福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2024年4月号 月報
戦争を止めるのはわたしたちの強い意思 ―市民とともに考える憲法講座第11弾 「大軍拡予算で日本は本当に守れるのか」開催報告―
月報記事
憲法委員会委員 池上 遊(63期)
当会では、憲法の本質や憲法をめぐって現に社会的に現れている問題点などについて、市民とともに理解を深めるため、当委員会の企画で2018年より10回にわたり「市民とともに考える憲法講座」を開催してきました。
今回は、弁護士業務の傍ら、日本の安全保障について長年研究され、数多くの講演の経験がある広島弁護士会所属・日弁連憲法問題対策本部副本部長の井上正信氏をお招きし、「大軍拡予算で日本は本当に守れるのか」と題してご講演いただきました。会場63名、オンライン20名の方が参加しました。
1 講演の概要
「大軍拡予算」、具体的には、2022年度から毎年度約1兆円ずつ防衛予算が増額され、政府が目指す2023年度から「5年間で計43兆円」を達成しようとすると、2027年度には補正予算を含め11兆円にまで増えるということです。米国の軍事予算110兆円、中国の30兆円に次ぐ第三位を目指しています。
この予算を背景に「三つの変貌」があるとのことでした。
まず、①自衛隊の変貌です。防衛予算の約半分が、スタンド・オフと呼ばれる射程1000㎞とか3000㎞の相手国の脅威圏外からの攻撃を目的とする長射程ミサイルの取得・開発と装備品の維持管理費、自衛隊基地の強靱化等の費用ということでした。自衛隊が「装備品の共食い状態」、つまり、部品不足で運用できない戦闘機に他の戦闘機から部品取りして運用しているという話には驚きました。
次に、②日米同盟の変貌とは、日米の軍事一体化の強化です。「統合防空ミサイル防衛」(IAMD、アイアムド、1兆2284億円)として、情報共有、反撃の分担等について協力を行う、ということが進むようです。また、常設統合司令部が創設され、司令部レベルで一体化するとともに、その司令官のカウンターパートは在日米軍ではなく、米太平洋軍になるということでした。
とりわけ生々しい報告として、戦傷医療の強化策である輸血用血液製剤の確保・備蓄に予算が割かれたこととともに、自衛隊が米軍との輸血用血液の相互利用を検討しているという新聞報道も紹介されました。
最後に、③国の姿の変貌、わが国が軍事国家として専守防衛を否定する国となったということです。世界第3位の軍事大国を目指し、スタンド・オフミサイルに象徴される反撃能力により他国への直接的攻撃を認め、専守防衛が否定されたこと、攻撃的兵器の輸出解禁、「政府安全保障能力強化支援」(ODAの軍事版)としてASEAN諸国等への軍事支援を進めるなど、「死の商人国家」へ、歩を進めていると指摘されました。
2 井上弁護士の講演を聴いて
「戦争は最大の人権侵害」というのは日弁連のコンセンサスです。一昨年のロシアによるウクライナ侵攻、昨年のイスラエルによるパレスチナ・ガザ攻撃など他国での戦争が止みません。実際には、基本的人権の制限、増税、社会保障費の削減など、戦争準備段階から国民の被害は始まります。
わたしたちはどうすべきか、井上弁護士からは、一昨年の「安保三文書」から始まる実態を周囲に知らせることや、日常生活に入り込んでいる「戦争の種」に惑わされないために北朝鮮や中国の脅威を喧伝する報道にも注意し、わが国が米国と一体となって周辺諸国に与えている脅威にも目を向けることを助言いただきました。
講演の最後の言葉が印象的でした。「戦争を防ぐことができるのは、国民の強い意思に支えられた外交だけ」。具体的に強調されたのは2点。台湾有事を引き起こさせないための対中(台湾を含む)外交と対米外交の重要性でした。
「抑止力」という言葉に思考停止に陥ってはならない、中国は核兵器保有国であることを忘れてはならない、という言葉は被爆地・広島の弁護士の言葉として重く受け止めました。対中外交は官民ともに重要な課題と感じました。
対米外交について、台湾防衛のための米国の軍事政策には日本側の全面協力が不可欠となることを利用すべきだ(日米安全保障条約第6条に規定される日米の事前協議)と指摘されていました。
わたしたち弁護士はどうするのか、戦争につながるあらゆる人権侵害に抵抗し、一般市民の平和への願いに実務法曹として連帯すること、「強い意思」を育てていくこと、が重要ではないかと考えさせられる貴重なご講演でした。
これからも市民とともに考える憲法講座を継続していきます。ぜひ会員のみなさまにも今後ともご参加いただければ幸いです。
3 次回予告!!
市民とともに考える憲法講座第12弾「戦禍のガザ地区に平和を!―日本の私たちは何ができるのか?―」
講師:酒井啓子教授
(国際政治学者、千葉大学、専門は現代中東政治)
日時:2024年4月18日(木)18時~20時
会場:福岡県弁護士会館2階大ホール
+オンライン(Zoom・要申込み)
※ 参加無料