福岡県弁護士会コラム(弁護士会Blog)

2024年2月号 月報

令和5年12月8日九弁連共催「医療観察付添人実務研修」のご報告

月報記事

医療観察法対策委員会 委員 吉武 みゆき(59期)

医療観察法対象事件は家族間の事件が多く、精神疾患を持つ患者と家族との関係性について知っておくことは事件を検討する基礎となります。そこで、本年度は精神疾患を持つ患者と家族との問題等をテーマに研修が行われました。

第1 研修前半は、「精神障がいのある方から家族に向かう暴力」というテーマで大阪大学高等共創研究院の蔭山正子教授からご講義頂きました。

1 ご経歴等

教授は、保健師として保健所に勤務した際に、精神障がい者の受診援助や通報対応など危機介入を経験され、主な研究テーマは精神障がい者の家族支援・育児支援、保健師の支援技術で、当事者のピア活動にも関心をお持ちです。家族会でのアンケート調査や、家族会・当事者へのインタビュー調査をもとに、精神障がい者から家族への暴力に関する研究をされています。
今回の講義は、教授の研究チームが協力団体の協力を得て作成した、「精神障がい当事者と家族の相互理解学習プログラム」(通称「そうかいプログラム」) のスライドや当事者・家族の体験談の動画を交えて、ご講義頂きました。以下が講義の概要です。

2 精神障がいのある方から家族に向かう暴力の特徴

最初に、健常者の高齢の父が精神障がいのある中高年の娘を殺害した事件の紹介がありました。娘は引きこもり状態で、両親への日常的暴力が20年続いていました。父親はあらゆる相談機関に支援を求めましたが、保健所からは本人が拒否するなら訪問できないといわれ、警察からは事件が起きないと対応でいないといわれ、病院からは連れてきて下さいと言われるものの、娘は受診を拒否しており、入院中心の支援体制の中で支援が家庭に入らず、入退院を11回繰り返していました。避難のための親の車中泊が200日を超えていたそうです。殺害にまで至るケースは稀であるとしても、このような事例は特別なものと考えるべきではなく、手前くらいの事例(例えば家を飛び出したり他人に迷惑を掛けたりするかもしれないことを心配して監禁するような事例)は、今でもちょこちょこみかけるそうです。
問題が起きる家族は孤立家族が多いとのことですが、日本は長年の入院中心の精神医療をしており、人もお金も地域に下りてこず、訪問診療等訪問によるサービスが不足していることや、偏見が強く家族が中々問題を人に言えないという背景があるからです。
埼玉県の家族会で実施された302人の統合失調症の方に関するアンケートでは家族に対する身体的暴力があった事例が6割にものぼり、知り合いや見ず知らずの人への事例はごくわずかでした。医療観察法通院処遇ケース1190件のうち被害者が家族や親族の事例が51.7%で、事件後も同居者の半数が加害者家族と同居を継続しているそうです。

では、日本では家族への暴力が多いのかという点については、物への間接的暴力も含めた身体的暴力がこれまで一度でもあるかどうかの統計(比較年時は若干異なる)で比較すると、米国47%(2015)、カナダ52.4%(2010)に対して、埼玉では75.8%だったそうです。同居率の高さが発生率を高めていると推測されるとのことでした。
なお、犯罪白書等によれば、傷害・暴行事件(0.037%/0.19%=一般/精神障がい)、犯罪全体(1.73%/0.08%(警察官通報のみも付加0.53%)=同上)の件数から見て、精神障がいがあるから暴行・障がいや犯罪が多いとはいえないそうです。
一般に暴力は、生物学的要因(遺伝子、脳の機能)と社会的要因(環境)の相互作用によって起きるとされています。その上で、精神障がい者の暴力には、男女差がないことと、病状(の悪化)と関係する点が特徴だそうです。
埼玉での調査ではむしろ女性の方が暴力が多かったそうです。男性の場合は家族が受診せざるをえないような外傷を負って家族もやむをえず行動を起こしやすいのに対して、女性の場合は軽度の暴力が多く、なんとかしなければとまではならず長期化が推測されるからではないかとのことでした。
日本の精神障がいの人の場合には、事件になるような暴力が少ないとのことでした。

医療観察付添人実務研修
3 子どもから暴力を受けた親の心理と対処

暴力を受けた親は、疲弊・抑うつ、ひいてはPTSDになり、腫れ物に触るような対応になったり、観察したり、びくびくとおびえるような精神的に不健康状態になり、冷静な対応が難しく、それがさらに精神障がいの子の興奮や怒り、暴力を誘発する悪循環につながります。
暴力出現を契機に治療につながって暴力から解放されるのではないかと予測しますが、実際には服薬していても暴力が消失しない事例は結構あるそうです。 統合失調症の子をもつ親26名のインタビュー調査では、適切な支援が得られずに家族は10年も20年も暴力のある生活に我慢し続け、それでも暴力は収束せず、結局家庭が崩壊(例えば、父は逃げて家に帰らず、母はうつ病になり、 きょうだいは引きこもりになる等)状態に至り、このままでは事件が起きるかもしれないという段階にまでなって初めて、なんとかしなければということでやっと警察にお世話になる等して暴力から解放される状況が浮かびあがりました。万が一事件が起きてしまえば、医療観察対象事件であれば、家族は、暴力被害者であり加害者家族として苦しみ、報道で知られて地域にすみづらくなったりして本当につらい状況になるそうです。
このように長く暴力を親が抱え込んでしまうのは、愛情(子を犯罪者にしたくない)からだけではありません。恐怖(止めたいけど、注意すると一層激しい暴力が来る)、恥(暴力は恥であり人に言いたくない、家族会においてさえ実際よりかなり軽く表現し「昨日やられちゃってね。」などと述べていかにも平気を装う。)、罪や責任(自分の子育てが悪かった、自分さえ我慢すればいい、近所に迷惑をかけてはいけないから家の中で治め外に持ち出さない。)の意識がからまっており、警察を呼ぶ決心するだけでも何年もかかったりすることもあるそうです。

4 精神障がいのある当事者が暴力をふるう背景や心理

(1)統合失調症の症状には、陽性症状(幻覚妄想、誰かに支配されている等)、陰性症状(やる気が出ない、感情が感じられない、人と関わりたくない、会話が少ない)の他に、約半数の方には認知機能障害が見られます。具体的には、覚えられない、考えがまとまらない、思ったように話せないなどという症状の他に、重要なのが認知の歪み(極端に他人のせいにする、他人が自分と違う信念を持つことを理解できない、少ない情報で確信を持つ)です。なお、特に医療観察事件では併存する知的障害や発達障害の影響も見られます。
幻覚妄想が活発な状態での暴力は全体の10%以下という報告があるそうです。服薬をしていても幻聴に苦しむ当事者もいます。
認知の歪みがひどくなり、親子関係が悪化します。調子が悪ければ悪いほど周囲が悪いと思ってしまい、暴力に至る場合があります。
今ピアスタッフとして働いている方について、例えば同じ服を何日も着てそろそろ洗濯したらと注意されただけでそんなことまで監督するのかと被害的に受け止めてしまい、次第に歪みを自覚して被害的受け止めであることはわかりはじめてもそれを止められず、また、どう対応したらよいかわかっているのにそのとおりできないという二重の辛さで、引きこもり中に爆発して物を壊したりしていたそうです。

(2)この点、制度側の問題として、日本では地域での訪問、危機介入サービスが不足しているため入院中心の精神医療となり、その際には警察介入及び強制入院や隔離拘束が行われて、それが当事者の心の傷になり、医療不信になり病院につなげた、同意したなど家族への憎しみを覚えるなど家族関係を悪化させて、再度家族への暴力に至って再び強制入院になるという悪循環が見られます。

(3)当事者は辛い思いを抱えています。人生に挫折感を抱き、他の病気と違ってわかりやすく治るわけでもなく薬の副作用に苦しむこともあり、病気を受容できない(薬を飲んでよくならない)、不安・やり場のない苦しみやもやもや感から生きづらさを感じて死にたいとも思います。ひきこもりの最中は鬱憤がたまりやすいです。外に出るのが怖い、人が怖い、外に居場所がないので家しかいる所がない、生活音や近所の目など周囲に過敏、この状態からぬけられない焦り、自分でもどうしてよいのかわからないという状況があり、ある当事者は「底なし沼」と表現しました。

(4)病状も絡みます。妄想が働いて被害的になり、うまく言葉で表現できずに言いたいことを伝えられず、爆発の瞬間は頭が働かなくなる感じで、衝動性をコントロールできないこともあります。

(5)親への反発心もあります。親は当事者から見ると干渉的(高圧的、強権、幻覚、教育ママ、支配する親)で、自分は人生に挫折していて親の偉大さがプレッシャーで、親にわかってもらえないと感じていて、世間体を気にする、「働け」といわることもあります。

(6)親も精神的に不安定です。暴力を受けて、怖くて返答できない、生きる気力がなくなる、自己表現ができなくなる、過去の体験がフラッシュバックするなど、爆発を受けた親もダメージを受けて、子と自然に会話することが難しくなり、適切な対応ができなくなります。

(7)以上のように、当事者の病状、親への反発心、親の精神的不安定さ、当事者の辛さが重なって、親子が本音で話せない関係(普通の会話が出来ない、のびのびと生活できない)になり、親子の認識のずれが拡大します。
爆発寸前に、子は、辛くて生きていけない、もやもやして自分ではどうにもできない、どうして辛さをわかってくれないのか、どうして病気のある自分を受け入れてくれないのか、期待に応えられないなという気持ちを抱え、いい子を演じているなどと我慢しています。
親の方も、言いたいことをいえず我慢し、言わない(但し、目につくので気になって偶にはつい言ってしまう)ことがストレスになります。
このように親子双方我慢してため込んでいるために爆発(大声でとなる、物を壊す、殴る、蹴る)至ります。爆発のきっかけは、例えば親から気に入らないことを言われた、相手に伝わらなかったとか、自分でもよくわからないなどささいなことであり、そのため、さっきまで普通に話していたのにいきなり怒り出したように感じます。
爆発の際には当事者はカーとなって自分でコントロールできず、頭が働かなくなる感じがあることもあることもあり、爆発の瞬間での対策は困難です。

(8)爆発の矛先が親に向かう理由は、親は頼れる存在、切れない特別な関係、親には理性が働かない、親には暴力を振るっても許されると感じているからです。ある当事者によれば、社会に対してすれば犯罪だが親にはいいとはっきりと区別しており、親への甘えがあります。母親は何をしても受け入れてくれる存在として暴力が向きやすく、父は社会とつながる怖い存在だが母を守る楯になる家庭も多いそうです。

(9)病状に支配されていなければ爆発の瞬間一時的に頂点に達して、頂点に達するとぴょんと落ちるそうで、一転後悔に至ります。辛い気持ちが霧消して、そこからうまく行った人の例であれば、親に恨みがあっても他の支援者と話す中で親も大変だったんだなとか親も完璧な人間ではないと状況の捉え直しが出来て親と関係改善に至ります。

(10)親子関係の問題は、幼少期からの親子の認識のずれが原因だと話す人が多いそうです。子は、いい子を演じていたり、親の弱さを知らないので親は特別な存在であると感じていたりして、親への不信感が生まれています。親の方は、いい親を見せよう、理想的な家族にならなければという幻想を持っていますが、実は親も未熟・孤独で、見えないプレッシャーを子に与えています。どの家庭でも多少はありそうなずれです。
親も子もこうあるべき・ありたいという理想に縛られて、自分を責めて苦しんでいます。親は、自分の育て方が悪かったのでは、自分さえ我慢すればいい、もっと早く対処していたら変わっていたかもと考え、発症前との落差を中々受け入れられません。そのような親の思いを感じて、子の方は、病気になって申し訳ない、普通じゃなくてごめん、親不孝だと思う、親の期待に応えられず後ろめたい、という気持ちなどを持っています。
親から子に対しては、親だって本当は偉大ではないし、病気のことを一から勉強しないといけないと言いたいのに対して、子からは親に対して、世間一般の価値観を捨て、病気を患う自分を受容して欲しい、後悔しないでほしい、隠さないで欲しいと思っています。

(11)このような親子の関係性悪化を強化する要因は2つあります。
一つ目は同居です。同居中は子が親の保護下(管理下)にあり、親は子の行動が目に付くために気になるが、子にいえず我慢しています。家は安全ですが、密室故の危険もあります。二つ目は、社会に居場所がないことです。核家族で密着した家族関係で、世界は家だけで、家以外に居場所がありません。
そのような中で暴力はやめられなくなる依存症の側面があります。
親は病気の子どもが心配で、子は不安や甘えから、親子密着になりやすい状況にあります。暴力は一瞬で気分を変えられる魔力があり(すかっとした、毒が出た)、母親は受け入れてくれる存在で、次第に親との依存関係の中で暴力を止められなくなることがあります。中には致命的にならない程度に計算して暴力を繰り返していた当事者もいました。
暴力がエスカレートする場合には離れて暮らす必要があります。

(12)逆に、暴力がなくなるのは、爆発に至る複合的要因が解消されるからです。治療により病状が改善し(当事者の病状)、完璧でない親を受容して感謝し(親への反発)、親は家族会につながって元気になり(親の精神的不安定)、他者と関わりが増え視野が広がり、過去の捉え直しや希望の再発見(当事者の辛さ)により、暴力の解消に至ります。

(13)そうすると、爆発とは、生き延びる行為(親に当たることでなんとか生きている、親にせいにしないと自分を保てない)という意味があり、爆発は生きる力を失った状態から生きる力を取り戻して行く過程であり、爆発により生きる衝動を確認している意味合いもあります。
 爆発には行き詰まった現状を変える力があり、爆発を契機として回復に至る場合には成長の機会にもなります。
暴力を肯定するわけではありませんが、暴力を振るってもリカバリーにつながることはあります。ある当事者は、親に当たった過去があるからこそ働いたり社会貢献したりする姿を親に示すこと、それが親孝行だと話しているそうです。

5 支援する側の問題

支援側の課題としては、家庭内暴力の解決に向けて支援の仕組みを変えていく必要があります。

(1)現在の家庭内暴力の支援の仕組みは、本人、家族にとって高ストレスの仕組みになっています。
暴力が起きて、家族が決断して相談に至っても、入院支援の行政対応には時間がかかり、何度も相談を繰り返して、場合によっては万が一のときのために警察にも相談を入れておき、自傷他害の恐れがある状態に至って初めて通報対応が可能になり、入院時にはかなり悪化した状態での入院となります。家族の前で暴れていても制服の警察官が来ると本人が落ち着くことはよくあるのに、警察官の前でも暴力を振るう程ですから、強制入院から入ることになります。そうすると、薬で沈静化され、保護室に入れられ、時には拘束を受けます。そのため、当事者の医療不信につながりやすく、治療中断も招きやすく、家族関係も悪化します。今の支援の仕組みはあえて暴力がひどくなるまで待って介入する方法であり、治療が遅れて予後は不良です。
そもそも疾患による危機であるのに、専門家ではない警察の介入が多い仕組みは不合理です。
暴力がひどくならないうちに早期に治療や支援につなげて、本人、家族にとって低ストレスの仕組みに変えていく必要があります。この仕組みであれば、当事者の医療への信頼も維持でき、治療継続も期待でき、家族関係の悪化も防止できます。欧米では、最小限の服薬と非侵襲的支援による24時間365日の危機介入(クライシス/インターベンション)が導入され、入院せずに家でクライシスを乗り切る方向へと仕組みを変化させています。
英国では、危機介入・在宅治療チーム(公的サービスとしてクライシス時に専門家チームが訪問)、クライシスハウス(入院の必要は無いが不安定な人が数日宿泊し、多くの人は安定して入院せずに済む)、クライシスカフェ(交通の便のよい中心部にある)、クライシスヘルプライン(24時間対応の電話回線)など、危機対応手段が豊富に整備されているそうです。

(2)暴力を研究してわかった最も重要なこととしては、暴力は家族の問題ではなく、支援しようとしなかった支援者の問題であるとのことです。
ルールを守って支援することをよしとするのではなく、本人や家族を支援するために既存のルールや支援のあり方に疑問を投げ続け、できることから取り組むことが必要であるとのことでした。

第2 研修後半は付添人活動の事例報告でした。
中野公義会員からは当初審判活動について、鐘ヶ江聖一会員からは当初審判・処遇中(通院・再入院)・終了後の各時点での審判を含めた活動についてご報告を頂きました。
いずれの事例も研修前半の講義内容を想起させる問題を含んでおり、強制入院以外の、危機介入の選択肢を充実させる重要性を改めて感じました。

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