福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2024年8月号 月報

インクルーシブ教育勉強会のご報告

月報記事

子どもの権利委員会 委員 鶴崎 陽三(69期)

1 はじめに

本年6月6日、福岡県弁護士会館及びzoomで、新潟県弁護士会の黒岩海映弁護士(日弁連人権擁護委員会・障害者差別禁止法制特別部会座長)をお招きしてインクルーシブ教育勉強会が開催されました。

インクルーシブ教育とは、障害の有無などのさまざまな違いや課題を超えてすべての子どもが一緒に学ぶ教育のことです。

以下、講義内容について、あたかも私が解説しているかのように説明していきます。

2 講義の内容
(1) 合理的配慮

2006年に障害者権利条約(以下「条約」)が採択され日本は2014年に批准しました。

障害に基づく差別に関する規定の中で出てくる言葉として特徴的なのが「合理的配慮」です。

「合理的配慮」とは、障害者がすべての人権及び基本的自由を享有又は行使することを確保するために必要かつ適当な変更及び調整のことです。

人種や性別など障害以外を理由とする差別と障害を理由とする差別の根本的な違いは、前者が同じものを差別的に扱うことであるのに対し、後者は違うものを差別的に扱うことであるということです。

障害がある・ないという違いがあるため、障害のある人を障害のない人と同じように扱っても平等は実現できず、「合理的配慮」(=変更及び調整)を加えてはじめて平等を実現することができるのです。

(2) 条約24条

条約では24条がインクルーシブ教育について規定し、同条1項は、締約国が「障害者を包容するあらゆる段階の教育制度及び生涯学習を確保」すべきことを定めています。

「包容」(=インクルージョン)は「排除」、「分離」、「統合」との比較で説明されます。

「排除」、「分離」と「包容」の違いは容易に想像できますが、「統合」との違いは理解が必要です。

「統合」とは、障害のある子どもを何の支援も合理的配慮もなく普通学級に入れることです。

これに対して、「包容」には、障壁を克服するための教育内容、指導方法などの変更と修正を具体化した制度改革のプロセスが含まれます。

この点、条約一般的意見4号では、インクルーシブ教育の基本的特徴として「全人」的アプローチや多様性の尊重と重視などが定められているほか(パラ12)、一般的な教育制度からの排除を禁止すること(パラ18)や、インクルーシブ教育は施設収容と相容れないこと(パラ66)など示されています。

(3) 日本の法制

2011年障害者基本法改正では、社会モデルが採用されるとともに合理的配慮が必要であることが定められ、子ども及び保護者の意向を可能な限り尊重しなければならないことが明記されました。

2013年障害者差別解消法においても医学モデルから社会モデルへの転換が図られています。

「社会モデル」とは、機能障害と社会的障壁(バリア)の2つの相互作用により社会的不利益が生じていると考える障害概念のことです。

たとえば両足に麻痺がある人が入口に段差のある図書館に入れないという事象で、図書館に入れない理由を医学モデルでは両足の麻痺と考えますが、社会モデルでは入口の段差と考えます。

(4) 日本の教育制度

1947年に制定された学校教育法では分離教育制度が確立し、1979年までの各都道府県での養護学校等の設置が義務づけられました。

その後、分離別学を維持したままながら例外的、限定的に統合教育の動きが進み、2007年学校教育法改正により改正前の特殊教育から特別支援教育へと転換しました。

その後、2011年障害者基本法改正、2013年学校教育法施行令改正など統合教育の動きがさらに進み、2013年の文部科学省の通知で保護者の意見を可能な限り尊重しなければならないこととされ、2016年差別解消法で合理的配慮が義務化されました。

しかし、実際には本人や保護者の意見が尊重されているとは言い難い状況が続いています。

(5) 地域のインクルーシブ教育実践

国とは別の流れで、関西を中心とした一部地域では、1970年代以降、世界に誇れるインクルーシブ教育が実践されており、特別支援学級に在籍させつつ通常学級での学習を実現するために複数担任制や原学級(交流学級)保障などの工夫がされています。

他方、文科省は特別支援教育の推進がインクルーシブ教育であるとの独自の解釈により、2022年4月27日、「特別支援学級及び通級による指導の適切な運用について」なる通知で、特別支援学級に在籍している児童生徒が週の授業時数の半分以上を目安として特別支援学級で授業を行うことを求めました。

同通知は分離を固定させる政策であり、大阪では地域の小学生児童及びその保護者らが申立人となり文科省の通知に対する人権救済申立てを行った結果、大阪弁護士会から文科省に対して上記通知を撤回するよう求める勧告が発出されるに至っています。

(6) 人権モデル

医学モデルや社会モデルと異なる新しい概念として人権モデルがあります。

障害は社会によって作られるというのが社会モデルでしたが、社会によってではなく機能障害そのものから生まれる制限もあります。

この点、人権モデルとは、機能障害を含めた「ありのまま」を人権として、尊厳として、多用性として、価値あるものとして認める概念で、あるがままに地域社会が受け入れその尊厳を保障すべきであるとします。

(7) 視察報告

まず、スウェーデンやノルウェーでは特別教育を受けることは権利であり義務ではないとされています。

また、たとえば教室の脇に子どもがいつでも逃げ込める小部屋が設置されていたり、周りの目線を遮りたい子どものために誰でも使えるパーテーションが用意されていたりなど、色んな子どもにとってすごしやすい環境を作る工夫がなされています。

次に、大阪府豊中市の小学校では、車いすで全盲の子やダウン症の子なども通常学級で一緒に生活しており、算数の授業や体育の授業などを一緒に受けていました。

そこでは、車いすで全盲の子どもでも一緒に体育の授業を楽しめるよう、子どもたち自身が考えて様々な工夫が施されていました。

(8) まとめ

日本の「特別支援教育」について文科省は、特別支援学校、特別支援学級、通級という連続性のある「多様な学びの場」を用意していると言いますが、子どもに必要な多様性とは、自身が在籍する教室の中に多様性が確保されている状態をいうはずです。

また、本人・保護者の意向を最大限尊重という方針も守られておらず、真のインクルーシブ教育の構築と原則化が急務です。

そのために私たち弁護士・弁護士会ができることは、たとえば地域の学校に行きたい本人・保護者の相談を受け学校と交渉することや、スクールロイヤー、オンブズとしてインクルーシブ教育へ向けた相談対応や関係調整をすることなど様々です。

3 おわりに

インクルーシブ教育の成り立ちや内容、日本の現状や文科省の考え方などに加え、インクルーシブ教育の実践を知ることのできた非常に充実した勉強会でした。

インクルーシブ教育は来年の長崎人権大会のテーマ候補のひとつですので、それに向けての第一歩にもなりました。

なお、翌日、私を含む3名の会員と黒岩先生で筑後特別支援学校に視察に行きました。同校は、障害があっても可能な限り地域の学校に通うための方法を模索するという考えで運営されており、福岡でもインクルーシブ教育の実現を目指して活動しておられる方がいらっしゃることを心強く感じました。

今後、我々の住む地域が誰にとっても暮らしやすい社会になることを祈念して、報告を終えます。

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