福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2002年6月17日
住民基本台帳ネットワークシステムの稼働の延期を求める声明
声明
福岡県弁護士会 会長 藤井克已
平成14年(2002年)6月17日
1.今年8月5日の改正住民基本台帳法の施行に伴い,住民基本台帳ネットワークシステム(以下「住基ネット」という。)の稼働が予定されている。これは,各市町村が管理する住民基本台帳に記載された高度のプライバシーに属する個人情報である住民票コードを含む6情報ないし13情報をコンピュータネットワークに乗せ,他の地方自治体や国の行政機関からのアクセスを可能\にするものである。
確かに,行政の効率化の点では利便性があるかもしれないが,コンピューター上のデータは紙の上のデータと異なりネットワーク上での拡散も簡単であることから,ネットワークの広域化によりネットワーク外への情報流出の可能性が格段に高まり,その利便性とは裏腹にプライバシーに修復不可能\なダメージを与える危険性を孕んでいる。
現在,93の国の事務が住基ネットを利用することが決まっているが,更に,「行政手続きオンライン化関連3法案」によって171事務が追加されようとしている。住民票コードに付された個人情報をネットワークに流通させることは,各事務で得られた個人情報を集約することを容易にするもので,それ自体が個人のプライバシーに対する脅威となりうる。
2.ところで,1999年6月10日に行われた地方行政委員会(第145国会)において,当時の小渕首相は,住基ネットの「実施にあたりましては,民間部門をも対象とした個人情報保護に関する法整備を含めたシステムを速やかに整えることが前提であるとの認識に至った」と答弁し,改正住基法付則1条2項には「この法律の施行に当たっては,政府は,個人情報の保護に万全を期するため,速やかに所要の措置を講ずるものとする」との規定が盛られているのであるから,住基ネットの稼働には個人情報保護法制の万全な整備が不可欠の前提である。
3.そこで,現行法制及び改正法案を見るに,現行の「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」は,情報の収集制限に関する明確な規定がないこと,行政機関相互の目的外利用を広範囲に認めていること,安全確保義務違反に対する罰則がないことなど個人情報保護制度としては,極めて不十分である。\n 次に,今国会で審議中の「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律案」(以下,「行政機関個人情報保護法案」という。)においても,何ら問題点は改善されていない。すなわち,
1:蒐集制限に関する明確な規定がないこと,
2:「相 当の関連性」があれば利用目的の変更が容易に容認されること,
3:「職務上必要な限度」「相当な理由」があれば行政機関相互の目的外利用が極めて広範に容認されること, 4:「2:」「3:」の判断は当該行政機関に委ねられていること,
5:個人情報の開示義務規定は盛られているが,拡大解釈される懸念のある広汎な除外規定によって骨抜きになっていること,
6:安全確保義務違反に罰則がないこと,
など多くの点に問題があり,個人情報保護制度としては極めて不十分であるどころか,逆に,現状以上に行政機関による個人のプライバシー侵害に適法性のお墨付きを与えかねず,国民の個人情報を保護することよりも,全ての国民の個人情報を一元的に管理することを狙いとしたものと言わざるを得ないものである。\n
4.今般,防衛庁による情報公開請求者の身元・思想信条等のセンシティブ情報を含む個人情報リストの作成保有並びに利用という事件が発覚し,防衛庁は内部調 査の結果,その行為の一部について違法性はないと結論づけている。
この防衛庁の対応と一連の流れによって,個人情報を隠密裡に蒐集し管理しようとする行政機関の体質が露呈され,万全の個人情報保護法制を欠く現状においては個人のプライバシーがいかに脆いものであるかが明らかになった。
5.このように,行政機関個人情報保護法案には重大な問題があり,住基ネット実施のための前提条件である個人情報保護に万全を期するための「所要の措置」が講じられているとは到底評価できない現状にある。
従って,8月5日に予定されている住基ネットの稼働は,万全の個人情報保護立法がなされるまでは延期されるべきである。\n