福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2025年5月号 月報

自殺防止シンポジウム「子どもの未来を守るために、いま私たちができること」のご報告

月報記事

自死問題対策委員会 委員 百田 圭吾(76期)

1 はじめに

日本の自殺者数は全体の総数自体は減少傾向にあるものの、子どもの自殺者数は増加しています。令和6年の小中高生の自殺者は、過去最高の527人(厚生労働省の暫定値)となりました。

この現状を踏まえ、子ども・若者の自殺を予防するために何ができるのかを考える契機とするため、令和7年3月8日(土)、当会館2階大ホール及びオンラインにて、自殺防止シンポジウム「子どもの未来を守るために、いま私たちができること」が開催されました。当日の会場には47名、オンライン上では41名が参加致しました。

今回のシンポジウムの内容を、簡単にですがご報告させていただきます。

2 基調講演

今回、基調講演の講師として、昨年9月から若者の相談場所「まちの保健室」を天神の警固公園内に開設した大西良氏(筑紫女学園大学准教授)をお招きし、お話をお伺いしました。

(1) 大西氏が夜回り活動をする中で見た若者~「まちの保健室」開設のきっかけ~

大西氏は、令和元年から、月に2回の頻度で、警固公園内の夜回り活動を行っています。夜回り活動を行う中で、大西氏は、活動当初と現在で、警固公園に集まる若者の特徴が変わってきたと感じたそうです。

活動の当初は、高校生から20歳前後の若者たちが、共通の趣味等でコミュニティを作る目的で公園に集まっていたところ、現在は中学生(一部小学生も)が、自傷行為や市販薬を大量に服用する目的で集まることが多くなってきたとのことでした。

大西氏が公園内に集まっている中学生に話を聞いたところ、「親に話をしても関心を向けてくれない」「家は安心できる場所じゃない」などの声があったそうです。そこで大西氏は、彼ら・彼女らが抱えている問題に真剣に向き合ってくれる大人がいないことが大きな問題だと考えるに至ったそうです。

若者の悩みに真剣に向き合うことのできる大人がいる場所を設け、「安心できる場所」を提供するため、昨年9月から「まちの保健室」を開設するに至ったそうです。

(2) 若者が自傷行為を行う心理

大西氏は、リストカットを繰り返す若者に対し、なぜその行為をやめられないのか尋ねたことがあるそうです。その若者は「心のモヤモヤを身体の傷にして、目に見える形にすることで、痛みの深さが自覚出来てホッとする」と答えたとのことでした。

大西氏は、上記の返答を受け、自傷行為とは、①心の傷を体の傷に変換することで、苦痛を鎮める手段であり、②変えることの困難な現実の中で、それでもこの世の中を生き抜くため、自分の身を必死に守るための手段であるとの考えに至ったそうです。

(3) 支援の際の心構え

大西氏は、上記の自傷行為は一見すると問題行動として捉えられがちだが、実はそうではなく、「自分たちの話を聞いてほしい、分かってほしい」と、他者に問題を提起する行動であることに気づくことが出発点であると説明されました。

そのうえで、彼ら・彼女らが自傷の告白をした際は、「正直に話してくれてありがとう」と言葉をかけるなどして、彼ら・彼女らのSOSを求める行動を肯定することが重要であると説明されました。

また、彼ら・彼女らと対話をするときも、①言葉にならない・できない感情(「面倒臭い」「うざい」)に対し、何が面倒臭いかを考え、〇〇があったから「悔しい」と感情を言語化したうえで、②その感情を共有できるように対話をすることが心構えとして重要であることを説明されました。

(4) 今後の課題と展望

基調講演の最後に、大西氏は、核家族化が進んだことで家族機能が脆弱化したことに加え、経済的及び社会的な格差も大きくなったことで、子どもたちだけではなく、実はその親も「子どもにどうかかわっていけばよいかわからない」等の困難を抱えやすい社会であると説明されました。

また、今後は①NPOや行政機関等の他の支援者同士の情報共有と協働をする必要がある、②今後は支援者を支援する人を増やしていく必要がある、③警固公園に来る気力すらない子ども達へのアプローチを、有限なリソースの中でどうかけていくかを考えていく必要がある旨を今後の課題として挙げました。

3 パネルディスカッション

パネルディスカッションでは、これまで100人に及ぶ非行少年の付添人活動や自死遺族のサポート活動の経験がある迫田登紀子弁護士の進行のもと、大西氏に加え、NPO法人「そだちの樹」事務局長の安孫子健輔弁護士、長年自傷行為やオーバードーズ患者の診察をされている宇佐美貴士氏(精神科医師)にご参加いただきました。

(1) 希死念慮を聞き出せる環境づくりのために

(迫田弁護士)
希死念慮を抱いていることを誰かに告白することは、告白者自身に莫大な勇気を要する行為です。告白者が「この人ならば理解してくれる」と思って、躊躇なく希死念慮を告白できる環境づくりを整えていくために、必要なことは何でしょうか。

(宇佐美医師)
確かに、希死念慮を持った相談者が、安心して「死にたい」と告白することは非常に難しい世の中である。「死にたい」と告白した人を素晴らしいことと認めてくれるような環境の整備やスタッフの配置を進めるべきである。

(安孫子弁護士)
希死念慮を受け止めることができる人をさらに増やし、医療・福祉に正しく繋げていくことができる環境を作っていくべきである。

(大西氏)
核家族化が進み、両親という「大人」がいるにもかかわらず、自分の苦しみを話す機会や場所が家の中にない子どもたちがいる。家以外の身近なところで苦しさを吐き出すことのできる場所を作ることが重要である。

福岡県弁護士会 自殺防止シンポジウム「子どもの未来を守るために、いま私たちができること」のご報告
(2) 支援者としての心構えや経験談

(迫田弁護士)
支援者として相談を受ける際には、どのような心構えで相談者に臨むべきでしょうか。また実際に希死念慮を有していた相談者との経験談があれば、教えていただけますでしょうか。

(宇佐美医師)
市販薬を一度に大量に服用する患者を入院させ、やっとの思いで市販薬を服用させることから遠ざけたとしても、洗剤を飲むなど別の行為を始めたことがあった。本人の意向を無視した強引な援助は患者にとってむしろ逆効果であると思った。

(安孫子弁護士)
オーバードーズや自傷行為を食い止めようとして無理に介入すると、これまで築き上げてきた相談者との信頼を一気に失うおそれがある点は同感である。そのため、支援者は本人とつかず離れずの距離感を保ったうえで、次にどう動くべきか常に考えなければならず、毎回苦心している。

(大西氏)
確かに相談者の話に耳を傾けることが何よりも重要だが、「まちの保健室」の相談時刻が終了した21時以降の時間帯からがむしろ本番であるときもある。勤務時間の枠が設けられ、その枠内での相談であるスクールカウンセラーと異なり、「まちの保健室」はどこかで仕事の区切りをつけないといつまでも終わらないことが悩みになっている。そしてこの区切りを相談者に理解できるようにどう説明すべきかも悩みの一つである。

(3) 相談者からの訴えを聞いた後に取るべき対応

(迫田弁護士)
実際に「死にたい」と告白があったとき、支援者としてどういった対応をとるべきでしょうか。

(宇佐美医師)
告白者の希死念慮には一定の波があり、告白者が波のどの部分なのかを見極めることが医師として重要である。相談者の問題を「見える化」し、原因を判明させたうえで、適切な治療法を医師として選択すべきである。

(安孫子弁護士)
告白者がどのラインを超えると自死に至ってしまうかを探ることは難しい。自死に至ってしまった人も生前に笑って過ごしていた瞬間が必ずあると思う。人生をどう幸せに生きてもらうか、人生をどう充実させていくかといった視点で対応すべきである。

(大西氏)
子ども達の自死のリスク状況をアセスメントし、リスクの重なりがどのくらいあるかを把握する必要がある。また過去・現在・未来と3つの人生の過程を分け、特に現在及び未来に向けてどうかかわっていけるかといった視点で対応すべきである。

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(4) 将来の展望

(迫田弁護士)
最後に、希死念慮を抱いている若者たちを支援する側から、将来の展望をお聞かせください。

(安孫子弁護士)
現在は最初に相談を受けた人が全て抱えてしまうような体制になっている。医療・ケア・窓口のサービスを提供する立場の人をつなぐ役割を担える人が現れることを望んでいる。

(宇佐美医師)
医療機関ができることには限界があるものの、医者しかできないこともまた多くある。医師として希死念慮を持っている子ども・若者へのさらなるサポートに力を注ぎたい。
今後の学校教育は、マイノリティ(いわゆるオーバードーズを行っている少数の若者)をその他の多数の若者が助けられるような体制になることを望んでいる。

(大西氏)
相談者の親や大人側の話を聞くことがあり、その中で大人側の話も理解できる点があると感じるときがある。子ども側にかかわる人と大人側にかかわる人を切り分けつつも、最後は方向性を一つにするやり方を考えていくべきである。

4 おわりに

希死念慮を抱いている子どもたちは、「自分を必要としてくれる場所がない」「自分が生きていることが周囲の迷惑になっている」といった心理状態に陥っていることが多いそうです。そういった子どもたちが安心できる場所を設け、生きる理由を見出すための活動をしている講師の皆様のお話は、生々しく鮮烈な印象を残す内容でした。

小中高生の自殺者の割合が増えている現在、弁護士業務の中で自死に関する相談も今後増えていくことが予想されます。今回のシンポジウムでその相談時に弁護士としてどういう心構えで対応すべきかについて、非常に多くのことを学ぶことができました。大西氏をはじめ、今回のシンポジウムにご参加いただいた講師の皆様に改めてお礼申し上げます。

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