福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2006年10月16日

犯罪被害者等基本計画に定める施策に関する意見照会(日弁連法2第72号)に対する意見

意見

2006年10月13日

日本弁護士連合会 会長 平山正剛 殿

                 福岡県弁護士会 会長 羽田野節夫


 日弁連法2第72号の「犯罪被害者等基本計画に定める施策に関する意見照会について」について,次のとおり意見を述べる。

第1 意見の趣旨
  損害賠償に関し刑事手続の成果を利用する制度,及び犯罪被害者等が刑事裁判に直接関与することのできる制度(犯罪被害者等が在廷する制度,犯罪被害者等が被告人に対する質問を直接行うことを許す制度)は,いずれも導入すべきではない。

第2 意見の理由
1 損害賠償請求に関し刑事手続の成果を利用する制度(以下「被害回復命令申立制度」という)(本意見照会第2の1)について
(1) 被害者等の民事上の損害回復について,被害者等の負担を軽減する観点から,被害者が刑事訴訟に附帯して損害賠償等の財産上の請求を行うことができる制度(附帯私訴)や,刑事裁判所が被告人に対して被害者への被害物品の返還や損害賠償を命ずることができる制度(損害賠償命令)を導入すべきとの考え方があり,今回,法制審議会で導入が検討されるとみられる制度は後者の制度と思われる。
(2) しかしながら,このような制度には,日本弁護士連合会の2005年6月17日付の「犯罪被害者等の刑事手続への関与について」と題する意見書(理事会決議)で指摘した問題点があることは現在も変わらず,法制審議会で検討されるとみられる被害回復命令申立制度についてもそのまま妥当する。
すなわち,附帯私訴については「刑事裁判と民事裁判における手続に相違点(証明の程度,過失相殺などにおける立証責任の所在,自白法則,控訴審の構造等)があり,同一の手続で行うことに困難を生じる。また,附帯私訴の申立人という当事者が増え,争点も増加するため,被告人側の防御の負担が増大し,訴訟が遅延するおそれがある。憲法上保障された被告人の迅速な裁判を受ける権利(憲法第37条第1項)が損なわれ」るおそれがある。
また,損害賠償命令についても「刑事裁判で取り調べた証拠の範囲内で認められる損害額のみで命令を発するものとすると,被害者は別途民事訴訟を提起し残額を請求しなければならず,被害の実態に即した有効な救済となり得ない一方で,民事訴訟と同様に損害額の認定を行うものとすれば,民事上の争点が刑事裁判に持ち込まれ,刑事裁判の遅延を招くなど,附帯私訴と同様の問題が生じる」。
 上記に加えて,被害回復命令申立制度には,以下に述べるような問題があり,その導入を認めることはできない。
(3) 予断排除原則,無罪推定原則違反のおそれ
  犯罪被害者等が,損害賠償を請求するという事実それ自体によって,被害が存在したことについての予断や偏見を裁判官(及び裁判員)に与えるおそれがある。
 この制度骨子によれば,申立人は,申立書に,申立ての趣旨,損害額の内訳程度を記載することとし,裁判所に予断を生じさせるおそれのある事項を記載することが禁じられるとされているが,申立書中の損害の内容や額の記載自体が,犯罪があったことや,甚大な損害が発生したことについての予断を与えるおそれがあり,無罪推定の原則に反する。
  ことに,被害回復命令の申立を,刑事裁判の判決宣告前の段階でも認めるとすれば,この申立書の記載が刑事裁判の判決宣告に影響を及ぼす可能性は排斥できない。
さらに,2009年から施行される裁判員制度の下では,この可能性は顕著である。
(4) 刑事訴訟手続が長期化するおそれがある
  これまでの刑事訴訟手続においては,被害者側の落ち度の有無が問題になることはあったが,この被害回復命令申立制度の下では,被害者の過失に関する過失相殺の割合が大きな争点となることが予想される。
  被告人及び弁護人としては,審理が刑事訴訟記録を利用して行われることになるため,その判決後に審理が予定される損害賠償請求についての審理で争点となる損害賠償の額に影響する可能性がある事項を強く意識して刑事訴訟の審理に対応せざるを得ないから,新たな負担を課せられることにもなる。
  また弁護人としては,犯罪被害者等を証人として尋問する際に,刑事訴訟の争点ではない場合であっても,被害者の過失割合等についての詳細な尋問をせざるを得なくなり,その分,刑事訴訟が長期化する可能性が増大する。
  犯罪被害者等も,詳細に被害者側の落ち度に関する尋問を受けて新たな二次被害を被る可能性もあるし,またそれによって被害感情が悪化し,悪化した被害感情等を立証するために証人請求がなされる等の可能性もあり,刑事裁判の審理が長期化する等のおそれがある。
(5) 損害賠償請求の審理における被告人の防御権が十分に保障されていないこと
  制度骨子によれば,刑事事件の有罪判決が言い渡された後に,損害賠償請求の審理を行うことが予定されている。
  その時点では,刑事事件の弁護人としての職務は終了していることになる。そこで、国選弁護人が選任されていた場合には,経済的等の理由から,多くの被告人は損害賠償請求の審理についての代理人を選任することは困難であり,本人訴訟の形で対応せざるを得ない。
  しかも,現在,刑事施設に収容されている被告人は,民事訴訟の全ての審理に出頭することは認められていないから,被告人は,損害賠償請求の審理の全部又は一部に出頭できない可能性が高い。
  その結果,国選弁護人が選任されていた被告人については,損害賠償請求の審理について,その代理人を選任することができないばかりか,自ら出頭することもできないまま審理が行われることになる可能性が高い。
  しかし,それでは,被告人は,損害賠償請求の審理についての防御権が実質的に保障されず,ひいては裁判を受ける権利(憲法32条)が侵害されると言わざるを得ない。
(6) 被害回復命令申立制度の対象事件が相当な範囲で裁判員対象事件と 重なりあうであろうことから予想される混乱
  被害回復命令申立制度で対象とされる事件は殺人等の重大な事件であることが予想されるが,これらの事件は,ほとんどが,裁判員対象事件である。裁判員対象事件はすべてが公判前整理手続に付されることになる(裁判員法49条)。
  ところが,これが同時に被害回復命令申立の対象事件となることが予想されるから,公判前整理手続によって主張と証拠の整理が行われた後になって,被害回復命令で争点となる被害額の算定に関する事実の有無等が刑事裁判の審理において争点となることにならざるをえない。なぜなら,損害額の算定については,刑事裁判で証拠となった証拠がそのまま証拠となることが予想される以上,刑事裁判の審理において,その点(被害者の過失割合等)が争点になるからである。
  そのような事態は,公判前整理手続で争点と証拠を整理して審理計画を策定したにもかかわらず,審理が計画通りに進まず,公判前整理手続を設けた趣旨を大きく没却することになるおそれがある。
(7) まとめ
  以上から,被害回復命令申立制度は裁判官や裁判員に予断や偏見を与え,無罪推定の原則に反するとともに,被告人及び弁護人に新たな負担を課し,被告人の防御権が実質的に保障されない。かつ,裁判員制度を導入し,その審理の充実ために設けたとされている制度(公判前整理手続等)の意義を喪失させてしまうことにもなる。
  のみならず,このような制度は,刑事裁判の混乱と長期化,ならびに刑事裁判手続に私的な感情的応酬を招くことになり,被害回復の労力を軽減し,簡易迅速な手段によって被害回復を実現するという目的からもかけ離れた事態を惹起するおそれが大きい。
  よって,このような制度は導入すべきではない。

2 犯罪被害者等が刑事裁判手続に直接関与することのできる制度(在廷,被告人質問)(本意見照会第2の2)について
  (1) この制度導入についての当会の意見は既に2004年8月19日付の「犯罪被害者の刑事手続参加の是非に関する意見」として日弁連に提出している。
現在においても,当会の意見に変更はなく,このような制度の導入はすべきではないと考える。
すなわち,被害者等の在廷,被告人質問を認めることは,刑事訴訟の基本構造や無罪推定原則を根幹から崩すことになり到底容認できない。
(2) このことは,2009年から施行される裁判員裁判において顕著である。すなわち,本来証拠となりえないはずの被害者等の表情,態度,言動(発問等)が,初めて刑事訴訟に関与する裁判員の情緒に強く影響し,証拠に基づいて冷静に判断されるべき事実認定や量刑に対し大きな影響を与え,適正な事実認定,量刑が維持できないおそれが大きい。
すなわち,初めて刑事裁判を経験する裁判員は,被害者等が検察官の横に在廷するというだけで極めて強いインパクトを受ける。裁判員は事件によっては衝撃的な犯罪報道にも接しているのであり,被害者等が在廷するだけで,被害者等に同情し,その裏返しとして被告人が真犯人であると考える危険性は免れない。すなわち,被害者等の在廷それ自体で証拠に基づかずに被害の立証がなされたことと同じ効果がある。
さらに,被害者等が被告人に対し発問することは,裁判員の面前で被害者等の肉声として発せられることから,裁判員(裁判官に対しても)に強烈な印象として残る。しかし,被害者等の発問自体は何らの証拠にならないはずにもかかわらず,裁判員は被害者等の発する発問の中に込められた事実関係の主張や感情によって大きく影響を受け,それによって心証を形成してしまうおそれが極めて大きい。
(3) さらに,付け加えれば,被害者等の在廷や被告人質問は,被告人にとっては相当な威圧感を受け,その結果,被告人は萎縮してしまって,自由な供述(特に,被害者の落ち度等)を妨げ,被告人の防御権を大きく侵害することになる。
(4) 法制審議会において検討することが予想される制度骨子によれば,「被害者の意見陳述制度に資する範囲で」と限定が付されているようであるが,被害者等が被告人質問で求めているのは,「事実はどうだったのか」,「被害者に対してどう思っているのか」等という,被告人の内心の情報ないし感情等を聞き出すことであり,この限定はほとんど実効性がない。
(5) 以上から,被害者等の在廷,被告人質問は絶対に認めるべきではない。

3 結語
以上述べたとおり,本意見照会で求められた「新制度導入の是非」については,いずれも刑事訴訟手続の根幹を侵害するものであり,当会としてはいずれの制度の導入についても強く反対するものである。

                                                     以上

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2006年10月25日

筑前町の中学生いじめ自殺事件の実名報道に対する会長談話

会長談話

2006年10月25日

福岡県弁護士会 会長 羽田野 節夫


 株式会社新潮社は,10月19日発売の「週刊新潮」において,福岡県筑前町の中学生いじめ自殺事件について,自殺した子どもの実名を挙げて報道した。

 しかし,自殺した子どもについての実名報道は,遺族の明示した意思に反して行われ,かつ,その報道内容からすると実名報道する必要性は全く認められず,さらには,興味本位で子どもの名誉に対する配慮を欠くものであって,子どもや遺族の名誉・プライバシーを著しく侵害するおそれがあると言わざるを得ない。

 そもそも自殺した子どもの実名は,その遺族を含め,極めて私的な生活に関わる事項であり,プライバシーとして十分に保護されるべき性質のものであって,それが報道されたときには,報道された者の私生活の平穏が害されることは甚だしいと言わざるを得ず,遺族の承諾なく報道することは原則として許されないものである。
 もとより報道の自由は尊重されなければならないが,それは公共性・公益性のある事項について,市民の知る権利に奉仕することから認められるものである。本件において,自殺した子どもを実名報道することに公共性・公益性があるとは到底言えず,報道の自由の名のもとに実名報道をすることが正当化されるものではない。

 我が国が1994年に批准した国連子どもの権利条約16条には,いかなる児童も,その私生活等に対して,不法に干渉されない権利を有すると規定されており,こうした国際社会の普遍的な原則にも抵触する重大な問題である。

 ところで,新潮社は,過去における犯罪少年の報道に関しても実名報道をくり返し行い,その都度,日弁連や法務省人権擁護局から人権侵害のおそれ等を指摘されていた。加えて,今回いわば被害者としての立場にある自殺した子どもの実名まで,その遺族の意思に反して報道するにいたっては,報道される者に対する配慮を著しく欠くものであって,その報道姿勢については強く批判せざるを得ない。

 以上の観点から,当会は,新潮社に対し,速やかに被害回復のための是正措置を求めるとともに,マスメディア全体に対し,人権に対する配慮を欠いた報道を行わないことを強く要望するものである。

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