福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2025年5月号 月報

袴田事件弁護団事務局長小川秀世弁護士講演会「無実の家族が47年7か月勾留されたら...どうしますか?」

月報記事

死刑制度の廃止を求める決議推進室 室員 芦塚 増美(44期)

先の2025年3月20日、福岡に小川秀世さんが来訪され、冒頭のテーマで講演会が開催されました。福岡県弁護士会2階大ホールの会場には一般市民をはじめオンライン視聴者を含めると80名近い方々が、直接、貴重なお話を聴く機会を得ました。以下、私の感想を交え、講演のあらましをお伝えします。

小川さんは、袴田事件に40年係わっていますが、きっかけは、大学で刑事訴訟法のゼミで勉強したときに事件を知り、静岡で弁護士となって弁護団に加わることになったそうです。再審弁護人になった直後からみて、気づいた問題点のひとつに、弁護人に検証できないような方法で行われた捜査の密行性がありました。対策として、ITが進歩した今であれば、捜査員にウェアラブルカメラを装着させて捜査過程を記録して、後日、必要に応じて検証できるのではないか、冤罪の原因究明と防止策として検討してもよいのではないかというお話でした。

次に、捜査機関による証拠の捏造を認めた昨年9月26日の静岡地方裁判所の再審無罪判決にも問題点があるとお話になりました。

かつての最高裁で確定した再審請求審の理由によれば、5点の衣類が犯行着衣であり、かつ、それが袴田さんのものだから有罪とし、その他の証拠だけでは有罪にならないということでした。再審請求審では、5点の衣類が捜査機関による捏造だとされたことで「無罪」は当然の結論であり、再審請求審後の再審公判ではもっと早く無罪判決が言い渡されるべきでした。

福岡県弁護士会 袴田事件弁護団事務局長小川秀世弁護士講演会「無実の家族が47年7か月勾留されたら...どうしますか?」

ところが、静岡地方裁判所における再審公判では、他の証拠も合わせて総合評価をするという理由で検察官の立証活動を許しました。そのために、無駄な1年という期間を費やしたのです。しかも、5点の衣類以外の証拠についても間違った判断をしているのです。例えば、物が現存せず、証拠開示でようやく提出されたカラー写真で、その色について、緑か茶か、また、白かどうか、赤味噌に浸かっているとどうかなどの主張立証に多くの時間を割いたにもかかわらず、再審公判の裁判所は、カラー写真は経年変化もあり、元々の撮影技術が十分で無く、色についての証拠価値はないとしました。

このように裁判所が、思いもよらない理由づけで、弁護人の主張を退けることは、今回が初めてではありませんでした。弁護人は犯行着衣とされたズボンの血痕付着部分と下着のステテコの血痕付着部分が一致しないというのは不合理であり、ズボンとステテコに別々に血痕を付着させたということを物語っていると主張しました。しかし、前に再審請求を棄却した東京高裁決定では、犯行の途中でズボンを脱ぐこともありうると認定された事実は会場の参加者にとって極めて衝撃的なお話でした。

常識では考えられないような理由づけを持ち出さなければ維持できない有罪という結論の方が不合理だからだと何故考えないのかという驚きが会場に広がりました。その他にも、裁判所は、犯人の侵入逃走経路とされた裏木戸の留め金のこと、物盗りによる犯行を裏付けるとされた現金の入った金袋の発見場所やその個数の不自然さや、現金の一部の発見経緯と自白の不一致などの多くの点で、えん罪を生み出した捜査機関の捏造等の様々な問題に迫りきれませんでした。

福岡県弁護士会 袴田事件弁護団事務局長小川秀世弁護士講演会「無実の家族が47年7か月勾留されたら...どうしますか?」

以上を踏まえた教訓として、捜査機関による捏造等ができない制度にすることが必要だとのことでした。まず、再審制度の改革です。真相の解明には証拠開示が重要、また、捜査機関が、被告人に有利な証拠を提出せず、隠しても何も問題にされなかったことは改められるべきです。次に、後に捜査手続きを検証ができるようにします。具体的には、重大事件に限らず、全件において、参考人の取調べを含む検察官、警察官全ての取調べの録画や全ての捜査手続きへのボディカメラ、ウェアラブルカメラの導入をすべきです。

そして、再審弁護人と支援者が一体となった支援活動の重要性です。袴田弁護団では、弁護人と支援者が事件に関する情報をできる限り共有し合い、一緒になって活動し、事件がマスコミ等により広く知られるようになり、心ある専門家の協力もありました。記録謄写費用をはじめ調査日当旅費を弁護人が自己負担する手弁当での活動が、のちにクラウドファンディングによる寄付金で賄えるようになったことも印象的なお話でした。

福岡県弁護士会 袴田事件弁護団事務局長小川秀世弁護士講演会「無実の家族が47年7か月勾留されたら...どうしますか?」

最後に、私たちは「袴田事件」を知ったのだから、それを正しく広く知ってもらい、二度とこんな事件が起きないようにする責任があり、今後は、無罪判決確定後の検事総長談話に対する名誉棄損や国家賠償請求訴訟等をしていきますとのことでした。

これらの他にも示唆に富んだたくさんのお話がありましたが、紙幅の関係で特に印象に残った箇所だけ、私の感想とともに紹介するに留めました。

福岡県弁護士会 袴田事件弁護団事務局長小川秀世弁護士講演会「無実の家族が47年7か月勾留されたら...どうしますか?」

いつもは、テレビなどの画面を通して触れるだけの小川さんの生講演だったことで、会場に参加された会員や市民のみなさんが、刑事弁護の重要性を再認識できたようでした。
会場では福岡県弁護士会会長及び九州弁護士会連合会理事長が挨拶されています。

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