福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2025年2月号 月報
公害紛争処理制度
月報記事
公害・環境委員会 髙峰 真(57期)
1 公害紛争処理制度とは
皆様は、公害紛争処理制度をご存知でしょうか。公害紛争処理制度とは、公害紛争の迅速・適正な解決を図るために公害紛争処理法に基づいて設けられているADRです。
この公害紛争処理制度は、公害問題を解決する上で、その専門性や費用面などで有用な制度ですが、制度があまり浸透しておらず、利用率も低いのが現状です。
そこで、昨年11月19日、「公害紛争処理制度研修」を実施しました。今回は、その研修の内容をご報告しながら、公害紛争処理制度をご紹介したいと思います。なお、この研修の動画を会員専用ページの「TOP>研修・登録名簿>研修動画」からもご覧いただけますので、研修の詳しい内容をお知りになりたい方は研修動画もご覧ください。
2 公害紛争処理制度の概要
公害紛争の迅速・適正な解決を図るため、司法的解決とは別に、公害紛争を処理する機関として、国に公害等調整委員会が、各都道府県に公害審査会等が置かれており、それらの機関で、公害に関する調停や、因果関係を判断する「原因裁定」、法的責任の有無等を判断する「責任裁定」などの制度を利用することができます。
ここでいう「公害」とは、環境基本法第2条第3項に定められている、事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる、大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染、騒音、振動、地盤の沈下及び悪臭によって人の健康又は生活環境に係る被害が生ずること、ということになります。この「相当範囲にわたる」という文言から、かつての四大公害のような大規模なものだけが公害と考えがちですが、被害者が1人の場合でも、地域的広がりが認められる場合は、公害として扱われます。最近は、都市型・生活環境型の公害の比較的規模の小さな事件が増え、紛争内容も多様化しています。例えば、
- 建物の解体・建替えによる騒音や振動
- 事業者や飲食店からの大気汚染や悪臭
- 廃棄物の不法投棄による土壌汚染や水質汚濁
といった小規模な公害も公害紛争処理制度の対象になります。
このような公害問題について、公害紛争処理制度を利用するメリットとしては、公害紛争の解決に必要な専門的知見・ノウハウを用いた紛争解決が図れることが挙げられます。都道府県の公害審査会等及び国の公害等調整委員会の委員は法律、公衆衛生、臨床その他の医学、産業技術といった、各分野の有識者から構成されます。そして、職権による調査の実施が可能であるため、必要に応じて、委員自ら資料収集等の調査を行うことができ、それらの費用は当事者が負担する必要がありません。これはかなりのメリットだと言えます。
公害紛争処理では、あっせん、調停、仲裁、裁定の4つの手続を設けていますが、あっせん、仲裁の申請例はほとんどないとのことですので、以下、調停と裁定について説明します。

研修のスライドより
3 調停について
調停とは、調停委員会が紛争の当事者を仲介し、双方の互譲による合意に基づき紛争の解決を図る手続です。委員3人から構成される調停委員会が、紛争当事者に出頭を求めて意見を聴くほか、必要に応じて現地の調査を行い、また、参考人の陳述を求めるなどにより、適切妥当な調停案を作成・提示するなど、合意が成立するように努めます。この調停手続は原則非公開です。
調停の申請は、被害者、加害者のどちらからでもすることができます。被害には、既に発生しているもののほか、将来発生するおそれがあるものも含まれます。
調停委員会は、相当であると認めるときは、最終的な調停案を作成して、当事者に対して、30日以上の回答期間を定めて、受諾を勧告することができます(公害紛争処理法第34条第1項)。
調停の結果、当事者間に合意が成立した場合には、民法上の和解契約と同一の効力を持ちます。この合意には執行力はありませんが、義務に違反した場合は、義務履行勧告の申出が可能です(公害紛争処理法第43条の2)。
4 裁定について
(1) 責任裁定
裁定には、責任裁定と原因裁定があります。
責任裁定は、公害紛争のうち、損害賠償に関する紛争を裁定委員会が法律的判断を下すことによって、迅速、適正に解決するための手続です。対象は損害賠償に限られ、差止め(操業の停止等)を求めるものは対象になりません。
責任裁定も原因裁定も、公害等調整委員会だけが行う手続で、県の公害審査会等は行いません。
責任裁定を申請することができる者は、公害の被害者(損害賠償を請求する者)に限られます。
裁定委員会は、主として公開の審問廷での審問(当事者の陳述、証拠調べ)に基づいて事実を認定し、これに法を適用して、損害賠償責任の有無及び賠償すべき損害額を判断します。責任裁定は、民事訴訟と異なり、裁定委員会が法律だけでなく各方面の専門的知識、経験を有する者で構成され、弾力的、能率的な運用を図ることができるようになっており、事実関係の資料収集について職権主義を採り入れるなど、民事訴訟とは異なった特色があります。
裁定があった場合、不服のある当事者により、裁定書の正本が送達された日から30日以内に当該裁定に係る損害賠償の訴え(責任裁定に係る損害賠償の全部又は一部を訴訟物とする民事訴訟)が提起されないとき、又はその訴えが取り下げられたときは、その損害賠償に関し、当事者間に裁定と同じ内容の合意が成立したものとみなされます。
(2) 原因裁定
原因裁定は、公害をめぐる因果関係の存否の争い、すなわち、加害行為と被害の発生との間の因果関係の存否を判断し争いを解決するための手続です。
原因裁定は、責任裁定と異なり、被害者、加害者の双方が申請することができます。
また、公害に関する民事訴訟が継続している裁判所も公害等調整委員会に対して、原因裁定の嘱託をすることができます(公害紛争処理法第42条の32)。
申請や嘱託があったときの処理の手続は、責任裁定とほぼ同じです。裁定委員会は、公開の審問廷での審問に基づいて事実を認定し、因果関係の存否について判断します。
原因裁定によって因果関係があると判断されても、それだけでは当事者間の権利義務(損害賠償責任等)は定まりません。しかしながら、当事者としては、原因裁定によって因果関係の存否が明らかになれば、その他の争点については直接交渉や調停等の手続によって解決したり、場合によっては、原因裁定手続で得られた資料を利用して訴訟による解決を図ることもできることになります。

研修のスライドより
5 終わりに
公害紛争処理制度は、各分野の専門家で構成された調停委員会や裁定委員会が、時には柔軟な対応をしながら紛争解決に向けて調停や裁定をするものであり、公害に関する紛争の解決にとって非常に有用な制度であるといえます。費用についても、申請の手数料は数千円程度であり、委員の調査費用を当事者が出す必要がないため、利用しやすい制度です。
会員専用ページの研修動画には、上記の制度の説明だけでなく、実際の解決事例も紹介されていますので是非ご覧ください。
これから、騒音や振動、悪臭など公害に関する相談を受けた時には公害紛争処理制度の利用をご検討いただけると嬉しく思います。