福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2004年8月19日
「司法ネットの整備」に関する意見
意見
司法制度改革推進本部 御中
2004年8月19日 福岡県弁護士会 会長 松? 隆
・第1 司法ネット構想について\n
1 司法ネット構想
(1)「司法ネット構想」とは、「国民が、刑事民事を問わず、全国どこでも法的トラブルの解決のために必要な情報やサービスを受けられるようにするため、新たに設置される運営主体を中核として、現在ある様々な相談窓口のネットワーク化等を行う仕組み」とされている。\n 司法が、期待される役割を十分果たすためには、国民が法的サービスを受けることを容易にするような環境の整備が重要であり、その整備が国の責務であることを明らかにすべきである。\n
(2)当会は、20年ほど前から市民に開かれた弁護士会を目ざして、
1: 利用者の利便性に考慮した法律相談センター(弁護士センター)を県内全域に展開する(現在までに14カ所)こと
2: 自治体や各種団体と連携して弁護士を派遣する法律相談活動(2002年は109カ所)をすること
3: 弁護士過疎地克服のために弁護士が少ない地域に法律相談センターを設置し、また弁護士を派遣すること
4: 各種の専門士業・隣接業種と連携しワンストップサービスを提供すること
5: 当番弁護士制度による起訴前弁護を充実すること
6: 監護措置を受けた少年への付添人派遣(全国に先駆けた全件付添人制度)をすること
7: 精神病院に入院している患者に対する出張相談(精神保健当番弁護士)をすること
8: 犯罪被害者支援(無料の電話・面接相談)をすること
9: 障害者・高齢者のための相談センターを設置し、福祉担当者からの電話相談に応じる「福祉の当番弁護士」による無料電話相談活動をすること
10: 上記諸活動について法律扶助制度の積極的活用をはかること
などの諸活動を行い、市民のための司法サービスの提供(リーガルサービス活動)を行ってきた。このような活動をさらに充実・発展させるためには、弁護士会のみでは限界があり、地方公共団体、関連各業種、並びに民間のボランティア団体等が協力しあって、地域の実情に即したシステムを作っていくことが必要である。国は、そのような連携を進めるための積極的な方策の提起と、その活動を支える財政的支援を行う責務がある。
司法ネット構想は、上記のような国の責務を果たすための仕組みとならなければならない。\n
2 構想を進めるに当たって留意すべきこと
(1)運営主体の事業費並びに管理運営費について、十分な財政的措置がなされること\n 財政措置について、資力の乏しい市民に対する法律扶助制度の充実が重要であるが、その範囲は従来の民事扶助、国選弁護等の範囲に限らず、広い範囲の扶助事業に対応できる抜本的な財政措置が必要である。
また、その事業形態も、運営主体が直接行うものに限らず、既存の組織(弁護士・弁護士会や関連業種、NPO法人等)への委託等が考えられるべきであり、これに対応する予算措置が考えられなければならない。\n さらに、運営主体の重要な役割として、ネットワークの構築が期待されており、質の高いコーディネーターの確保や情報共 有のためのシステムや施設整備などが必要である。それを保障するための事業費の手当も重要である。\n そもそも、現在の我が国の扶助事業では、民事扶助と国選弁護の合計で、約100億円程度の国庫負担しか行われていない。扶助の先進国といわれるイギリスは、人口が日本の半分以下であるにも関わらず、94年度の実績で民事1610億円(うち国庫負担は1146億円)、刑事は486億円(うち国庫負担482億)となっている。 1996年に新しい法律扶助法を策定した韓国でも、人口は日本の4割程度であるにもかかわらず、444億円規模の扶助事業が行われている(2002年・釜山弁護士会からの当会に対する回答)。
新しい運営主体がおこなう刑事を含めた扶助事業は、全国的な組織展開や相談窓口の設置(これに必要な賃料や人件費)及び起訴前の公的弁護などだけでも新たに20億円程度は優に必要であると考えられる。この上に、多様な司法サービスの提供、司法過疎地においては扶助事業に限らない司法サービスの提供などを行う必要があることを考えるならば、数百億円規模の予算措置が行われなければ、これまで以上の充実した司法サービス事業を実現することはできない。\n (2)一般の開業弁護士による(ジュディケア制)ことを原則とすること
以下に述べるように、弁護活動の独立を確保し、地域の実情に応じた司法サービスの提供を実現するには、地域の実情に精通しかつ実質的に扶助事業と公的弁護を担う地域の弁護士・弁護士会の活用が不可欠である。したがって、運営主体の事業の担い手は、一般の開業弁護士によること(ジュデジケア制)を原則とすべきである。
(3)弁護活動の独立司法の役割は、立法・行政に対するチェックと侵害された自由と権利の回復である。
刑事弁護はもちろん、民事扶助事業においても、個々の弁護士の弁護活動・訴訟活動の自主性・独立性の確保が保障される制度が必要である。
(4)各地の実情や市民の需要に応じた柔軟なネットワーク整備
法律扶助制度の拡充(とくに財政措置)については国が第一義的な責任を負うことは当然であるが、アクセス障害の克服や司法過疎の解消については、あくまでも各地の実情を尊重しながら、その補充的な役割を果たすべきである。
行政の法律相談事業の在り方、弁護士会の司法過疎克服計画、関連業種の取組、その他の民間組織の存在や組織形態などは、地域によって大きな差がある。地方の実情を無視した中央集権的・画一的な運営は、これまで各地の実情に即して司法サービスの提供に努めてきた民間の取り組みを台無しにする恐れが強く、かえって有害である。
(5)日弁連・各地の弁護士会との連携と適切な役割分担
(4)で指摘した地方の実情に応じた柔軟なネットワークの構築に当たっては、司法サービスを中心的に担う弁護士・弁護士会の役割が重要である。\n 各地の単位弁護士会と所属弁護士は、これまで行政や地域住民と連携しながら、その需要に応えるべく、法律相談センターや公設事務所を展開し、また、各団体の法律相談に弁護士を派遣してきた。また弁護士会は、人的・物的両面から法律扶助事業の大部分を担ってきた。法律扶助制度の中心は民事扶助と公的弁護であり、今後とも弁護士がそれを担うものである。
したがって、司法ネット構想の実現には、弁護士・弁護士会の関与が不可欠であるとともに、従来弁護士・弁護士会が行ってきた事業との適切な役割分担が必要である。\n (5)法律扶助協会の事業の発展的な継承
法律扶助協会は、現在でも全国レベル(刑事被疑者弁護支援、少年保護事件付添扶助、犯罪被害者支援等)で、あるいは支部独自(当会では子どもの虐待救済援助、精神障害者法律援助等)で自主事業を行っている。また、当会のリーガルサービス活動(刑事被疑者のための「当番弁護士」、福祉担当者のための「福祉の当番弁護士」、入院患者のための「精神保健当番弁護士」、高齢者・障害者相談、犯罪被害者電話相談、交通事故被害者電話相談、外国人相談等)は、法律扶助協会の法律相談事業と連携して広く展開してきた。新しい運営主体による法律扶助事業は、少なくとも、現在の扶助協会が行っている各種事業を発展的に承継するものとしなければならない。
また、上記のような自主事業が生まれてきた背景には、社会の変化に伴う紛争の多様化や、地域的な特性等がある。司法サービスは固定的なものではなく、その時々の市民の需要に対応したものでなければならない。したがって、新しい運営主体の事業内容の決め方も、求められる新規事業に対応できるものでなければならない。
(6)自治体の法律相談事業との併存
司法サービスの提供の課題は、いつでも、どこでも、誰でも一定のレベルのサービスが提供されなければならない。したがって、全国的に最低水準を維持するという意味では均質性が求められる側面もある。この点から見れば、国の事業として国が責任をもって行う必要がある。
一方、地方自治体は、住民の福祉の増進をはかり、地域における行政を自主的かつ総合的に行う役割を担っており、その地域での司法サービスの提供にも一定の責任を負うべきことはもちろん、地方分権の立場からは、司法における地方分権の視点も重要である。これまで地方自治体が行ってきた各種の相談などを引き続き行うとともに、その地域に必要な司法サービスの提供を、地方自治体が地元弁護士会や地域住民と連携し創意工夫して行うことも考えられるべきである。
その際、国がその責任(とくに財政負担)を地方自治体に転嫁することがあってはならないことは当然であるが、運営主体は、地方自治体との連携と役割分担を適切に行い、自治体の実情に即した司法サービスの提供に努めなければならない。
・第2 相談窓口(アクセスポイント)について
1 容易なアクセス及び質の高い相談担当者の確保
相談窓口の設置について必要なことは、どこからでも容易にアクセスできること及び総合的な情報の提供やある程度の紛争解決機能をもつ質の高い相談担当者の確保である。\n
2 弁護士の配置又は法律相談センターの併設
各種の相談においては、法的判断や紛争解決の手段など実務的な法律知識が必要な場合が多く、相談担当者にはできる限り弁護士を確保することが望ましい。これによって、一定の問題についてはその場で解決することも期待できる。
したがって、主要な相談窓口には弁護士を配置するか、弁護士会の法律相談センター等に併設することが望ましい。
3 できるだけ多数の相談窓口と殻窓口間の連携の強化
同時に、相談窓口はなるべく数多く必要である。これを実現するためには、従来の自治体や各種団体の相談窓口を充実させ、情報の共有や各窓口の連携を強化する必要がある。また、すべての窓口に法的な専門知識を備えた相談員を配置することは困難であるから、各種の通信機器を使って、その場から専門知識を持つ相談員に相談できたり、窓口の相談員が助言を受けることができるようなシステムも必要である。
4 法律扶助の拡充
さらに、資力の乏しい市民も気軽に相談できる機会を確保するため、法律扶助事業としての法律相談事業を拡充するとともに、扶助の基準もできるだけ緩やかにして、初期段階で適切なアドバイスを受け、また、紛争を予防することができるようにすべきである。\n
・第3 司法過疎対策
1 当会の過疎対策
日弁連と各地の弁護士会は、各地の地域司法計画を策定し、そのなかで司法過疎解消計画を立案している。そして、その実現のために、これまで鋭意努力してきた。
当会も、裁判所支部の所在地に最低3人の弁護士を配置し、さらには交通の便や文化的地域性に配慮しつつ、人口7000人に一人程度の割合で弁護士を配置すべく計画を立案し、会内の協力体制を作りつつある。
また、既に県内14カ所に法律相談センター(弁護士センターと称するところもある)を設置しているが、さらに本年4月までに4カ所の法律相談センターを設置する予定である。これによって、すべての裁判所支部、独立簡裁所在地に法律相談センターが設置されるほか、人口が集中している福岡市周辺では、副都心にも法律相談センターを広げることになる。夜間相談や休日相談も実施している。\n
2 新たな運営主体の役割
司法過疎の状況やこれに対する地域の取組は多様であり、何が必要かも地域によって大きく異なる。新たな運営主体の役割は、法律扶助事業と公的弁護を担うその地域の弁護士・弁護士会と連携し、その活動を尊重し補完していくことである。現在、日弁連は、会員から特別会費を徴収して「ひまわり基金」を設け、公設事務所の開設に資している。このような新設事務所を支える公的制度としては、無利子ないしは低金利の貸付制度、開設後一定期間の税の減免措置などが考えられる。このような制度を国や地方自治体が創設することによって、弁護士過疎地域への法律事務所の開設を促すことが可能であり、司法過疎の解消に確実につながる。\n
・第4民事扶助について
1 格別の予算措置の必要性
弁護士会が繰り返し主張してきたように、民事扶助については格段の予算措置を行い、対象事件と対象者の拡大を行うことが必要である。\n 経済的理由によって、裁判を受ける権利を行使できず、侵害された自由と権利を回復することができないということがあってはならないことはもちろんである。
しかし、現在の対象者の資力要件では、全国民の2割程度しか対象とならない。イギリス、フランス、韓国などでは全世帯の下から50%、ドイツでも40%の世帯が対象となっている。経済的理由による司法アクセス障害をなくすためには、資力要件を緩和して扶助対象者を拡大することが必要である。
また、現対象者の範囲を画する基準としては、資力要件に限らず、未成年者、障害者、外国人など、社会的ハンディキャップを負う市民、犯罪被害者、社会的少数者のグループに属して権利の実現に困難を来している市民、消費者・公害・労働事件など、社会的な力関係に格差のある紛争の解決を求めている市民など、その資力を問わず援助が必要な層への適用の拡大が検討されるべきである。
さらに、自由と権利の回復手段は訴訟手続ばかりではない。このところ次々と設置されている裁判外の紛争解決機関(ADR)、裁判を前提としない和解交渉、行政に対する情報公開請求、各種の審査請求などへの適用など、対象事件を拡大させるべきである。また、紛争予防としての法律相談も拡充が求められる。\n
2 償還
現在の民事扶助は「費用立替制度」とされ、利用者からの償還が原則となっている。この原則は、限られた財源をより有効に活用するためには、資力に余裕がある市民からは、償還を求めるのは当然であるとの考えで、我が国において歴史的に形成されてきたものである。
この償還制度については、受益者負担の原則を強調し、確固とした回収制度を確立すべきとの意見がある。しかし、そもそも民事扶助の利用者は一定の収入基準以下の市民であり(特に現在は、所得の低い方から2割程度でしかない)、このような市民に対しては、社会福祉の一環として、給付制を原則とすべきものであるから、すべてにわたって、過度に償還を追求することは、かえって利用者が困窮した状態になったり、民事扶助の利用をためらう事態を生じかねない。法律扶助の償還制度は、過度に回収をめざすというものより、利用者が無理なくできる程度とし、多くの市民が利用しやすい制度でなければならない。
1に述べたように、資力要件を緩和して利用可能な市民の範囲を拡大し、資力に応じた無理のない負担を求める制度とすべきである。\n
3 代理人活動の自主性・独立性の確保
行政事件や国家賠償請求など、国や自治体を相手方とする事件については、特に代理人活動の自主性・独立性の確保が重要である。
・第5 公的弁護について
1 刑事扶助
民事扶助はもちろん、起訴前弁護活動や少年付添人活動を含めた刑事扶助も、本来は国がやるべき事業であり、その拡大は焦眉の課題である。
また、身柄を拘束された時点から弁護人依頼権を保障することが憲法上の要請である。現在検討されている公的弁護制度は勾留時からとすることが予定されているが、逮捕時から勾留まで最大72時間の身柄拘束が認められていること、逮捕直後の被疑者こそ弁護士の助言が必要なこと及び上記憲法上の要請に鑑みるならば、逮捕時から弁護人の援助が受けられる制度とするべきである。仮に、公的弁護制度が勾留時からとなる場合は、現在の当番弁護士制度を公的制度として、希望する被疑者には公的費用で弁護士の助言を受けられる制度とすべきである。\n さらに、司法ネットの運営主体が「公的刑事弁護に関する業務」を担当する場合には、以下の点に留意して行われるべきである。
2 弁護活動の自主性・独立性
刑事弁護の役割は、国家刑罰権発動の対象とされる者の防御にあることから、弁護活動の内容についても「国家からの独立」が強く求められる。司法制度改革審議会の意見書も「公的弁護制度の下でも、個々の弁護活動の自主性・独立性が損なわれてはならず、制度の整備・運営にあたってはこのことに十分配慮すべきである」と指摘している。したがって、弁護活動への不当な干渉は許されず、弁護活動の自主性・独立性が確保される制度設計が必要である。\n
3 ジュディケア制の原則
弁護人の確保については、一般の開業弁護士による(ジュディケア制)ことを基本とし、地域の実情に応じて地元の弁護士の登録を募り、また、その確保に努めるべきである。
4 十分な報酬の確保
充実した弁護活動を行うためには、弁護活動の労力に応じた十分な報酬が確保されるような予\算措置が講じられなければならない。
5 弁護士会の関与
「充実した弁護活動を提供する体制整備」及び「弁護活動の自主性・独立性の確保」の実現のためには、制度の運営について弁護士会が重要な役割を果たす必要がある。
具体的には、運営主体の運営スタッフの人選の弁護士会推薦、国選弁護人推薦資格について弁護士会の措置の尊重、個別事件についての弁護人候補の弁護士会推薦制制度の維持などが制度設計に盛り込まれるべきである。
6 公的付添人制度
少年保護事件についての公的付添人制度の実現は重要な課題である。起訴前弁護を公的制度とすることにより、身柄拘束時から成年と同様に弁護人がつくことが予定されているが、家裁送致後は引き続き付添人となることによって、保護事実関係に争いがある場合のみならず、保護事実に争いがない事案においても、少年の立ち直りへの援助に力を発揮することができる。\n 当会においては、監護措置となった少年保護事件について、少年が希望すれば全件に付添人をつける制度(全件付添制度)を実施しており、2002年の扶助付添人の実績は712件に上っている。当会は、この制度を維持するため、当会独自で会員一人当たり月額5000円の特別会費を徴収し、年間約2100万円を拠出している。この全件付添制度については、家庭裁判所の裁判官も付添人の活動によって充実した少年審判が行われていると高く評価している(福岡家庭裁判所委員会における少年保護事件担当の裁判官たる家裁委員の発言)。少年保護事件についても、早期に公的付添人制度を実現するとともに、少年事件に無用な当事者主義構造を持ち込むことなく、少年法の理念に基づく少年審判の充実が図られるべきである。\n また、それが実現した場合は、2ないし5と同様の制度設計が必要である。
・第6 運営主体について
1 運営主体については、新たな法人組織が考えられているようであるが、下記の点が重視されるべきである。すなわち、1:法人の独立性の確保、2:業務効率が過度に重視されないこと、3:弁護活動の独立性・自主性の確保である。