福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2009年9月25日

会長日記

会長日記

福岡県弁護士会会長日記
その4 <凛として鎮座する「天賦人権」> 6月12日〜7月13日

平成21年度 会 長 池 永  満(29期)
友、遠方より来たり
6月12日、九州大学で開催された家族法学会に参加した機会にということで、韓国の李点任弁護士が私の事務所に立ち寄りました。李さんと知りあったのは今から15年前に遡ります。
私が副会長だった1994年度の定期交流として福岡を訪問していた釜山地方弁護士会一同の歓迎会が稚加榮で開催されました。そのとき私と妻が対席に座って言葉を交わしたのが若き李弁護士と奥さんでした。以来、定期交流の機会を利用して相互に自宅を訪問するなど、家族ぐるみの交流と文通が始まったのです。その仲を取り持ってくれているのが弁護士会の定期交流における専任通訳とも言うべき本村さんで、今回の李さんの来訪も本村さんを通じて連絡をいただきました。
その後の経過は本年度の釜山地方弁護士会との定期交流のところで述べることにいたします。

熱烈歓迎の中で市民モニター制度が発足
ところで5月21日に裁判員制度がスタートして今日までに1ヶ月半が経過し、既に福岡本庁では10件の裁判員裁判対象事件が起訴されていますが、何故か小倉支部には1件も起訴されていません。福岡本庁では7月中旬以降次々に公判前整理手続の期日が入っていますので、9月上旬頃には第1号事件の公判審理が開催されることになりそうです。
当会としては、そうした日程をにらみながら、裁判所や検察庁との協議も含め、裁判員裁判の検証を如何に進めるかという検討と準備作業を5月に新しく発足させた「裁判員本部」を中心に進めてきました。
一言で裁判員裁判を「検証する」と言っても、そう簡単ではありません。そもそも法曹三者のすべてにとって未知の制度であるために想定外の事態が発生することも不可避であり、問題が発生する都度、現場での運用改善努力が求められることは言うまでもありません。しかし全て出たとこ勝負というわけにもいきません。事件を担当した弁護人から得られる情報とつきあわせることにより、裁判員裁判における弁護人の活動改善にも役立ち、かつ、新しい制度の問題状況を把握しつつ運用改善や制度改革を促進する契機になるような検証の方策はないのだろうか? そうした熱い議論の中で「市民モニター制度」が考案されました。
市民が参加する裁判員裁判の審理では、いわゆる「調書裁判」を排して公判中心の直接証拠主義に基づく運営がなされる必要があることには異論がないところでしょう。検察側の主張が公判廷に提出された直接証拠等により合理的な疑いを残さない程度に立証されているか否かが裁判員に判断できなければなりません。とすれば傍聴席に座った市民により裁判員裁判の審理の実情をモニターしてもらい、現実の検察の主張立証や弁護人の主張反証が市民に理解できるものになっているか否か等をつぶさにチェックしてもらう意義は決して小さくありません。
この構想は西日本新聞により1面トップで報道され(5月20日)、6月15日には説明会開催の記者レクが行われました。その翌日から市民の問い合わせが殺到し、6月29日の説明会には140名を超える市民が詰めかけました。説明会の様子は、<「第7の裁判員」制度点検/福岡で全国初「市民モニター」/弁護士会公募 120人登録/立証や量刑 傍聴し意見>という大見出しが躍る7段記事でも紹介されました。(日経新聞7月4日夕刊)
長期にわたり裁判員裁判を巡る国民的な議論が継続してきたなかで、裁判員候補者に選ばれなかった人を含め、自分の目で裁判の実情を見つめてみたいという多くの市民から熱烈に歓迎されて市民モニター制度が発足することは、弁護士会における検証作業に一つの基軸を据えることになったと思います。

熱烈歓迎をいただいた釜山地方弁護士会の皆さんありがとう
1990年3月に当会と釜山地方弁護士会との姉妹提携協定がなされて以来、今日まで20年に及ぶ国際交流が継続しています。今年度執行部においては、これからの20年を見据え成熟した交流方式に発展させるために事前に釜山側との協議を行いました。その結果、釜山会の役員任期は2年なので不都合はないけれども当会の役員が1年任期であることが考慮されて毎年の相互訪問をしてきた方式を改め、今後は隔年の相互訪問として企画の充実化を図ること、但し韓国の習慣により20周年となる来年については双方で記念行事を行うこと等、新しい交流方式について合意しました。
新たな方式の第1回目となる今年度の定期交流として7月10〜12日の3日間19名の訪問団で釜山を訪ねましたが、釜山地方弁護士会の慎鏞道会長、金泰佑国際委員長を始め釜山会の皆さんからいただいた心のこもった熱烈歓迎にはただただ感動するだけでした。こうした歓迎をいただく背景には、これも姉妹提携以来20年という長期にわたる国際交流を継続するなかで、大塚先生や安武先生を始めとする当会国際委員会の諸先生方が中心となり地道な努力を続けてこられ、釜山会との間で人間的にも厚い信頼関係が構築されてきた賜物であり、この場を借りて感謝の意を表したいと思います。
定期交流の模様は別途報告がありますので、私は李さんとの再会について書いておきます。李弁護士は、私がエセックスに遊学したのと入れ替わりにアメリカに留学され、帰国後は釜山にある東亜大学で民事法の教授に就任していますが、兼業禁止のため弁護士は休業しており、釜山地方弁護士会との交流会にも出られないとのことでした。そこで、自由行動日の7月11日、私たち夫婦がそろって本村さんとともに李弁護士の新居(2〜3年前に豪華マンションに移転)を訪問することにし、奥さんや外交官をめざすという娘さんにも10数年ぶりに再会し旧交を温めることができました。これもまた感謝です。

大韓民国「国家人権委員会」の活動に触れて
ところで、5月の定期総会が採択した『福岡県弁護士会における人権救済機能の抜本的拡充に向けた決議』にもとづく調査活動の一環として、釜山地方弁護士会のお世話により、韓国の「国家人権委員会/釜山地域人権事務所」を訪問することができました。訪問日の7月12日は日曜日であったにもかかわらず、李所長を含む3名の所員が予定の時間を超えて対応してくれました。プレゼンテーションに使われた日本語のパワーポイントとそこに盛り込まれたデータも、私たちのために独自に準備されたものでした。
その内容も極めて興味深いことばかりでした。国家人権委員会についてはホームページ(www.humanrights.go.kr)で組織と活動の概要を知ることもできますし、釜山地域人権事務所への訪問記録の詳細は、別途当会国際委員会から調査報告として出されると思いますので、ここでは簡単に触れておきます。
国家人権委員会は、国連総会が1993年に確認した「パリ原則」に基づいて、いわゆる政府から独立した人権機構として2001年法律により制定されたもので、独立機構(立法・行政・司法のどこにも属しない)、人権に関する総合的機構(人権の保護・向上に関するすべての分野を担当する)、準司法機構(人権侵害・差別行為に対する調査および救済)、準国際機構(国内における国際人権規範の実行)という4つの性格を有しています。
委員会は、大統領推薦4名、大法院長推薦4名(全員弁護士)、立法院(与野党)推薦3名の計11名から構成されており、そのもとに常任委員会、侵害救済委員会や差別是正委員会等の委員会と事務所が設けられ、事務所には政策教育局や調査局等があり、総員164名で構成されています(昨年までは210名いたが新政権の構造改革のために減員させられたそうです)。
国家人権委員会の活動概況は、2001年11月26日から2009年6月30日までの7年7ヶ月分で、陳情、相談、案内、民願を含む総計で246,552件(1年平均約32,000件)の多数に及んでおり、そのうち調査を行った案件(陳情)は15.5%の38,306件です。調査案件は90日で結論を出すことが原則であり、その内訳は、「人権侵害」の訴えが30,275件(79%)、「差別」の訴えが6,229件(16%)、その他が1,798件(4.7%)となっています。
人権侵害の訴えの対象は、拘禁施設42.8%、警察・検察26.8%、多数人保護施設7.7%、地方自治体4.9%であり、刑事拘禁施設や捜査機関で約7割を占めています。これに対して「差別」の訴えについては、株式会社17.8%、教育機関13.5%、地方自治体12.4%、公共機関7.1%の順であり、民間における差別事象(セクハラを含む)が上位を占めており、陳情の中でも差別の訴えが増加傾向にあるとのことです。
調査事件中、人権委員会が勧告を行うに至った事件の割合は7〜9%ですが、勧告の前に事実上解決する事案もあり、また勧告したケースの95%は相手方から受入れられているとのことです。人権委員会の勧告には強制力はありませんし、調査においても強制調査はできませんが、陳情等がなくても拘禁施設等にも自由に立ち入って調査を行ったり、関係者を事務所に呼び出して調査する権限があり(地域事務所内にも取調室がありました)、調査に応じなかった者には過料の制裁があります。
李所長は、政権との関係での困難な局面に関する私の質問に対して明快に答えました。「国家人権委員会が三権に属さず、国家権力による人権侵害を監視・是正させる役割を持っていることからしても、政権との緊張関係は必然であり、仲良く済ませるわけにはいかないこと。人員の削減がなされても、自分たちは同じ課題を同じ方法で活動することができていること。政権との緊張関係が報道されることにより、逆に国民の国家人権委員会に対する理解が深まっているという側面もあり、人権委員会に対する相談や陳情の内容も多様な人権分野に広がりつつある」と。
ミーティングが終わった後、広い事務所の中を案内してもらいましたが、人権を啓発するユニークなポスターが多数展示されているなかで、部屋中央の壁沿いに、ひときわ大きな額縁の中で「天賦人権」の文字が凛として鎮座しているのが目にとまりました。 

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー