福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2005年10月 4日
取調べの録音・録画実現とその試験的な導入を求める声明
声明
2005(平成17)年10月4日
福岡県弁護士会 会長 川副正敏
当会は、さる9月17日、福岡市において、一般市民の参加を得て「密室での取調べをあばく ― 取調べの録音・録画実現に向けて ―\」と題するシンポジウムを開催しました。そこでの内容は、国税還付金詐取事件で無罪判決を勝ち取った前杷木町長による警察や検察庁での自白強要のための取調べの実体験報告、取調べの可視化を試験的に開始している韓国の視察報告、取調べの可視化をテーマにしたパネルディスカッションが行われました。
これらを通して、密室における取調べは、自白獲得のための長時間にわたる過酷な追及とそこでの暴行・脅迫・人格誹謗などといったさまざまな人権侵害の温床となり、虚偽の自白を生む危険性が極めて大きく、現にそのような実例が後を絶たないこと、諸外国では取調べの可視化が大きな流れとなって進められていることが改めて浮き彫りになりました。\n そして、これを踏まえて、シンポジウムの最後に、集会参加者一同で下記のとおりの提言を全員一致で採択しました。
よって、当会は、関係各機関が一刻も早く、取調べの全過程の録音・録画実施に向けて行動をとられるよう要望し、当面、その試験的な導入を求めるとともに、当会としてもその実現を図るため最大限の努力を尽くす所存です。
以上のとおり声明いたします。
弁護士会は、えん罪や不当な取調べによる人権侵害を防止するため、被疑者の取調べ過程の可視化(録音・録画)を強く求めてきました。
そして、今回のシンポジウムで?かかる弊害に対して取調べには人権侵害やえん罪を生み出すなどの様々な弊害があること、?かかる弊害に対して取調べの可視化が有効な対処法であること、?隣国韓国をはじめ諸外国では、被疑者取調べの可視化が広く実施されていること、が確認されました。
また、2009年5月までに導入される裁判員制度のもとでは、これまでの刑事裁判のように被告人の自白の任意性・信用性をめぐって証人尋問がくり返され長期化することは裁判員の負担を加重するばかりか、裁判員の判断を困難にし、裁判そのものの存続を危ぶまれるような事態が憂慮されます。
そのような事態を避けるためにも、取調べの全過程の可視化によって自白の任意性・信用性を判断できるようにしておかなければなりませんが、いますぐに取調べの可視化を試験的に導入しておかなければ4年足らずで始まる制度開始には間に合いません。
現在までに法務省や警察・検察の現場からは取調べの録音・録画が捜査過程に悪影響を及ぼすと、さまざまな理由を述べていますが、そのような反対論が果たして合理的といえるのかは想像の域をでていません。
すでに取調べの可視化について抽象的な功罪を論ずる段階は終わり、試験的に取調べの可視化を導入したうえで、弊害の有無を検証し、よりよい制度設計を目指すべき段階に至っています。
そこで、私たちは、
取調べのすべての過程を録音・録画する制度の実現に向けて、すみやかに試験的な録音録画を導入し、順次運用を開始することを提言いたします。
憲法改正国民投票法案に反対する会長声明
声明
2005(平成17)年10月4日
福岡県弁護士会 会長 川副正敏
1 2005年9月22日、衆議院に憲法調査特別委員会を設置することが決議された。その設置趣旨は、憲法改正手続きについての国民投票法案を審議することにあるとされている。
与党自由民主党と公明党は、すでに2001年11月に発表された憲法調査推進議員連盟の日本国憲法改正国民投票法案に若干の修正を加えた法案骨子に合意しており、これをもとにした法案が提案されると考えられる。\n 憲法は国家体制の基本秩序を定める最高法規であると共に、国家権力から国民の権利・自由を保障することをその本質としている。同時に、憲法改正手続きは国民の主権行使の最も重要な場面である。従って、改正手続きにおいては十分な議論を保証しさらに国民の意思が適正に反映されなければならないことは言うまでもない。\n2 しかるに、法案骨子には以下の問題がある。
(1)第1に、憲法の複数の条項について改正案が発議される場合、各発議毎に投票方法を定めることとされており、各条項毎に投票する制度が保証されていない。仮に異なる条項について一括して賛否を投票する場合、一部賛成や一部反対の有権者は投票が困難となり、有権者の意思を正確に反映させることができない。従って、投票においては、改正点について個別に賛否の表明ができる方法にするよう、法で定めるべきである。\n(2)第2に、法案骨子は国民投票運動について、公務員・教育者の運動制限、外国人の運動の全面禁止、予想投票公表\禁止、メディアに対する報道制限など広範な禁止規定を定めこれを罰則によって担保している。
本来憲法改正にあたっては、できる限り有権者に情報が提供され活発な議論がなされるべきであり、そのためには表現の自由が最大限尊重されなければならない。従って、その規制には十\分な必要性と合理性が求められるべきであるが、上記規制は公選法の制限規定を無批判に取り入れたに等しい。当選人と職務の関係で利害関係が生じかねない選挙と憲法改正の是非を問う国民投票では全く異なる性格のものであることを考えると、公選法の規制が国民投票にも妥当するとはとうていいえないのである。
国民投票運動においては、公務員の政治活動の制限の適用除外等こそ検討され規制緩和をはかるべきであるにもかかわらず、定住者を含めた外国人の運動をすべて禁止するなど、公選法より厳しい規制も含まれており、重大な問題である。
(3)第3に投票の効果については、有効投票総数の二分の一を超える賛成があれば当該憲法改正について国民の承認があったものとするとされている。
しかし、無効票となったものは、少なくとも賛成票とは見なされなかったものであるし、憲法改正について何らかの意思を表示したものであるから、投票しなかったものと同様には考えられない。また、無効票が多い場合は少数の賛成で憲法改正が承認されたと見なされる可能\性もある。
国民投票は国の最高法規たる憲法を改正するか否かを問うものであるから、少なくとも有効投票総数ではなく、投票総数の過半数が賛成を投じたと判断されなければ国民の承認があったと見なされるべきではない。
また、投票率に関する規程がなく低い投票率で憲法改正が実現する可能性があることも問題である。\n(4)第4に、法案骨子では、発議から投票までの期間を30日から90日としているが、これは余りにも短く憲法改正を国民が議論する期間としては不十分と言わざるを得ない。憲法改正の発議について国会で議論される期間があるとしても、最終的な改正案は国会の議決によって確定するのであり、国民はこれについて十\分な議論を行う必要がある。議連案ではこの期間は60日から90日とされており、それでも短すぎるとの意見が出されていたところ、法案骨子ではさらに30日に短縮されており、十分な議論がないまま投票を余儀なくされる可能\性がある。
(5)第5に、国民投票無効訴訟について、投票結果の告示から30日以内に東京高等裁判所にのみ提起できるとすることも問題である。
憲法改正という重要な事項についての提訴期間としては短すぎるし、管轄を東京高裁に限るという点も、広く国民が司法審査を受ける権利を阻害するもので、慎重な検討を要する。
3 以上のとおり、与党の国民投票法案骨子には重大な問題を多く含んでいる。
そもそも憲法改正そのものについても、その最高法規制から憲法の基本原則について改正の対象になりうるかの議論すらあるところ、今回の法案骨子ではその点には全く触れない上、手続き上の規定に含まれる問題点は、国民投票により国民の真摯に国民の意思を問う姿勢で提案されているのか疑念を持たざるを得ないような内容である。
このような重大な欠陥を有する法案骨子をもとにした憲法改正国民投票法案の国会上程には強く反対するものである。
以上
2005年10月12日
法の日週間に寄せて 〜裁判員が司法を変える〜
意見
福岡県弁護士会 会長 川副正敏
10月1日を「法の日」と定めたのは、1928(昭和3)年のこの日、日本で陪審員による裁判が始まったことに由来する。
陪審員制度は、それから15年後、戦時体制下で停止されたが、60年余りを経た今、裁判員制度という形で国民の司法参加が実現し、4年後の2009(平成21)年5月までに実施される。
選挙人名簿を基に作成した候補者名簿からくじで選ばれた6人の裁判員が殺人などの重大事件の裁判の審理に参加し、3人の職業裁判官と同等の立場で有罪・無罪と量刑を決める裁判員制度。一生のうちで裁判員になる確率は約67人に1人と言われている。
国民の司法参加制度は、欧米諸国だけでなく、韓国でも検討が進められるなど、今や世界的潮流である。
公正な裁判を通じて、犯罪者には適切な刑を科す一方、「疑わしきは被告人の利益に」の原則の下、無実の人を誤った裁判で処罰するようなことは決してあってはならない。これは近代共同体の基本的な正義である。そして、成熟した民主主義社会では、その実現は法律のプロ任せにするのではなく、良識ある判断力をそなえた市民の責務であり、崇高な権利でもある。
それが裁判員制度の根底にある理念だ。
市民が裁判に参加することで司法も変わるし、変わらなければならない。迅速で充実した分かりやすい裁判の実現は当然である。
特に重要なことは、警察官や検察官が起訴前の取り調べで作成した供述調書、ことに取調室という密室での自白が重視されてきたこれまでのような刑事裁判は、裁判員制度の下ではもはや維持できなくなる。裁判員裁判は、公判廷で直接見聞きする証言と客観的証拠に基づく裁判を押し進めることになるだろう。
そのためにも、取調室の中でのやり取りを客観的な記録に残すこと、すなわち取調過程の録音・録画の導入が強く求められる。
市民である裁判員がプロの法曹と協働して正義を実現する、それを表すのが二つの輪から成る裁判員制度のシンボルマークだ。\n(10月6日読売新聞朝刊より)
2005年10月21日
『15年目の釜山訪問』
会長日記
福岡県弁護士会 会長 川副正敏
七月一七日から一九日までの三日間、恒例の釜山地方弁護士会訪問をしました。
一九九〇(平成二)年の姉妹提携開始以来一五年が過ぎ、この間の交流の積み重ねによって、普段着の付き合いをすることができるようになりました。ただ、今年は「日韓友好の年」であることや釜山側会長の意気込みもあって、大変な歓待を受けました。
今回の訪問で印象に残ったのは、外見的には、街の様子がこの数年間で大きく変容し、真新しい白亜の裁判所・検察庁の各庁舎、弁護士会館を含め、高層ビルが林立していて、良くも悪しくもグローバル・スタンダードな都市空間になっていることでした。美しい浜辺のリゾート地・海雲台にも、二、三〇階建のホテルやマンションが建ち並び、夜は花火大会と見まがうような原色のネオンの海となって、人工の美しさを誇示しているようでした。
内容面では、表敬訪問をした検事正の口から、「被疑者の人権保障」、「捜査過程の透明化、民主化」という言葉が繰り返し出たことです。「日本では、捜査官と被疑者の人間的信頼関係を通じてこそ被疑者は真実を話すから、被疑者取調べの録音・録画化は自白を導くのを阻害するといった捜査側の意見があるが、どう思われるか」との私の質問に対し、検事正は苦笑しながら、「私たちはそうは考えない。自白獲得目的の取調べであってはならない」と自信に満ちて言われました。\n 他方、地元新聞社のインタビューでは、記者側から、「取調べの録音・録画化が捜査段階での供述の証拠能力を補完する役割を果たし、公判を有名無実化して、むしろ被疑者・被告人の人権保障に逆行しかねないのではないか」との危惧が指摘されて、私の意見を求められました。\n 可視化が現実化するにつれて、各方面で本質に迫った活発な議論が交わされている実情を管見する思いでした。
いずれにしても、伝聞法則のあり方など、日本とは制度面での色々な違いがあるため、一概に比較することはできないものの、弁護士会はもちろんのこと、マスコミ、さらには官の立場にある人々も、国際的人権水準に近づき、達成しようとの熱い思いがみなぎっていることを肌で感じました。
この原稿が月報に掲載されるころには、釜山側が来福する日程も確定していると思います。今回先方から受けた歓迎に少しでも応えるためにも、多くの会員が関連行事に参加されるようお願いいたします。
公式行事での私の挨拶の一部を以下に記して、今回の訪問に臨んだ思いの一端をお伝えします。
「今年三月二〇日に福岡を襲った地震に際し、ファン・イク会長から心温まるお見舞いと激励のお言葉をいただきました。本当にありがとうございました。
さて、私が初めて釜山市を訪問したのは一九九〇年三月一日、サム・イル・ヂョル(三・一独立運動記念日)の日でした。
この年、釜山地方弁護士会と福岡県弁護士会は姉妹提携を開始しましたが、私もこの仕事の一端を担当したことを密かに誇りに思っております。
当時の貴会の会長はパク・チェ・ボン先生であり、当会の会長は亡き近江福雄弁護士でした。お二人が固く握手する姿に大変感動したことを想起しています。
それから一五年の歳月が流れ、今回釜山に到着した昨日、七月一七日は奇しくもチェ・ホン・ヂョル(成憲節。憲法制定記念日)の日です。このように、私は、一五年前も今年も、貴国のとても大切な日に訪問できたことをうれしく思っています。
さらに、今年は貴国の独立六〇周年、日本との国交回復四〇周年に当たります。このような歴史的な年に福岡県弁護士会を代表してこの場に立つことのできる私は大変に幸運です。\n この一五年間、姉妹交流を続け、友情を深めてきた両弁護士会の歴代会長をはじめ、国際委員会の委員など、多くの会員の皆様に心から感謝いたします。そして、これからも次の一五年、三〇年に向かって、両弁護士会とそれぞれの会員の交流を一層深め、本当に身近な友人として、揺るぎない信頼関係を築いていきたいと思います。
今、日本では、裁判員制度や捜査段階の被疑者国選弁護人制度などの刑事訴訟手続改革、法科大学院制度などの法曹養成制度改革といった司法制度全体の大きな改革が行われています。これらの改革は、市民に身近で、市民に開かれ、市民が参加する司法を目指すものです。弁護士会としても、このような基本的な考え方に立って改革を進めてきました。
しかし、制度を作る段階から具体的な実行の段階に入ると、様々の難しい問題が出てきています。改革の時代には、夢や希望が大きければ大きいほど、それに比例して、克服しなければならない課題も多く、また大きなものになるのは避けられません。
そのような困難に直面したとき、私は、六〇年前に福岡の地で非業の最期を遂げた貴国の偉大な詩人、ユン・ドン・ジュ(尹東柱)の詩『新しい道』の中の次の言葉を思い出して、自分を勇気づけています。
我が道はいつも新しい道
今日も…明日も…
川を渡って森へ
峠を越えて里へ」
会 務 報 告
副会長日記
副会長 樋口 明男
一 執行部に入り早や四ヶ月が過ぎました。
執行部会議で会務全般の情報に触れているとはいえ、自分の担当以外は手薄なので、私が直接に担当又は経験したことに限定して報告したいと思います。
二 心神喪失者医療観察法について
全国的に入院施設の整備が進んでいないため日弁連は施行の延期を主張しましたが、政府は七月一五日施行を強行しました。
執行部と付添人PTは六月一七日から七月二六日まで裁判所との協議会を四回開きました。その中で弁護士会としての意見を相当強く主張したつもりです。具体的な実務運用は今後の事件処理の中で固まっていきますが、常議員会や総会において議論を尽くして定めた当会の規程や規則の理念が実現されるよう監視していきたいと思っています。なお、国選付添人名簿への登載承諾者の数が少ないので、このままでは承諾者の先生に加重な負担がかかることが危惧されます。期限は設けておりませんので、名簿登載へのご理解とご協力をお願いいたします。
三 月報と会報について
月報は広報委員会の先生方のご努力により発刊されています。担当副会長として編集会議に参加させて頂き、大変さが良く判りました。会員諸氏におかれては、編集担当者の先生から執筆を依頼された場合はご快諾いただきますようお願いします。
並行的に、執行部は(月報とは別に)長年休刊状態にあった「会報」(最終刊行平成八年)を復活させたいと考えており、具体的な準備作業に入っています。本年度中に編集作業を終えて来年度執行部に引き継ぎたいと思っています。
四 メーリングリストについて
執行部における情報伝達は概ねメーリングリストで行われています。これは九弁連や各委員会も同様です。現在のところ私は倒産・消費者・高齢者障害者等のメーリングリストに加わっていますが、会員間の情報交換や交流促進に極めて良い効果を発揮しているように思われます。
交通事故被害救済委員会では従来メーリングリストがありませんでした。しかし、不法行為法以外に医療・福祉・工学等の専門知識が必要とされるこの分野こそメーリングリストが不可欠ではないかと考え、八月からの立ち上げを実現しました。委員に大いに活用され、被害救済の活動が更に活発化することを願っています。
五 釜山弁護士会との交流について
七月一七日から一九日まで韓国の釜山弁護士会を訪問しました。釜山弁護士会の先生方の周到な準備により、警察署の取調室の見学・検察庁の訪問・裁判所の拘束適否審(勾留理由開示・勾留取消・保釈などが一体となった公開手続)の見学等を行い大変参考になりました。交流会においても心を尽くした歓迎を受け「国家間の関係は個人間の関係の積み重ねである」という単純な道理を再度確認しました。安武先生や大塚先生をはじめ、ご尽力いただいた全ての先生方に深遠なる感謝を表明させて頂きます。\n六 市民窓口と紛議調停について
人体の臓器を「動脈系」と「静脈系」に分類するならば、後者にはガス交換を行う肺や尿を生成する腎臓などが含まれます。いずれも人体にとって有害なものを体外に排出する重要な臓器です。昔、腎臓が浸透圧(濃度の異なる二種類の溶液を半透膜で遮る時に生じる圧力)という単純な原理に基づいていることを学んで深い感銘を受けた記憶があります。
会務にも「動脈系」と「静脈系」があるように思われます。市民や公共機関に対し積極的に働きかけを行うとともに会員に新鮮な情報を提供して弁護士会の活動を活発化させるのが前者です。会員に関する苦情や不祥事を処理し、場合によっては自治的な懲戒権を行使して弁護士の活動に対する社会の信頼を保持する働きが後者です。後者は前者に比べその存在が見えにくく、若手の先生方にとっては馴染みがない分野と思われますが、弁護士会の極めて重要な機能を担っています。生体において代謝機能\が損なわれれば生命を危うくするのと同様です。
弁護士会の「静脈系」の制度は大ベテランの先生方の献身的なご努力により維持されていますが、私にはこれも浸透圧(弁護士会という半透膜において倫理性の異なる二主体間に生じる圧力)により営まれている制度であると感じられます。弁護士に非があれば内側に向かう力が生じますが、そうでない場合には外側への力が必要です。弁護士としての見識が問われる両者の見極めは本当に難しいものです。やはり年季が必要なのでしょう。
2005年10月24日
ハンセン病の患者であった人々の人権を回復するために(要望)
意見
福岡県知事 麻生 渡 殿
福岡市長 山崎 広太郎 殿
北九州市長 末吉 興一 殿
福岡県弁護士会 会長 川副 正敏
貴職におかれましては、日ごろ住民の福祉向上のために多大の尽力をしておられることに敬意を表します。
さて、当会は常議員会の議に基づき、貴職に対して以下のとおり要望いたします。
要望の趣旨
ハンセン病の患者であった人々の人権を回復するために、下記のとおり、生活支援相談窓口の設置とハンセン病に対する偏見・差別解消策の一層の充実を図るよう要望いたします。
- ハンセン病療養所退所者の生活全般を支援する相談窓口を設置すること。
- ハンセン病政策によって形成された偏見・差別を除去するために、特に以下の視点からその解消策を一層推進すること。
- 偏見・差別解消策の実施においては、強制隔離などの過去の誤ったハンセン病政策が未曾有の人権侵害を引き起こし、継続させたことにも言及すること。
- ハンセン病問題の歴史や国・社会の責任などについて市民に周知させること。
- 市民が簡単に入手できるパンフレット、視野に入りやすく分かりやすいポスターを作成するなどして広報活動を拡充するとともに、理解しやすく感銘力の強いドラマやドキュメンタリーなどの番組制作を具体化すること。
- ハンセン病問題に関する人権教育の取り組みを積極的に支援し、教材作成、教育実践例の紹介など様々な教育情報を提供すること。
- ハンセン病の患者であった人々と市民、とりわけ生徒、学生らが交流する場を積極的に設けること。
要望の理由
らい予防法違憲国家賠償請求訴訟に関する2001(平成13)年5月11日の熊本地方裁判所判決から4年余りが経過しました。
ところが、医療体制・生活支援体制の不備、根深い差別偏見の継続など、ハンセン病の患者であった人々の人権はなお十分に回復されていない現状にあります。
この点は、本年3月1日に公表されましたハンセン病問題に関する検証会議の最終報告書(以下「検証会議最終報告書」という)でも明らかにされています。これらを受けて、日本弁護士連合会は、本年9月28日付で、別添のとおり、国に対し、2001(平成13)年6月21日に続いて、再び「ハンセン病の患者であった人々の人権を回復するために」と題する勧告をしたところです(以下「日弁連勧告」という)。
日本弁護士連合会並びに当会としては、ハンセン病患者の強制隔離政策とこれによる深刻な偏見・差別の作出・助長を看過してきた法曹の責任を自覚しつつ、今後とも、関係諸官庁その他の機関・団体とも連携しながら、ハンセン病問題の早期かつ全面的解決に向けて真摯な努力を続けていく所存です。
とりわけ、ハンセン病の患者であった人々の高年齢化が進む中で、福岡県にお住まいであったり、あるいは福岡県出身で帰郷を希望されている方々が当地で安心して生活していけるようにするための諸施策を講ずることは喫緊の課題です。
御庁におかれましても、これまで啓発ポスターの配布、里帰り事業の実施、リーフレットの作成・配布、講演会やシンポジウムの開催、人権・同和教育ビデオの配備、人権教育研修会の実施等をしておられると承知しております。
しかしながら、日本におけるハンセン病強制隔離政策は極めて長期かつ過酷なものであり、ことに、1931(昭和6)年の癩予防法制定を経て1930年代から戦後の1950年代までの長期間にわたって全国で展開されたいわゆる「無癩県運動」では、各県からハンセン病患者を徹底的に排除するために、強制的に不必要な消毒をしたり、列車に「ライ患者用」と赤書するなど、地域住民に科学的根拠のない恐怖心と偏見を植え付ける様々の方法がとられてきたところです(検証会議最終報告書171〜187ページ、大谷藤郎『らい予防法廃止の歴史』121〜135ページ)。しかるに、今日に至るまでこの政策全体が根本的に誤りであったことの周知徹底がなされていないこともあって、偏見・差別の除去が未だ十分とは言い難い状況にあるのは否めません。
そこで、当会は御庁に対し、かつて地方行政機関として上記のような「無癩県運動」の推進に関わるなどして自らも国の政策を実行し、偏見・差別の作出・助長を担ったという責任を十分に踏まえられたうえで、別添・日弁連勧告の2項、3項にもありますように、頭書のとおり、生活支援相談窓口の設置とハンセン病に対する偏見・差別解消策の一層の充実を要望いたします。
以 上
別添・日弁連報告書(略) (日本弁護士連合会ホームページ「主張・提言」に掲載)
要望書(労働審判制度の運用に関して)
意見
最高裁判 所 長官 殿
福岡地方裁判所 所長 殿
福岡地方裁判所小倉支部 支部長 殿
福岡県弁護士会 会 長 川副 正敏
同・個別労働紛争問題プロジェクトチーム
座長 市川 俊司
要望の趣旨
労働審判制度の運用に関して、地方裁判所の主要な支部、ことに福岡地方裁判所小倉支部における施行当初からの実施を要望いたします。
要望の理由
1 労働審判制度は、2006(平成18)年4月から全国の地方裁判所で実施が予定されています。申すまでもなく、この制度は、労使各1名の労働審判員2名と労働審判官(裁判官)1名の3人合議制により、個別労働紛争を3回期日で調停又は審判で解決しようとするものです。
これは、近時個別労働紛争が多発しているにもかかわらず、多くの労働者が必ずしも迅速で適切な司法的救済を得られずにいるという現状を改善し、個別労働紛争を簡易迅速かつ適確に処理するために設けられたものであり、司法制度改革の一環として、国民に身近で開かれた裁判所を実現し、もってわが国における法の支配を徹底せんとする画期的な制度です。
2 ところが、その実施を間近にして、聞くところによりますと、法令上、労働審判の実施は地方裁判所の本庁に限定する定めはないにもかかわらず、運用として、施行当初は本庁だけでの実施を予定しているとのことです。そうすると、地方裁判所の支部では当面労働審判制度が行われないことになります。
3 しかしながら、労働審判制度の上記趣旨に照らすと、全国各地の労働者があまねくこの制度を利用できるようにするため、地方裁判所の本庁に限定することなく、合議体のあるすべての支部において広く実施されるべきであると考えます。
仮に当面はこれらの支部全部で実施することが事実上困難であるとしても、地域によっては本庁に匹敵ないし準ずるような大規模な支部が存在しており、少なくともこれらの支部では行われるべきであると思料いたします。
とりわけ、当地に所在する福岡地方裁判所小倉支部は、全国の各地方裁判所本庁と比較しても、配置されている裁判官・書記官等の職員数や処理事件数等の点において、上位10位に入るほどの大規模な裁判所であり、同支部を労働審判制実施庁から除外する理由は全くないと思われます。しかも、福岡地方裁判所における労働側の労働審判員予定者15名のうちの6名は北九州・京築地域の居住者であり、使用者側の労働審判員予定者も15名中4名が同地域の居住者で占められていると聞いております。
このように、福岡地方裁判所小倉支部は労働審判制度を当初から実施する人的物的資源が十分に整っていると考えられます。
他方、同支部で当初から労働審判制度を実施しないということになると、当分の間(その期間は不明です)、北九州・京築地域の多くの労働者が簡易迅速な労働審判制度を事実上利用できないということになります。これは労働審判制度の趣旨を著しく減殺するものと言わざるを得ません。
4 よって、労働審判制度について、2006(平成18)年4月の施行当初から、地方裁判所の本庁だけではなく、少なくとも主要な支部、ことに福岡地方裁判所小倉支部においても実施されるよう強く要望いたします。
以 上