福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2006年1月 5日
少年非行と付添人活動
会長日記
会 長 川 副 正 敏
福岡県弁護士会では2001(平成13)年2月に少年身柄事件全件付添人制度を発足させ、以来5年近く経過しました。
これは、非行事件を起こしたとして観護措置(身柄拘束)を受けた少年に対し、費用負担ができなくても、弁護士が付添人に就いて家庭裁判所の少年審判手続に関与し、正しい非行事実の認定と少年の真の更生に向けた適切な処遇を実現するために活動するもので、日本で初めての制度でした。
現在、福岡県弁護士会では361名の会員がこの活動にたずさわっており、付添人選任数は年間900件前後の全観護措置件数の約70%にのぼるなど、ほぼ定着しています。他の弁護士会でも逐次同様の制度が導入されてきており、着実に全国的な広がりを見せています。現在検討されている少年法改正案にも、一部の事件に限定されてはいますが、国選付添人制度が取り入れられるに至りました。
成人が起訴された場合は、国選弁護人が選任されてその法的援助を受けられるのに対し、発達途上にあって、可塑性に富み、成人よりも防御能力が劣る少年について、当然に弁護士が付添人に選任される法制度が用意されていないのは均衡を失しており、人権制約をするには適正手続の保障が不可欠であるとの憲法上の原則にもとるのではないのか。私たちが手弁当でこの制度を始めたのは、このような問題意識に基づくものでした。
また、非行事件を起こした少年に寄り添い、非行に陥った原因を彼らと一緒に探求し、その自覚と反省、被害者への謝罪の念を醸成して、更生の意欲をうながし、環境調整を図るうえでも、弁護士が付添人となって活動することに大きな意義があると考え、現に実践しています。
私も付添人活動をするときは、河合隼雄著『心の処方箋』の中の次の一節をいつも想起するようにしています。
一番大切なことは、この少年を取り巻くすべての人がこの子に回復不能な非行少年というレッテルを貼っているとき、「果たしてそうだろうか」、「非行少年とはいったい何だろう」というような気持をもって、この少年に対することなのである。
近時、少年による重大事件が起こるたびに、その厳罰化が叫ばれ、今次の少年法改正案でも、14歳未満の子どもに対する少年院送致の導入や触法少年等に対する警察官の調査権限の法定化などが盛り込まれています。
しかし、1990年の第8回犯罪防止及び犯罪者処遇に関する国連会議で採択された「少年非行予防のための国連ガイドライン」(リヤド・ガイドライン)が述べているように、少年非行防止のためには、家庭、学校や地域において、子どもの人権を尊重した教育と福祉的アプローチが重視されるべきだとの基本的視点が忘れられてはなりません。その意味で、この少年法改正案には大いに疑問があると言わざるをえません。
少年事件付添人制度は、「少年の健全な育成を期する」という少年法の理念を現実的に意味のあるものとして生かすことに寄与し、このことがひいては少年非行を減らし、その深刻化を防ぐ道でもあると思います。
福岡県更生保護協会『福岡更生保護』第728号(平成17年12月1日)より
2006年1月18日
弁護士に対する「疑わしい取引」の報告義務の立法化に反対する声明
声明
2006(平成18)年1月18日
福岡県弁護士会 会 長 川 副 正 敏
政府の「国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部」は、2005(平成17)年11月17日、資金洗浄(マネー・ロンダリング)及びテロ資金対策の一環として、2006(平成18)年中にいわゆるゲートキーパー規制の法律案を作成して、2007(平成19)年の通常国会に提出することを決定した。
しかしながら、弁護士に対するゲートキーパー規制制度の本質は、下記のとおり、依頼者の秘密情報を密告する捜査機関の手先としての役割を弁護士に担わせるものにほかならない。それは、健全な弁護士制度とこれを不可欠とする司法制度への信頼を根底から覆すものであって、国民の基本的人権保障を著しく危うくし、民主主義社会の維持及び発展にとって、得ようとする成果に比して失うものが余りにも大きいというべきである。
当会としても、マネー・ロンダリング対策の重要性を一般的に否定するものではないが、今回の政府決定は到底容認できず、この問題についての国民の理解を得る努力を尽くしつつ、日弁連及び他の弁護士会とともに反対運動を展開していくことを表明する。
記
ゲートキーパー規制とは、犯罪収益やテロ資金の移動に利用されうる一定の取引の代理人や助言者として、これらに関与する弁護士や会計士等の専門家を取引のゲートキーパー(門番役)にし、マネー・ロンダリングやテロ資金の移動を見張らせ、政府の金融情報機関(略称「FIU」)に対してその疑いのある取引の報告をさせることにより、これらの犯罪行為を抑止しようとする制度である。これは、先進8カ国(G8)から委ねられた「金融活動作業部会」(OECD内に事務局を置く政府間組織。略称「FATF」)がOECD加盟国を中心とする31の国・地域等に対して行った勧告で、その実施を求めているものである。
政府は2004(平成16)年12月、このFATF勧告の完全実施を方針とする「テロの未然防止に関する行動計画」を策定したが、今回の決定はこれを具体化するものである。
しかし、弁護士に対して、刑事罰その他の制裁を背景として、依頼者の「疑わしい取引」に関する情報を政府当局に報告する義務を課すという制度は、守秘義務と公権力からの独立を不可欠とする弁護士職の本質とは到底相容れないものである。それゆえに、日本を含む関係各国の弁護士・弁護士会は一致してその導入に強く反対してきた。現に、FATFの有力な加盟国であるアメリカでは未だ立法化されておらず、その動きも見られない。また、カナダでは弁護士会が起こした違憲訴訟によって、マネー・ロンダリング法の弁護士への適用が見送られ、ベルギーやポーランドでも違憲訴訟が提起されている。
弁護士という職業の中核的価値は、単に法律に関する専門知識を有するというだけではなく、公権力から独立して依頼者の人権と法的利益を擁護することにある。その職責を全うするため、弁護士は、依頼者に対して、職務上知りえた依頼者の秘密を保持する義務があり、これは国家機関を含む第三者に対する関係では、重要な権利でもある。
弁護士に厳格な守秘義務があり、かつそれが法的に保障されているからこそ、依頼者は弁護士にすべての情報を包み隠さず開示することができる。そして、そのような依頼者の全面的な情報開示があってはじめて、弁護士は効果的にその任務を遂行することができるのであり、すべてを打ち明けてもらうことで依頼者に合法的な行動をするよう指導することができる。これを依頼者である市民の立場から見ると、秘密のうちに弁護士に相談し、適切な法的アドバイスを受ける権利を有しているということにほかならない。それは弁護士としての依頼人に対する重大な職責であって、このことは、1990年12月に行われた国連の第45回総会決議『弁護士の役割に関する基本原則』の中でも、「完全に秘密を保障された相談において、適切な方法で依頼人を援助し、彼と彼らの利益を守るための法的行為を行うこと」をもって、弁護人の依頼人に対する義務である旨を述べているところである(同原則8項、13項等)。
しかるに、弁護士に対する「疑わしい取引」の通報義務制度の下では、「疑わしい」という多分に主観的な要件に基づいて、弁護士は依頼者を裏切ってまでも密告せざるをえないことになる。そうなれば、依頼者は胸襟を開いて弁護士に相談することはできず、依頼者の弁護士に対する信頼を損ない、弁護士職の存立基盤を突き崩し、ひいては市民の弁護士へのアクセスを著しく阻害するという事態を引き起こす可能性が大きい。
その意味で、弁護士の守秘義務と公権力からの独立性保障は、弁護士自身の職業的利益というよりは、市民が弁護士から適切な法的助言ないし援助を得るのを確保するためのものであって、法の支配を実現するうえで必須の制度である。
また、FATF勧告は、「疑わしい取引」に関する情報が「弁護士の職業上の守秘義務又は法律専門家の秘匿特権に服する状況下において得られたものである場合」には、届出を行うことを義務づけられないとしている。しかし、その具体的な適用範囲を明確に画することは極めて困難であって、前記の「疑わしい」との要件該当性の判断と合わせて、まさに、「疑わしきは依頼者の不利益に」なるような密告を余儀なくされることになる。
加えて、今回の政府決定では、報告先としての金融情報機関(FIU)について、従来金融庁としていたものを警察庁に移管することとした。しかし、弁護士は刑事弁護活動等を通じて、捜査ないし治安・警備機関としての警察と時に厳しく対峙することをその職責上不可避としている。そのような弁護士をして、ほかならぬ警察に「疑わしい取引」の密告をさせるというのは、弁護士・弁護士会の存立基盤である公権力からの独立性を構造的に脆弱化して、国民の信頼を失わせ、弁護士制度の根幹を大きく揺るがすものである。
以 上