福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2025年1月号 月報
第16回国選弁護シンポジウム「横にはいつも弁護人〜取調べの立会い・逮捕から国選弁護」のご報告
月報記事
刑事弁護等委員会 委員 野田 幸言(66期)
はじめに
令和6年11月1日、金沢市内の金沢東急ホテルにて、日本弁護士連合会主催の第16回国選弁護シンポジウム「横にはいつも弁護人〜取調べの立会い・逮捕から国選弁護」が開催されました。日弁連取調べ立会い実現委員会よりシンポジウム実行委員の一員として参加しましたので、報告させていただきます。
シンポジウムの概要
国選シンポジウムはおおよそ2、3年に1回、全国をめぐって開催されています。前回の2021年広島では、コロナ禍の折、全面オンラインで実施されました。今回は2017年の横浜以来、7年ぶりの現地での開催となりました。
「国選弁護」シンポジウムと名付けられていますが、国選弁護だけに限らず、刑事弁護全般に関わるその時々のトピックをテーマとして実施されています。今回のテーマは、第1部「取調べへの弁護人立会い」と第2部「逮捕段階からの国選弁護制度」の2本立てでした。
参加者数は、現地参加245名、オンライン参加324名、合計569名と大盛況でした。当会からは現地参加6名、オンライン参加4名の申込がありました。
第1部 取調べへの弁護人立会い
これが取調べの実態だ!
第1部の冒頭に、「これが取調べの実態だ!」と題して、実際の取調べの録音・録画が上映されました。
上映された事件は(1)鳥羽警察署事件、(2)札幌北警察署事件、(3)プレサンス事件、④江口元弁護士事件です。
- 鳥羽警察署事件では、窃盗を否認する被疑者に対して、警察官が「顔見とったらわかるわな、泥棒みたいなもん。泥棒!!」「泥棒に黙秘権あるか!」「新聞載っとけ!伊勢新聞やら中日やら、全部のしたるわ。報道発表して。」などと大声で怒鳴りつける場面が流されました。
- 札幌北警察署事件は、2歳の子供を監禁したとして女性が逮捕・勾留された事件です。女性は最終的に不起訴になりました。黙秘する女性に対し、警察官は、「要らない子だったの?だからこうやって何もしゃべんないのかい?」「自分のこと守りたいって、そういう気持ちしか考えられないくらい、その程度の存在だったのかい。」と責め立てます。
- プレサンス事件では、社長の関与を否定する部下に対し、検察官が、「そうだとしたら、あなたはプレサンスの評判を貶めた大罪人ですよ。」「10億、20億じゃ、すまないですよね。それを背負う覚悟で、今、話していますか。」などと自白を迫ります。無罪後の付審判請求事件では、この発言が、「恐怖心をあおる脅迫的な内容といえ、・・・陵虐行為該当性が認められる」とされました。
- 江口元弁護士事件では、黙秘する被疑者に対し、検察官が「何か、あなたの中学校の成績見てたら、あんまり数学とか理科とか、理系的なものが得意じゃなかったみたいですねぇ。」「ちょっと論理性がさあ、なんかずれてんだよなぁ。」などと延々と一方的に侮辱的発言を続けます。
実際に行われた取調べの場面であるだけに、この冒頭の上映会が最も鮮烈に印象に残りました。これを見ると、一人で取調べに臨んで黙秘権を貫徹するのがいかに難しいかが分かります。やはり取調べにはセコンドである弁護人が必要だと改めて実感しました。
事例報告
続いて、愛知県弁護士会の櫻井義也弁護士から、障害のある被疑者の立会い実践例報告が、札幌弁護士会の林順敬弁護士から、取調べ準立会いによる無罪事例報告が行われました。
櫻井弁護士の事例は、パニック障害、不安障害、知的障害のある男性について、障害者差別解消法7条2項により行政機関に「合理的配慮」を求める合理的配慮依頼書を捜査機関に提出して、取調べへの弁護人立会いが認められ、最終的に不起訴になったというものです。同弁護士によると、同法8条2項は事業者(=弁護士)に対しても同様の義務が認められており、立会い要求ないし立会いは弁護人としての義務ともいえるとのことです。
なお、この事件は、愛知県弁護士会の「特定在宅被疑者援助制度」を利用したものです。同制度は、障害者・高齢者・少年・弁護人等の活動により釈放された者について、経済的理由により弁護士報酬等の支払が困難な場合に弁護士費用の援助を行うものです。この制度がなければ、取調べへの弁護人立会いも不起訴も実現しなかったかもしれません。さすがに愛知県弁護士会は先進的な取り組みを行っています。
林順敬弁護士の報告の事案は、76歳の女性が自動車を運転して走行中、右側から飛び出してきた8歳男児が乗る自転車と衝突し、男児が高次脳機能障害を伴うびまん性軸索損傷等の障害を負ったというものです。在宅事件として捜査が行われ、受任後、弁護人が取調べの立会いを求めましたが認められず、いわゆる準立会い(弁護人が警察署・検察庁構内で待機し、一定の時間ごとに休憩を入れ、弁護人と被疑者が打合せを行い、適宜アドバイスするという弁護活動)を実施しました。女性は起訴されましたが、裁判所は女性の過失を認めず、無罪判決を言い渡しました。検察官の立証の柱の1つは、事故当日弁護人が選任される前に作成された警察官調書でしたが、必要性なしで却下となりました。弁護人選任後、弁護人のアドバイスで不利益調書が作成されなかったことが無罪の大きな要因となりました。
いずれの事件も、依頼者は、弁護人の選任前と選任後では捜査機関の対応が全く違ったと語っており、大変感謝されたとのことでした。
パネルディスカッション
大川原化工機事件で長期間身体拘束を受けた同社取締役の島田順司氏、林弁護士の報告事例の依頼者女性、林弁護士、高知県弁護士会の市川耕士弁護士によるパネルディスカッションが行われました。
島田氏からは、逮捕される前の取調べでは、取調べの前に既に供述調書が出来上がっておりそれを確認する作業だった、「杜撰に知っていて」「分かってやりました」「故意に」など、自分が話してもいない言葉が供述調書に書かれていて供述調書は捜査官が勝手に作るものだと分かった、警察官は「経産省も外為法の規制対象に該当するという見解である」など述べていたが、後から嘘だと知った、など取調べの実態が赤裸々に語られました。在宅取調べの途中からは、自分が必死で話していることが全く調書に取ってもらえない、どうにか証拠を残さなければいけないと思って、身を守るために自主的に録音を行っていたとのことでした。その他にも、何年も前のことを何も資料を参照せずに答えろと言われても答えられるはずがない、証拠を確認できる仕組みが必要である、と捜査段階の証拠開示の必要性も挙げられていました。
林弁護士の依頼者は、一般の人にとって、刑事手続は全く分からない、弁護士が同じ庁舎にいると思うだけで安心できた、取調べの最中に隣に弁護士がいたらもっと心強かっただろう、と語っていました。
海外視察報告
本シンポジウムに先立って、日弁連取調べ立会い実現委員会有志で、取調べへの弁護人立会いが法制度化されているイギリスと韓国の視察を行いました。
韓国視察団のメンバーである佐賀県弁護士会の半田望弁護士が、韓国視察の報告を行いました。半田弁護士によると、韓国の取調べは動機の解明に重点が置かれておりその点は日本と似ているが、韓国では2020年の刑訴法改正によって捜査段階の検察官調書の伝聞例外規定が撤廃されたことにより、客観証拠中心の捜査にシフトしている、警察官・検察官のいずれも、弁護人が取調べに立ち会うことによって法律上の概念の説明などを弁護人がアシストすることから、取調べがしやすくなったと語っていた、ということでした。
また、イギリス視察団のメンバーである大阪弁護士会の川崎拓也弁護士からもイギリス視察の報告がありました。イギリスでは取調べの時間は通常45分が限度であること、実際の取調べを傍聴した際、被疑者の言い分を捜査機関が誤解しているように思われる場面で弁護人が捜査官に誤解を指摘するなど、捜査官と弁護人が協力している様子が窺われたこと、警察官が弁護人がいない取調べは信用性がなくなるため弁護人が立ち会った方が好ましいと語っていたことなどが報告されました。
第1部まとめ
日弁連取調べ立会い実現委員会委員長である札幌弁護士会の川上有弁護士より、第一部の締めくくりのスピーチがありました。
「改めて日本の取調べが後進的であることを痛感した。人権侵害的な取調べをやめさせるためには弁護人の立会いが有効かつ不可欠である。当事者は弁護人の立会いを求めている。当事者の切実な声に我々弁護士が背を向けていいはずがない。我々弁護士は、立会い権実現後の将来の依頼者のためだけでなく、現在の依頼者の声に応える義務がある。」という熱いエールが送られました。
第2部 逮捕段階からの被疑者国選弁護制度
プロモーションビデオ~逮捕段階で国選弁護人が選任されるとこうなる~
第2部のテーマは、逮捕段階からの被疑者国選弁護制度の実現です。
冒頭に、勾留後にしか国選弁護人が選任されない現在の制度下での接見動画と、逮捕段階から国選弁護人が選任される架空の世界の接見動画の2パターンが流されました。
現在の制度の下での接見動画では、弁護人が接見に行った時点で既に、認めれば早く出られるだろうと思って被疑者が虚偽の自白調書に署名押印をしていたという場面が映し出されます。これに対して、逮捕段階から国選弁護人が選任される制度の下での接見動画では、弁護人が当初から被疑者に黙秘権を行使できること、供述調書に署名押印しないことをアドバイスします。
弁護人の援助が最も必要なはずの逮捕直後の時点で国選弁護人が選任されないことによる不都合を見事に指摘した動画でした。弁護士の説明はどうしても小難しくなりがちです。一般の方々に問題点を伝えるには、動画は非常に有効なコンテンツだと実感しました。
パネルディスカッション
第2部のパネルディスカッションのパネリストは金沢弁護士会の高見健次郎弁護士、埼玉弁護士会の長沼正敏弁護士、大阪弁護士会の西愛礼弁護士、第二東京弁護士会の開原早紀弁護士です。
高見弁護士からは、(1)近時、警察で当番弁護士の紹介がされなくなっている、(2)資力制限があるため、資力のある被疑者は私選弁護人選任申出をして私選受任を拒否されるという無駄な手続を履践しなければならない、(3)国選弁護人が勾留決定後にしか選任されないことから捜査の初期段階で虚偽自白が取られる危険性が高い、という問題点が指摘されました。
長沼弁護士、開原弁護士からは、現在の制度では逮捕段階に国選弁護人が選任されないために、初動が遅れ困難をきたした事例と、逮捕当日に初回接見ができたために成功した事例の両方が報告されました。
長沼弁護士の報告事例は、被疑者が、妻の不倫相手(被害者)に対して傷害・恐喝未遂を行った疑いで逮捕されたというものです。逮捕より相当前の時点で、被疑者から不倫相手(被害者)に対して不貞慰謝料請求訴訟を提起しており、不倫相手(被害者)からは被疑者に対して傷害を理由とする反訴が提起されていました。傷害に関する証拠も相当程度民事訴訟で提出されています。長沼弁護士は、民事訴訟の代理人弁護士から直ちに民事訴訟資料を入手し、本件は本来民事訴訟で決着をつける事件である、身体拘束してまで捜査を遂げる必要はないという意見書を提出しました。いったんは勾留が認められましたが、勾留に対する準抗告が認容されました。準抗告審では、逮捕状を出した裁判官が裁判長を務めました。後日、同裁判官から、「準抗告審の際に判明した事情が当初から分かっていたら逮捕状は出していなかった。」と言われたということでした。
西弁護士からは、かつて裁判官として令状裁判に関与した経験から、令状担当の裁判官はできるだけ多くの情報を知りたいと思っている、弁護人から勾留要件に関する情報が多く提供されれば慎重な判断が可能になるのでありがたい、特に身上関係の情報、示談の状況に関する情報が提供されると判断に影響する、との意見が述べられました。他方、国選弁護人は勾留が取消されると解任されるため、釈放してよいか気がかりな面もあるという懸念も示されました。
ドイツ視察報告
ドイツ視察団の一員である高見弁護士から、ドイツにおける国選弁護人の選任の状況について報告がありました。報告によると、ドイツでは、仮拘束(逮捕)された被疑者が勾留の裁判のため裁判所に引致されるときには弁護人の関与を必要とすると法制化されているとのことです。国選弁護人選任は捜査判事が行うことになっており、捜査判事は警察本部に在中しています。したがって、仮拘束された被疑者を勾留することにした時点で、弁護人が選任されなければならず、国選弁護人選任手続は警察本部内で行われます。これは逮捕段階の国選制度と実質的に同等です。また、選任された弁護人は勾留質問に立ち会うことが認められています。
これを踏まえて、日本で逮捕段階からの国選制度を実現するに当たっては、逮捕時の警察による国選弁護人選任の矜持がしっかりなされること、被疑者が逮捕時点で口頭で国選選任の旨を告げるだけで国選選任手続が開始されること、勾留請求却下や勾留準抗告認容などで被疑者が釈放されても国選弁護人の地位が失われないこと、被疑者が弁護人選任請求をしたときは弁護人にアクセスできるまで取調べをしないことなどの条件が必要であると提言されました。
第2部まとめ
第2部のまとめとして、高見弁護士から、国選弁護制度は適正手続のための制度である、社会のインフラとして簡潔で便利な制度が構築されなければならない、という意見が表明されました。
感想
シンポジウムに参加して、当事者の生の声が一番心に響きました。通常の当事者は刑事手続についての知識が全くありません。当事者にとっては全てが初めての経験です。林弁護士の依頼者は、「同じ建物に弁護士の先生がいると思うだけで心強かった。」と述べていました。当事者は、弁護人が取調べに立ち会うことを強く望んでいます。この声に弁護士が反対する理由はないはずです。
もう一つ、改めて感じたことがあります。第2部のプロモーション動画、パネルディスカッションの中で、黙秘権行使を選択する理由として、「虚偽の自白調書が作られるのを防ぐ」「アリバイ潰しを防ぐ」という発言が何度も繰り返し出てきました。我々弁護士からすると当たり前のアドバイスです。しかし、ふと冷静に考えてみると、被疑者の言い分が被疑事実と違うのであれば、その言い分をそのまま証拠に残すというのが本来捜査機関に求められることではないでしょうか。被疑者にアリバイがあるというのであれば、そのアリバイが正しいかどうかを虚心坦懐に検証して、くれぐれも無辜を罰することがないよう心がけるのが捜査機関の役目ではないでしょうか。虚偽の自白調書を作ることも、被疑者のアリバイをつぶすことも、本来絶対に許されない行為です。ところが、これらの行為が現に行われているということを前提に弁護活動をしなければならないという現実に、現在の刑事手続の病理を感じました。
私にとって、初めての国選シンポジウムへの参加でした。現地に足を運ぶことで、各地から集まった弁護人の刑事弁護変革への熱意と、弁護人に対する当事者の期待を実感できたことが、今回の最大の収穫でした。
第16回国選弁護シンポジウム基調報告書「横にはいつも弁護人~取調べの立会い・逮捕からの国選弁護」は以下のQRコードからダウンロードできます。
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