福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2013年9月20日
東京電力福島第一原子力発電所事故による損害賠償請求権の時効期間を延長する特別措置法の制定を求める会長声明
声明
1.原子力発電所事故とその被害者及び被害の状況
2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故(以下「本件事故」という。)から2年6ヶ月が経過した。
本件事故は、その原因究明はもとより汚染水の流出など事故そのものの収束にも見通しが立っていない状況である。被害者についても、その人数やそれぞれの被害についてその全容は明らかでなく、その深刻化や長期化の虞れが濃厚な事態となっている。
2.損害賠償請求権と消滅時効
このような状況にあるにもかかわらず、本件事故に関する損害賠償請求権は、民法第724条前段の定める「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間」の消滅時効の主張により、その実効性を喪失する虞れが大である。
信義則の観点から消滅時効の主張は許されないとの法的見解も見受けられるが、現状では現行民法の適用を排除できる明確な根拠は見出しがたく、仮に、信義則上、時効の利益を享受する援用権の行使が制限されるとしても、訴訟の場での争点となるものであり、立証責任も被害者に負担させられる可能性が高く、法的紛争解決の手法上は、信義則を中心とした法理論は実際の被害者救済の実効性に乏しい。
3.特例法の内容と被害者救済の実効性の欠如
この点に関し、本年6月、「東日本大震災に係る原子力損害賠償紛争についての原子力紛争審査会による和解仲介手続の利用に係る時効の中断に関する法律」(以下「特例法」という。)が成立した。
この特例法の趣旨は、紛争解決センターへの和解仲介手続が打切りとなった場合に手続打切りの通知を受けた日から1ヵ月以内に裁判所に訴訟を提起すれば、和解仲介申立時に訴えを提起したものとみなすことで時効中断を認めるものに過ぎない。
そして、文部科学省によると、和解仲介手続申立は、本年8月16日現在、約7400件(成立件数約4900件)だけで、想定される被害者の数に比してごく一部にとどまっている。しかも、時効中断は、和解仲介申立をした損害項目に限られているため、申立てていなかった損害項目には時効中断の効力は及ばない。また、手続きの打切りの通知を受けた日から1ヵ月以内に訴えを提起しなければならないという点も、被害者に対して被害回復に困難を強いることになる。
したがって、特例法は被害者救済の観点からは極めて不十分なものと言わざるを得ない。
4.日本弁護士連合会の意見書
以上の点を踏まえ、日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)は、本年7月18日、「東京電力福島第一原子力発電所事故による損害賠償請求権の時効期間を延長する特別措置法の制定を求める意見書」を公表した。
本件事故による損害賠償請求権への現行民法の消滅時効の適用は不当として、特別措置法の制定を求めるものであり、具体的には「権利行使が可能となったときから10年間」の時効期間とすることを基本とし、5年以内の時効期間の更なる延長を含めた見直しをおこなうことや、事故から一定期間が経過した後に顕在化する損害についてはその損害が明らかになった時を時効期間の起算点とするという点を付加するものである。
5.当会の意見
当会としても、本件事故に関する損害賠償請求権が3年間の消滅時効に服するとされることは、被害者の救済を放擲するものであって正義に反し絶対に容認できない。
被害者の現状を考えると、日弁連の意見書のように時効期間を率先して定める意見を述べることにも躊躇を覚えるが、単に時効制度の適用を排除することのみを求めたり、内容を示さずに救済立法の制定を求める主張をすることは、法律家団体としての責任を全うしているとは思われない。
日弁連の意見書もこのような苦渋の選択として具体的な法制度を示しているものと考えられるので、当会としては、現時点では、日弁連の意見書に添った特別立法を求めることに賛同し、その旨、声明するものである。
2013年(平成25年)9月19日
福岡県弁護士会 会長 橋 本 千 尋