福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2003年8月27日
犯罪被害者の刑事手続参加の是非に関する意見
意見
日本弁護士連合会 御中
同会犯罪被害者の刑事訴訟手続参加に関する協議会 御中
2003年8月27日 福岡県弁護士会 会長 前田 豊
意見の趣旨
犯罪被害者(犯罪被害者の遺族を含む、以下同じ)が刑事訴訟手続に関与できるような制度は、基本的には認めるべきではない。
意見の理由
1 当会意見形成の経緯
当会としての意見形成に先立ち、人権擁護委員会・刑事弁護等委員会・犯罪被害者支援に関する委員会(以下、「犯罪被害者支援委員会」という)の各委員会に対して意見を求めたところ、その回答内容は、次のとおり大きく相違するものであった。
1: 人権擁護委員会・刑事弁護等委員会の意見
犯罪被害者の刑事訴訟手続参加は、基本的には認めるべきではない。
2: 犯罪被害者支援委員会の意見
訴訟に混乱を与えない程度に限定された範囲内において、犯罪被害者の刑事訴訟手続参加を肯定すべきであり、犯罪被害者に対し次の権利を認めるべきである。
ア 犯罪被害者の在廷権
イ 証拠開示、閲覧・謄写権
ウ 証拠調べ請求権
エ 証人尋問権
オ 被告人質問権
カ 意見陳述権
このため、上記各委員会の意見を踏まえて、常議員会において慎重に議論したうえで、当会としての意見を取り纏めたものである。
2 当会の基本的立場
当会としては、以下に述べるとおり、刑事訴訟の基本構造・無罪推定の原則を厳格に貫徹する観点から、犯罪被害者の刑事訴訟手続参加を認めるべきではなく、また、犯罪被害者支援の視点を考慮しても、犯罪被害者の刑事訴訟手続参加を肯定するべき必然性はない、と考える。\n (1) 刑事訴訟の基本構造\n 犯罪被害者は事件の直接の関係者であるため、当該事件の刑事訴訟手続の内容や結果について強い関心を抱くことは当然である。
しかしながら、刑罰権は国家が独占しており、その具体的実現を目的とする刑事訴訟手続は、刑罰権の存否及びその程度について裁判所が公権的に判断する手続である。この刑事訴訟の基本構造に照らせば、私人である犯罪被害者に刑事訴訟の当事者たる地位を付与することは、許されるべきではない。\n (2) 無罪推定の原則
犯罪被害者が刑事訴訟手続に参加することは、現行刑事訴訟手続の原則である無罪推定の原則にそぐわない。
すなわち、現行の刑事訴訟法は起訴状一本主義等の予断排除の諸制度を擁して、無罪推定の原則を貫徹しているところ、犯罪被害者の刑事訴訟手続への当事者的な参加を認めるとすれば、公判開始時において既に「被害者」の存在を肯定することとなり、この事態は、無罪推定の原則を実質的に稀釈化する結果に繋がる虞がある。特に、裁判員制度の導入が目前となっている現状においては、その危惧を強く抱かざるを得ない。\n 刑事訴訟の現場では様々な形で公訴事実が争われるところ、被害の発生そのものが争われる場合、あるいは、被害が犯罪によるものか否かが争われる場合において、犯罪被害の存否自体が証拠によって証明されていない段階であるにもかかわらず、「犯罪被害者」の存在を肯定しこれに訴訟上の地位を認めることは、明らかに無罪推定の原則に反するものである。
また、上記の如き争点がなく情状が争われているに過ぎない場合であっても、犯罪被害者が刑事訴訟手続に参加することによって、私的制裁の色彩が強まることは否めない。
近時、社会的に注目される事件に関して、刑事訴訟が始まる前からマスメディアによる報道によって被告人が「真犯人」に擬せられる傾向がある。犯罪被害者の刑事訴訟手続参加を容認することは、このような傾向とあいまって、被告人の各種防御権を脆弱化させる結果となることを危惧するものである。
(3) 犯罪被害者支援の視点
犯罪被害者の刑事訴訟手続参加を容認する立場からは、その理由として、真相の究明、名誉回復、適正な刑罰、信頼できる刑事司法の確立等の事由が挙げられている。
しかしながら、いずれの事由についても、犯罪被害者に対する適切な情報の提供と検察官に対する意見具申の権利を認めれば十\分に達成できるものである。容認論が掲げる事由があるからと言って、犯罪被害者が刑事訴訟手続に参加しなければならないという必然性はない。
3 個別的な権利の検討
犯罪被害者支援委員会が犯罪被害者に認めるべきであるとする各種権利について、以下において個別的に検討するが、当会は、いずれの権利もこれを認めるべきではないと考える。
(1)在廷権
犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律(以下、「犯罪被害者保護法」という)は、裁判所に対し、犯罪被害者に対する優先的傍聴の配慮義務を課しており(同法第2条)、したがって、現行制度においても、裁判所の裁量の余地を残してはいるものの、犯罪被害者は優先的に傍聴ができる制度となっている。
犯罪被害者支援委員会のいう「在廷権」とは、犯罪被害者が傍聴人という立場で傍聴席に在席することではなく、犯罪被害者に刑事訴訟法上の特別の地位を付与したうえで、その故に犯罪被害者が法廷内に在席することができる権利をいうものとされている。
在廷権容認論は、次項以下で検討する諸権利を犯罪被害者に認めることとした場合に、これらの権利を行使する前提として在廷権なる権利を認めようとするもののようであるが、当会は、次項以下に記載する諸権利の付与について否定的見解をとるので、在廷権なる権利も認めるべきでないと考える。
(2)証拠開示、閲覧・謄写権
現行制度においても、犯罪被害者には、一定の制限はあるものの進行中の訴訟記録の閲覧・閲覧謄写権が認められている(犯罪被害者保護法第3条)。
これに対し、犯罪被害者支援委員会の立場は、検察官の手持ち証拠全部・弁護人手持ち証拠について、犯罪被害者の開示、閲覧・謄写権を認めようというものである。
検察官手持ちの証拠の開示等を認めようとする根拠は、犯罪被害者が検察官に対して十分な意見を述べるためには、その前提として事件の全貌を知る必要があり、そのためには検察官手持ちの証拠の内容を知る必要があるというものである。しかしながら、刑事訴訟における証拠は、適正手続を経て初めて証拠採用されるものであり、証拠採用前の証拠は、裁判官の目にも触れてないものである。このように訴訟手続にも現れていない「証拠」を犯罪被害者に開示することは、刑事訴訟手続の根幹たる諸原則(証拠裁判主義、当事者主義、被告人の防禦権の保障)を揺るがすものであって、断固として容認できない。\n また、弁護人手持ちの証拠の開示、閲覧・謄写権を認めることは、被告人の防禦権の保障の見地から、なおさら容認できない。
(3)証拠調請求権
現行刑事訴訟法が前提とする国家刑罰主義・当事者主義の下では、刑事訴訟における真実の解明は、検察官・弁護人の法廷活動によってなされるべきであり、犯罪被害者が証拠調べを望むときは、検察官に情報を提供するなど検察官を通して行うべきである。
犯罪被害者の証拠調請求権に関する容認論者が指摘するように、犯罪被害者が重要と考える証拠を検察官が軽視する事態は起こり得るが、その場合であっても、犯罪被害者と検察官が協議することによって事態を解決するべきである。なぜならば、検察官とは別に犯罪被害者に証拠調請求権を認めるとなれば、被告人の防御対象が多岐にわたることとなるうえに、検察官立証と犯罪被害者立証とが齟齬する場合も想定され、被告人の防御権が侵害される虞れがあるからであり、また、審理が長期化したり、証拠調べの混乱などにより最悪の場合には真実解明が疎かになることすら想定されるからである。
(4)証人尋問権、被告人質問権
犯罪被害者に証人尋問権・被告人質問権を認めるべきであるとする見解は、犯罪被害者は事件の直接の関係者として事実を最もよく知っており、それらの者が尋問することによって、より真実が解明されるという考えに立っている。
しかしながら、まず、犯罪被害者は事実を正しく認識している場合もあるが、逆に、事件に近すぎるが故に事実を正確に捉えたり伝えたりすることが困難な場合もある。後者のような場合、犯罪被害者が(あるいは、その意向を受けた代理人が)証人尋問・被告人質問をすることにより、かえって真実解明が遠のく虞れも懸念される。
また、犯罪被害者本人(あるいは、その意思を代弁する代理人)による尋問と質問は、犯罪被害者の私怨を晴らす場として利用される危険性をはらんでおり、私的復讐を昇華した現行制度を根底から揺るがす虞れがある。国家刑罰主義・当事者主義とは、まさしくそのような懸念を払拭するために、客観的な目を持った検察官に立証活動を委ねるものである。
(5)意見陳述権
現行刑事訴訟法は、犯罪被害者等に対し被害に関する心情その他被告事件に関する意見陳述する機会を与えている(刑訴292条の2)。
犯罪被害者支援委員会の見解は、現行の上記意見陳述とは別に、犯罪被害者に対し事実関係を含めた最終意見(最終弁論)の陳述を認めるようとするものであり、犯罪被害者に証人尋問等の権利を認めるのであれば、最終意見陳述権も認めるべきであるというものである。
しかし、当会は、犯罪被害者に独自の立証活動を認める制度に反対であるから、これを前提とする意見陳述権についても容認できないところである。
4 結論
以上に述べたとおり、当会は、犯罪被害者が刑事裁判手続に関与できるような制度は、刑事訴訟手続の基本的理念に反する虞れが強く、被告人の防御権を脆弱化させるとともに、私的制裁の色彩を帯びることによって刑事訴訟手続への信頼を失わせる虞れもあるから、これを認めるべきではない、と考える。
犯罪被害者の権利保障という視点が軽視されてきたという指摘は十分に首肯できるものの、これに対する対策は、犯罪被害者の刑事訴訟手続への参加という形ではなくて、別の社会政策として取り組まれるべきである。\n したがって、当会としては、犯罪被害者の刑事訴訟手続への参加に反対するとともに、犯罪被害者の救済に必要な制度を実現するために、別途の検討を行うことを求めるものである。
以上