福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2023年11月号 月報
刑事法廷内の手錠腰縄問題に関するシンポジウムが開催されました
月報記事
会員 木上 貴裕(73期)
1 はじめに
令和5年8月5日(土)13時より、2023年ローエイシア福岡プレシンポジウム第3弾として、刑事法廷内の手錠腰縄に関するシンポジウムが開催されました。
手錠腰縄問題とは、勾留中の被告人について、裁判官の法廷警察権に基づく指揮の下、手錠・腰縄をされたままの状態で法廷内に連れて来られ、手錠・腰縄が外されるまで、被告人は訴訟関係人だけでなく傍聴人からも、手錠・腰縄が施された状態を見られることになり、被告人における手錠・腰縄姿をみだりに人に見られないという人格的利益が侵害されている、という問題です。
手錠・腰縄姿をみだりに人に見られない利益が、被告人の人格的利益であることは、これまでの判例・裁判例で指摘されていますが(例えば、東京地判平成5年10月4日・判時1491号121ページ、大阪地判平成7年1月30日・判時1535号113ページ、最一小判平成17年11月10日・民衆59巻9号2428ページ)、実際には、被告人の意思に関係なく、手錠・腰縄がされている状態を、訴訟関係人や傍聴人に見られる運用がされています。
そこで、日弁連や全国の弁護士会においてPTが設置され、被疑者・被告人の手錠・腰縄姿が訴訟関係人や傍聴人に見られない状態の実現に向けた取り組みが行われており、その活動の一環として、今回のシンポジウムが開催されました。
2 第1部 基調講演
⑴ 講演の概要について
第1部は、基調講演として、近畿大学法学部教授の辻本典央先生と大阪弁護士会所属の田中俊先生より、ご講演をいただきました。
辻本先生は、日弁連手錠腰縄問題PTや参議院院内学習会などに参画されており、本講演では、「法廷での手錠腰縄姿は当たり前のこと...なのか?法廷への入退出時における手錠腰縄措置の法的検討と制度改善に向けて」と題し、被告人が、手錠腰縄をされた上で刑務官に脇を固められて法廷に入廷する姿が当たり前のことなのかということに関し、被告人としての立場から見つめ直す、すなわち基本的人権の観点から被告人の法的利益に対する侵害の有無及び救済方法についてご講演をいただきました。
田中先生は、日弁連手錠腰縄PTの座長であり手錠腰縄措置により人格権等を侵害されたことを理由とする国家賠償訴訟を複数担当されており、本講演では、「これまで問題となった手錠・腰縄使用事例と弁護士会の活動について」と題し、過去に手錠腰縄の使用が問題となったケースや実際に田中弁護士が実際に担当された国家賠償訴訟、日弁連手錠腰縄問題PTの活動内容等についてご講演をいただきました。
⑵ 大阪地裁判決及び大阪高裁判決について
辻本先生及び田中先生からは、主に大阪地裁令和元年5月27日判決(以下「大阪地裁判決」といいます。)及び大阪高裁令和元年6月14日判決(以下「大阪高裁判決」といいます。)を中心に講演を頂きました。
大阪高裁判決は、「明らかに逃走等のおそれがない場合など手錠等を使用する具体的な必要性を欠く場合にはその使用が許されないというにとどまる。」として、手錠・腰縄等の使用について裁判所の広範な裁量を認めています。
他方、大阪地裁判決は、「個人の尊厳と人格価値の尊重を宣言し、個人の容貌等に関する人格的利益を保障している憲法13条の趣旨に照らし、身柄拘束を受けている被告人は、上記のとおりみだりに容ぼうや姿態を撮影されない権利を有しているというにとどまらず、手錠等を施された姿をみだりに公衆にさらされないとの正当な利益ないし期待を有しており、かかる利益ないし期待についても人格的利益として法的な保護に値する」との見解を示したうえで、「裁判長は、勾留中の被告人を公判期日に出廷させる際には、法廷において傍聴人に手錠等を施された姿を見られたくないとの被告人の利益ないし期待を尊重した法廷警察権の行使をすることが要請され、被告人の身柄確保の責任を負う刑事施設の意向も踏まえつつ、可能な限り傍聴人に被告人の手錠等の施された姿がさらされないような方法をとることが求められているというべきである。」と判示しました。そのうえで、入退廷に際して、手錠等を施された被告人の姿を傍聴人の目に触れさせないようにするため、
①法廷の被告人出入口の扉のすぐ外で手錠等の着脱を行うこととし、手錠等を施さない状態で被告人を入退廷させる方法
②法廷内において被告人出入口の扉付近に衝立等による遮へい措置を行い、その中で手錠等の着脱を行う方法
③法廷内で手錠等を解いた後に傍聴人を入廷させ、傍聴人を退廷させた後に手錠等を施す方法
の3点の具体例を挙げるなど、裁判所に可能な限りの是正措置を要求しました。
⑶ 大阪地裁判決後の状況について
大阪地裁判決後は、画期的な裁判例が出たことに伴い、日弁連から関係省庁に対し、刑事法廷内における入退廷時に被疑者又は被告人に手錠・腰縄を使用しないことを求める意見書の提出が行われるなど、弁護士会における活動も活発化しました。また、手錠腰縄申し入れ活動に関する新聞記事が出されるなど、弁護士会外における活動も行われるようになりました。
しかしながら、大阪地裁判決が出されたばかりの頃は、裁判所の対応にも変化があったようですが、現在では、弁護士からの申し入れに対して、裁判所が何らかの措置を講じることに難色を示すこともあるようです。
⑷ まとめ
以上の状況を踏まえ、辻本先生及び田中先生から、何よりも刑事事件に携わる弁護士が、裁判所への申し入れを活発化させ、裁判所に働きかけてほしいとの要望がありました。
被告人への手錠及び腰縄の使用に関する申入書については、福岡県弁護士会の会員専用ページの「書式・資料」→「刑事事件」→「手錠・腰縄問題に関するPT」内に書式が用意されておりますので、被疑者・被告人事件を担当される際にぜひご活用ください。
3 第2部 ゲストスピーチ
⑴ 第2部では、ゲストスピーチとして、法廷内の身体拘束についての海外報告及や国会報告がされました。
⑵ 海外報告 海外報告では、韓国、マレーシア、バングラデシュ、オーストラリアの弁護士ないし裁判官から、各国における手錠腰縄の運用状況について報告がされました。特に韓国では、法律で公判廷での被告人の身体拘束が原則として禁止されているとの報告がされました。
⑶ 国会報告 国会報告では、福島みずほ議員から、手錠・腰縄問題を立法的に解決するための活動を国会から行うとの報告がされました。
4 第3部 パネルディスカッション・質疑応答
第3部では、パネルディスカッション及び質疑応答として、基調講演をいただいた辻本先生及び田中先生に加え、元福岡高裁総括で弁護士の陶山博生先生及び福岡県弁護士会手錠腰縄PT座長の黒木聖士先生をパネリストに迎えた上、パネルディスカッションのコーディネーターとして福岡県弁護士会手錠腰縄PT副座長の市場輝先生にご担当をいただきました。
ディスカッションでは、福岡における手錠・腰縄措についての現状として、手錠・腰縄の使用に関する申し入れに対して措置を講じる例が1割程度しかないことや、大阪地裁判決が出された当時に比べ裁判所の動きも下火になってきている状態にあるとの問題点が示されました。
そのうえで、根本的な解決として立法的な解決を図ることも必要ではあるが、個々の弁護士が裁判所に申し入れ活動を積極的に行い、成功事例を積み重ねていくことで、立法的解決にも資すると考えるとの意見が示されました。
5 最後に
刑事法廷において、被告人が手錠・腰縄を施された状態で入廷し、裁判関係者及び傍聴人が見ることができる状態で手錠・腰縄を外すという光景が当たり前だと思っている弁護士も一定数いるのではないかと思います。かくいう私も、手錠・腰縄PTに加入させていただくまでは、当たり前の光景だと思っていました。
裁判官が、手錠・腰縄使用に関する申し入れに対し措置を講じる例が少ないのも、措置を講じることが特別なことだと考えているからではないでしょうか。現在は、手錠・腰縄使用に関する申し入れを行う件数が少なく、裁判官も特異な例だと考えているのだと思います。そのため、刑事事件に携わる弁護士が積極的に申し入れを行うことで、裁判官にも手錠・腰縄を使用することが当たり前ではないと認識させていくことが、手錠・腰縄問題を解決する近道だと考えます。
皆様も、刑事事件に携わる際には、是非、手錠・腰縄の使用に関する申し入れを実践してみてください。