福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2025年2月号 月報
市民とともに考える憲法講座 第十四弾「101年前、いま、みらい~朝鮮人虐殺からヘイト問題を考える」ご報告
月報記事
会員 朴 憲浩(67期)
1 はじめに
2024年12月13日、福岡県弁護士会館にて、ノンフィクション作家の加藤直樹さんをお招きし、市民とともに考える憲法口座第十四弾「101年前、いま、みらい~朝鮮人虐殺からヘイト問題を考える」を開催いたしました。
当行事は、2022年5月27日に当会が定めた「ヘイトスピーチのない社会の実現のために行動する宣言」の実行のために発足した、「ヘイトスピーチ問題対策WG」が中心となって企画されました。
県下においてヘイトスピーチを規制する自治体がないという現状のなかで、市民の皆様とヘイト(民族差別的言動)の問題性、規制の必要性等に関する認識を共有する機会を得るべく、本企画を催すこととなりました。
2 内容
表題の「朝鮮人虐殺」とは、今から101年前の1923年9月1日に発生した関東大震災に伴って行われた朝鮮人虐殺のことを指します。ご講演いただいた加藤直樹さんは、著書に『九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響』(2014年)等があるノンフィクション作家です。加藤さんにはヘイトの最たる形態である「朝鮮人虐殺」(ジェノサイド)が発生した当時の状況や理由、現代においても残る同根の問題など様々な点についてお話しいただきました。
関東大震災における朝鮮人虐殺と言えば、その原因として有名なのは、「朝鮮人が井戸に毒を入れた。」と言った流言飛語、いわゆるデマです。加藤さんによれば、緊急事態において理解しづらい現象が起きたときに、その理由を想像で埋めるべく、デマが発生するということでした。
例えば、関東大震災時には相当な広範囲、いたるところで火災が起きていました。その理由は、当時現地には強風が吹いており、広範囲に運ばれた火の粉が次々と別の火災を生んでいったことにあると現在では解明されています。しかし、それを知る由もない、緊急事態に置かれた当時の人々は大規模火災の理由を、「社会主義者や朝鮮人が各地に火をつけて回った」という想像で埋めてしまうことから、デマが発生していくということでした。
通常、大震災を想定して放火をする準備をしておくことなどなかなか考えられないわけですが、デマが広がるにつれ、「準備をしているのを見た」などと言うようにディテールが加わっていき、メディアも取材結果をそのまま報じていくことで、朝鮮人虐殺の下地が出来上がっていったのでした。
そして、それを信じた警察がさらにデマを拡散し、「不逞鮮人」の取り締まりを強化するなどした結果、民間による朝鮮人虐殺が発生しました。
加藤さんは、このような虐殺が発生した大きな理由の一つとして、「差別の論理」が存在していたと指摘します。震災時に広まったデマは、社会主義者に関するものよりも、朝鮮人に関するものの方が多かったといいます。こういったデマが発生するときに「悪者」にされやすいのは、差別を受けている人たち、すなわち朝鮮人であったということです。マジョリティである日本人にとって、朝鮮人は差別の対象であると同時に、いざというときにはどんな抵抗をされるかわからない、恐れの対象でもあり、根拠のないデマでも真剣に受け取ることができたわけです。
3 現在を見ると
現在の社会状況はどうでしょうか。石原慎太郎元都知事の「三国人」発言は、外国人による災害に乗じた犯罪に対する治安維持を意識して発言されたものでしたし、小池百合子都知事は関東大震災の際に虐殺された朝鮮人犠牲者の追悼式典への追悼文の送付を辞めました。昨年8月には、松野博一官房長官が関東大震災をめぐる朝鮮人虐殺について「政府内において事実関係を把握する記録は見当たらない」と記者会見で述べました。今後、101年前と同じようなことが起きないと信じることはできませんし、加藤さんも同様なご認識を抱いておられました。
再発を防ぐためには、普段から民族差別を許さない社会を作ることができているかが肝要だと加藤さんは述べていました。上記の他にも、議員を含め、ヘイト発言がなされる例は後を絶ちませんが、例えば弁護士会として一定の声明を発出するなど、私たちができることも多くあるように感じました。
過去を否定するのではなく、向き合って反省し、民族差別の解消のための努力をすることが、将来の悲惨な事態を防ぐことにつながると信じています。