福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2008年5月27日
より良い刑事裁判の実現を目指して
宣言
2009年(平成21年)5月21日には、裁判員裁判が開始され、被疑者国選制度が大幅に拡大されます。この大きな変わり目を間近に控え、当会は、誤判を防ぐ、より良い刑事裁判の実現をめざして5つの決意を宣言します。
1 刑事裁判の基本的なルールの普及に努めます。
刑事裁判は、無実の市民を罰しないために、無罪の推定、証明責任の原則(検察官に犯罪事実の証明責任があること)、合理的な疑いを残さない程度の証明、証拠裁判主義など基本的なルールに基づいて行われます。刑事裁判の判断の基準は、証拠に基づき良識に照らして考えたとき、検察官の言い分が合理的な疑いを挟まない程度に信用できるか否かにつきるのです。
市民のみなさんが、裁判員として参加されることで、これらの基本的なルールに忠実なより良い裁判が実現することが期待されています。
そのため、当会は、刑事裁判の基本的なルールを市民のみなさんに広くご理解いただけるよう、その普及に努めます。
2 「人質司法」を解消するため勾留および保釈について運用や制度の改革を求めていきます。
わが国では、志布志事件(鹿児島県議会議員公職選挙法違反事件)など否認を貫いた被告人は、保釈も認められず長期にわたる身体拘束を受けることが一般ですし、起訴事実を認めていても、第1回公判前の保釈は極めて困難な実情にあります。このような取扱は無罪推定の原則にも反するものです。
このような「人質司法」は被疑者・被告人に虚偽の自白をさせる元凶で、冤罪、誤判を招く温床になっており、その改善は今後も極めて重要かつ緊急な課題です。
殊に、公判前に争点を整理してから集中した審理を行うという裁判員裁判を実施するにあたっては、誤判を防ぎ、充実した審理が行えるようにするために、被告人と弁護人が十分に打ち合わせをする機会をよりいっそう保障されることが必要となります。
そこで当会は、この「人質司法」を解消するために、勾留および保釈について運用や制度の改革を求めていきます。
3 違法不当な取調べをなくすため取調べの全面的な可視化(取調べの全過程の録画)を求める運動を実行します。
現在、捜査機関の取調べは密室(取調室)で行われています。これまでの裁判では被告人の自白調書が重要な証拠にされていたため、捜査機関の長時間の身体拘束状態での取調べや、脅迫・利益誘導・暴力を用いた取調べが行われるなど違法・不当な取調べを助長する結果ともなっていました。そしてこのような取調べによって虚偽の自白による冤罪も数多く生じています。
このような違法な取調べをなくすためには、取調べの全過程を録画するという「取調べの可視化」の実現が必要です。
取調べ可視化によって違法な取調べを防ぎ、虚偽の自白を防止する制度を作ることは、自白の任意性や信用性をめぐって審理が長期化することを防ぎ、裁判員に過重な負担をかけることを防ぐことにもなり、裁判員裁判の実施にとっても不可欠となります。
現在、検察庁などで行われている取調べの一部の録画では、録画時以外になされた違法な取調べを明らかにできないばかりか、捜査官に都合のよい部分のみが録画されるおそれがあり、かえって嘘の自白の信用性を高めてしまう結果となりかねません。
当会は、取調べの全面的可視化実現に向けて精力的に取り組んでいきます。
4 裁判員裁判の課題を検討し、その適切な制度運用を求める活動に努めます。
裁判員裁判は、市民の良識を刑事裁判に反映させるものであり、また公判中心主義の裁判(見て聞いて分かる裁判)を実現する重要な契機となります。このことから、誤判の防止に役立つ可能性をもっている制度ですが、裁判員の負担を減らすことを過度に強調するならば、本来必要な被告人・弁護人の立証活動までが制約され、かえって誤判を招く事態にもつながりかねない制度になってしまいます。
現在、準備が進められている裁判員裁判には、弁護人の選任のあり方、公判前整理手続のあり方、裁判員選任のあり方、裁判員に対する説示のあり方、審理のあり方、評議のあり方、事後検証のあり方など、検討されなければならない基本的な課題があります。
当会は、これらの課題を検討し、その課題を克服して裁判員裁判の適切な制度運用がなされるように求める活動に努めます。
5 制度改革に対応する弁護態勢を確立します。
裁判員裁判では、公判前整理手続、連日開廷での集中した審理が予定され、弁護人には、短期間に集中的に充実した弁護活動をすることが求められています。その責任を全うするためには、一部の弁護士に負担が偏ることなく多くの弁護士が、この裁判員裁判の刑事弁護を担う必要があります。
この裁判員裁判や被疑者国選弁護事件の拡大に対応するために、是非とも被疑者国選弁護登録者を拡大する必要があります。
そこで、当会は、多くの弁護士が国選弁護登録をするように会員に働きかけをするとともに、現行の国選弁護制度が抱える課題の改善を、最高裁や法務省、政府に求めていきます。
また、裁判員裁判を真に「刑事裁判に市民の健全な良識を反映させるための制度」にするためには、その手続内容が、市民にわかりやすいものでなければなりません。われわれ弁護士も、わかりやすい裁判を実現するための提言や弁護活動のあり方についての研究、研修、実践に励みます。
2008年(平成20年)5月22日
福岡県弁護士会 会長 田邉 宜克