福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2009年9月 9日

労働者派遣法の抜本改正を求める意見書

意見

労働者派遣法の抜本改正を求める意見書


                              2009年9月9日
                             福岡県弁護士会
                              会長 池永 満

 厚生労働省の本年8月28日付「非正規労働者の雇止め等の状況について」によれば,昨年10月から本年9月までの間に,全国で23万2448名の非正規労働者に対して雇止め等が実施され,または実施される予定であり,うち,派遣労働者は14万0086名(60.3%)に上っている。しかも,派遣労働者の場合,うち約44%の6万1435名が契約期間満了による雇止め等ではなく,派遣契約の中途解除に基づく解雇である。さらに,派遣労働者の場合,判明しただけでも1983名が雇止め等と同時に住居を喪失している。ちなみに,わが福岡県の場合,上記期間中に雇止め等された労働者は4082名,うち派遣労働者は,2460名(60.3%)である。以上のとおり,昨年から今年にかけて,派遣労働者が大量に失職しており,しかも,その一部は職を失うと同時に住居まで失うという状況にある。
 上記の事態の直接的要因は,昨秋からの世界同時不況によって,多くの派遣労働者等が雇用調整のために,契約を中途解約されるなどしたことであるが,より根本的な原因は,労働者派遣法が実効的な労働者保護規定を欠いていることである。そのため,派遣労働者を安価な雇用の調整弁として位置づけることが可能とされ,常用雇用の代替が促進されている。加えて,期間制限の潜脱や,二重派遣など,違法派遣が横行している。さらに,正社員と同様の仕事に従事しながら,派遣労働者に対しては差別的低賃金が押しつけられるなどの事態は,年収200万円以下のワーキングプアを大量に生み出す原因ともなっている。かかる事態はすでに,日本国憲法が保障する生存権を侵害していると言うべきであり,到底看過できない。
 そこで,当会は,労働者保護の見地から労働者派遣法を改正すべきことについて意見を述べる。

第1 意見の趣旨

 国会は,労働者保護の観点に立って,労働者派遣法を抜本改正すべきである。とりわけ,以下に掲げる点については,緊急に改正すべきである。
① 法律の目的に派遣労働者保護を明記すること。
② 派遣対象業種を専門的なものに限定すべきこと(なお,専門性の判断について,現行26業種を全面的に見直し,さらに限定すべきである。)。
③ 派遣利用要件として,臨時的・一時的事由を加えるべきこと。
④ 登録型派遣は禁止すべきこと。
⑤ 日雇い形態の派遣は全面禁止すべきこと。
⑥ 賃金・福利厚生に関して,派遣労働者と派遣先労働者の均等待遇を義務づけること。
⑦ 派遣可能期間経過後や,違法派遣,偽装請負について,直接雇用のみなし規定を設けるべきこと。その際の労働条件は,派遣先労働者と同等の内容とすること。
⑧ マージン率の上限規制を設けること。労働者に対するマージン率の開示を義務づけること。
⑨ 労働者保護規定は原則として強行的効力をもつものとし,とくに派遣先に対する罰則規定を強化すべきこと。

第2 意見の理由

1 当会や民間ボランティア等の取り組み
この間,昨年末からの“年越し派遣村”をはじめ,全国各地で民間ボランティア,有志弁護士らにより同様の活動が取り組まれ,炊き出し,生活相談,一斉生活保護申請等々が取り組まれてきた。
当会も,本年3月から生活保護申請同行の当番弁護士制度を開始し,本年9月2日現在,129件の要請を受けた。また,本年3月9日には,日本弁護士連合会の全国一斉「派遣切り・雇い止めホットライン」相談活動の一環として,電話相談を実施し,67件の相談を受けた。
また,ここ福岡県では,当会会員弁護士を含む県内の民間ボランティアによって,本年3月1日には福岡市内で,本年6月28日には北九州市内で,“1日派遣村”の活動が取り組まれた。
こうした活動の結果,本文に述べたような悲惨な現状及びその背景事情が明らかになってきた。
2 厚生労働省の対策等
こうした状況を受けて,厚生労働省は,本年2月6日,離職者住居支援給付金制度を創設し,いわゆる“派遣切り”にあった派遣労働者の住居支援の制度を打ち出した。しかしながら,同制度は,解雇や雇止めを行った雇用主が,当該派遣労働者に引き続き住居を提供するなどした場合に,その事業主を支援する制度であり,住居を失った派遣労働者を直接支援する制度ではない。その結果,同制度がスタートしてから本年4月までの間で,同制度の計画対象に挙げられた派遣労働者の数が全国で1万3212人であるにも関わらず,実際に計画認定された派遣労働者数はわずか755人に留まっている。福岡県の場合,計画対象労働者数は累計で227名,うち計画が認定された労働者数はわずか13名に過ぎない。このような実績から明らかなとおり,同制度は,住居を失った派遣労働者に対する救済措置として,ほとんど機能していないと言わざるを得ない。
また,同省は,本年1月28日,緊急違法派遣一掃プランの実施を打ち出したが,それは違法派遣の温床とされている日雇い派遣に限定されており,また,各都道府県の労働局の担当者等組織人員体制に何らの手当もなされていないと見られることからすれば,その救済範囲および実効性に多くを期待することはできない状況にあると言わざるを得ない。
3 改正へ向けた基本的な考え方
そもそも,労働者は使用者に対して交渉力が劣り,労働契約を労使の自由な交渉に委ねると,労働条件が際限なく切り下げられ,労働者の生存すら脅かされかねない。このような意味において,国際労働機関の目的に関する宣言(ILOフィラデルフィア宣言,1944年)が「労働は商品ではない」と宣言したとおり,労働を他の商品と同様に扱うことは許されない。だからこそ,労働者を保護する労働法制が必要とされる。このような労働者保護の必要に鑑みれば,労働契約は雇用主と労働者との直接契約,すなわち直接雇用が原則とされねばならない。
1947年に施行された職業安定法は労働者供給事業を罰則をもって禁止している(同法44条,64条)。
同法が労働者供給事業を罰則をもってまで禁止したのは,戦前の日本において,労働者供給事業が横行しており,過酷なまでの中間搾取が行われ,労働者が無権利状態にあったことから,労働法制の民主化,すなわち近代的労使関係の確立こそが戦後日本の民主化のテーマの一つとされたからである。富山の女工哀史や“ああ野麦峠”などからも知られるとおり,戦前は労働ボスが貧困層を束ね,各雇用主に労働力として供給し,酷い中間搾取を行いながら,一方,供給先である雇用主は,廉価な労働力の供給元および雇用調整の手段として,労働者供給事業を利用していたのである。
こうした封建的労使関係にメスを入れ,近代的労使関係はあくまでも直接雇用が原則であること,すなわち,労働力の提供を受ける者は直接労働者を雇用すべしとすることで,賃金その他の労働条件を明確にするとともに,責任の所在等を曖昧にさせないという原則が罰則をもって導入されたのである。
労働者派遣法は以上のような原則に対し,あくまで特殊例外的立法として導入されたものであった。ところが,1986年に労働者派遣法制がわが国に導入され,さらに数次にわたり規制緩和・適用拡大がなされた結果,大量のワーキングプアを生み出し,しかも職と同時に住居を失うという悲惨な事態を招くに至り,そのことがひいては社会不安さえ招来している事態ともなっている。
かかる経緯に鑑みるならば,あくまでも根本原則である労働者供給事業の禁止に沿う方向で労働者派遣法は改正されなければならない。
4 具体的な改正項目
以上を踏まえれば,労働者派遣法を労働者保護の観点に立って抜本改正することが必要である。とりわけ,以下の点については緊急に改正する必要がある。
① 法律の目的に派遣労働者保護を明記すること。
上記のとおり,この点を欠くことが現行法の最大の欠陥である。
② 派遣対象業種を専門的なものに限定すべきこと(なお,専門性の判断について,現行26業種を全面的に見直し,さらなる限定を加えるべきである。)。
本来,労働者派遣法は,臨時的・一時的な業務の必要のため,専門的知識・技能を有する労働者を確保するという要請から,労働者供給事業の例外として導入されたのであるから,派遣対象業務は,このような本来の趣旨及び要請に沿って限定されるべきである。
また,現行の対象業種中,例えば5号(OA機器操作)などは,単にOA機器を操作するだけで何らの専門性もない業務に,期間制限を潜脱する目的で,名目だけ利用されている例もある。こうした実態からすれば,専門業種の見直しにあたっては,さらなる限定を加えるべきである。
③ 派遣利用要件として臨時的・一時的事由を加えること。
直接雇用が原則であること,労働者派遣はあくまでも,専門業種についての臨時的・一時的雇用形態であるべきことからすれば,臨時的・一時的事由を要件とすることが法本来の趣旨に添うものである。
④ 登録型派遣は禁止すべきこと。
登録型派遣は,派遣先と派遣元との間の派遣契約が存続している間だけ,当該派遣元と派遣労働者の間の雇用契約を認めるものであるが,派遣先の自由な派遣契約の解除によって派遣労働者の解雇が事実上合法化されてしまう。その結果,派遣労働者には労働基準法上の保護が及び難くなってしまっている。
こうした細切れ雇用とも言うべき登録型派遣は,派遣労働者の雇用を極めて不安定にすることから,禁止すべきである。
⑤ 日雇い形態の派遣は全面禁止すべきこと。
派遣労働者の身分を究極にまで不安定にし,労働条件を劣悪化するおそれのある日雇い派遣は明文をもって全面禁止すべきである。
⑥ 賃金・福利厚生に関して,派遣労働者と派遣先労働者の均等待遇を義務づけること。
派遣労働者の賃金は派遣先従業員のそれと比較して,格段に低いのが一般的であり,酷いところでは,同じ作業に従事しながら,派遣労働者の賃金は派遣先従業員の賃金の2分の1という場合もある。
この点,ドイツ,フランス,イタリア,韓国の派遣法は,いずれも派遣先従業員との同一待遇保障あるいは差別待遇の禁止を明記している。我が国労働者派遣法にも均等待遇を明記することが求められる。
⑦ 派遣可能期間経過後や,違法派遣,偽装請負について,直接雇用のみなし規定を設けるべきこと。その際の労働条件は,派遣先労働者と同等の内容とすること。
この点について,現行法の直接雇用規定は,派遣先企業の努力義務や,制限期間経過後の直接雇用申込義務にとどまり,現実には,直接雇用されるケースは極めて稀である。
この点,派遣法をもつヨーロッパの国々では,一定期間経過後には直接雇用のみなし規定を設けている国も多く,わが国も派遣可能期間経過後は直接雇用のみなし規定を設けることが必要である。違法派遣,偽装請負についても,直接雇用のみなし規定を設けることにより是正を図るべきである。
⑧ マージン率の上限規制を設けること。労働者に対するマージン率の開示を義務づけること。
労働者派遣法は,中間搾取を禁じる労働基準法6条の例外規定であり,原則としての中間搾取禁止が重視されるべきである。
派遣労働者が低賃金に苦しむ状況を改善するため,派遣元のマージン率を労働者に開示させるとともに,マージン率に上限規制を設けるべきである。
⑨ 労働者保護規定は原則として強行的効力をもつものとし,とくに派遣先に対する罰則規定を強化すべきこと。
現行労働者派遣法のうち,労働者保護に関する規定については,それを担保すべき罰則がほとんどなく,そのため,現実には多くの派遣労働者が無権利状態におかれている。これら派遣労働者にも労働基準法・労働者派遣法等の保護規定が実効的に及ぶように,保護規定に強行的効力を持たせ,法違反に対しては罰則をもって臨むなど,その実効性を格段に強めることが必要である。
とくに,現行労働者派遣法では派遣元に対する規制が中心で,派遣先に対する規制が乏しい。しかし,現実の商取引上の力関係では派遣先が格段に上位にあることからすれば,実効性確保の観点からは,派遣先に対し,法違反について罰則をもって規制することが必要である。
5 生存権の擁護と支援のために
当会は,本年5月25日の総会で「すべての人が尊厳をもって生きる権利の実現をめざす宣言」をなし,今般,生存権の支援と擁護のための緊急対策本部を設置した。
当会は,格差と貧困の大きな原因ともなっている労働者派遣法の抜本改正を行うことなしには,「すべての人が尊厳をもって生きる権利」は実現されないと考え,本意見書を発する。
以上

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