福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2024年12月号 月報

手錠腰縄シンポジウムのご報告

月報記事

手錠腰縄PT 鶴崎 陽三(69期)

1 はじめに

去る令和6年10月3日、愛知県(名古屋市)での第66回人権擁護大会の第2分科会として手錠腰縄問題に関するシンポジウムが開催されました。

聞きなれない会員もいるかもしれませんが、手錠腰縄問題は、身柄事件の被告人が公判廷で裁判官からの解錠の指示があるまで手錠腰縄を装着された姿を晒されることが被告人の尊厳を損なうものであり人権侵害にあたるとして、手錠腰縄姿を訴訟関係者や傍聴人に晒さないための措置を求めるものです。

以下、シンポジウムの内容をご紹介します。

2 報告等及び講演
(1) 報告等及び講演の内容

本シンポジウムでは、最初に手錠腰縄問題に関するドラマが上映され、愛知県弁護士会の櫻井博太弁護士からの基調報告、福岡県弁護士会の稲森幸一弁護士から国際人権法についてのガイダンス、法廷での手錠腰縄経験者であるミュージシャンのSUN-DYU氏による歌唱と同氏に対するインタビュー、海外の調査報告などがありました。

また、基調講演として、慶應義塾大学大学院法務研究科の山本一氏教授、近畿大学法学部法律学科の辻本典央教授、中央大学の北村泰三名誉教授からご講演いただきました。
最後に、北村教授及び辻本教授に元裁判官で現愛知県弁護士会の伊藤納弁護士、大阪弁護士会の川﨑真陽弁護士を加えた4名をパネリストとしてパネルディスカッションが行われました。

以下、紙面の関係上すべてをご紹介することはできませんので、櫻井弁護士の基調報告とSUN-DYU氏へのインタビュー及び各基調講演について、内容をご報告いたします。

(2) 櫻井博太弁護士の基調報告

櫻井弁護士からの報告によると、最高裁判所と矯正局の協議によって、平成5年に、「特に戒具を施された被告人の姿を傍聴人の目に触れさせることは避けるべきであるという事情が認められる場合には」(傍聴人を被告人より後に入廷させ、傍聴人を被告人より先に退廷させることにより)傍聴人のいない所で解錠・施錠することを原則とし、それができない特段の事情がある場合には、入廷直前又は退廷直後に法廷の出入口の所で解錠・施錠する取り扱いとすることが法務省から通知されたそうです(平成5年通知)。

その後、どのような経緯なのか平成5年通知に従った運用は全くなされなくなった中で、2014年、大阪地裁において被告人が手錠・腰縄姿での出廷を拒否し、それにならった弁護人に対して出頭在廷命令及び命令違反による過料決定、大阪弁護士会に対する処置請求がなされました。

これに対して、2015年、大阪弁護士会は「処置しない」決定をするという毅然とした対応をしましたが、この頃から大阪弁護士会で手錠腰縄問題が議論され始めたそうです。
その後、一時的に裁判官がなんらかの対応をしてくれる割合が増加したそうですが、最近は対応割合がかなり低下しているとのことです。

その他、手錠腰縄に関する海外の状況や、日本における裁判例として、手錠腰縄問題を人格的利益の観点から判示した裁判例や無罪推定の原則との関係について判示した裁判例などが紹介されました。

(3) SUN-DYU氏のインタビュー

SUN-DYU氏は、約300日間にも及ぶ勾留期間を経て、最終的には無罪となりました。
長期間にわたって勾留されること自体が極めて重大な人権侵害であり、日本における人質司法の問題点が垣間見えるところではありますが、それはさておき、本シンポでは、手錠腰縄について実際に手錠腰縄を経験したことがある人ならではのお話を伺うことができました。

たとえば、手錠腰縄をしていると、腰縄に引っ張られるような形になり、手錠で両手が体の前にあることも相俟って体勢が前屈みになるため、いかにも悪いことをした人間に見えるというようなお話がありました。
手錠腰縄がまさに人間の尊厳や無罪推定の原則を傷つけるものであることを痛感しました。

(4) 山本一氏教授の基調講演

山本教授からは、「人権の普遍性をどのように実現するか?-国際人権規範と国内における人権保障の実現-」と題したご講演をいただきました。
世界で人権保障がどのように発展してきたかや、日本における人権保障の課題、日本国憲法の問題点などをご説明いただき、今後の国際的な人権保障に向けた展望が示されました。

たとえば、日本国憲法から抜け落ちている視点として、先住民の権利、外国人の権利、戦後補償問題、住国籍問題をご指摘されました。
そして、国境を超える人権保障に向けて、憲法判断における国際人権の重要性を説明されたほか、従来の思考枠組を批判的に検討する必要があることなどが示され、国際人権規範の介入を警戒する従来の思考枠組として「国憲的思惟」(まず国があってこその憲法という見方)の問題性を指摘されました。

また、人権法源について、「拘束的権威」(法的拘束力を持つ規範)と「説得的権威」(参考にする規範ではあるが、従う義務はない規範)の2つに分類する従来の考え方(二分論)を修正し、両者の間に「影響的権威」(法的拘束力を持つ規範ではないがひとまずそれに従うべき義務が生じ、裁判官がそれに反する決定を行おうとする場合には、なぜそれに従わないかについて論証する責任を負う規範)を位置づける三分論を提唱されました。

(5) 辻本典央教授の基調講演

辻本教授からは、「人権問題としての法廷入退廷時における手錠腰縄措置」と題したご講演をいただきました。
手錠腰縄措置によって侵害される利益には(1)行動の自由・人身の自由の制約、(2)防御権の侵害、(3)人格権侵害があり(大阪地裁平成7年判決:人格権=「人間としての誇り、人間らしく生きる権利」)、手錠腰縄措置による権利侵害の違法性は、(1)(2)の直接的侵害については刑事施設収容法78条や刑訴法287条の解釈論によって判断されること、(3)の附随的侵害については本質的に避けるべき権利侵害であることを指摘されました。

また、比例性原則による規律が及び、当該措置をとることの適格性+必要性+相当性が問われることや、手錠腰縄措置の目的は逃亡防止にあり暴行防止は目的外であることなどが示されました。

裁判例としては大阪地裁令和元年5月27日判決を紹介されましたが、同判決の意義として、手錠腰縄姿を公衆の面前でみだりに晒されないことの正当利益は法廷内外で違いはないこと、法定警察権を根拠とする裁判所是正義務の存在、裁量性が否定され比例制原則が適用されることを示したことにあるとご説明されました。
また、刑訴法287条の身体不拘束原則を入退廷時に拡充する立法措置の必要性などを説かれました。

(6) 北村泰三名誉教授の基調講演

北村教授からは、「法廷内での拘束具使用の禁止に向けて 国際人権法からの問題提起」と題したご講演をいただきました。

「鎖、枷、その他の本質的に品位を傷つけ又は苦痛を伴う拘束具の使用禁止」や、「司法または他の行政当局の前に被拘禁者が出頭するときは(拘束具を)外される」ことなどを定めた国連被拘禁者処遇最低基準規則(マンデラ・ルール)についてご説明いただいたほか、「被告人は通常、審理の間に拘束具をつけられたり檻に入れられたりまたは他の方法により危険な犯罪者であることを示唆するようなかたちで出廷させてはならない。報道機関は、無罪の推定を損なう報道は避けるべきである。」とする自由権規約委員会一般的意見32をご紹介いただきました。

また、国外の状況として、ヨーロッパ人権裁判所の判例には日本の法廷内における手錠・腰縄問題に直結するものは見当たらないものの、比例性原則により過剰で必要性のない手錠の使用は人権条約違反とされることが示されていること、米国連邦最高裁判決(Deck v.Missouri事件)では、法廷内の拘束具の使用は公正な裁判の場である法廷の尊厳を侵すものであると指摘されていることなどが紹介されました。

3 おわりに

法廷の中で手錠腰縄姿を晒されることが人権侵害にあたる違憲違法なものであると考えたとき、刑事弁護に携わる弁護士の多くは、目の前で違憲違法な人権侵害行為が行われているにもかかわらず何もせずにそれをただ眺めていたことになります。まずは弁護士自身が手錠腰縄問題を認識することが必要です。

翌日4日の大会では、入退廷時に手錠腰縄を使用しないことを求める決議が成立しました。
会員専用ページに申入書の書式が用意されていますので、是非みなさんも決議に沿った働きかけを実践されてください。

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