福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2024年10月号 月報

取調べ立会い実践研修と援助制度のご紹介 ~時代は今、取調べ立会いを必要としている~

月報記事

福岡県弁護士会取調べ立会い実現PT 古賀 祥多(69期)

今般、取調べ立会い(=弁護人が取調べ等に現実に立ち会うこと(取調室内に滞在すること)を意味します。)の弁護活動が話題となっており、日弁連でも、取調べ立会い実践の必要性を強く叫ばれ、社会的にも注目が集まっています。

全国的にみると、取調べ立会い申入れがなされているものの、取調室内での立会いそれ自体は件数は限られていますが、弁護人の立会い申入れが拒否された場合で、取調べ等の開始時から終了時まで取調室外に滞在して、被疑者又は被告人に助言できるように待機する活動、いわゆる「準立会い」については、全国的に数多く実践されており、効果を上げています。

今般、福岡県弁護士会では、被疑者又は被告人の取調べに立ち会うことのできる法制度及び実務の確立の実現に向けた活動を援助するため、これらの活動を行った会員に対して、援助金を支給する規則を制定し、令和6年4月1日より施行することとなりました。

同制度につきましては、先般、制度開始後第1号のご報告をいただきました。同事件は、被疑者国選事件で、捜査機関に対して取調べの立会いを書面で求めた(結果は立会いを認めず)というものでしたが、とても貴重な一歩だと感じております。

こうした当会における取調べ立会い実践活動の高まりを受け、令和6年11月21日午後6時より、福岡県弁護士会館において、取調べ立会い実践弁護に関する研修を実施することとなりました。同研修では、佐賀県弁護士会に所属し、日弁連の取調べ立会い実現委員会にも所属されている半田望先生を講師としてお招きし、半田先生が視察されたイギリス・韓国の実情等についてご報告いただくとともに、当会の池田翔一会員による取調べ立会いに関する弁護実践活動について、半田先生をアドバイザーとしてご報告いただく予定で企画しております。同研修は、非常に魅力的な研修となると思いますので、皆様、ふるってご参加いただきますようお願い申し上げます。

本稿では、上記研修企画に先立って、取調べの立会いに関連する昨今の時事についてお話しし、改めて取調べ立会い実践の必要性等についてご紹介いたします。その上で、末尾において、改めて援助制度の紹介をしたいと思います。

第1 最近の時事
1 袴田巖さんの無罪判決と同事件が明らかにした刑事司法の問題

去る令和6年9月26日、いわゆる袴田事件の再審開始後の第1審判決があり、袴田巖さんに対して無罪判決が言い渡されました。当会も、同無罪判決に際し、「「袴田事件」再審無罪判決を一日も早く確定させることを求めるとともに、改めて速やかな再審法改正を求める会長声明」を発出しました。

上記事件は、当初、事件発生後1年2ヶ月後に味噌樽の中から発見された大量の血痕の付いた衣類5点を決定的な証拠とするなどして死刑判決を下しましたが、この度の無罪判決では、これら衣類5点が捜査機関によって血痕を付けるなどの加工がされねつ造されたものと認定したほか、袴田さんの自白についても、黙秘権を実質的に侵害し、虚偽の自白を誘発するおそれの極めて高い状況下で、捜査機関の連携により、肉体的・精神的苦痛を与えて供述を強要する非人道的な取調べによって獲得され、実質的にねつ造されたものと認められ、刑訴法319条1項の「任意にされたものでない疑のある自白」に当たる、等と判示しました。

この度の無罪判決は、袴田さんの無罪を宣言し、58年の長きに亘る戦いに終止符を打つものとして積極的に評価されるべきものであり、何よりも、袴田巖さんがこうして雪冤を果たされたことについて、御祝い申し上げるべきであると思います。ただ、袴田さんが半世紀以上にわたり冤罪に苦しめられ、死刑執行の恐怖にさらされ、もはや回復しがたい損害を被るに至ったことは事実であり、このような事態は悲劇としかいいようがなく、到底社会的に許されるものではありません。

そのため、袴田事件によって明らかとなった問題は、社会全体で問題意識を持ち、早急に解決しなければなりません。

袴田事件によって明らかとなった問題は、再審法の問題(再審法改正の必要性)をはじめとして、死刑制度の問題など、多岐にわたると思われます。本稿ではそのすべてを語ることはできませんが、先に述べたように、捜査機関による取調べの問題も、その一つとしてあげることができると考えられます。

袴田さんが逮捕された当時、刑事弁護の制度は十分ではなかったと思われますが、そうしたなかで、袴田さんに対し、捜査機関による長時間に亘る取調べがなされ、ときには捜査機関が暴力を振るい、精神的・肉体的拷問を繰り返し、袴田さんに自白を迫りました。こうして、先に述べた味噌樽から出たとされる衣類等もあって、袴田さんは無実でありながら、死刑判決を受けることとなったのです。

こうした当時の取調べの在り方は、厳しく糾弾される必要がありますし、取調べの在り方を改めていかなければなりません。

2 今、被疑者取調べの問題は解消されたのか?―プレサンス社・元社長事件に関する付審判請求高裁決定―

ただ、袴田事件は半世紀以上前の事件であり、その後、当番弁護士制度ができ、被疑者国選弁護制度が拡充し、取調べの録音・録画制度も一部ながら導入されました。そうした現在の刑事弁護の拡充を踏まえれば、袴田事件のような過酷な取調べはないのではないか、とおっしゃる人もいるかもしれません。

しかしながら、現在もなお、取調べを取り巻く現状は、旧態依然としているといわざるを得ません。

たとえば、令和6年8月13日、プレサンスコーポレーション元社長に対する無罪事件(以下、「プレサンス事件」)に関し、元社長の部下に対して取調べを行った大阪地検特捜部の田渕大輔検事(当時)に対して「特別公務員暴行陵虐罪」につき、大阪高裁が付審判請求を認める決定が出されました(1)。同事件では、田渕検事が、机を強く叩いて大きな音を立てた上、「ふざけるな」「なんでこんな見え透いた嘘をつくんだ」「検察なめんなよ」などと大声で罵倒し、さらに「あなたはプレサンスの評判を貶めた大罪人ですよ」「あなたはその損害を賠償できますか。10億、20億じゃ済まないですよね」などと告げるなどの言動に及んだことにつき、取調べにおいて必要性、相当性を見出すことのできない威圧的、侮辱的、脅迫的な言動であると認定し、田渕検事の当該行為を「陵虐もしくは加虐の行為」の嫌疑があるとして、原決定の判断を改め、公訴提起を決定しました。

この決定では、異例の「補論」が出されました。その補論では、かつて、大阪地検特捜部における、いわゆる厚労省元局長無罪事件、同事件の主任検察官による証拠隠滅事件、さらには、その上司であった元大阪地検特捜部長及び元同部副部長による犯人隠避事件という一連の事態を受けて設けられた「検察の在り方検討会議」によって「検察の再生に向けて」と題する提言がなされたことを受けて取調べの録音・録画が導入され、検察官独自捜査事件について取調べの全課程が録音・録画の対象となったこと(刑訴法301条の2第1項3号、4項)等の経緯を指摘しつつ、そうしたなかで、「今回の事案が、上記のような経緯を経て導入された録音録画下で起きたものであることを考えると、本件は個人の資質や能力にのみ起因するものと捉えるべきではない。あらためて今、検察における捜査・取調べの運用の在り方について、組織として真剣に検討されるべきである。」と述べ、検察に対して、組織的な検討を行うよう、課題を突きつけました。

違法な取調べは、プレサンス事件だけではありません。すでに発刊された月報記事(2)でも紹介がありましたが、三重県鳥羽警察署で行われた窃盗事件の取調べにおいて、警察官は否認する女性被疑者を犯人と決め付けて「泥棒」呼ばわりし、約7時間にわたり、「バレバレや。嘘つき。泥棒に黙秘権なんかあるかい。刑務所行こ、俺が連れてったる。」などと罵声を浴びせ続けたことが録音によって露見しました。

これら事件は、氷山の一角に過ぎないのではないかと思います。プレサンス事件等に限らず、現在においてもなお、違法な取調べは各地で発生していると考えるべきです。

3 プレサンス事件などに見る取調べの可視化の限界点・取調べ立会いの必要性

プレサンス事件は、取調べの可視化の成果が遺憾なく発揮された事件でした。取調べの可視化によって取調室での取調べ過程がつまびらかとなり、非言語的な情報も含めて、一連一体の連続した情報を得ることができるようになり、その結果、録音・録画映像より、映像の視聴者において、取調室内における出来事を、緻密に、具体的に分析・把握することができるようになったことが、無罪判決やこの度の付審判請求認容決定につながったものといえます。

他方、このように、プレサンス事件では、取調べ可視化によって大きな成果が得られた一方で、検察組織の問題点も浮き彫りとなりました。その問題点は、「録音・録画が実施されている中でも違法・不当な取調べが実施される可能性がある」というものです(3)。

取調べの可視化導入時、可視化が実施された場合、他者により映像として記録されるという心理的抑制が働き、それにより、黙秘権侵害等の違法不当な捜査が予防されることが期待されていました。しかしながら、プレサンス事件をはじめとした取調べに関する問題事例を見るに、取調べが録音・録画されても取調官が違法不当な捜査をする場合があること、事後的な捜査状況の開示がなされたとしても、心理的抑制とはならないことが判明しました。

取調べの可視化の機能とされてきた違法捜査等抑止機能が全く機能しないことは、すなわち、取調室内において、捜査官の言動により被疑者の人格がゆがめられ、黙秘権が侵害されるような事態がいとも簡単に生じうる、ということを意味します。

これは、人権擁護の観点から看過できない事態であるというほかありません。特に、現在、被疑者段階の弁護活動については取調べの録音・録画が実施され、同録音映像が実質証拠として用いられる可能性を視野に入れた場合、黙秘を原則とする弁護活動が推奨されるとも言われており、そうした状況も踏まえて、今後、被疑者段階において黙秘権を行使する場面は多くなるものとも指摘されていることからも、より一層看過できないといわざるを得ないと思われます。

冒頭に述べた袴田事件で明らかになったとおり、古くから違法な取調べの問題が日本の刑事司法に根深く存在しています。我々は、これらを解決すべく刑事弁護の拡充のための戦いを展開し、一部の事件ではあるものの取調べの録音・録画まで至りました。それにもかかわらず、未だに違法な取調べが現に生じ、取調べの録音・録画では抜本的解決に至っていないのであれば、直ちにこれを制止する装置を用意する必要があります。

では、いかなる方法が考えられるでしょうか。

この点、捜査機関は、自らを律し、その職業倫理を高め、あるいは組織内部のチェック機能をさらに向上させることにより違法不当な取調べを抑止する、と述べるかもしれません。

しかしながら、厚労省元局長無罪事件等を経て、「検察の在り方検討会議」を設置して「検察の再生に向けて」を提言した後において、この度のプレサンス事件が発生したこと、取調べの可視化によりプレサンス事件だけでなく、いくつもの違法不当な捜査がつまびらかになった事態を踏まえれば、もはや、取調官の職業倫理あるいは組織内部のチェック機能では違法不当な捜査を抑止することは期待できないのではないか、といわざるを得ません。

そうなれば、もはや取調官以外の第三者によるリアルタイムでの監視と制止を制度上保障する、そのような制度を被疑者の権利として認める必要があるとの結論に至ることは、必然といえます。

それはまさしく、弁護人による取調べの立会いです。

弁護人による取調べの立会いが認められれば、捜査官による違法不当な取調べを制止し、権利侵害を直接的に予防することができるほか、黙秘権にかかる適切な助言等が期待でき、もって、被疑者の人権擁護と各種の防御権を実質的に機能させることもできます。

4 今、時代は取調べ立会いを求めている

諸外国では取調べの立会いを認める国が多く、先般の李東熹(イ・トンヒ)教授の研修会でもご紹介があったとおり(4)、お隣の韓国では、取調べの立会いが当然に認められています。すでに刊行された月報記事における川副会員の言葉のとおり、彼我の差を感じずにはいられないところです。

また、本稿で述べたように、取調べ可視化により違法不当な捜査が明らかにされた事例も数多く生じており、市民の間でも、現状のままでいいのかという問題意識は共有されているものと思われます。

先般、とある政党に所属する国会議員等をはじめとする議員の方々との政策要望懇談会が開催され、私は、同会において、取調べの全面可視化と取調べの立会いに関する政策要望について説明しました。その際、出席していた衆議院議員より、昨今の社会情勢からすれば、何かしらのアクションは取らなければならないという機運が生じているものの、法務省等の抵抗勢力の動向は注視しなければならず、そうした抵抗勢力の動向から何かしらの反対方向の議論等は発生するだろうといえ、上記議題について親和的な立場の議員だけでなく、多くの人も巻き込んで議論していかなければならないだろう、という趣旨の感想をいただきました。そういう意味では、今後の活動において、多くの国民を巻き込んだ議論を要するものと思います。

今後、取調べの立会いを実現するにあたっては、様々な課題があるかと思います。しかしながら、そうした課題を克服する方法のひとつには、いまある現状において実践を積み重ねていくことが考えられます。

冒頭のとおり取調べ立会い実現PTにおいて、研修等を企画いたしましたので、重ねてになりますが、是非とも研修にご参加いただくとともに、是非とも、取調べ立会い実践をよろしくお願い申し上げます。

第2 取調べ立会い援助制度のご紹介

最後に、当会の援助制度について、改めてご紹介いたします。

(1) 対象となる事件

当会の取調べ立会い援助制度の対象となるのは、以下の事件です。

  1. 被疑者国選事件
  2. 刑事被疑者弁護援助事件
  3. 元々は(1)・(2)事件であったが、被疑者の釈放後も引き続き無償で弁護人として弁護活動を行う事件
  4. 被告人国選弁護事件

他方、純粋の私選弁護事件は対象となりませんので、ご留意ください。

(2) 対象となる活動と金額
(1) 書面による立会いの申入れ 3000円
(2) 取調べへの立会い 1日3万円(他部会での立会いは4万円)
(3) 取調べへの準立会い 1日2万円(他部会での準立会いは3万円)

なお、(1)の申入れですが、「書面」による申入れに限ります。したがいまして、口頭での申入れのみの場合は対象になりませんのでご注意ください。

また、(1)ないし(3)の援助の合計金額は、1事件について15万円(消費税別)とさせていただいています。

(3) 遠距離交通費援助

立会い又は準立会いのために遠隔地移動を要した場合には、規則で定められた基準による額が支払われます。

(4) 申請・審査手続

援助金・費用を請求する会員は、所定の書式を用いて、会長に対し申請を行います。

援助金・費用を請求できる期間は、終局処分等により弁護人としての活動が終了した日から6箇月以内です。ただし、弁護人としての活動が終了していない場合であっても、最初に立会いの申入れ、立会い、準立会いのいずれかの活動を行った日から6箇月を経過したときは、援助金・費用の請求をすることができます。

なお、本制度に関しては、福岡県弁護士会会員専用ホームページに本制度のマニュアルや申請書の書式等がアップロードされていますので、詳しくは、こちらをご参照ください。また、マニュアル等をご覧いただいても不明な点については、制度等に携わっている会員に問い合わせいただければお答えいただけると思います。

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  1. 付審判請求の補論については、関西テレビNEWSのインターネット記事にて掲載されたほか(https://www.ktv.jp/news/articles/?id=14166)、全文については、個人名を匿名化したうえで、同事件の弁護団員の事務所ブログに掲載されています。
  2. 福岡県弁護士会月報2024年5月号「取調べへの弁護人の立会援助制度」(川副正敏会員執筆)。
  3. この点については、日本評論社「弁護人立会権 取調べの可視化から立会いへ」(川崎英明・小坂井久編集代表)内「序論 いま、なぜ弁護人立会権かー本書がめざすもの」や、現代人文社「取調べの可視化 その理論と実践」(小坂井久編集代表)内の「プレサンス元社長冤罪事件と取調べの可視化が突きつけた日本の刑事司法の課題」(秋田真志著)でも指摘されています。
  4. 福岡県弁護士会月報2024年9月号「韓国における取調べ可視化の道程―取調べの録音・立会い―」の研修を受けて(宮脇和伸会員執筆)
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