福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2005年12月19日
会長日記 〜任期の折返し点で思う〜
会長日記
会 長 川 副 正 敏
一 公的弁護態勢確立のための意見交換会に思う
八月三〇日、日弁連と九弁連の主催による「公的弁護制度の対応態勢確立のための意見交換会」が当地で開催されました。
二〇〇六(平成一八)年一〇月に始まる被疑者国選を含む公的弁護制度への対応態勢をめぐり、九州各県の弁護士会、ことに離島などの弁護士ゼロ・ワン地域を多く抱える会を中心にして、ジュディケア制だけで弁護人を確保することはできず、相当数のスタッフ弁護士の配置を求める意見が多く出されました。とりわけ、必要的弁護事件が対象となる二〇〇九(平成二一)年に向けた深刻な実情が報告されました。
他方、国選弁護の運営主体である日本司法支援センターのあり方についての不透明感から、同センターとの契約締結に対する疑義も一部で出されている状況があります。そこで、これを払拭して、一部の会員の過大な負担によるのではなく、広範な会員によって公的弁護を担うことが必須であって、そのための方策を早急に検討しなければならないとの認識で一致しました。
詳細は別稿で報告されますので、ここでは、会議の終わりに行った私の締めくくりの発言の要旨を掲記し、問題意識を共有するためのよすがにしたいと思います。
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梶谷日弁連会長は、常々「司法改革の実行段階は地方の時代」と言われています。
これは、制度改革の実施に際しては、現場の実情に基づくきめ細かな検討が必要であって、それには地方からの積み上げが重要であることを指摘しているのだと理解しています。そして、公的弁護態勢の確立及びその運営主体である日本司法支援センターの実施設計と施工における課題を考えるうえで、このことはまさに当てはまります。
いわゆる重罪事件の被疑者国選が開始する二〇〇六(平成一八)年は待ったなしの目前に迫っており、二〇〇九(平成二一)年の必要的弁護事件のそれが始まるのも遠い先のことではありません。
本日の意見交換会では、各地の実情とこれを踏まえた具体的な問題点が出され、率直な意見交換が行われましたが、それだけにまた、多くの課題が一層浮き彫りになりました。その中で、捜査段階と公判段階のリレー方式や県境を越えた共助、引受け可能な件数枠を個々に定める方式を検討するなど、できる限りジュディケア制で対応するための提案も出されました。
九州は、大分県弁護士会と福岡県弁護士会が相次いで開始し、その後燎原の火のごとく全国に広がった当番弁護士発祥の地であり、その牽引車としての役割を果たしてきたと自負しています。
今から一五年前にここ九州で始まった当番弁護士運動は、絶望的と言われて久しい刑事司法の抜本的な再生を実現するための取組の主柱であり、その公的制度化への道筋は私たちが市民に提示した展望でした。だからこそ、「弁護士会の戦後最大のヒット商品」と評され、多くの市民がこの運動に結集してくださいました。
今日、私たちは少なからぬ不安や困難に直面していますが、今こそ、この原点を想起しなければならないと思います。
日弁連、九弁連、単位会、そして個々の会員が互いに他は何をしてくれるのかというのではなく、共に何をなすべきかという観点に立ち、一緒にこの変革の時代を担い、それぞれの役割を分かち合うとの思いを共通にして取り組まなければなりません。
私たちが目指してきたところは、捜査・公判を通じてあまねく国費による弁護制度を確立し、弁護の自主性・独立性を堅持しながら、被疑者・被告人の十全な人権擁護を果たし、適正手続の実質的保障に資することにあるのは言うまでもありません。
それがまさに始まろうとする現在、様々の問題が顕在化していることは否めません。しかし、そうであればこそ、現場の実情を一つ一つ検証し、その克服のための具体的方策の定立と実践を積み重ねることが求められていると思います。とりわけ、自主性・独立性を核心とする刑事弁護の質の確保、これに沿ったあるべき司法支援センターの組織運営の確立に向けた獲得目標の提示及び国との精力的な折衝、それを支える会内外における強力な運動の展開は、会員の結集を得るうえでも極めて重要です。
そのために、日弁連と九弁連及び各単位会はそれぞれの立場で最大限の尽力をすることを確認し合って、本日の意見交換会の結びとさせていただきます。
二 東アジアの司法改革管見
1 中国・国家法官学院一行の来訪
九月一二日に台湾・高雄市の裁判官が日本の家事事件・少年事件に関する調査のために当会を訪問したのに続いて、九月一四日には、中国・国家法官学院の院長Huai Xiao Feng氏を始め、役職員一行四名が当会を訪れ、懇談をしました。
中国の国家法官学院は、日本の司法研修所に相当する裁判官養成機関です。中国では市場経済化・国際化が急速に深化するのに伴い、法曹養成制度の抜本的改革を含む司法改革が進められています。
そのような中で、同学院はこのたび、福岡大学当局、特に当会の川本隆・山口毅彦両会員のご努力もあって、同大学との間で学術交流の協定を締結し、今後学生・教職員等の交流・情報交換を重ねて、法曹教育の充実のためにお互いに協力していくことになりました。
Huai院長と私は、東アジア各国では、法の支配に貫かれた公正な社会を支える法曹の果たすべき役割がこれからますます重要になるとの共通認識の下に、中国と日本の法律実務家はできるだけ交流の機会を持って信頼関係を深め、そのことを通じて、お互いの司法制度や実務を学び合うことが大切であるということで一致しました。
2 台湾の少年法院事情など
前後しますが、別稿で紹介されているとおり、台湾の裁判官が当会を訪問した目的は、二年後を目途に進められている家庭裁判所創設に向けて、日本の制度とその運用を調査するというものでした。
一方で、台湾には少年法院という日本の家庭裁判所のうちの少年事件担当部署が独立した形の裁判所があります。その法官(裁判官)は、日本の少年法の理念でもある「少年の健全な育成」の観点に立ち、当会の少年事件全件付添人制度において私たちが現に実践しているような少年への積極的アプローチを自ら行っているとのことでした。
3 進む取調の可視化
台湾や香港で取調の録音・録画が既に実施されていることは知られています。
韓国でも、警察・検察自身が「被疑者の人権擁護、捜査過程の透明化」との理念を掲げ、取調全過程の録音・録画実施に向けた準備を積極的に進めています。しかも、その制度化後の運用をめぐる具体的な検討、例えば、公判中心主義・直接主義との関係において、これ(DVD)に証拠能力を付与するための要件はいかにあるべきかといった議論が法曹界内部だけではなく、メディアでも活発に行われています。
ちなみに、韓国では、陪審制類似の国民の司法参加制度の導入に向けた具体的検討も行われていると聞いています。
当会では、九月一七日、『密室での取調べをあばく! 〜取調べの録音・録画実現に向けて〜』と題して、可視化シンポジウムを開催しました。そこでは、韓国・ソウルの警察や検察庁に設けられている上品な木製の調度品が置かれ落ち着いたクロス貼りの広い取調室の写真とともに、録音・録画実施の準備状況が紹介されました。他方、実行行為者の供述により共犯者に仕立て上げられて起訴され無罪判決を得た杷木町の中嶋玲子前町長から、自白を得るための苛酷な取調の実態が生々しく語られました。
このように、後を絶たない捜査過程における被疑者の人権侵害事例に接するにつけ、取調の録音・録画を頑なに拒む日本の警察・検察がその最大の論拠としている「捜査官と被疑者の人間的信頼関係を築くことによって真実の供述が得られる」との論理がまことに空疎に響き、先行している東アジアの国々との落差に嘆息を禁じ得ません。四年余り後に始まる裁判員裁判までには、日本でも是非実現しなければならないとの思いを一層強くしています。
4 むすび
以上のように、韓国、中国、台湾では、司法制度や背景事情などに違いがあり、内容・程度の差があるのも事実ですが、大筋では、「法の支配」が貫徹する透明・公正な社会を確立するうえで、司法ないし法曹が担うべき役割の重要性に対する基本的認識に立って、様々の面で色々な形の司法改革が進められているようです。
とりわけ韓国と台湾では、「民主化・透明化」というキーワードの下に、多くの点で、日本より一歩も二歩も先を行く制度改革・実践が官民を通じて意欲的に取り組まれており、学ぶべきものが少なくないことを実感する秋です。
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任期の折返し点を通過しながら、これらを始めとする押し寄せる重要課題への取組をさらに強化しなければならないと、焦慮感とともに決意を新たにしています。