福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2007年3月 9日
犯罪被害者の刑事手続参加制度に反対する会長声明
声明
2007年(平成19年)3月8日
福岡県弁護士会 会長 羽田野 節夫
1 声明の趣旨
本年2月7日、法制審議会は、故意の犯罪行為により人を死傷させた罪、強制わいせつ及び強姦の罪、業務上過失致死傷等の罪、逮捕及び監禁の罪並びに略取、誘拐及び人身売買の罪等について、参加を申し出た被害者や遺族(以下、被害者等という)に対し、「被害者参加人」という法的地位を付与し、被害者参加人としての公判期日への出席、情状に関する事項についての証人尋問、被告人質問、検察官の論告・求刑後に求刑を含む事実と法令の適用に関する意見の陳述等を認める制度の創設を求める答申(要綱(骨子))を法務大臣に提出した。
しかし、当会は、このような刑事手続への被害者の参加を認める制度は、以下に述べるように、刑事訴訟の構造を根底から変容させ、被告人の防御権を危うくするものであり、その創設に強く反対する。
2 声明の理由
(1) 近代刑事司法の基本構造を根底から変容させる
わが国では、検察官が訴訟追行を独占する構造をとっているが、これは、近代刑事法が私的復讐を公的刑罰に昇華させ、加害者を国家が処罰することにより、被害者は加害者からの再復讐から守られ、被害者と加害者との報復の連鎖を防いで社会秩序の安定を図ろうとしたからである。そのため、被害者は事件の当事者ではあるが、刑事訴訟の当事者とすることなく、被害者等の意見や処罰感情等は、公益的立場である検察官を通じて理性的に訴訟手続に反映させることが予定されている。
しかるに、「要綱(骨子)」のような制度を創設することは、刑事訴訟手続の場に私的復讐を持ち込み、近代刑事司法が断ち切ろうとした報復の連鎖を復活させる事態を招く危険性が高い。
(2) 被告人の防御権の行使を困難にする
近代刑事司法においては、無罪推定原則により、予断と偏見を可能な限り排除して、被告人に十分な防御の機会を保障することによって正当な事実認定と量刑がなされなければならない。
しかるに、被害者等が訴訟の当事者として被告人と常時法廷で対峙し、被害者等から直接感情的な質問を受ける立場に置かれることになれば、被告人は、多大な心理的圧迫を受けて萎縮し、被害者側からの怒りや感情的な反応を恐れるあまり自由に弁解や反論をすることができなくなり、防御活動が著しく困難になる。そのような事態は、正当な事実認定と量刑の実現を阻害することになる。
さらに、被害者等が、検察官の訴追活動と異なる訴訟活動を不意打ち的に行うことも予想され、被告人は、これら全てに対して防御することを余儀なくされ、防御すべき対象、争点の拡大がもたらされる。このような事態は被告人の防御活動と弁護人による弁護活動に支障を来たすとともに、訴訟の遅延も招く可能性もある。
(3) 裁判員裁判に悪影響を与える
ところで、平成21年5月までに実施が予定されている裁判員裁判において、「要綱(骨子)」のような制度を実現した場合には、裁判に与える悪影響は甚大である。
すなわち、被害者等を被告人と対峙する訴訟の当事者として参加させることは、被害者等の応報感情を煽り、必然的に攻撃的、感情的な訴訟活動が法廷に持ち込まれることになる。そうなれば、裁判員裁判は、被害者等による復讐劇場又は糾弾劇場と化すことになる。そして、市民たる裁判員は目の前の被害者等の感情的な訴訟活動に混乱し、過度に影響を受けて冷静かつ理性的な事実認定が困難になり、かつ、量刑においても過度に重罰化に傾くことは容易に予想される。
また、被害者等の手続参加によって争点の拡大や訴訟遅延を来たすような事態になれば、公判前整理手続による適切な争点と証拠の整理と連日的開廷による充実した迅速な審理の理想に反する結果となる。
3 結語
これまで、ともすれば蚊帳の外におかれていた犯罪被害者等が抱える刑事裁判に対する不満を解消する方策の必要性を否定するものではない。
しかしながら、以上述べてきたように、その方法として、被害者等の刑事訴訟手続参加はより一層の混乱を招き、制度としても相当ではなく、そのような制度の創設には強く反対する。