福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2006年5月17日

会 長 日 記 〜年頭にあたって〜

会長日記

   会 長 川 副 正 敏

一 はじめに
 明けましておめでとうございます
 昨年を振り返りますと、一月にはスマトラ島沖大地震と大津波の報に地球の終末の始まりかと驚かされ、その衝撃もさめやらぬうちに、私たちの足下で予期せぬ地震に見舞われました。夏には「郵政民営化・小泉劇場」が喧伝される中で、衆議院に三分の二の巨大与党が生まれました。
 年末になると、次々に起こる幼女殺害事件、そしてマンションやホテルの耐震構造計算偽装事件が世を騒がせました。世界では、抑圧とテロ、報復という暴力の連鎖がこの瞬間も続いています。
 戦後六〇年、還暦に当たる年でしたが、各方面で制度疲労が顕在化し、あるいは普遍的なものと考えてきた価値観が大きく揺らぎ、将来への漠たる不安がただよう中で新年を迎えた感があります。一〇〇年後の歴史家はこの二〇〇五年について、良くも悪しくも様々な意味で、大きな区切りの時代として総括するのかもしれません。
 そのような中にあればこそ、次の還暦のサイクルの始めの年である今年は、未来に向かって、改めて我々の時代の「坂の上の雲」を見出し、その雲を仰ぎ見ながら、一歩一歩着実に歩んでいかなければならないと思うこのごろです。
 さて、私たち執行部の任期も残すところ三か月を切り、最後の追い込みに入りました。夏休みの終わりに宿題をやり残して焦った悪童時代の苦い思い出がよぎります。
 この機会に、当面の主要な課題について申し述べることとします。

二 憲法改正問題への取り組み
 先に自民党の新憲法草案が公表され、民主党も九条二項の改定を含む憲法改正に前向きの姿勢を示す中で、次の通常国会には国民投票法案が上程されるという情勢にあります。私たちにとって不動の価値基準としてきた憲法が揺らぎ始めています。
 当会では、昨年末に憲法委員会を立ち上げ、この問題に対し、強制加入団体としての枠内でできる限り、正面から取り組んでいくことにしました。父母・祖父母の世代が悲惨な犠牲を払って築いてくれた、恒久平和を希求し、その下で個人の尊厳を至高の価値として追求する「このくにのかたち」を次の世代に確実に引き継ぐ責務が私たちにはあると思います。

三 各種治安立法阻止と未決拘禁制度改革の運動
 弁護士が依頼者の「疑わしい取引」を国に密告するというゲートキーパー立法に対し、日弁連は昨年六月、取扱機関が金融庁であることを前提として、日弁連が会員からの報告の受け皿となることを骨子とする方針を立て、法務省との折衝を重ねてきました。しかし、その後関係省庁間での協議の結果、この問題の主管庁が金融庁から警察庁に変わることとなり、日弁連は昨年末、改めてゲートキーパー立法そのものに断固として反対し、強力な運動を展開するとの方針を打ち出しました。
 また、再三にわたって廃案とされてきた共謀罪の立法化も現実の問題となっています。少年院送致年齢の下限(一四歳)の撤廃や触法少年・ぐ犯少年に対する警察官への強制捜査権の付与などを盛り込んだ少年法改定にも大きな懸念があります。
 「テロとのたたかい」や日本社会の「安全神話」崩壊に対する防波堤構築を金科玉条として、治安優先の立法が次々と出され、圧倒的多数の与党が占める国会でさしたる議論もなされないまま可決成立しかねないという構図には、背筋が寒くなる思いです。
 他方、未決拘禁制度改革も今年中の決着に向けた法務省・警察庁との厳しいせめぎ合いが続けられています。このような中で、昨年末に有識者会議が発足し、今年二月を目途に提言が出され、その後立法化作業に入る見通しです。代用監獄廃止に向けた道筋を付けるため、全力を傾注しなければなりません。
 人権擁護と社会正義の実現という使命を与えられた弁護士・弁護士会の見識と力量が今こそ問われているのだと思います。
 これらの問題について、当会でも早急にしかるべき組織を立ち上げ、日弁連及び全国の単位会とともに、強力な運動を展開していくことが求められています。

四 司法支援センターと公的弁護態勢確立
 今年四月の日本司法支援センターの発足まで三か月を切りました。夏前には地方事務所がオープンし、秋からは法定合議事件の被疑者弁護を含めた国選弁護人指定業務などが開始されることになります。
 司法支援センターに対しては、今も懐疑的な見方がありますが、実際の業務開始を目前に控えて、弁護活動の自主性・独立性を確保しつつ、広範な国民に対して真に良質な法的サービスが提供できる組織運営を実現するため、弁護士会はこれを傍観視するのではなく、積極的に関わっていくべきだと考えます。
 そのために、当会としては、地方事務所の要となる所長・副所長には、会の総意に基づく最適任者を推薦し、職員についても、弁護士会で従来から国選・扶助業務にたずさわってきた優秀な人材を確保して、弁護士会との緊密な連携体制を構築するように鋭意準備作業を進めているところです。
 地方事務所の設置場所についても、床面積約一五〇坪(福岡)ないし約六〇坪(北九州)以上という条件を満たすとともに、既存の弁護士会の相談センターとの場所的・機能的一体性を確保することを前提として、適当なビルの調査を行っています。また、発足時には事務所設置が見送られた筑後と飯塚についても、その必要性を訴え続けて実現を期さなければなりません。
 司法支援センターにおける国選業務のあり方については、現在、業務方法書・法律事務取扱規程・国選弁護人契約約款に関する日弁連の要綱試案に対する単位会の意見照会がなされており、当会では全会員に情報提供をして意見を出していただくようお願いしているところです。弁護権・防御権の確保を基本として、当会としての適切な意見を出さなければなりません。
 そのうえで、大多数の会員が引き続き国選弁護をお引き受けくださるようご協力をお願いいたします。一人が一〇の仕事をやるのではなく、一〇人が一の仕事を分かち合うとの思いを共有したいものです。
 今年九月には、日弁連の国選シンポジウムが福岡で開催されることになっており、公的弁護態勢確立と国選弁護充実の契機として、是非とも成功させたいと思います。

五 刑事司法改革への対応
 昨年一一月に始まった公判前整理手続は、現在適当な事件を選んで試行的に実施されていますが、逐次拡大していき、裁判員裁判開始に向けて、連日的開廷をにらんだ集中審理・迅速化が押し進められていくことが想定されます。そのような中で、刑事裁判の適正・充実の観点がおろそかにされ、弁護権・防御権の保障がいささかでも弱められるのは防がなければなりません。
 そのような観点から、未決拘禁制度改革や取調全過程の録音・録画化の実現に向けた取り組みを強化するとともに、会員の弁護活動に対する弁護士会としてのバックアップ体制の確立を図るべきです。

六 後輩の育成
 法曹人口大増員時代に向け、法科大学院〜司法修習〜入会時研修を通じて、多くの後輩がその力量を高め、質量ともに豊かな弁護士業務を展開できるようにするために、弁護士会としての支援策や受入体制を作って実行していくことも焦眉の急です。

七 むすび
 司法改革が各論に入って行くほどに、我々の現実的な業務のあり方を大きく左右しかねない具体的問題に直面し、次々に厳しい決断と実行を迫られるのを痛感します。
 正月早々から重い話題を書き連ねましたが、いずれも今年度から来年度にかけてやり遂げなければならない重要な課題です。
 「怒れる風体にせん時は、柔らかなる心を忘るべからず」(風姿花伝)の教えを想起しながら、残された任期を全力で務めていく決意です。会員の皆様のご理解とご協力を心よりお願い申し上げます。

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