福岡県弁護士会コラム(弁護士会Blog)
2023年8月号 月報
中小企業法律支援センターだより スタートアップ企業におけるストックオプションの活用
月報記事
中小企業法律支援センター 委員 白田 晴夏(75期)
1 はじめに
令和5年6月26日18時より、福岡県弁護士会館の大会議室301にて、司法書士の小牟田毅先生を講師にお迎えし、スタートアップ企業におけるストックオプションの活用についてご講演いただきました。会場でのリアル参加とWeb方式の併用で実施しましたところ、あわせて34名もの会員にご参加いただき、創業支援に関する関心の高まりを感じました。
以下、簡単ではございますが、小牟田先生のご講演の内容を報告いたします。
2 ストックオプションの活用
⑴ ストックオプションのメリット
ストックオプションとは、株式会社の従業員や取締役が、権利行使価格で自社株式を取得できる権利のことです。
では、なぜストックオプションがスタートアップで活用されるのかというと、それには大きく分けて三つのメリットがあるためです。
まずは付与対象者のモチベーションを向上させるというメリットがあります。自社の業績が向上することで株価も上昇するため、付与対象者の働きがリターンに繋がるという仕組みが生まれ、付与対象者は自社の業績を上げるという目標を持つようになります。
二つ目に、外部協力者との関係性を維持するというメリットがあります。スタートアップ企業では、従業員を雇用するのではなく、外部協力者に業務委託をすることも多いため、外部協力者との関係性維持のためにストックオプションを活用することが可能です。
三つ目に、優秀な人材の確保を容易にするというメリットがあります。ストックオプション制度があることで会社の将来性をアピールすることができ、優秀な人材を確保できます。また、付与対象者としては、ストックオプションを行使する前に退職すれば損をする可能性があることから、結果として従業員の退職を防止するという効果もあります。
⑵ ストックオプションの留意点
上記のように様々なメリットがあるストックオプションですが、ストックオプションを付与する際の留意点も三つ挙げられます。
一つ目に、付与対象者と付与数の基準を設けることです。付与対象者と付与数の決定方法が不明確であったり、付与数に明らかな差があったりすれば、不公平感から社内全体のモチベーションの低下に繋がるおそれがあります。
二つ目に、付与対象者が権利行使をした直後に退職する可能性があることです。会社の将来性をアピールして採用した人材の場合、付与対象者はストックオプションを行使することによる経済的利益を重視していることがあります。そのような付与対象者は、権利行使をして株式の売却益を得れば、すぐに退職するおそれがあります。
三つ目に、株価がモチベーションに連動していることです。ストックオプションの付与が付与対象者のモチベーションの向上に繋がるという点は上述したとおりですが、逆をいうと、会社の業績が低迷すると、付与対象者のモチベーションの低下に繋がるおそれもあります。
⑶ まとめ
ストックオプションのメリットを最大限に活用できれば、会社としては優秀な人材を確保し、業績を向上させることができる一方で、ストックオプションの留意点をおさえておかなければ、優秀な人材の流出や付与対象者のモチベーションの低下などの問題を引き起こすことになります。
弁護士は創業支援をするにあたり、これらの点を念頭に置いたうえで、適切なアドバイスをすることが求められるといえます。
3 おわりに
今回の講演会では、ストックオプションの基礎的な内容から発展的な内容に至るまで、幅広くご説明いただきました。ストックオプションについてより深い知見を得ることができ、大変実りのある講演会となりました。
日本弁護士連合会が発行した「ゼロから始める創業支援ハンドブック」にも、ストックオプションをはじめ、弁護士が取り組む支援内容について記載があります。日弁連のホームページを検索していただくとハンドブックのデータを取得することができます。創業支援に取り組まれる先生方は是非、同ハンドブックもご参照ください。
中小企業法律支援センターだより 九州北部税理士会との事業承継研究会
月報記事
中小企業法律支援センター 鬼塚 達也(71期)
1 研究会開催までの経緯
当会は、九州北部税理士会との間で、令和3年3月16日付で事業承継支援の連携に関する協定を締結いたしました。会員相互の交流と研鑽の場を提供することを目的として、事業承継に関する研究会を継続的に開催することを計画していたところ、新型コロナウイルス感染症のため開催延期を数度経て、ようやく令和5年6月1日に第1回事業承継研究会(以下「第1回研究会」といいます。)を開催することができました。
2 第1回研究会の内容
第1回研究会は、テーマを「事業承継(M&A)はこう考える!~弁護士の視点・税理士の視点~」として、弁護士池田耕一郎先生(当センター)及び税理士山田陽介先生(九州北部税理士会 中小企業対策部部長)から、事業承継(M&A)の心構え、他方士業に求めるものや他方士業が介入すべきタイミング等をご報告いただきました。
池田先生からご報告いただいた内容の一部を以下記載いたします。
・事業承継は特殊な分野ではない。話をとことん聞くことが重要である。
・弁護士が事業承継支援に携わる意義として、①事業承継のあらゆる場面に法律が関係すること、②対策をしなかったことによるリスクを知っているからこそアドバイスができること、③他方当事者との交渉を行うことが常に生じるところ、法律上交渉に関する代理業務ができるのは弁護士のみであることが挙げられる。
・事業承継に資する法的手段として、分散している株式等の集約方法(相続人等に対する売渡請求など)、先代経営者の保証債務の処理方法(経営者保証ガイドラインの適用)、遺留分の民法特例(除外合意・固定合意)などがある。
・事業承継支援は信頼できる士業との連携が必要不可欠である。
山田先生からご報告いただいた内容の一部を以下記載いたします。
・事業承継においては税務だけでなく財務支援を行う必要があり、税理士がかかわる意義がある。
・税理士は税額を抑えることを第一に考えがちであるが、無理な節税をしたことにより、株式の分散、過大な借入金、利益の圧縮がされ、事業承継のハードルが上がってしまうこともある。
・決算書を見て、(税引後利益+減価償却)と(長期借入金÷5年)を比較して後者が大きければ、その会社の資金繰りは苦しいはずである。
・事業承継は自力で解決できなとも周りの力を借りて解決できる協力体制が必要である。
3 第1回研究会後の懇親会
第1回研究会の後に懇親会を行いました。当センターから15名、九州北部税理士会から13名が参加し、大変賑やかな会になりました。私事ですが、偶然にも、懇親会に参加された税理士の方で、私の出身中学校の先輩が複数おり、地元の話で盛り上がりました。
4 今後の予定
第1回研究会及び懇親会が盛況であり、第2回研究会を開催予定です。ご興味のある方がいらっしゃいましたら、当センターの会員までお知らせください。
弁護士会と調停協会の懇談会 ~アフターコロナの調停実務と面会交流
月報記事
会員 辻 陽加里(64期)
1 はじめに~3年半ぶりの開催!~
令和5年6月29日、弁護士会と調停協会の懇談会が約3年半ぶりに開催されました。本懇談会は、調停委員と弁護士が、家事調停の実情について認識を共有し、それぞれの立場での思いや悩みについて語り合い、相互に信頼関係を深めるための機会として開催されました。
議題は、①新型コロナウィルス流行後に急速に普及したウェブ調停と②面会交流の調整を行う調停事件の運営の2点です。
本懇談会に先だって、調停委員と弁護士双方に議題に関するアンケート調査が実施されました。
2 ウェブ調停について
⑴ ウェブ調停の普及
ウェブ会議方式による調停は今や一般的となりました。福岡家庭裁判所でも、これまで850件以上のウェブ調停が実施されたとのことです。アンケート結果によれば、回答した調停委員41名中38名がウェブ調停の経験があると回答しました。
⑵ 利用の感想
ウェブ調停を利用した感想として、登壇した調停委員と弁護士双方から、電話調停に比してコミュニケーションが格段に取りやすく、利用者(調停の当事者)と信頼関係を築きやすいという共通の意見が出されました。
調停委員からは、「画面で利用者の表情が見えるように画面の設定を工夫している。」、「身振り・手振りや相槌を大切にしている。」との発言があり、利用者が納得して調停を進められるよう試行錯誤しているとのことでした。
⑶ ウェブ調停のメリット
調停委員と弁護士の双方から、事件の種類を問わずウェブ調停を利用するメリットがあるとの認識が示され、具体的なメリットについては、感染症の感染が防止できること、利用者の利便性が高く、特に遠隔地の方や育児介護中の方は大幅な負担軽減となること、仕事がある方は半休の取得で済むことが挙げられました。また、登壇した調停委員から、DV事案については、出頭の場合が完全に防ぐことが難しい利用者同士の接触を防止できるとの大きなメリットが指摘されました。登壇した弁護士からは、当事者の意向を尊重すること、事案をより正確に伝えたい場合などに出頭するとの発言がされました。
アンケート結果によれば、弁護士の立場から出頭に積極的な意見もあり、これについて登壇した調停委員からは、「出頭してもらえば、より当事者を身近に感じ、当事者の置かれた状況や熱意が伝わる。」、「来ていただけるとありがたいという気持ちになる。」との発言がありました。
⑷ ウェブ調停の課題
ウェブ調停の課題については、調停委員から、裁判所にウェブ会議の体制が3台分しかなく、期日の間隔が空いてしまうことが、弁護士からは、事務所のレイアウト等の問題で、調停の秘匿性の確保の問題が生じうることが指摘されました。
3 面会交流の調整を要する事案について
⑴ 「新たな運営モデル」の導入
まず調停委員から、福岡家庭裁判所における面会交流の調整を要する調停は、東京家庭裁判所で策定された運用モデル(「東京家庭裁判所における面会交流調停事件の運営方針の確認及び新たな運営モデルについて」家庭の法と裁判2020年6月号)を基本に運営されていること、この「新たな運営モデル」が弁護士に浸透していないこと(アンケート結果によれば回答した弁護士の45名/66名が「知らない」と回答)。が述べられました。
この「新たな運用モデル」は、従来の原則実施論的な調停運営から転換を図るもので、①当事者の主張・背景事情の把握、②課題の把握と当事者との共有、③課題解決のための働きかけ、調整、④働きかけ・調整の結果の分析評価などのサイクルを繰り返し検討し、種々の利益を調整しながら子の福祉を実現するモデルであることが説明されました。従来の進行では、面会交流が監護親に与える負担やストレスについての理解が乏しかったとの反省が率直に述べられました。
このモデルの導入に当たっても、調停委員からは、「モデルを理解しても、実際にその理念を実現することは簡単でない。」「面会交流の実施を禁止し制限する事情が無ければ、面会交流の実施が子の福祉に適うとの前提で、面会交流を実施する方向で話し合いを進めることになり、利用者からすれば原則実施論で進行しているように受け止められることがある。」などの苦労が語られました。
⑵ 高葛藤な事案への対応
特に未成年者が幼い場合、調整事項が多くなりますが、両親間の葛藤が高い場合、話し合いで円滑に進めるのは至難の業です。
調停委員からは、話し合いの視点を夫婦間の紛争から「子の福祉」に向けさせ、子の視点から建設的な話し合いができるように促しているとのことでした。
弁護士からは、監護親の視点から、面会交流の実施が困難になっている事情を詳しく聞取り、実施条件を工夫していること、また、非監護親の視点からは、面会交流を実施することを前提に、面会交流の実施によって子どもにメリットがある方法を提案して監護親に受け入れやすくするという工夫が紹介されました。
⑶ オンラインによる面会交流
新型コロナウィルスの流行後に、オンラインでの面会交流を実施する例が増えているようです。
弁護士からは、非監護親の視点から、非監護親が希望するのは対面での面会交流であって、対面の面会交流へのステップとして利用するイメージを持っていること、特に子どもが小さい場合には、オンラインであっても子の著しい成長を確認できるというメリットがあるとの発言がされました。また、非監護親が離島に住んでいた事案での利用例が紹介されました。その他に、子が非監護親と連絡先を交換することで、非監護親から居場所を把握されたり、頻繁に連絡が来たりするのではないかと不安に思うなどオンライン特有の悩みが生じた事案が紹介され、子の意向を丁寧に組む必要性も指摘されました。
調停委員からは、オンライン面会を条項化するに当たっては、子どもの年齢や、子と別居親の生活リズムなどを考慮しているとの発言がありました。
⑷ その他
パネルディスカッションでのその他の発言を簡単に紹介します。
・調査官調査の活用について
(調停委員から)「非監護親から、子の成長の様子や現在の監護状況、子の心情を確認して欲しいという要望があり、監護親に尋ねても、非監護親に対する誹謗中傷に終始し実態が分かりにくい場合は、早期に調査官調査を行っている。代理人からも調査官調査を希望する意見を貰うことはありがたい。」
・主張書面の活用について
(調停委員から)「弁護士がついている場合、主張を明確するに目的で、主張書面や資料の提出をお願いしている。弁護士の場合は求めた意図を汲んだ書面が提出されるため、調停の効率化に繋がっている。夫婦喧嘩の内容など細かい事実を書面化し、それに反論するなど、葛藤を助長するような議論を書面で行うことは求めていない。利用者のみで調停を行う場合は、必ずしも求めた内容の書面が提出されないことが多く、主張書面の提出は求めていない。」
・将来的な子どもへの影響
(調停委員から)「子どもに関する追跡調査などはないのか。」
(弁護士から)「経験談ではあるが、非監護親の代理人として活動した事案で、当時未成年者だった男性と彼が成人した後に話す機会があった。男性は、『両親が言い争うのを見るのがすごく辛かった。一時は自分が父に会わない方が良いとすら思っていた。しかし、両親がお互いに男性の為に頑張って面会交流に協力してくれたことがとても嬉しかった。今ではとても感謝している。』と話してくれた。反対のケースもあると思う。」
4 最後に
本懇談会を通じて、調停委員の方々が、利用者双方の話を公平に聞こうしていること、利用者の納得を一番に考えていることが伝わり、調停委員への信頼感が増しました。
また、「新たな運用モデル」は調停委員と監護親、非監護親、それぞれの代理人弁護士が協働して初めてその理念が実現できるモデルであると私は理解しました。ただ、対立する当事者が協働することは経験上簡単ではありません。その難題を弁護士と調停委員でどうにか紐解いていくためにも、本懇談会は今後も継続されて欲しいと思います。