福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2006年5月17日
会 長 日 記 〜バトンゾーン〜
会長日記
会 長 川 副 正 敏
一 『アラバマ物語』
二月一〇日、テレビの洋画劇場で『アラバマ物語』を見ました。
舞台は大恐慌の嵐が吹き荒れる一九三二年のアメリカ南部の小さな町。若い白人女性とその父親がでっち上げた「暴行事件」の犯人として、無実の黒人青年トムが起訴された。厳しい人種差別と偏見の中で、グレゴリー・ペック扮する知性と正義感にあふれた弁護士アティカス・フィンチの奮闘むなしく、陪審員団は有罪の評決を下す。
その現実とこれを目の当たりにしながら成長していくアティカスの幼い子どもたち(兄・妹)を描いた作品です。
クライマックス・シーンで、穏やかな中にも毅然とした口調で語るグレゴリー・ペックの次の言葉が強く印象に残りました。
「法廷と陪審は完全なる理想ではない。法廷とは生きた真実である。」
三年余り後に始まる裁判員裁判が、本当に司法の国民的基盤を強化するとの立法趣旨に沿ったものとして定着し、民主的で公正な司法の理想に近づくことになるのか、裁判員法廷で実際に展開される「生きた真実」が私情と偏見を排し、立場の異なる者の間での冷静な熟慮と議論のコラボレーションに基づく正しい結論を導くものとなるのかどうかは、ひとえにこれからの私たちの周到な準備と実践にかかっています。
一九一〇年の大逆事件裁判の戦慄にうながされて、八五年前、「司法の民主化」を目指して陪審制導入に踏み切った平民宰相原敬の決断を想起し、それが戦時体制下で潰えさせられた歴史の轍を繰り返してはならないとの思いを共有したいものです。
二 少年付添研究会と刑事弁護研究会
二月二日に開催された第一回少年付添研究会を傍聴しました。弁護士になったばかりの若手会員から、過ちを起こした自分の子どもを見放す父親に罵倒されながらも、何とか説得して親子関係の修復に努めた話、個人的なつてをたどって、少年の就業場所を見つけようと奔走した体験談などが語られ、参加した同輩・先輩会員との間で熱い議論が交わされました。
数年前から行われている、同じく若手会員による刑事弁護のスキルアップのための刑事弁護研究会にも、他の会務と重ならない限り、できるだけ顔を出すようにしました。そこでも本当に頭の下がるような熱心で充実した弁護活動の報告とこれをめぐる真摯な議論が毎回展開されています。
「今どきの若い者」に敬服するとともに、秋からの被疑者段階を含めた公的弁護対応態勢確立への自信と公的付添人制度実現への決意を新たにすることができました。
壮年、熟年の会員もぜひ出席して議論に参加されるようお勧めします。自らの仕事を顧みて、マンネリ化に対する強力なカンフル剤となること請け合いです。
三 未決拘禁制度改革と代用監獄問題
昨年一二月から六回にわたって行われてきた未決拘禁者の処遇に関する有識者会議は、今年二月二日に「提言」という形でその審議結果を公表しました。
この提言は、「治安と人権、その調和と均衡を目指して」という副題にも見られるように、無罪推定を受けるべき未決拘禁者の地位とその人権保障に対する視点が非常に弱いものとなっています。そして、最大の課題である代用監獄制度については、今回の法整備ではこれを存続することが示されました。他方、拘置所での夜間・休日における接見、電話・ファックスによる外部交通などについては、その導入が認められるべきであるとしていますが、具体的な内容はごく限定された不十分なものです。
政府はこの提言を踏まえて法案策定をし、今通常国会に提出することにしており、今後、日弁連・単位会の総力を挙げた取り組みが必要です。当会でも三月三一日に代用監獄問題に関する集会を計画していますので、ぜひ参加されるようお願いします。
四 バトンゾーン
二月中旬までに、二〇〇六(平成一八)年度会長・羽田野節夫会員をはじめ、次年度執行部の顔ぶれが決まりました。私たち現執行部は、年度末の会務処理に追われる日々の合間に、前年度の松?執行部から受け継いだバトンを落とすことなく、何とか無事に羽田野執行部に手渡せるゾーンまでたどり着けた安堵感を覚えながら、こもごも引継書を書いています。
そんな中で、私は次年度日弁連副会長としての引継業務のため、二月から三月にかけてほぼ半分の日数を東京で過ごしています。これは歴代の当会会長がやり遂げてきたことですが、県弁の執行体制のあり方として、果たしてこれからも現状のままでよいのだろうかとの疑問を禁じえません。
最近の『会長日記』でも触れていますように、司法支援センターと公的弁護対応態勢、公判前整理手続等の改訂刑事訴訟法下での刑事裁判実務と裁判員裁判に向けた準備など司法改革関係の諸制度の実施にかかわる具体的な取組課題、さらには未決拘禁制度改革やゲートキーパー規制問題などが一日の休みもなく押し寄せてきています。
このような中で、執行部には年度替わりのブランクは許されず、むしろ三月から四月にかけての今の時期こそが一年中で最も多忙で重要な時期ではないかとも思われます。法曹人口大幅増員時代を迎えて、会務活動がますます多岐に及ぶことから、この傾向が一層強まることは確実です。
ちなみに、ここ数年の歴代会長と同様、私もこれまで、心身ともに会長の職務に完全に専従する毎日を過ごしてきました。
五 県弁会長と日弁連副会長の完全分離へ
このように、県弁執行部の責任者たる会長が会務活動にとって最も重要な時期に、日程的にはひと月の半分、精神的にはほとんど大部分を日弁連の用務に費やすというのはどう考えても不合理です。
他方で、九弁連選出の日弁連副会長については、今年度から、福岡県とそれ以外の七県弁護士会(七県の間では予め決められた順番による)が一年ごとに出すという制度が実施されることになりました。そして、七県の第一順位である長崎県弁護士会ではすでに二〇〇七(平成一九)年度の日弁連副会長予定者を内定しています。
また、九弁連では、この予定者が日弁連の諸課題に精通してスムーズに日弁連副会長職を行えるようにするため、九弁連副理事長として、ほぼ毎月二日間開催される日弁連理事会にオブザーバー参加してもらうこととし、これに必要な制度を整備して、予算措置をとることになりました。
この制度の下では、福岡県弁護士会でも、県弁会長である者が次年度の日弁連副会長に就任するという必然性は、制度的にはもちろん、事実上もないということになります。このことは、日弁連副会長に就任する県弁会長とそうでない会長という二種類の存在のおかしさを想定すれば明らかです。
このように考えてくると、福岡県弁護士会から日弁連副会長を出す年であれ、そうでない年であれ、前年度の県弁会長であるかどうか、さらには県弁会長の経験者であるかどうかとは関係なく、日弁連副会長として仕事をする意欲のある会員は誰でも自由に立候補して全会員の信を問うことが、単に制度的なものとしてだけではなく、実際の運用としても行われるべきです。九弁連における日弁連副会長交互選出制が定着するのを見定めながら、その方向性(県弁会長と日弁連副会長の完全分離)を追求していく必要があると考えます。
県弁会長の翌年度に日弁連副会長に就任する方式が確立してから約二〇年を経た今、司法制度改革の具体化と会員の大幅増加の時代を迎え、執行体制強化の観点を中心にしながら、委員会の組織・運営のあり方を含め、改めて機構改革の議論をすべき時に来ているとの思いを深くしています。