福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2008年3月13日
捜査機関の違法捜査に抗議し代用監獄の廃止等を求める声明
声明
2008年(平成20年)3月11日
最高検察庁 検事総長 但木敬一 殿
福岡県弁護士会 会長 福島康夫
福岡地方裁判所小倉支部は,2004年(平成16年)3月24日に福岡県北九州市八幡西区で起きた殺人・放火事件について,いわゆる代用監獄における身柄拘束を濫用した相当性を欠く捜査手法があったなどとして,本年3月5日,被告人に無罪判決を言い渡した。
すでに無罪が確定した佐賀北方事件,鹿児島志布志事件,富山氷見事件に引き続き,またしても捜査機関の違法・不当な捜査が裁判で明らかにされた。
本件では,検察官は,代用監獄において同房者が被告人の犯行告白を聞いたということを理由として被告人を起訴した。
これに対し,裁判所は次のように判断した。
? 捜査機関は,同房者を通じて捜査情報を得る目的で,意図的に被告人と同房者を同房状態にしたと いうことができ,代用監獄への身柄拘束を捜査に利用したとの謗りを免れない。
? 同房者は,捜査官に伝えることを隠して,被告人から話を聞き出しており,被告人は,房内で,知ら ない間に同房者を介して取調べを受けさせられていたのと同様の状態にあったということができ,本来 取調べと区別されるべき房内での身柄留置が犯罪捜査のために濫用された。
? 本件における事情聴取は,単なる参考聴取の域を超え,同房者を通じて被告人の供述を得ようとす るもので,虚偽供述を誘発しかねない不当な方法であり,被告人の犯行告白が任意になされたものと はいえない。身柄留置を犯罪捜査に濫用するもので捜査手法の相当性を欠いており,適正手続確保 のためにも,証拠能力を肯定することはできない。
本件は,代用監獄における身柄拘束を捜査機関が組織的・計画的に利用すれば,どのような捜査でもできることを示している。警察庁は,本年1月24日,都道府県警察本部と全警察署に取調べ監督担当を捜査部門とは別の総務又は警務部門に置き取調べ状況をチェックすることなどを内容とする「取調べの適正化指針」をまとめたが,身内によるチェックでは違法・不当な捜査を防止できないことは本件をみても明らかである。
当会は,これまでも,代用監獄は冤罪・人権侵害の温床になることを指摘して代用監獄は廃止されるべきであることを主張し続けてきた。
国連拷問禁止委員会も,昨年5月に日本政府に対し,“法を改正し捜査と拘禁を完全に分離すること”を勧告している。
当会は,現在,捜査機関の違法・不当な取調べを防止するために,捜査機関における取調べの全過程の可視化(録画)の実現を求めて運動を続けているが,捜査機関の違法・不当な捜査を防止するためには,取調べの可視化に加えて代用監獄の廃止が実現されなければならない。本件は,その必要性を強く裏付けている。
わが国では,来年5月までに裁判員裁判が始まることになっているが,捜査機関による違法・不当な捜査が今後も続き,それが裁判で延々と争われることになると,およそ裁判員裁判は成り立たない。裁判員裁判実施を間近に控えた今こそ,取調べの可視化と代用監獄の廃止を実現されるべきである。
当会は,本件における捜査機関の違法・不当な捜査に強く抗議するとともに,違法な取調べを防止するために取調べの全過程の可視化の実現と代用監獄の廃止を求めるものである。
2008年3月26日
少年法「改正」法案に反対する会長声明
声明
法制審議会少年法(犯罪被害者関係)部会は、本年2月13日、少年法「改正」要綱(骨子)を採択し,さらに,3月7日少年法「改正」案が閣議決定され国会に上程された。
この「改正」案は,?犯罪被害者等による少年審判の傍聴規定を新設するとともに,?犯罪被害者等による記録の閲覧及び謄写を認める要件を緩和しているが,以下の理由により,当会は,同法案に強く反対する。
1 法案は,少年審判における犯罪被害者等の権利利益の一層の保護を図ることを理由に,審判の傍聴規定の新設を提案する。当然ながら,犯罪被害者等の権利利益の保護が図られなければならないことは言うまでもない。
しかしながら,そもそも少年審判に関しては,少年の健全な育成を目的とするという少年法の理念(少年法1条)の下,懇切を旨として和やかに行わなければならないと定められる(同法22条)など,裁判官,調査官,付添人ら関係者が少年に対して何よりも受容的に接したうえ,教育的・福祉的な働きかけを行うことにより,少年がその犯した非行事実に真摯に向き合い内省を深める場となることが強く期待されている。その場合,少年の率直な発言をきっかけに,少年の持つ問題性を浮き彫りしに,その未熟さを自覚させ,真の健全育成のための働きかけを行っていくことが重要である。
ところが,こうした審判を被害者等が傍聴するということになれば,精神的に未成熟な少年は,事実に関する自己の率直な意見や心情,気持ちをそのまま発言することに躊躇を覚え,必然的に被害者を意識した建前の発言に終始し,結果として,審判に関わる関係者からの少年の問題に迫った更生への働きかけができなくなるおそれがあるだけでなく,真実の発見にも悪影響を及ぼすことも危惧される。
また,非行の原因や少年の処分は,少年の家庭生育環境や生い立ちなどに遡って総合的に考えることが必要であるところ,被害者等の傍聴が許されるならば,プライバシーの観点から,こうした部分を審判において明らかにすることが躊躇され,非行の原因を十分に掘り下げることができず,かつ,適切な処分を選択することができなくなる。
さらに,多くの場合,審判は,刑事事件に比べても事件発生から間もない時期に開かれるため、少年のみならず、被害者にとっても、心理的な動揺が収まっていない状況で開かれることが多い。にもかかわらず、被害者が少年審判を傍聴することになれば、当該審判廷は必然的に非常に緊張度の高いものとなり、上記少年法の理念に基づく審判の実践はおよそ困難となる。
加えて,犯罪被害者等による少年審判の傍聴については,現行制度においても,少年審判規則第29条に基づき,裁判所が認める範囲で審判への在席が認められる場合があるのであるから,この規定に加えて「改正」案のような規定を設ける必要性は認められない。
2 同様に,犯罪被害者等の権利利益の一層の保護を図るという理由から,記録の閲覧・謄写を認める要件を緩和する点については,その対象範囲を法律記録の少年の身上経歴などプライバシーに関する部分についてまで拡大することになるが,少年の更生に対して悪影響を及ぼすおそれも懸念されるところであり,この拡大は認めるべきではない。
3 犯罪被害者等の権利利益の一層の保護を図るという理由から,今なすべきことは,各関係機関が被害者等に対し,2000(平成12)年少年法「改正」で導入された,被害者等による記録の閲覧・謄写(少年法第5条の2),被害者等の意見聴取(少年法第9条の2),審判の結果通知(少年法第31条の2)の各規定の存在をさらに丁寧に知らせ,これを被害者等が活用する支援体制を整備すること,さらには,より抜本的に犯罪被害者に対する早期の経済的、精神的支援の制度を拡充することである。
以上
2008(平成20)年3月26日
福岡県弁護士会
会 長 福 島 康 夫