本委員会のほか,新開発食品調査部会,消費者契約法専門調査会,特定商取引法専門調査会,ワーキング・グループなどの部会・専門調査会等が随時開催されている。本委員会については,その準備のために委員間打合せを複数回行い,事務局と個別の委員との打合せも頻繁に行われている。そのために,必要な専門家の参画もなされている。

消費者委員会は消費者庁等からの諮問事項を審議するほか,任意のテーマを自ら調査して他省庁への建議等を行うという監視機能を有している。他省庁からの諮問の場合に諮問した省庁等との連絡を密にすることはもちろんであるが,建議等の監視機能の行使においても,他省庁や関連事業者,事業者団体からの事情聴取・協議も頻繁に行うことになる。この場合,消費者委員会の会議の場にこれら関係省庁,事業者等を招へいするほか,委員会側から直接赴いて事情を聴取し,あるいは改善の必要性について説得することも行われている。

とりわけ建議の対象となる省庁や関連事業者等を相手とする場合,こうした直接の面談,交渉抜きでは十分に実情を踏まえた建議等の取りまとめは困難であるし,最低限の説得を行わないまま提案を行っても,建議等発出後の実現可能性が大きく低下することとなりかねない。ちなみに,この間,消費者委員会は18本の建議,12本の提言,50本の意見を他省庁に提出しているが,こうしたねばり強い説得・説明作業の結果,ほとんどの建議について対象省庁となった省庁により何らかの対応が行われているという現状にあり,高い成果を上げている。地方移転でこのような説得・説明が困難となることが懸念される。

以上のような実情に鑑みても,消費者委員会の地方移転はその大幅な機能低下をもたらすおそれが大きいと言わざるを得ないのであり,やはり反対せざるを得ない。

5 結 論

以上のとおり,消費者庁及び国民生活センターの地方への移転は,消費者庁,国民生活センターの機能を低下させ,我が国の消費者行政の機能の推進を阻害しかねないので,反対する。

以 上

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