福岡県弁護士会 裁判員制度blog
2009年3月 4日
合意書面
『裁判員のための法廷用語ハンドブック』(三省堂)より紹介します。(な)
○ 合意書面とは、証人または鑑定人や被告人が供述するであろう内容について、検察官と弁護人の推測が合致した内容を整理してまとめた書面です。
この書面があると、法廷でその証人などに対しては、同じ内容を尋問する必要がなくなります。
○ たとえば、証拠調べ手続において、裁判官が「これから、証人○○についての合意書面の取調べをします」と言います。
○ 合意書面は例外的に証拠となる
「人の記憶」を証拠とするには、伝聞法則により、原則としてその証人に法廷で証言してもらい、捜査段階の供述調書などの書面は原則として証拠としないことになっています。
しかし、検察官・弁護人の両者が、その証人が法廷に来て証言するであろう内容を推測でき、かつ、その内容の全部か一部について争いなく一致できるときには、その一致できる内容を書面にして、例外的に証拠として提出することができるのです。
○ 不必要な証人尋問を省略できる
このような方法が認められているのは、両当事者が合意しているので誤判の危険性が少ないこと、不必要な証人尋問をしなくてすむからです。
合意書面は法廷で朗読されます。
2009年3月 5日
伝聞法則・伝聞証拠・伝聞供述
『裁判員のための法廷用語ハンドブック』(三省堂)より紹介します。(な)
○ 伝聞法則とは、だれかが法廷の外で話したことは、証拠にできないという決まりのことです。他人(ひと)が話したことを証拠にするためには、その人に法廷に来て、語ってもらうことが必要です。
○ 伝聞証拠とは、だれかが法廷の外で話したことが書面やビデオ、また聞きの証言など、間接的な方法で法廷に持ち出されたものです。伝聞法則がありますから、原則として証拠にはできません。
○ 伝聞供述とは、証人が法廷で他人から聞いた話を語ることです。その証言は伝聞証拠となりますから、相手方は異議を出すことができます。
たとえば、証人尋問のとき、証人Aが「Bさんから、『被告人がCさんを殴るのを見た』という話を聞きました」と言ったとき、弁護人は「異議があります。裁判長、今の証言は伝聞供述です」と述べることになります。
○ 他人(ひと)から聞いた話は証拠にならない
誤った判断をさせるおそれの大きい情報は、刑事裁判では証拠として使えません。
たとえば、伝聞証拠には、いわゆる「また聞き」にあたる供述証言や、他人から聞いた話を書いた書面、自分が体験したことを書いた書面、あるいは他人の話を録音したものなどがあります。書面ではなく、ビデオでも同じです。
また聞きは、話した本人ではなく、それを聞いた他人が、「○○さんが・・・・と話した」と証言するものです。AさんがBさんから聞いた話を証言したようなとき、法廷で、Bさんに思い違いなどがないかどうか、Bさん本人に直接尋ねることができません。つまり、Bさんの話がどれくらい信頼できるものかを確かめることができないのです。
○ 証拠とできる場合もある
ただし、伝聞証拠であっても、例外として証拠にできるときもあります。刑事訴訟法は、そのための条件を詳しく定めています。裁判で、これらの例外にあたるかどうかが、議論になることがあります。
2009年3月25日
模擬裁判の成果と課題
これまで全国各地で実施された模擬裁判の反省点をふまえて最高裁判所(事務総局刑事局)が検討した結果が判例タイムズ1287号(09.3.15)に紹介されています(「模擬裁判の成果と課題」)ので、2回にわけて、ごくごく一部を紹介します。実務のうえで参考になると思いますので、興味をもったら、ぜひ原典にあたってみて下さい。(な)
○ 公判における供述調書の朗読
供述調書については、その実質的な内容を全て公判廷に顕出するためには、基本的に、全文朗読または限りなくこれに近い要旨の告知(供述調書の全文を一言一句読み上げることまでは要しないといった程度の要旨の告知)の方法によることになろう。
そうした方法により、裁判員に書証の内容を的確に理解してもらうためには、書証の内容自体が犯罪事実と重要な情状事実に即した簡にして要を得たものとなっていることが必要であるとともに、朗読の仕方に工夫が必要となってこよう。
○ 評議のあり方
裁判員裁判の審理は、公判廷での審理そのものによる心証を形成できるようなものでなかればならず、審理が終わればそのまま評議が可能な状態となっていなければならない。評議を行うために裁判官から審理の説明が必要となるような審理であってはならないのである。
評議では、審理での当事者の主張立証、最終的には論告・弁論を参考に、検察官の主張する主張する事実が、弁護人の主張立証したところを踏まえても、合理的疑いを容れない程度に立証できたかを議論する。
こうした評議の在り方は、裁判員裁判において、裁判員の負担を軽減しつつ、裁判員と裁判官が一体感を持って実質的な評議を行い、適正な事実認定および量刑に至るための実践的な指針としても、正しい方向性を持つと思われる。
もっとも、必ず論告・弁論に記載されたとおりの順序で評議をしなければならないというわけではない。そのように形式的に考えてしまうと、評議が硬直化し、ともすると裁判員の自由な意見表明を阻害することにもなりかねないであろう。この点、公判前整理手続において的確な争点整理がされていれば、通常は、評議においても論告・弁論に記載された順序で議論がされることになると考えられる。
評議においては、裁判員には裁判官が持っていない視点や感覚の提示が期待される一方、それは単なる裁判員の意見・感想のぶつけ合いの雑談であってはならず。裁判官においても、犯罪や刑の本質、自らの知識と経験に根ざした証拠評価の観点などを裁判員と同じ目線で提示することによってはじめて、裁判官と裁判員との真の協働を実現することが可能となる。
裁判員裁判のもとでも刑事裁判の本来の真相解明機能は損なわれないのと同じ意味で、裁判官の専門性は少しも損なわれない。いや、犯罪や刑の本質などを非法律家と共有できる専門性を求められるということでは、より高い本質的な専門性が必要とされるのである。
評議においては、裁判官としても、自己の意見を過不足なく正確に述べることが必要であろう。ただし、その際は、裁判員の意見にも真摯に耳を傾け、裁判員との対話により、より説得力のある結論が導き出され得ることを常に念頭に置いて議論することが肝要であろう。
2009年3月30日
模擬裁判の成果と課題
これまで全国各地で実施された模擬裁判の反省点をふまえて最高裁判所(事務総局刑事局)が検討した結果が判例タイムズ1287号(09.3.15)に紹介されています(「模擬裁判の成果と課題」)ので、2回にわけて、ごくごく一部を紹介します。実務のうえで参考になると思いますので、興味をもったら、ぜひ原典にあたってみて下さい。(な)
○ 量刑についての評議資料
従来どおりの総花的な情状事実の列挙によっては、裁判員に的確に主張を理解してもらうことは困難であり、当事者においてもいずれの量刑事情を重視すべきか、当該量刑事情が具体的な求刑・量刑意見にどのように結びつくかなどといった点についての説得的な説明方法をふくめ、論告・弁論の在り方を一層検討していく必要があろう。
論告・弁論においても裁判員裁判用の量刑検索システムを意識した意見が展開されることが望ましい。もしこれにもとづくもの以外の量刑資料を用いた求刑または量刑意見がなされた場合、とりわけ特殊な裁判例が引用された場合は、裁判員を混乱させるおそれがあるのみならず、当事者の主張した量刑資料が妥当であるかを確認するために判決書などの証拠調べが必要となって、裁判員の大きな負担ともなろう。
もとより、当事者が独自の量刑資料の提出を強く求めた場合、これを制限することはできないものの、当事者の求刑または量刑意見を評議の議論の中で的確に反映させるためには、当事者においても、裁判員裁判用の量刑検索システムにもとづく量刑資料を使用し、当該事案の個別事情の存在を主張して、量刑分布の中に当該事案を位置づけて求刑・量刑意見を述べてもらうことが有益であろう。
論告・弁論において、各量刑事情は、総花的でなく、重要度を考慮して位置づけられる。量刑評議においては、そうした各量刑事情全体を基にして1つの視点を提供する論告と、別の視点を提供する弁論を、それぞれ全体として説得的なものとして評価できるかどうかを検討していくものであるべきである。
この検討の結果、量刑評議において到達する事件全体の構図・見方について、「論告が全面的に正しい」とか「弁論が全面的に正しい」という結果になることはあるかもしれないが、まれであろう。同一の事情に関しても「論告の言い分はもっともであるが、弁論にもうなづける部分がある」ということが多いのではないか。判決の量刑の理由は、この検討の結果をそのまま記載するものとなろう。
刑期の議論だが、裁判員裁判では、刑の量定に関しても国民の率直な視点や感覚が反映されることが前提となっている。しかし、刑法所定の刑罰の幅は広く、事実認定をしたあと、検察官の求刑や弁護人の量刑意見はあるものの、それ以外の判断材料のない状態で具体的な量刑意見を述べよと言っても、それは裁判員に不可能を強いるものであろう。
そこで何らの手がかりが必要となろう。裁判員裁判用の量刑検索システムにもとづいて作成される量刑分布グラフは、この手がかりのための有効な方策として作成されたものである。量刑分布グラフを提示することをためらう必要はないであろう。
量刑分布グラフを示す場合には、あくまでも具体的な量刑意見を述べてもらうための参考資料であり、量刑分布グラフに示された量刑の幅に必ずしも縛られる必要はないであろう。
量刑分布グラフを示す場合には、あくまでも具体的な量刑意見を述べてもらうための参考資料であり、量刑分布グラフに示された量刑の幅に必ずしも縛られる必要はないことについて、適切に説明しておくことが必要であろう。