福岡県弁護士会コラム(弁護士会Blog)

2024年10月号 月報

ヘイトスピーチ勉強会(神原元弁護士をお招きして)のご報告

月報記事

ヘイトスピーチ問題対策WG 迫田 登紀子(53期)

【ヘイトスピーチ問題対策WGをご存じですか】

当会は、2022年の総会において「ヘイトスピーチのない社会の実現のために行動する宣言」を採択しました。この宣言に基づき、福岡県内におけるヘイトスピーチ根絶のための諸活動や、予防・救済のための法的支援の活動を進めるなどするために設置されたのが、当WGです。

これまでにも、九州朝鮮中高級学校(折尾)や福岡朝鮮初級学校(福岡市東区)の見学・意見交換会、大韓民国領事館との意見交換会、県内の全自治体へのヘイトスピーチ対策に関する調査等を行ってきました。

本年6月、数多くのヘイトスピーチ訴訟に取り組んでこられた神奈川県弁護士会の神原元(かんばら はじめ)弁護士をお招きして、会内勉強会を行いましたので、そのご報告をします。

なお、憲法委員会から派遣された私の興味関心を中心とするご報告になることはお許しください。

【法律家たちの戸惑い ~表現の自由 VS ヘイトスピーチ規制】

講演の冒頭、神原弁護士は、表現の自由とヘイトスピーチ問題をどう捉えるかという難問を提起しました。

ヘイトスピーチが不法行為に該るとして損害賠償請求をする。あるいは法や条例に基づく規制をしたい。この場合、表現の自由との関係を、あなたは法律家として、どのように考えますか。

講演では触れられていませんが、憲法学者・樋口陽一先生の「いま、憲法は「時代遅れ」か」を引用させてください。

「思想の自由は、そのときどきの世の中の常識を超えるような考え、多くの人々に忌み嫌われるような考えにこそ、認められなければならないはずです。」「意見の違いは自由な競争を通じて決着される、という無限のプロセスこそが大事だ、ということが基本のはずです。」

「しかし、何でもありの自由が自由を否定する主張となって世の中の体勢を制してしまったら、自由な競争そのものが成り立たなくなるのではないか。」(ドイツとフランスの仕組みを紹介した上で)どちらの国も、「典型的な例を出せば、「アウシュビッツはなかったのだ」というたぐいの言説が言論の自由市場に登場するのを認めない。」

「自由な社会として原則的には言論の自由競争にゆだねるべきであるけれども、なおかつ一定の言論についてはなんでもありというわけにはいかない、それを規制する、という選択に当面してどう対処するか。これは難問中の難問で、内外の憲法学者の間でも、意見が分かれているのです。」

(上記の問題は、国家という公共社会規模での選択だが)「同じ問題が、個人の次元で問題とになります。」

「一方で自己決定、これこそが人権の基本にあるということは、だれも否定しない。しかし他方で、自己決定によっても侵してはならない価値があるはずです。「人間の尊厳」がそれです。」すなわち、「自己決定」と「人間の尊厳」という緊張関係をどうとらえるかという難問があるのです。

【ヘイトスピーチの具体例】

神原弁護士によれば、ヘイトスピーチは、3類型に分類できるそうです。

  1. 殺せなどと連呼(害悪の告知)
  2. 虫などに例える(侮辱)
  3. 「祖国に帰れ」、「(日本から)出ていけ」「叩き出せ」(排除)

このうち、(3)が、古くからある、最も典型的なヘイトスピーチとのこと。例えば、40年前の出版物「指紋押捺拒否者への「脅迫状」を読む」(1985年出版)では、脅迫状61通中42通が③の類型だそうです。

このうち(1)や(2)については、個人に向けられるならば不法行為が成立すると考えることはたやすいと思います。

他方、(3)の類型のヘイトスピーチが行われた場合、不法行為による損害賠償請求ができるか、すなわち、この場合の「権利または法律上の権利」とは何かが問題となります。

【神原弁護士の活動】

神原弁護士は、20数年の弁護士人生を神奈川県川崎市で活動してきました。

10年ほど前に、そこに暮らす少なくない在日の方々に対するヘイトスピーチの醜悪な実態を目の当たりにしたそうです。同時に、それに抗して、ルイアームストロングの「この素晴らしき世界」の音楽があふれる中、多くの市民の方々が、「仲よくしようぜ」と書かれた赤い風船を手に持ち、ヘイトスピーチ側を退場に追い込んだ現場に立ち会ったそうです。

その経験を勇気に、これまでに何十件ものヘイトスピーチ関連訴訟にとりくんできたそうです。

「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」の2条には、「不当な差別的言動」の定義がされていますが、その中でも、「本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動」という部分が重要だと強調します。

この法律を武器に、神原弁護士は実に多彩な判決を勝ち取ってこられています。

例えば、ヘイト行為を差し止めさせる仮処分決定(横浜地裁川崎支部2016年6月2日決定)では、「本邦外出身者を地域社会から排除することを扇動する、差別的言動解消法2条に該当する差別的言動は、上記の住居において平穏に生活する人格権に対する違法な侵害行為に当たるものとして不法行為を構成すると解される」といわしめています。そして、行われようとする行為は、「もはや憲法の定める集会や表現の自由の保障の範囲外であることは明らかであり」「この人格権の侵害に対する事後的な権利の回復は著しく困難であることを考慮すると、その事前の差し止めは許与されると解するのが相当である。」として差し止めの決定を勝ち取られています。

横浜地裁川崎支部2020年5月26日判決では、被侵害権利としては、「本邦外出身者が、専ら本邦の域外にある国または地方の出身であることを理由として差別され、本邦の地域社会から排除されることのない権利」「自らの出身国等の属性に関して有する名誉感情」「住居において平穏に生活する権利」こうした権利を包摂する憲法13条に基づく人格権があると言わしめています。

さらに、横浜地裁川崎支部2023年10月12日判決では、人種差別は単なる侮辱とは異なり、人間の尊厳そのものに対する攻撃であると判断され、「帰れ」という発言そのものに対して100万円の慰謝料を勝ち取ったそうです。被害者の方は金銭請求そのものには重きは置かれていないのですが、慰謝料が高額となることはヘイトスピーチの抑制効果があるとして、神原弁護士は評価しています。

福岡県弁護士会 ヘイトスピーチ勉強会(神原元弁護士をお招きして)のご報告

神原元「ヘイトスピーチに抗する人々」より

【個人の尊厳~社会の基盤にある「安心」という公共財】

神原弁護士は、講演の終わりに、ヘイトスピーチ規制法は、細かく見れば、ア)ヘイトスピーチ規制法、イ)ヘイトクライム規制法、ウ)差別禁止法があり、イギリスとフランスは全部が、アメリカ、カナダ、ドイツもうち2つが存在することを紹介してくれました。

そして、ジェイミー・ウオルドロン著「ヘイトスピーチという害悪」からの一節を引用して講演を締めくくりました。

ヘイトスピーチは、標的とする人々の社会的地位を普通の市民以下に引きずり下ろし、尊厳を危うくすることを意図する。ヘイトスピーチは尊厳を攻撃することで、社会の基盤にある「安心」という公共財を掘り崩してしまう。
ヘイトスピーチ規制は、不快感から守るためにあるのではなく、個人の尊厳を守るためになされなければならない。

私は、子どもたちのいじめ問題に多く携わっています。従来の犯罪型のいじめとは異なり、からかいやいじり、無視、はぶりという行為は、それ自体の違法性は低いと考えられがちですが、受け手の「個人の尊厳」を喪失させることに大きな問題があると考えてきました。ヘイトスピーチは問題が別ではありますが、通ずるものが多いと感じた次第です。

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「教員向けセミナー~弁護士と考える学校における法律問題~」開催!

月報記事

子どもの権利委員会 委員 井上 祥平(71期)

第1 はじめに

令和6年8月20日(火)、福岡県弁護士会館にて「教員向けセミナー~弁護士と考える学校における法律問題」を開催いたしました。

学校教育の現場においては、いじめ、不登校、保護者からの相談やクレームなど法的紛争に直面することが多々あると思われるところ、当会では、学校現場の隅々にまで法的バックアップを及ぼす体制づくりを検討しており、今回のイベントは、どのような場面で弁護士の関わりが有用か、学校が抱えている法的な問題へのバックアップの在り方など、現場のニーズを把握する機会とすべく開催されました。

第2 当日の様子
1 参加状況

当日は、県内の小・中学校・高校の校長教頭、教育委員会・教育事務所・教育庁の指導主事など特に学校現場で事案への対応や判断を担う中心となっている方々にご参加いただき、会場参加27名、ZOOM参加13名の合計40名が参加されました。

また、当会からは、子どもの権利委員会、業務委員会、民暴委員会、法教育委員会から合計25名の弁護士にご参加いただきました。

2 廣重純理弁護士の講演

まず、北九州市のスクールロイヤーを担当している廣重純理先生よりご自身の経験を踏まえて、学校問題に弁護士が関わる意義と現状についてご講演いただきました。

学校が抱えている課題には、生徒指導・支援上の課題、保護者対応の困難化、学校体制・教職員の課題、地域社会との間で生じる様々な課題があり、学校現場では日々これらの課題への対応がなされていますが、その中には法的には必ずしも学校が対応する必要がないような事柄も含まれているとのことでした。しかし、今後も子どもたちの学習の場として、児童・保護者との関係性が継続していくという学校現場の特殊性もあり、学校の先生としては、「対応できない」と言って簡単に断れるものではない実情があるそうです。

廣重先生は、子どもの最善の利益実現のための学校のサポート役としてスクールロイヤーを担うにあたり、表面的な質問への回答(法的にできるかできないか)だけでなく、真のニーズ(当該事案にとってどのように対応するのがよいか)を意識して対応しておられるとのことで、スクールロイヤーが法的な視点を導入することにより、これまで学校の先生の「頑張り」によってなんとかなってきた部分について、学校の負担の軽減、より合理的な解決、適正な利害調整を図ることが期待できるのではないかとのことでした。

3 グループワーク

講演の後、弁護士・学校関係者混合の数グループに分かれて、事例の検討をしながら、スクールロイヤー制度についての意見交換を行いました。

事例は、いじめの認定、児童への指導・支援の方法、保護者の謝罪・文書開示・別室指導・担任変更の要求等への対応を問うもので、学校の先生方は、「現場でよくあるようなケースですね」と共感されていました。

  • 学校でどうにかしようという思いが強いところがある。そのため、学校の先生が相当頑張っている。
  • 現場では、弁護士に相談するという発想はなかった。今回のイベントで、弁護士に相談する意義を認識できた。また、弁護士の人柄にも触れられたので、主観的には弁護士の敷居が下がった。
  • 例えば、いじめ事案について第三者委員会を設置すべきか、保護者対応の初動としてどのようにすべきかといった、早期の段階で相談がしたい。
  • 保護者の要求が過剰要求なのかどうかの判断がつかない場合もあるので、そのあたりを気軽に相談できれば助かる。
  • 学校の対応方針が法的に問題ないと背中を押してもらえれば、学校として自信を持った対応ができる。
  • 現在のスクールロイヤーの制度は、最前線の教員からスクールロイヤーへの相談に至るまでの手続きが複雑で迂遠なものとなっており、気軽に利用できる制度ではない。そのため、この程度のことで相談に回していいのかと気後れしてしまう。利用の敷居は高い。
  • その他のニーズとして、メディア対応、保護者説明に際し、バックアップが欲しい。相談だけでなく代理人的な動きもできないのか。との意見も上がっていました。

また、参加した弁護士からは、「学校の問題に対応する場面では、今後の関係性を意識する必要があるなど、通常事件の処理の考え方にはなじみにくい部分があるから、頭を切り替えて対応に当たる必要があることが分かった」旨の感想が出されていました。

第3 感想

廣重先生の講演とご参加いただいた学校関係者の方々との意見交換を通して、学校問題へのアプローチの仕方や悩みどころを学び、考える良い機会となりました。

ご参加いただいた皆様ありがとうございました。

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医師会とのパートナーシップ講演会

月報記事

子どもの権利委員会福祉小委員会 委員 板楠 和佳(76期)

1 はじめに

令和6年7月31日19時から、福岡市医師会館8階講堂にて、福岡市医師会と福岡県弁護士会のパートナーシップ協議会が主催する「子どもの心の声に耳を傾ける~少年相談の現場から~」が開催されましたので、ご報告いたします。

本講演は、近年社会問題として取り沙汰されるヤングケアラーの支援について、元福岡県警察少年育成指導官であり、現在はスクールソーシャルワーカー及びスクールカウンセラーとして活躍しておられる堀井智帆さんを講師として迎えて行われました。

当日は、医師や弁護士のほか、県内外の行政機関の方々、小学校や保育園の先生方等、85名の方にご参加いただきました。

2 堀井さんが子どもと関わる活動を始めた経緯

講演の冒頭、堀井さんから、子どもと関わる仕事に就くことを目指したきっかけや、その後の活動の経緯についてお話しいただきました。

堀井さんは、約21年間、警察の少年指導育成官として、万引き、集団暴走行為、性加害、オーバードーズなど様々な問題行動を起こす子どもたちに出会い、子どもたち一人ひとりに寄り添う活動をされてきました。現在はフリーの立場で様々な場所で相談支援業務を行っておられますが、これまで関わった子どもは2000人以上です。

堀井さんによれば、大人は一般的に、子どもが問題行動を起こしたときにその行為はやってはいけないことだと諭し、二度と繰り返さないよう指導して終わってしまいがちだそうです。しかし、そのような指導をしただけではまた繰り返してしまいます。子どもが問題行動を起こしてしまうのには必ず理由があるので、その背景を探ることが、その子の更生を手助けする第一歩になるとのことでした。一人の子どもが更生できるか否かの分かれ目は、その子自身ではなく、周囲の大人がどれだけプラスに関われるかが大事であるというお話が印象的でした。

3 ヤングケアラーに対する支
(1) ヤングケアラーとは

ヤングケアラーとは、家庭内で本来大人が担うべき役割を担っている子どもを指します。

厚生労働省が実施したヤングケアラーに関する調査によると、ヤングケアラーは約15人に1人、1クラスに1、2人ほどいる計算であり、意外に身近なところに存在していることがわかります。ケアの相手は、きょうだい児である場合が約6割と最も多く、他には障がいをもっている親、高齢で介護が必要な祖父母などの事例があります。

(2) 実態把握

ヤングケアラーを支援するための第一歩として、その子の周りにいる大人たちが、ヤングケアラーであることに気付くことが必要です。

実態把握を困難にする要因として、子どもによるケアは、家庭内で起きていることであり、学校関係者等周囲の人々が気付きにくいということがあります。そのほか、その子自身がヤングケアラーであるという認識を持っていない、すなわち、進んでケアを行っている場合が相当あり、発見が遅れる大きな要因となっています。

そのような困難の中でも、とりわけ学校関係者がヤングケアラーに気付くきっかけとなるのが、その子の長期欠席や遅刻、離婚等による家族構成の変化です。これらの背景には、自分以外にケアを行う人がいないことで、学業よりケア相手を優先せざるを得ない状況が潜んでいることが多々あります。それ以外にも、東京都がヤングケアラー発見のためのチェックリストを作成しており、参考になります。

(3) 実態把握後の支援

では、その子がヤングケアラーであることを把握したとして、周囲の大人はどのような支援ができるでしょうか。

第一に考えられるのが、生活の再建を支援することです。例えば、公的な支援を利用してホームヘルパーに来てもらう方法が考えられます。他方、ホームヘルパーを利用できるのは昼間のみであることが多く、夜間の支援が難しいなど、支援が行き届かない場面もあります。

堀井さんが、生活の再建より重要と言われていたのが、ヤングケアラーの心の傷を癒やすことです。ヤングケアラーは、ケア自体よりも、周囲に自分と同じ環境の子がおらず、自分のことを話す相手、わかってもらえる相手がいないことに、つらさを抱えるそうです。そこで、同じ環境の子どもと話せる機会をつくるなどの工夫が考えられます。これを、「セルフケア」といいます。

さらに、ヤングケアラーと接する際に気をつけなければならない点が、「ケアをしている事実を非難しないこと」です。ケアをしている本人は、進んでやっていることも多いため、大人が「ヤングケアラーは社会問題だからやめなければならない」と言ってしまうと、その子の考えを否定することになってしまいます。他方、学校生活、友人との時間など、本人の利益を確保することも、その子の健全な育成にとって必要なことです。したがって、ヤングケアラーと接する際には、ケア相手だけでなく、自分の利益を両立できる方法について、一緒に考えることが大切です。

4 むすび

講演後、会場からの質疑応答も行われました。子どもに接する立場にある弁護士からの具体的な支援策に関する質問や地域住民ができる支援について質問があがっていました。

本講演を通して、ヤングケアラーの実態についてだけでなく、支援の方法について具体的に教えていただきました。弁護士は、子どもたちと直接関わる機会も多く、基本的な知見をふまえた慎重な対応が必要となります。私自身、今回堀井さんから伺った話を参考に、支援者として少しでも力になれればと思いました。

福岡県弁護士会 医師会とのパートナーシップ講演会

講演会(会場)

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取調べ立会い実践研修と援助制度のご紹介 ~時代は今、取調べ立会いを必要としている~

月報記事

福岡県弁護士会取調べ立会い実現PT 古賀 祥多(69期)

今般、取調べ立会い(=弁護人が取調べ等に現実に立ち会うこと(取調室内に滞在すること)を意味します。)の弁護活動が話題となっており、日弁連でも、取調べ立会い実践の必要性を強く叫ばれ、社会的にも注目が集まっています。

全国的にみると、取調べ立会い申入れがなされているものの、取調室内での立会いそれ自体は件数は限られていますが、弁護人の立会い申入れが拒否された場合で、取調べ等の開始時から終了時まで取調室外に滞在して、被疑者又は被告人に助言できるように待機する活動、いわゆる「準立会い」については、全国的に数多く実践されており、効果を上げています。

今般、福岡県弁護士会では、被疑者又は被告人の取調べに立ち会うことのできる法制度及び実務の確立の実現に向けた活動を援助するため、これらの活動を行った会員に対して、援助金を支給する規則を制定し、令和6年4月1日より施行することとなりました。

同制度につきましては、先般、制度開始後第1号のご報告をいただきました。同事件は、被疑者国選事件で、捜査機関に対して取調べの立会いを書面で求めた(結果は立会いを認めず)というものでしたが、とても貴重な一歩だと感じております。

こうした当会における取調べ立会い実践活動の高まりを受け、令和6年11月21日午後6時より、福岡県弁護士会館において、取調べ立会い実践弁護に関する研修を実施することとなりました。同研修では、佐賀県弁護士会に所属し、日弁連の取調べ立会い実現委員会にも所属されている半田望先生を講師としてお招きし、半田先生が視察されたイギリス・韓国の実情等についてご報告いただくとともに、当会の池田翔一会員による取調べ立会いに関する弁護実践活動について、半田先生をアドバイザーとしてご報告いただく予定で企画しております。同研修は、非常に魅力的な研修となると思いますので、皆様、ふるってご参加いただきますようお願い申し上げます。

本稿では、上記研修企画に先立って、取調べの立会いに関連する昨今の時事についてお話しし、改めて取調べ立会い実践の必要性等についてご紹介いたします。その上で、末尾において、改めて援助制度の紹介をしたいと思います。

第1 最近の時事
1 袴田巖さんの無罪判決と同事件が明らかにした刑事司法の問題

去る令和6年9月26日、いわゆる袴田事件の再審開始後の第1審判決があり、袴田巖さんに対して無罪判決が言い渡されました。当会も、同無罪判決に際し、「「袴田事件」再審無罪判決を一日も早く確定させることを求めるとともに、改めて速やかな再審法改正を求める会長声明」を発出しました。

上記事件は、当初、事件発生後1年2ヶ月後に味噌樽の中から発見された大量の血痕の付いた衣類5点を決定的な証拠とするなどして死刑判決を下しましたが、この度の無罪判決では、これら衣類5点が捜査機関によって血痕を付けるなどの加工がされねつ造されたものと認定したほか、袴田さんの自白についても、黙秘権を実質的に侵害し、虚偽の自白を誘発するおそれの極めて高い状況下で、捜査機関の連携により、肉体的・精神的苦痛を与えて供述を強要する非人道的な取調べによって獲得され、実質的にねつ造されたものと認められ、刑訴法319条1項の「任意にされたものでない疑のある自白」に当たる、等と判示しました。

この度の無罪判決は、袴田さんの無罪を宣言し、58年の長きに亘る戦いに終止符を打つものとして積極的に評価されるべきものであり、何よりも、袴田巖さんがこうして雪冤を果たされたことについて、御祝い申し上げるべきであると思います。ただ、袴田さんが半世紀以上にわたり冤罪に苦しめられ、死刑執行の恐怖にさらされ、もはや回復しがたい損害を被るに至ったことは事実であり、このような事態は悲劇としかいいようがなく、到底社会的に許されるものではありません。

そのため、袴田事件によって明らかとなった問題は、社会全体で問題意識を持ち、早急に解決しなければなりません。

袴田事件によって明らかとなった問題は、再審法の問題(再審法改正の必要性)をはじめとして、死刑制度の問題など、多岐にわたると思われます。本稿ではそのすべてを語ることはできませんが、先に述べたように、捜査機関による取調べの問題も、その一つとしてあげることができると考えられます。

袴田さんが逮捕された当時、刑事弁護の制度は十分ではなかったと思われますが、そうしたなかで、袴田さんに対し、捜査機関による長時間に亘る取調べがなされ、ときには捜査機関が暴力を振るい、精神的・肉体的拷問を繰り返し、袴田さんに自白を迫りました。こうして、先に述べた味噌樽から出たとされる衣類等もあって、袴田さんは無実でありながら、死刑判決を受けることとなったのです。

こうした当時の取調べの在り方は、厳しく糾弾される必要がありますし、取調べの在り方を改めていかなければなりません。

2 今、被疑者取調べの問題は解消されたのか?―プレサンス社・元社長事件に関する付審判請求高裁決定―

ただ、袴田事件は半世紀以上前の事件であり、その後、当番弁護士制度ができ、被疑者国選弁護制度が拡充し、取調べの録音・録画制度も一部ながら導入されました。そうした現在の刑事弁護の拡充を踏まえれば、袴田事件のような過酷な取調べはないのではないか、とおっしゃる人もいるかもしれません。

しかしながら、現在もなお、取調べを取り巻く現状は、旧態依然としているといわざるを得ません。

たとえば、令和6年8月13日、プレサンスコーポレーション元社長に対する無罪事件(以下、「プレサンス事件」)に関し、元社長の部下に対して取調べを行った大阪地検特捜部の田渕大輔検事(当時)に対して「特別公務員暴行陵虐罪」につき、大阪高裁が付審判請求を認める決定が出されました(1)。同事件では、田渕検事が、机を強く叩いて大きな音を立てた上、「ふざけるな」「なんでこんな見え透いた嘘をつくんだ」「検察なめんなよ」などと大声で罵倒し、さらに「あなたはプレサンスの評判を貶めた大罪人ですよ」「あなたはその損害を賠償できますか。10億、20億じゃ済まないですよね」などと告げるなどの言動に及んだことにつき、取調べにおいて必要性、相当性を見出すことのできない威圧的、侮辱的、脅迫的な言動であると認定し、田渕検事の当該行為を「陵虐もしくは加虐の行為」の嫌疑があるとして、原決定の判断を改め、公訴提起を決定しました。

この決定では、異例の「補論」が出されました。その補論では、かつて、大阪地検特捜部における、いわゆる厚労省元局長無罪事件、同事件の主任検察官による証拠隠滅事件、さらには、その上司であった元大阪地検特捜部長及び元同部副部長による犯人隠避事件という一連の事態を受けて設けられた「検察の在り方検討会議」によって「検察の再生に向けて」と題する提言がなされたことを受けて取調べの録音・録画が導入され、検察官独自捜査事件について取調べの全課程が録音・録画の対象となったこと(刑訴法301条の2第1項3号、4項)等の経緯を指摘しつつ、そうしたなかで、「今回の事案が、上記のような経緯を経て導入された録音録画下で起きたものであることを考えると、本件は個人の資質や能力にのみ起因するものと捉えるべきではない。あらためて今、検察における捜査・取調べの運用の在り方について、組織として真剣に検討されるべきである。」と述べ、検察に対して、組織的な検討を行うよう、課題を突きつけました。

違法な取調べは、プレサンス事件だけではありません。すでに発刊された月報記事(2)でも紹介がありましたが、三重県鳥羽警察署で行われた窃盗事件の取調べにおいて、警察官は否認する女性被疑者を犯人と決め付けて「泥棒」呼ばわりし、約7時間にわたり、「バレバレや。嘘つき。泥棒に黙秘権なんかあるかい。刑務所行こ、俺が連れてったる。」などと罵声を浴びせ続けたことが録音によって露見しました。

これら事件は、氷山の一角に過ぎないのではないかと思います。プレサンス事件等に限らず、現在においてもなお、違法な取調べは各地で発生していると考えるべきです。

3 プレサンス事件などに見る取調べの可視化の限界点・取調べ立会いの必要性

プレサンス事件は、取調べの可視化の成果が遺憾なく発揮された事件でした。取調べの可視化によって取調室での取調べ過程がつまびらかとなり、非言語的な情報も含めて、一連一体の連続した情報を得ることができるようになり、その結果、録音・録画映像より、映像の視聴者において、取調室内における出来事を、緻密に、具体的に分析・把握することができるようになったことが、無罪判決やこの度の付審判請求認容決定につながったものといえます。

他方、このように、プレサンス事件では、取調べ可視化によって大きな成果が得られた一方で、検察組織の問題点も浮き彫りとなりました。その問題点は、「録音・録画が実施されている中でも違法・不当な取調べが実施される可能性がある」というものです(3)。

取調べの可視化導入時、可視化が実施された場合、他者により映像として記録されるという心理的抑制が働き、それにより、黙秘権侵害等の違法不当な捜査が予防されることが期待されていました。しかしながら、プレサンス事件をはじめとした取調べに関する問題事例を見るに、取調べが録音・録画されても取調官が違法不当な捜査をする場合があること、事後的な捜査状況の開示がなされたとしても、心理的抑制とはならないことが判明しました。

取調べの可視化の機能とされてきた違法捜査等抑止機能が全く機能しないことは、すなわち、取調室内において、捜査官の言動により被疑者の人格がゆがめられ、黙秘権が侵害されるような事態がいとも簡単に生じうる、ということを意味します。

これは、人権擁護の観点から看過できない事態であるというほかありません。特に、現在、被疑者段階の弁護活動については取調べの録音・録画が実施され、同録音映像が実質証拠として用いられる可能性を視野に入れた場合、黙秘を原則とする弁護活動が推奨されるとも言われており、そうした状況も踏まえて、今後、被疑者段階において黙秘権を行使する場面は多くなるものとも指摘されていることからも、より一層看過できないといわざるを得ないと思われます。

冒頭に述べた袴田事件で明らかになったとおり、古くから違法な取調べの問題が日本の刑事司法に根深く存在しています。我々は、これらを解決すべく刑事弁護の拡充のための戦いを展開し、一部の事件ではあるものの取調べの録音・録画まで至りました。それにもかかわらず、未だに違法な取調べが現に生じ、取調べの録音・録画では抜本的解決に至っていないのであれば、直ちにこれを制止する装置を用意する必要があります。

では、いかなる方法が考えられるでしょうか。

この点、捜査機関は、自らを律し、その職業倫理を高め、あるいは組織内部のチェック機能をさらに向上させることにより違法不当な取調べを抑止する、と述べるかもしれません。

しかしながら、厚労省元局長無罪事件等を経て、「検察の在り方検討会議」を設置して「検察の再生に向けて」を提言した後において、この度のプレサンス事件が発生したこと、取調べの可視化によりプレサンス事件だけでなく、いくつもの違法不当な捜査がつまびらかになった事態を踏まえれば、もはや、取調官の職業倫理あるいは組織内部のチェック機能では違法不当な捜査を抑止することは期待できないのではないか、といわざるを得ません。

そうなれば、もはや取調官以外の第三者によるリアルタイムでの監視と制止を制度上保障する、そのような制度を被疑者の権利として認める必要があるとの結論に至ることは、必然といえます。

それはまさしく、弁護人による取調べの立会いです。

弁護人による取調べの立会いが認められれば、捜査官による違法不当な取調べを制止し、権利侵害を直接的に予防することができるほか、黙秘権にかかる適切な助言等が期待でき、もって、被疑者の人権擁護と各種の防御権を実質的に機能させることもできます。

4 今、時代は取調べ立会いを求めている

諸外国では取調べの立会いを認める国が多く、先般の李東熹(イ・トンヒ)教授の研修会でもご紹介があったとおり(4)、お隣の韓国では、取調べの立会いが当然に認められています。すでに刊行された月報記事における川副会員の言葉のとおり、彼我の差を感じずにはいられないところです。

また、本稿で述べたように、取調べ可視化により違法不当な捜査が明らかにされた事例も数多く生じており、市民の間でも、現状のままでいいのかという問題意識は共有されているものと思われます。

先般、とある政党に所属する国会議員等をはじめとする議員の方々との政策要望懇談会が開催され、私は、同会において、取調べの全面可視化と取調べの立会いに関する政策要望について説明しました。その際、出席していた衆議院議員より、昨今の社会情勢からすれば、何かしらのアクションは取らなければならないという機運が生じているものの、法務省等の抵抗勢力の動向は注視しなければならず、そうした抵抗勢力の動向から何かしらの反対方向の議論等は発生するだろうといえ、上記議題について親和的な立場の議員だけでなく、多くの人も巻き込んで議論していかなければならないだろう、という趣旨の感想をいただきました。そういう意味では、今後の活動において、多くの国民を巻き込んだ議論を要するものと思います。

今後、取調べの立会いを実現するにあたっては、様々な課題があるかと思います。しかしながら、そうした課題を克服する方法のひとつには、いまある現状において実践を積み重ねていくことが考えられます。

冒頭のとおり取調べ立会い実現PTにおいて、研修等を企画いたしましたので、重ねてになりますが、是非とも研修にご参加いただくとともに、是非とも、取調べ立会い実践をよろしくお願い申し上げます。

第2 取調べ立会い援助制度のご紹介

最後に、当会の援助制度について、改めてご紹介いたします。

(1) 対象となる事件

当会の取調べ立会い援助制度の対象となるのは、以下の事件です。

  1. 被疑者国選事件
  2. 刑事被疑者弁護援助事件
  3. 元々は(1)・(2)事件であったが、被疑者の釈放後も引き続き無償で弁護人として弁護活動を行う事件
  4. 被告人国選弁護事件

他方、純粋の私選弁護事件は対象となりませんので、ご留意ください。

(2) 対象となる活動と金額
(1) 書面による立会いの申入れ 3000円
(2) 取調べへの立会い 1日3万円(他部会での立会いは4万円)
(3) 取調べへの準立会い 1日2万円(他部会での準立会いは3万円)

なお、(1)の申入れですが、「書面」による申入れに限ります。したがいまして、口頭での申入れのみの場合は対象になりませんのでご注意ください。

また、(1)ないし(3)の援助の合計金額は、1事件について15万円(消費税別)とさせていただいています。

(3) 遠距離交通費援助

立会い又は準立会いのために遠隔地移動を要した場合には、規則で定められた基準による額が支払われます。

(4) 申請・審査手続

援助金・費用を請求する会員は、所定の書式を用いて、会長に対し申請を行います。

援助金・費用を請求できる期間は、終局処分等により弁護人としての活動が終了した日から6箇月以内です。ただし、弁護人としての活動が終了していない場合であっても、最初に立会いの申入れ、立会い、準立会いのいずれかの活動を行った日から6箇月を経過したときは、援助金・費用の請求をすることができます。

なお、本制度に関しては、福岡県弁護士会会員専用ホームページに本制度のマニュアルや申請書の書式等がアップロードされていますので、詳しくは、こちらをご参照ください。また、マニュアル等をご覧いただいても不明な点については、制度等に携わっている会員に問い合わせいただければお答えいただけると思います。

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  1. 付審判請求の補論については、関西テレビNEWSのインターネット記事にて掲載されたほか(https://www.ktv.jp/news/articles/?id=14166)、全文については、個人名を匿名化したうえで、同事件の弁護団員の事務所ブログに掲載されています。
  2. 福岡県弁護士会月報2024年5月号「取調べへの弁護人の立会援助制度」(川副正敏会員執筆)。
  3. この点については、日本評論社「弁護人立会権 取調べの可視化から立会いへ」(川崎英明・小坂井久編集代表)内「序論 いま、なぜ弁護人立会権かー本書がめざすもの」や、現代人文社「取調べの可視化 その理論と実践」(小坂井久編集代表)内の「プレサンス元社長冤罪事件と取調べの可視化が突きつけた日本の刑事司法の課題」(秋田真志著)でも指摘されています。
  4. 福岡県弁護士会月報2024年9月号「韓国における取調べ可視化の道程―取調べの録音・立会い―」の研修を受けて(宮脇和伸会員執筆)
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