福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2022年10月号 月報
プリズン・サークル上映会&講演会
月報記事
死刑制度の廃止を求める決議推進室員 中原 昌孝(58期)
1 はじめに
死刑制度の廃止を求める決議推進室では、当会の主催、共催を日本弁護士連合会、九州弁護士会連合会として、本年8月7日、弁護士会館2階大ホールにおいて、「この国の「罪と罰」を考える映画『プリズン・サークル』上映&講演会 監督坂上香さんをお迎えして」を開催しました。当日は、関係者も含めて140名を超える参加者があり、これまでの弁護士会のイベントの中でも稀に見る大盛況でした。少し長めになりますが、映画のネタバレにならない範囲で、ご報告をさせていただきます。
2 開会あいさつ
全体の司会は、溝口史子副室長が務められました。最初に、野田部哲也会長から、開会あいさつがありました。野田部会長は、当会は2020年9月18日の「死刑廃止を求める決議」で「死刑の代替刑として終身刑を導入すること」を提示したこと、その終身刑のあり方を議論するためにも現行の自由刑の執行の状況についての情報を共有し理解することが重要であること、それが今回の企画の趣旨であることなどが紹介されました。
3 映画の上映会
映画『プリズン・サークル』(2019)は、日本の刑務所内での受刑者の様子や声を伝えるドキュメンタリー映画です。この映画の舞台は、「島根あさひ社会復帰促進センター」という2000年代後半に開設された4つの官民協同の「PFI(Private Finance Initiative)刑務所」の一つで、犯罪傾向の進んでいない男子受刑者2000名を収容しています。そこでは、2009年から、受刑者同士の対話をベースに犯罪の原因を探り、更生を促す「TC(Therapeutic Community(セラピューティック・コミュニティ)=回復共同体)」というプログラムを導入しています。
映画では、2年間にわたる密着取材により、窃盗や詐欺、強盗傷人、傷害致死などで服役する4人の若者たちが、半年~2年のTCプログラムを通じて、新たな価値観や生き方を身につけていく姿が克明に描き出されています。
具体的には、(1)父親の虐待により小学生のときから施設で育ち、施設でも壮絶な虐待を受けて、感情が動かなくなり、帰る場所(サンクチュアリ)があるという感覚を持てない若者、(2)義父からの虐待や小学校時代の壮絶ないじめ、貧困等から、小学校のころから自殺未遂を繰り返し、盗られたんだから盗ってもよいというのが当たり前で、窃盗に罪悪感が全くない若者、(3)母子家庭で、母親や先輩の暴力の中で育った経験から、人を思い通りにすることができる手段として暴力を捉えていた若者、(4)幼いころから両親の関係が険悪で、逆に親からの虐待がかまわれているようで羨ましいと感じる若者など、犯罪に至るまでに辛い経験をしてきた若者たちが登場します。
そして、このような若者たちが、民間の支援員のフォローのもとに、TCプログラムでの他の受刑者とのコミュニケーションを通じて、自分の心の問題に向き合うようになるまでの姿が描かれています。
映画のTCの場面では、(1)緊張感のある空気をほぐすための手法である「アイスブレイク」から始まり、(2)「ソーシャルアトム(人生の特定の年齢に焦点をあてて、5人の人を思い浮かべ、感情的な関わりやコミュニケーションの度合いを、自己との距離や大きさなどで図に表現する手法)」、(3)お互いに過去の被害体験を語ること、(4)受刑者同士で被害者役などを担当し会話をするロールプレイ、(5)受刑者が他の受刑者の前で2つの相反する自分の感情の立場で代わる代わる意見を言い合う手法など、様々なアプローチが行われていました。
このようなプログラムを通じてできた受刑者同士の仲間は、出所後も交流を持っており、映画では、定期的に連絡を取り合い、再犯に至らないように、お互いを励ましあっている様子も映し出されていました。
4 坂上香監督の講演会
映画の上映後、引き続き、坂上香監督による講演会が行われました。
坂上監督は、『ライファーズ 終身刑を超えて』(2004)、『トークバック 沈黙を破る女たち』(2013)など、アメリカの受刑者を取材し続けてきた方として有名ですが、その原点は、スイスの心理学者であるアリス・ミラーの『魂の殺人 親は子どもに何をしたか』という一冊の本がきっかけだったとのことでした。
それから、坂上監督は、アメリカの刑務所でTCを行う民間団体である「AMITY(アミティ)」の取材を行い、その経歴から、日本で初めてTCを導入した刑務所として、島根あさひ社会復帰促進センターの取材をすることになったそうです。
他方、坂上監督は、1990年代に少年院の取材をされたようですが、当時は「社会話(注:おしゃべりの意味)をするな」というポスターを少年に書かせるなど、TCとは真逆の残酷な指導が行われていたことを紹介されていました。
坂上監督によると、その後、少年院も徐々に変わっていき、刑務所も2001年の名古屋刑務所受刑者放水死事件で社会的な批判を受けて少しは変わったようですが、それでも、日本初となる刑務所内の長期撮影には大きな壁が立ちはだかったようで、取材許可が降りるまでに6年もの年月がかかったそうです。
また、取材中も、お目付け役の職員からファインダーを覗かれて映してはいけないものが映っていないかどうか確認をされたり、最終の当局による試写の際には、顔に効果を加えるだけではなく、言葉も変えるように言われたり、刑務所では受刑者同士が入所中・出所後に相互に連絡を取らないように指導しているため、出所後に受刑者同士が交流するシーンを問題視されたりと大変な苦労があったそうです。
坂上監督は、映画に登場した元受刑者の若者と現在でも交流をされているそうで、「くまの会」というクローズドのフェイスブックを通じて連絡を取り合っているそうです。
5 会場とのクロストーク
講演会後は、当会の人権擁護委員会の事務局長で、刑事施設の視察委員会の委員長も務めており、刑事施設の実態に詳しい塩山乱会員を司会に、会場とのクロストークがありました。
会場からは、例えば、学校の教員の方から、虐待等から非行行為に陥ってしまう生徒を出さないための学校としての取組みについての質問があり、坂上監督からは、学校の中では生徒同士が悩みを語り合う機会が不足していること、TCでいう支援員のように教師以外の第三者が関与することや社会の中で居場所をつくっていくことも有用であることなどの発言がありました。
また、依存症の自助グループに通われている方からは、TCのような仕組みを社会の色々な場所でつくっていくべきとの意見も寄せられました。
8月7日 坂上監督講演会
6 閉会あいさつ
最後に、九州弁護士会連合会の前田憲德理事長より閉会あいさつがあり、全プログラムが終了しました。前田理事長からは、TCを是非多くの刑務所に導入していくべきこと、出所後に社会側がフォローする仕組みも必要であること、そのためには社会の理解が必要不可欠であることなどの話があり、また、映画の内容にも関連して、2022年10月28日の第75回九州弁護士会連合会定期大会でのシンポジウム「ねぇ、きいてっちゃ!~子どもの声と多様な学び」の案内もありました。
7 おわりに
2022年6月13日に国会で成立した刑法等の一部改正による懲役刑・禁固刑の「拘禁刑」への統一は、受刑者の改善更生、社会復帰を志向する改正であり、これを契機に、日本においても刑罰をめぐる考え方が大きく変わっていく可能性があります。そのような中で、映画や坂上監督の講演を通じて、TCという取組みの存在やその有用性を知れたことは、今後、委員会活動や刑事弁護活動を行う上でも、大変参考になるものでした。
最後に、本企画では、参加者の皆様のうち122名からアンケートへの回答があり、刑罰制度に関する多様なご意見をいただきました。
8月7日 坂上監督講演会会場