福岡県弁護士会コラム(弁護士会Blog)
2023年7月号 月報
福岡県事業承継・引継ぎ支援センターと連携協定締結~安心・安全なM&A実現のために~
月報記事
中小企業法律支援センター 委員長 牧 智浩(61期)
1 福岡県事業承継・引継ぎ支援センターとの連携協定締結
2023(令和5)年5月30日、当会は、福岡県事業承継・引継ぎ支援センターとの間で「事業承継に関する連携協定」を締結しました。
同協定は、中小M&Aにおける取引の安全を確保することを1つの目的として締結されたものであり、具体的な連携の内容として、①弁護士紹介制度、②中小企業等に向けたセミナー等の開催、③研修等の実施、④地域の事業承継等に係る情報収集・情報交換等を謳っています。
2 福岡県事業承継・引継ぎ支援センターとの具体的な連携について
⑴ 合同勉強会の開催
本年5月22日、協定締結前ではありましたが合同勉強会を開催しました。福岡県事業承継・引継ぎ支援センター側から15名、当会中小企業法律支援センターから16名が参加し会場は満席となりました。
講師として、日弁連中小企業法律支援センター事務局次長でもあり同センター内に設置されている創業・事業承継PTの座長を務める大宅達郎弁護士(東京弁護士会所属)をお招きし、奈良・福井・仙台・高知県の各弁護士会と事業承継・引継ぎ支援センターとの連携状況をご紹介いただくとともに、具体的事案をもとにM&Aにおける弁護士の主な役割についてご説明をいただきました。
大宅弁護士によれば、弁護士の主な役割としては、
①当事者の意向の把握や意思決定の支援を行う「伴走支援」者としての役割
②課題の把握や論点整理などの「リスク分析」を担う役割
③適切な専門家の手配やコミュニケーション支援などの「調整役」としての役割
④依頼者の意向を相手方に伝達し、あるいは相手方主張の合理性に関する助言や対案の検討をするなどの「交渉人」としての役割
⑤依頼者の意向を反映した条項提示や会社の実態に合致した契約書の作成及び着実な実行支援といった「契約書作成」に関する役割
があるとのことでした。
セミナー後、参加された福岡県事業承継・引継ぎ支援センターの統括責任者補佐(サブマネージャー)の方から、弁護士の役割やその有用性をより具体的にイメージすることができたとのお声をいただくなど、大宅弁護士のご講演は非常に好評で、今後の連携に繋がる合同勉強会になりました。
⑵ セミナーの共催
本年7月20日(7月20日は中小企業の日です。)、福岡県事業承継・引継ぎ支援センターと共催して「老舗を救った学生の熱意~大廃業時代における事業承継の新たな形~」と題して、事業承継をテーマとする中小企業事業者向けのセミナーを開催します。セミナー後には会場での名刺交換会や弁護士による無料相談会も実施します。
セミナーの概要は以下の通りです。会員の皆様のご参加をお待ちしております。
日時:本年7月20日午後5時開始
メイン会場:
エルガーラホール7階中ホール(Zoom配信あり)
配信会場:
筑後弁護士会館、飯塚法律相談センター
講師:
株式会社吉開のかまぼこ 代表取締役 林田 茉優 氏
詳細はこちらをご覧ください。
3 協定締結の背景事情
中小企業庁は、2021年4月に、高齢化による事業承継の一手段としてのみではなく、①廃業に伴う経営資源の散逸の回避、②事業再構築を含めた生産性向上等の実現、③リスクやコストを抑えた創業を推進するため、今後5年間に実施すべき官民の取組を「中小M&A推進計画」として取りまとめました。
これによれば中小M&Aは年間3~4千件程度実施されるまでに拡大してきているものの、潜在的な対象事業者は約60万者(成長志向型8.4万者、事業承継型30.6万者、経営資源引継ぎ型18.7万者)あるとも言われており、中小M&Aはまだまだ発展途上にあると考えられます。
「中小M&A推進計画」は、これらの潜在的な対象事業者のM&Aを推進するための課題を規模別に検討していますが、小規模・超小規模M&Aの課題として、以下の点を指摘しています。
・課題①-ⅰ
事業承継・引継ぎ支援センターとM&A支援機関の対応不足
・課題①-ⅱ
潜在的な譲受人(創業希望者等)の掘り起こし不足
・課題②
安心できる取引を確保するための取組の不足
このうち課題②に対する解決策として、最低限の安心の取組を確保するため士業等専門家の育成・活用を強化が求められています。そのため、現在、中小企業事業承継・引継ぎ支援全国本部において各地の事業承継・引継ぎ支援センターと弁護士会との連携を進める動きが起こっています。
福岡では、こうした全国の動きに先立ち、2021年4月に福岡県事業承継・引継ぎ支援センターが設立された当初から、当会の紹介する弁護士が同センターの統括責任者補佐に就任する等、当会と福岡県事業承継・引継ぎ支援センターとは一定の連携関係にありました(より正確には、2019年に福岡県事業承継・引継ぎ支援センターの前身である福岡県事業引継ぎセンターの統括責任者補佐に当会の紹介した弁護士が就任していました。)。
2021年9月以降、数回にわたり具体的な連携についての意見交換を重ねる中で、上記の全国的な流れも相まって、当会と福岡県事業承継・引継ぎ支援センターとの連携をより強化し、中小M&Aにおける取引の安全を実現するため連携協定の締結に至った次第です。
4 さいごに
近年、M&Aの支援機関等に対して、「中小M&Aガイドライン」(2020年3月策定)の遵守が求められております。またこれ以外にも、「事業承継ガイドライン」(2022年3月改訂)や「PMIガイドライン」(2022年3月策定)などが公表されています。
これらはいずれも事業承継の支援を行ううえで必読のものですので、ご存知の会員も多いとは思いますが、最後にご紹介だけさせていただきました。
シンポジウム「いらんっちゃない?校則」
月報記事
会員 吉田 幹生(67期)
1 はじめに
去る令和5年5月28日(日)、福岡県弁護士会館におきまして、シンポジウム「いらんっちゃない?校則」行われましたので、その概要をご報告致します。
2 基調講演
名古屋大学大学院教授の内田良さんから、「教育という病 学校は子どもをまもっているか」というテーマで基調講演を行っていただきました。
まず、内田さんから、校則だけではなく、学校における様々な問題について紹介がされ、リスクは無限だが、リソースは有限であるといった説明がなされました。特に、柔道や組み体操に関して、事故の件数が多いことや組み体操については、問題提起し、対策をとった結果、負傷事故が大幅に減少したといった報告がなされました。
その後、校則については、保護者の関心が少ないといった点が報告され、1980年代から現在に至るまでの校則に関する流れが説明されました。特に、2000年代以降、生徒はおとなしくなったものの、厳しく細かな校則が継続・拡大した理由として、学校が管理を手放すことの恐れや学校外の保護者や地域住民などの発言力が高まり、教師の権威が低下したこと、生徒のあらゆる側面が、内申書を通じて評価されるといった点が説明されました。特に、内田さんは、厳しい校則が続く理由として、地域住民が学校外での生徒の行動に関しても学校の管理を求めるといった「学校依存社会」となっているといった指摘がされました。
また、学校現場の問題点として、警察の介入を求めることを教育の放棄としており、学校内で問題を抱え込み、更に問題が悪化するといった点が指摘されました。
上記の点から、内田さんから、学校だけでなく、専門家や地域社会が一緒に子どもを見守ることが必要ではないかという指摘がありました。
さらに、内田さんから、全国の学校には「隣の教室に入ってはならない」「ジャンパーは着てはならない」といった明文化されていないルールが存在するといった紹介がされました。他方で、校則がない学校や制服がない学校(長野県の高校の私服率は50%とのことです。)の紹介もされ、そういった学校が荒れているという実態がないといった紹介がされました。そして、内田さんから、校則の本質はルールを作って叱るための仕組みであると説明されました。
3 校則見直しに関する意見書についての報告
当会の佐川民さんから、5月26日に当会の定期総会で採択された「校則の見直しに関する意見書」に関する説明が行われました。
まず、佐川さんから、当会の学校問題に関する取り組みについて説明が行われ、特に、校則との関係では、2020年に当会で採択した意見書について説明が行われました。
つぎに、福岡市立中学校での校則見直しの状況に関して説明がなされ、具体的には、男女による規制の撤廃や衣替えの時期の指定の廃止、ポニーテール・ツーブロックの自由化、下着の単色指定の廃止が行われ、校則に関しても見直しが行われたとのことでした。もっとも、見直された校則を確認すると、靴下や靴、下着を複数の色から選択できるようになったが、色や柄の指定があったり、眉毛を整えてはならないとの規定があるなど、現状の校則の内容を前提として、選択肢を増やすという方向になっており、実際の生徒指導は以前と変わらないのではないかとの指摘がありました。そして、問題の背景として、学校現場での子どもの権利についての理解不足や校則が子どもの人権を制限するとの認識不足が考えられるとのことです。
そして、上述の「校則の見直しに関する意見書」の具体的な中身について、説明が行われました。今回の校則の見直しに関する報告書では、①合意的な理由のない校則は直ちに廃止し、校則の必要性について根本から検討すべきである、②学校において、校則の制定・改廃手続を明確に制定すべきで、校則の制定・改廃手続は、生徒が主体的に関与できるものとすべきである、③校則を検討するために、教職員・生徒・保護者が子どもの権利を学び理解することが必要で、学校は、子どもの権利を学ぶ機会を提供すべきであるとされています。意見書の内容について、詳しくは、弁護士会のHPを参照ください。
4 パネルディスカッション
上述の内田さん、佐川さんに加え、春日市立春日西中学校の校長の大津圭介さん、不登校生の保護者の会の「ぼちぼちの会」の代表の志賀美代子さんがパネリストとなり、コーディネーターの当会の栁優香さんが中心となって、パネルディスカッションを行いました。
まず、大津さんから、大津さんが以前勤務していた春日南中学校での校則改定の取り組みについて、報告が行われました。具体的には、校則見直しに向けて教師間で確認事項を共有し、生徒と共に校則改定を行っていく過程を説明していただきました。そして、校則改定の過程やその後を経験して、校則を変える前に心配していたことは取り越し苦労であったことなどが報告されました。
つぎに、志賀さんから、不登校生の保護者の会の活動や校則と不登校との関係について、報告がありました。志賀さんからは、校則は地域によっても考え方が異なり、福岡に転校してきて、校則の厳しさにショックを受け、不登校になった例もあることなどの報告がありました。
そして、各パネリストでディスカッションを行いました。特に、パネリストからは、教師よりも生徒の方が保守的であることや校則を変えることにより、生徒よりも教師の方が変わったといった発言がありました。
その後、質疑応答を行い、参加者から、多数の質問があり、参加者が意欲的に参加していたことが確認できました。
5 終わりに
今回のシンポジウム参加者数は、会場参加が約50名、オンラインでの参加が約110名の合計約160名であり、校則に対する関心の高さが伺えました。
今後の校則のあり方について、考える良いきっかけになるとともに、校則の見直しに向かっていければいいと思います。
研修「女性が苦しむ5つの問題をめぐって」から見えてきたコロナ禍(下)の真実
月報記事
自死問題対策委員会 委員 野中 嵩之(73期)
1 研修概要
令和5年3月26日、自死問題対策委員会主催「女性が苦しむ5つの問題をめぐって」研修を福岡県弁護士会会館(ZOOM併用)にて実施しましたのでご報告いたします。
本研修は二部構成で行い、前半は、元厚生労働省事務次官で現在は津田塾大学客員教授である村木厚子さんに「女性の抱える困難を考える」と題して女性を取り巻く問題をテーマに幅広く基調講演を行ってもらいました。後半では、村木さんを含め、福岡県労働組合総連合元事務局次長の小川マリ子さん、西日本新聞社編集委員の下崎千加さんにもご参加いただき、当員会の委員である井下顕弁護士がコーディネーターとなって、パネルディスカッションを実施し、本研修のテーマについてより深掘りするという内容でした。
本研修では、前半・後半とも、幅広いご講演及び議論がなされ、本報告ではすべてを取り上げることは難しいため、印象に残った部分に絞らせていただきます。
2 (前半)基調講演・「女性の抱える困難を考える」
⑴ 村木さんは、厚生労働省時代のご経験をもとに、統計データからわかる女性問題について、いくつかご紹介されていました。
たとえば、①先進諸国を比較すると、女性就業率が高い国ほど出生率が高いというデータ(日本や韓国は先進各国と比べるとともに低い)、②夫が休日において家事・育児に割く時間が長いほど第2子以上の出生割合が高いというデータ、③無償労働(家事)の占める時間が日本や韓国の女性は男性と比べて約5倍ほどであり先進諸国と比べて突出しているというデータが紹介されました。
これらの統計データの1つの解釈として、出生率が低い日本や韓国では、女性が社会で就業する環境が十分とは言えず(①)、反面、男性の家事への協力も不十分(②③)ということを導くことができると考えます。
すなわち、少子高齢化に悩む日本において、我々男性にできる身近なことは、家事や育児への協力を本気になって実行していくということであると、実感することができました。
⑵ また、村木さんの講演を通じて、コロナ禍で女性や子供の自殺者数が増加したという問題を考えることは、従来からも問題となっていた男性の自殺者数を抑えるためにはどうすればいいかと考えることにもつながると感じました。
まず、研修において、女性や子供の自殺者数について、統計データからも、コロナ禍において増加していることが明らかとされました。
他方、毎年の自殺者数は男性の方が高いというデータや、悩みを相談できる友人の数は男性だと年代が上がるにつれていないと回答する割合が高くなるとのデータを通じて、男性も決して幸せとは言い切れない現実を浮き彫りにしていただきました。
⑶ そして、村木さんも参加される市民活動「若草プロジェクト」を通じて、相談すること自体、非常に難しいという現実が見えてきたと紹介いただきました。
たとえば、実際の生の声として、相談所とは怒られる場所、というイメージを持たれている方もいるという話には驚かされました。
3 (後半)パネルディスカッション
個人的に印象に残った議題は、「コロナ禍で女性や子供の自殺者が増加している。自殺者増加の背景と、どのような対策が必要か。」です。
⑴ まず、背景としては、①女性や子供の経済面の弱さ、②逃げ場がない状況があげられました。
①経済面の弱さについては、小川さんからは、「自分に価値がないと考える女性、自己否定をする女性。主婦で言うと、働いていないので、経済的に価値がないと思う方が多いのではないだろうか」とご指摘をいただきました。
②逃げ場のなさについては、下崎さんからは、「家を切り盛りして一人前だといわれる。学校が休校になって、3食作って、逃げ場がなくなった末ではないかと思う」とご指摘をいただきました。そして、村木さんからは、DVや児童虐待に携わるスタッフは以前から気づいていたであろうが、コロナ禍で一層家庭問題が浮き彫りとなり、誰にも言えない、自分の責任だと抱えてしまい精神的にも逃げ場がなくなるという背景があるのではないかとご指摘をいただきました。
⑵ 対策として、①経済的な弱さについては、生活保護のみならず、生活支援制度など、もっと活用しやすい制度を知り使ってもらうことがあがりました。
また、②逃げ場がないことについては、村木さんからは、早く、外に相談して切り抜けてほしいこと、誰かに、声を出して言っていいことを、本気で伝えないといけないのではないかとのご提案をいただいております。
4 おわりに
今回の研修で、データ、そして現場の最前線で活躍される方々から、女性を取り巻く問題について、地に足のついた内容を学ぶことができました。また、執筆者としても、男性の立場から、女性問題や自殺者数増加に立ち向かうには、男性の協力も不可欠であると改めて実感しました。
他方、パネルディスカッションでは、男性は外で仕事をして女性は家事・育児という価値観と、現代の男女共同の価値観とが混在する時代であるという指摘もありました。自らの親、祖父母世代と現代の狭間にいる執筆者としても、無意識のうちに当たり前の中に見直すべき部分があるのではないかとの視点が大切ではないかと思います。また、女性や子供のしわ寄せについて本気で取り組んでいくことが男性、ひいては日本社会全体の居心地の良さにもつながるという感覚を、本研修では持つことができたと感じる次第です。
精神保健当番弁護士30周年記念公開シンポジウム STOP!強制入院~「精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議の紹介と実現に向けた取り組みを考える」~・ご報告
月報記事
精神保健委員会会員 近藤 健司(73期)
1 はじめに
令和5年5月20日、当会会館において、精神保健当番弁護士30周年記念公開シンポジウム STOP!強制入院 ~「精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議の紹介と実現に向けた取り組みを考える」が開催されましたので、ご報告いたします。
本シンポジウムは、精神保健当番弁護士制度が設立から30周年となったことを記念するとともに、2021年10月14日開催の日弁連人権擁護大会にて「精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議」が採択されたことを受け、その内容を改めて確認し、その実現について考える場を設けることを目的として開催されました。
当日は、会場では30名ほどの方、webでは80名ほどの方にご参加いただきました。
2 パネリストのご紹介
本シンポジウムでは、当会会員の八尋光秀弁護士をコーディネイターとして、パネリストとして認定NPO法人大阪精神医療人権センター副代表の山本深雪さん、一般社団法人福岡県精神保健福祉士協議会前会長である大山和宏さん、多摩あおば病院の医師である中島直さん、日弁連高齢者障害者権利擁護センター精神障害のある人の強制入院廃止及び尊厳確立実現本部長代行の池原毅和弁護士、精神保健当番弁護士の登録弁護士として活動している田瀬憲夫弁護士にご登壇いただきました。
3 シンポジウムのプログラム
式の開始は、当会会長である大神昌憲会長からご挨拶を賜り、その後のプログラムについては、以下のとおり進行しました。
⑴ 基調講演
基調講演では、池原毅和弁護士から、人権大会決議の内容とロードマップの具体的な内容についてご説明いただきました。日弁連決議が出されることとなった背景を、強制入院の被害実態調査の内容や、ハンセン病患者隔離政策の反省、障害者権利条約の内容なども交えて詳細にお話しいただきました。また、ロードマップの内容については、短期工程、中期工程、最終段階の各工程についてそれらの具体的な内容をビジュアルを用いて明瞭にご解説いただきました。
⑵ 基調報告
精神保健当番弁護士として活動している田瀬憲夫会員から、制度発足当初の1993年から2021年までの歩みについて精神保健当番弁護士名簿の登録弁護士数の推移、法律相談活動の件数の推移、審査請求代理人活動件数の推移のデータを踏まえて報告がされました。
⑶ パネルディスカッション
基調報告後には、パネルディスカッションが行われました。まず、当事者である山本深雪さんから、自身の鬱病に苦しんだ経験や、大和川病院事件でのご経験等をお話いただくとともに、地域移行の実現のためにピアサポーターや地域生活相談支援員等による相談のチャンネルの確保に予算を振り分けることや、普段の生活や環境から一時的に離れて心を落ち着けて暮らせるような場所を提供する等といった当事者に寄り添った形での医療制度改革を進めてほしいとのご意見をいただきました。
また、大山和宏さんからは、自身が代表理事をしている一般社団法人えのき舎での取り組みやその理念、社会的リハビリテーションの内容、障害福祉サービス事業所の現在の事業所数などの障害福祉サービスを取り巻く現状についてご説明いただいたうえで、精神保健福祉士としてサポート続けてきたお立場から現状の決議案に関して問題提起をいただきました。
次に、医師である中島直さんからは、日弁連決議は各工程の目標を達成するための手段が不明確であり、実際に強制入院を廃止した場合の想定が不十分であると感じられたこと、日本の長期任意入院が多すぎるという問題点について指摘が認められないことなど、様々な角度からの鋭いご指摘をいただきました。
当日は、出席者からの質問も募集しており、実際に福岡県内外で精神保健当番弁護士として活動している弁護士の方や、精神科医療を受けておられる当事者の方、その関係者の方、支援者の方などから様々なご質問をいただきました。いずれの質問も、実際に精神医療を取り巻く環境下に置かれている方々の生のご意見やお悩みであり、重要な内容を含むものばかりでした。
4 終わりに
日弁連決議につき、弁護士のみが集まって検討することだけでは見えてこなかったものが、異なる立場に立つパネリストからの意見によって可視化できたものと思います。どのような環境にしていくべきなのか、その手段をどうしていくべきなのかを考えるといったことについて、非常に示唆に富んだシンポジウムだったと感じました。
最後に、ご尽力いただいた登壇者の方々やシンポジウムの開催にご協力いただいた方々に、この場を借りて御礼申し上げます。
あさかぜ基金だより あさかぜ基金法律事務所は本当に必要なのか
月報記事
弁護士法人あさかぜ基金法律事務所 社員弁護士 藤田 大輝(74期)
「司法過疎問題は解消した」?
「九州沖縄の各県の弁護士会で構成される九州弁護士会連合会(九弁連)は、その管内の弁護士過疎地に派遣する弁護士を養成するために基金を作り、その基金から資金を拠出して、平成20年9月、福岡市に当事務所を設立しました」。あさかぜ事務所のホームページに記載されている文章です。あさかぜ事務所は、この9月に設立15周年を迎えます。
この15年のあいだ、多くの先輩弁護士たちが司法過疎地に旅立ち、司法過疎問題の解消に取り組んできました。現在も、あさかぜ事務所に所属する私たちは司法過疎地への赴任に向けて奮闘しています。
先輩!ちょっと教えてください!
藤田
「実は最近、『司法過疎問題は解消したらしい』という噂を聞きました。司法過疎問題が解消しているのなら、九弁連として司法過疎対策を続ける必要ってあるんでしょうか」
先輩
「君は修行が足りないね。ひまわり基金法律事務所は、全国には31ヶ所、九弁連の管内にはまだ3つあるんだよ。ひまわり事務所は、2年か3年の任期で赴任して、希望すれば、その事務所を自分の事務所として残ることもできる。こうして赴任地で自分の事務所として残ることを『定着』というんだけど、定着したくなければ、後任を確保して交代することもできる。こういうシステムは理解しているよね」
藤田
「はい」
先輩
「こうしたシステムだと、まだ定着していないひまわり事務所が九弁連管内に3つあるからには、そこの弁護士が定着したくなかったら、後任が赴任しないといけないでしょう。それに、定着したはずの弁護士がいろんな事情で事務所を畳んだら、代わりの誰かが司法過疎地に行かないと、またまたゼロワン地域になってしまうじゃないの。司法過疎問題ってのは、いったん解消すれば、それで終わりというのではなくて、ずっと取り組み続けないといけないんだよ」
藤田
「確かにそうですね」
先輩
「ほかにも、弁護士自治とか、弁護士法による法律事務の独占が崩されてしまう危険もあるんだよ。何より、司法過疎地で弁護士を待っている人々がいるじゃないの。君は、あさかぜ事務所は必要だと本気で思っているのかな?」
三池港は味があって、なんか好き
3月30日午前8時55分、三池港発島原港行フェリーに乗り込み、島原中央ひまわり基金法律事務所(現・島原中央総合法律事務所)の定着式に参加してきました。あさかぜ事務所OBでもある河野哲志弁護士が、島原に定着すると決断されたとのことでした。その決断がどれだけ勇気が必要なことだったのか、私にはとても想像できませんが、決意を聞いて身震いする思いでした。 また、5月29日には対馬ひまわり基金法律事務所の引継式がありました。任期を終えられた前任の安河内弁護士は本当にお疲れさまでした。後任の佐古井弁護士にちょっと電話してみましょう。
藤田
「引継ぎおめでとうございます。どんなお気持ちですか」
佐古井
「不安ですよ」
藤田
「そりゃそうでしょうね」
先ほどの「あさかぜ事務所は必要だと思うかね?」という質問に対し、適切に答える言葉を私はまだ持ちあわせません。ただ、現実に司法過疎地があって、いま現在なんとかなっている地域も「使命感」と「不安」と「やりがい」とをごちゃまぜにして踏ん張っている先輩弁護士たちのおかげで「なんとかなっている」のだと思います。そして、私は、そうして踏ん張っている先輩弁護士たちを「カッコイイな」と思います。だから私も、司法過疎地に赴任してがんばってみようと思います。