福岡県弁護士会コラム(弁護士会Blog)
2023年10月号 月報
第3回 社外役員研修
月報記事
会員 宮脇 知伸(73期)
第1 はじめに
1 本講演会について
去る令和5年5月29日、福岡県弁護士会館(ZOOM併用)にて、平田えり弁護士(福岡県弁護士会所属)を講師としてお招きし「社外役員に関する連続講演会」の第3回講演会を開催しましたので、ご報告いたします。当講演会は、弁護士業務委員会におけるPTの一つである「WODIC」勉強会の一環として行われました。
「WODIC」とは「Whistleblower Protection Act(公益通報者保護法)」、「Outside Director(社外取締役)」、「Independent Committee(第三者委員会)」の頭文字をとった造語であり、これらの企業法務分野において法の支配を貫徹させるため、各分野の理解を深めるべく、令和4年1月25日に発足したPTです。
WODICでは、これまでに企業の法務担当者や社労士の先生等の外部の方もご参加いただき、改正公益通報者保護法(W)に関する勉強会を継続して行ってきました。
今年から、新たに「社外役員」(OD)をテーマとする連続講演会を開始することになり、これまで2回の講演会が開催され、今回が3回目の講演となります。
講演会には弁護士会館だけでなく、ZOOM配信も併用する形で開催し、会場参加・オンラインで多数の先生にご参加いただきました。
私もWODICメンバーの一人として現地にて参加し、拝聴して参りましたので、以下ご報告させていただきます。
2 講師の紹介
講師の平田えり弁護士は、65期であり、西村あさひ法律事務所福岡事務所に所属されております。現事務所では東京オフィスで執務したのちに、令和元年からは福岡にて執務されております。そして令和3年9月から福岡の上場企業の社外取締役に就任されました。
第2 研修の内容
1 社外役員就任のきっかけ
弁護士登録後まもなく顧問先として担当しており、約10年にわたり、社長やCFOと公私ともに親しくしていたことがきっかけとなった。
そのような信頼関係の上で、平田弁護士が東京勤務時代に、M&A案件を中心に経験を積んでいたこともあり、今後、専門的な経験知見も活かして成長戦略に力を貸してほしいという打診を受けた。
2 社外役員の職務内容
社外取締の役割は、マネジメントモデルと、モニタリングモデルの2種類がある。
マネジメントモデルとは、いわゆる経営のご意見番として事業に対して助言をすることをいい、これに対してモニタリングモデルとは、経営の監督機能を果たすことをいう。
日本における社外取締役の役割としては、マネジメントモデル型の経営のご意見番としての役割を果たす先輩経営者等を社外取締役に採用するというケースが多い。これに対して、アメリカを始めとしたグローバルスタンダードにおける社外取締役の役割は、モニタリングモデルであるとされている。
平田弁護士自身も当初、社外取締役を打診された際、社外取締役の役割として、マネジメントモデルの役割を考えており、必ずしも事業開発や経営に関する専門的な知見経験があるわけではないため、自分では力不足ではないかと考えていた。ただ、前述のとおりグローバルスタンダードにおける社外取締役の役割はモニタリングモデルであるところ、実際に社外取締役を経験してみると、モニタリングモデルを社外取締役の基本的な役割と捉えることで良く、弁護士に備わっている能力(リーガルマインド)が企業の役に立てるものと実感するに至っている。
3 社外役員候補者として準備できること
弁護士が社外取締役として指名された場面において、モニタリングモデル型の監督機能を発揮することが求められており、そのために必要な知見は、基本的に日常の弁護士業務の中で培われているものであり、特別な準備を要するものではない。
敢えて準備するとすれば、経営陣の判断が著しく不合理でないか否かを判断する際に、法令違反だけでなく社会常識等一般株主の目線から見て、著しく不合理でないか否かを判断できるように、自分の感覚を時代の感覚に合わせてアップデートしておくこと、その会社を良くしたいとか、その会社を通じて何か世の中に貢献したいという熱量をもって、会社の事業内容に興味関心を抱くことが必要になる。
4 社外取締役としての重要性、期待されるもの
月1回の経営会議とその後の取締役会に必ず参加している。社外取締役として経営会議に出席することは必須ではないが、各部の部長クラスが毎月の実績や課題・対応方針を報告し、全員でフラットに知恵を出し合い、協議しており、事業内容やリスクを把握する上で非常に有用である。
そして、社外取締役として経営会議にも参加して発言した内容について、各部長が朝礼等で従業員に伝えてくれており、従業員ともコミュニケーションを図ることで、従業員も、社外取締役が事業を支えてくれているという安心感を抱いている。
そうした活動により、自身も一緒に事業に参画しているというやりがいに繋がっている。
5 まとめ
社外取締役は、完全に中でもなく、アドバイザーというような外でもない中間地点で少し俯瞰した立場で意見を述べることができ、それと同時に、会社の経営陣と一緒に走って、事業価値を生み出すことができるやりがいのある業務だと感じている。
6 質疑応答
Q 法律家の視点から意見を述べることで壁は厚いなと思わされたりすることはあるか?
A 経営陣の人柄や、今までの信頼関係もあり、客観的な意見として聞いていただけている。特に壁を感じたことはない。
Q 月1回の経営会議・取締役会以外には、どれぐらいの頻度で、経営者の方たちとコミュニケーションをとっているのか?普段は弁護士業務との兼ね合いはどうしているか?
A 社外取締役としての報酬を考えたとき、月1回の経営会議や取締役会で何かちょっと意見を述べるぐらいでは、会社側の負担に見合わないというふうに思っているため、自身が役に立てそうなところがあれば、積極的に提案して、関わらせてもらうようにしている。
Q 経営陣との信頼関係について、平田弁護士の場合は、就任するまでの期間が長く約10年ほどあったということで、就任した段階である程度経営陣との間で信頼関係が築けていたと考えられるが、社外取締役として活動するにあたってどの程度やりやすさに繋がっているか?。
A 頭にふと浮かんだことをお互い電話1本でやり取りできて、これってこうした方がいいんじゃないとすぐにやり取りできる関係にあった。月1回の取締役会の外でも柔軟に意思疎通を図ることができたという意味で、すでに信頼関係があったことのアドバンテージを感じた。
Q 社外取締役として善管注意義務違反を犯さないようにどのような点に注意しているか?
A 経営判断の基礎となる情報収集を怠らないよう留意している。経営会議や取締役会でも、役員陣や従業員にとっては所与の前提のような事実であっても、用語を含め、積極的に質問し、情報収集している。また、外部のアドバイザー(弁護士を含む。)の見解を聞く。経営判断の原則も適切な情報収集を行ったか、著しく不合理な判断ではなかったかという2段階になっている。一段階目の情報収集をきめ細やかにしていれば、自ずから著しく不合理な判断にはならない。そのため、密に経営陣とコミュニケーションをとって、適時に情報を共有してもらうことが重要であると思う。
Q 社外監査役と社外取締役での役割分担があるか?
A いずれも取締役の職務執行を監視する役割であり重なる部分は多く、また、社外監査役や社外取締役のバックグラウンド(専門性)やパーソナリティによる部分も大きいと思われるが、一般的には、監査役は適法性監査で、社外取締役は妥当性監査も含むので、監視の視点が異なる。
Q 経営者と色々話をしたり、壁打ち相手になったりするのに、リアルタイムに情報を得る必要があるが、話し合いのツールとして、メールや電話以外に取り入れていたツールがあったか?
A 結局、タイムリーな情報共有や協議のために、携帯電話での電話を一番利用していた。
第3 おわりに
第1回の古賀弁護士、第2回の中村弁護士、そして、第3回の平田弁護士の講演会を拝聴し、社外役員としてお声がけいただくための重要な点としては、日頃の顧問先との信頼関係の構築、及び丁寧な対応、企業における活動の意味合いを理解した上でのニーズに沿ったアドバイスが共通していたように思われます。
もっとも、丁寧な対応や企業のニーズに沿った回答を意識している弁護士は多数いるはずであり、社外役員としてお声がけいただくためには、それに加えて他の要素が必要になると考えられるため、今後の講演会を通して、それが何かを模索しなければならないと感じました。
「社外役員に関する連続講演会」は、今後も継続的に実施する予定ですので、今回参加された方も参加が難しかった方も、ぜひ次回以降のご参加をお待ちしております。
中小企業の日一斉シンポジウム 「老舗を救った学生の熱意 大廃業時代における事業承継の新たな形」聴講レポート
月報記事
会員 松下 拓也(69期)
1 はじめに
7月20日、「中小企業の日」の記念イベントとして、福岡市天神のエルガーラホールにて無料セミナーおよび無料相談会が開催されました。
セミナーの今年のテーマは、「老舗を救った学生の熱意 大廃業時代における事業承継の新たな形」です。
今回、セミナーの講師を務めてくださった林田茉優さんは、福岡大学経済学部に在学中「ベンチャー企業論」というゼミで後継者問題に興味を持ち、休業状態であった創業130年超の老舗「吉開のかまぼこ」の再建活動に携わった方です。そして、卒業後、24歳にして、同社代表取締役に就任し、見事再建を成し遂げた、凄腕の経営者です。
テーマに「学生」とあるとおり、今回は現職の経営者にとどまらず、スタートアップを検討している大学生など若い芽もターゲットに見据え、地元の大学にも広報を広げさせていただきました。広報活動の成果か、当日は会場参加者50名、Zoom参加者31名と大盛況でした。
2 セミナー
林田さんがゼミで後継者問題に興味を持ったのは岡野工業の岡野社長との出会いからでした。同社は「痛くない注射針」を開発した高い技術力を持った企業でしたが、後継者不在を理由に、廃業せざるを得ませんでした。岡野社長に何度も手紙を送り、面談を実現し、粘り強く再建の道を提案したのですが、残念ながら再建には至らなかったそうです。
この悔しい経験を経て、林田さんは、本格的に後継者不足による廃業問題に取り組むこととし、日本M&A推進財団を通じて「吉開のかまぼこ」の紹介を受けます。
林田さんは、同社の事業承継実現のため、多数の会社への地道な電話がけ、メディアを使った発信、遠方のみやま市まで足を運んでの先代との打合せ、学生達自身でかまぼこを作り試食してその魅力を発信するなど尽力しました。しかし、承継会社が見つからない、漸く見つかっても双方のうまく条件が折り合わない、先代が事業承継を前にマリッジブルーに陥る、工場の移転先が見つからない、工場の騒音について周辺住民から反対の声が上がるなど様々な壁に何度もぶちあたります。その度、林田さんのゼミの学生達はその壁を乗り越えていきました。
こうして、林田さんは3年に渡り、吉開のかまぼこを支援し、その中で先代の熱意、吉開のかまぼこにしかない魅力、そして復活を願うたくさんの地元の人々の存在に触れてきました。そして、先代からの熱い信頼を受け、林田さんは自らが後継者となる道を選んだのです。
承継後、林田さんは、素人(消費者)目線でのリブランディングが自己の使命だと考え、原材料へのこだわりはもちろんのこと、ロゴやECサイトの再構築のほか、クラウドファンディングやオンラインショップ、メルマガやSNSの利用など様々なツールを用いて積極的な販売・広報活動を繰り広げました。そうした結果、事業の存続を果たすことが出来たのです。
林田さんが実際に様々な社長にお会いした感覚としては、後継者に引き継ぐことを考える方よりも、生涯現役という思いを持った方が多いようです。
私自身、会社の経営に関する相談を何度か受けたことはありますが、現社長が高齢であっても後継者のことや事業承継のことをあまり考えていないというケースは多々見受けられました。
確かに、いつまでも現役でありたいと思うことは大変すばらしいことなのですが、万が一の備えを全くしなかった場合、遺されたものに混乱が生じ、最悪の場合、黒字にもかかわらず、そして世に求められている事業であるにもかかわらず、会社を畳まざるをえないということになりかねません。そういった方に事業承継の重要性をどのように説いていくかという点が課題であると感じました。
3 パネルディスカッション
後半は、若狭先生、鬼塚先生、両角先生を交えたパネルディスカッションが行われました。負債を抱えた企業における事業承継のありかた、経営者保証ガイドラインの活用、NDAなど、事業承継のいかなる場面において弁護士が手助けできるかという点について活発な議論が交わされておりました。
4 終わりに
私自身、直接的な相談ではないにせよ、紛争の根底には事業の後継者問題も絡んでいると思われる事案に何度か遭遇したことがあります。今回のセミナーは、適切な事業承継を考える良い機会となりました。
また、事業承継の一つのパターンとして、大学生など若手起業家による創業支援と上手くマッチングさせることで相乗効果を産むことが出来るのではないか、今回のセミナーは事業承継の新たな可能性を示唆する非常に興味深い内容でした。
「ウクライナ戦争と国際刑事法」フィリップ・オステン氏講演会
月報記事
会員 芦塚 増美(44期)
ローエイシア・プレシンポとして、慶應義塾大学フィリップ・オステン教授をお招きして、講演会を開催しました。講演の概要です。
1 昨年の4月、ウクライナのブチャにおいて、ロシア軍が撤退した直後に、数百人の市民の遺体が発見されたとの報道がありました。残虐行為を、「戦争犯罪」や「人道に対する犯罪」という表現を用いていますが、国際刑事裁判所(ICC)の対象犯罪(中核犯罪)となります。主任検察官は、昨年2月28日に、捜査に向けた手続を開始すると発表し、多くの締約国からICCへ付託されました。今年3月17日に、ICCは、ロシアによる子どもの不法な追放と、ロシアへの不法な移送について、戦争犯罪に該当し得るとして、プーチン大統領らに対する逮捕状を発付しました。
2 対象犯罪の訴追は、ICCよりも、国家が主役となって、第一義的に訴追を担うことが原則となっています。国際法の刑事法的側面として、国際条約に基づいて、一定の行為を犯罪化して、訴追と処罰を締約国に委ねるといった法規則が、従来から見られます。
3 日本が国際刑事法と初めて向き合うこととなったのは、東京裁判でした。A級戦犯として起訴された、福岡の出身の広田弘毅は、文官として唯一死刑判決を受けましたけれども、その量刑判断に対して疑念が残りますが、東京裁判は、国際刑法体系の出発点となった裁判でもありました。
4 ジェノサイド、日本語でいう「集団殺害犯罪」です。ジェノサイドとは、特定の集団(国民的、民族的、人種的、または宗教的集団)の、全部または一部に対して、その集団自体を破壊する意図を持って行う殺害などをいいます。
人道に対する犯罪ですが、文民たる住民に対する攻撃であって広範又は組織的なものの一部として、攻撃であると認識しつつ行う殺人等です。「攻撃」とは、ICC規定の定義によれば、「国もしくは組織の政策に従って行われるもの」で、背後に政府や軍の方針が存在しなければなりません。
戦争犯罪とは、例えば捕虜の虐待といった、武力紛争で、ルールを定めた国際法、武力紛争法の重大な違反を犯罪とするものです。
侵略犯罪とは、国の指導者による国連憲章の明白な違反を構成する国家による侵略行為の計画、準備開始又は実行することです。
5 ICCは、国々が条約に基づいて設立した国際機関で、管轄権は、締約国の主権が及ぶ領域における中核犯罪、締約国の国民がそうした対象犯罪を行った場合にしか行使ができません。
中核犯罪の訴追・処罰は、第一次的には各締約国の国内刑事司法に委ねられ、ICCは、国家が訴追意思や能力を欠くときにのみ、これを補完する役割を負います。補完性の原則に基づいて、国内裁判所は、いわば国際社会における一つの司法機関として、刑事裁判権を行使するのです。
ICC規定は、締約国に対して、ICCに手続上の協力ができるよう、法整備を行う義務を課しています。ICCは、独自の法の執行機関などを持たないため、逮捕状の執行や、被疑者の引渡しについて、加盟国による協力に依存しています。「手足のない巨人」とも呼ばれています。実体法の面では、中核犯罪の処罰規定については、国内法化する義務を課していません。日本も2007年にICCに加盟した際に、中核犯罪の大部分が現行刑法で処罰可能であるとして、立法手当て、その国内法化を見送りました。
6 展望と課題-ウクライナ戦争が問うているもの
人権侵害に関与した外国当局者らに経済制裁を課すとともに、当該行為に加担した個人を、中核犯罪に基づいて刑事訴追するという方策があります。国際的な包囲網の構築に向けて、各国と足並みを揃えることが、日本でも重要な政策課題として、最近、議論されています。
刑事司法による対応の重要性をさらに浮き彫りにしたのは、今般のウクライナ侵攻とそれに伴う一連の重大な非人道的行為でした。しかし、中核犯罪に特化した処罰規定を欠いた日本の国内法の現状では、ICCや他国に対してなし得る協力は、間接的な「後方支援」が限界です。現行刑法では対処できない類いの犯罪もありますし、仮に対処できるとしても、実際には捜査や訴追が難しいと考えられます。日本が国際刑事司法においてより積極的な役割を担うためには、中核犯罪の国内法化が喫緊の課題といえます。国外犯処罰規定の不備という問題もあります。現状では、中核犯罪を海外で行った外国人が日本に入り込んできたとしても、ほとんど処罰ができないので、日本が「セーフヘイブン」(隠れ場所)になり、国際包囲網の「ループホール」(抜け穴)になるリスクがあります。
今後の中核犯罪の国内法化にあたっては、立法形式に関しては、特別法の制定のほか、刑法の改正というオプションも考えられます。刑法総則的規定に関しては、上官責任、上官命令の抗弁や公訴時効の不適用など、国際刑法固有の原理の適用を、中核犯罪に限定することで、従前の刑法体系への波及を回避することが特に重要です。
ウクライナ戦争は、中核犯罪に関する国内法整備を見送った日本に、再考を促しているといえます。国際刑事法の国内法化に当たっては、外国の立法例を参照しつつも、日本独自の規範化を通じて、ICC締約国が非常に少ないアジア諸国に対しても、新たな立法モデルを提示することが大切です。
7 会場参加者28名、オンライン参加者25名となり、会員、大学生、高校生などが参加しました。講義のレポートを作成して宿題として高校に提出すると話す高校生もいました。
今後とも、市民に最新の国際情勢を伝える講演会を開催します。