福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2022年9月号 月報
セミナー「お魚のサブスクで漁師と食卓をつなぐ~規格外の魚に命を吹き込む~」
月報記事
中小企業法律支援センター 委員 阿部 雄大(74期)
1 はじめに
令和4年7月20日、株式会社ベンナーズ代表取締役・井口剛志氏を講師としてお招きし、前半には「お魚のサブスクで漁師と食卓をつなぐ~規格外の魚に命を吹き込む~」との題でご講演をいただき、後半では、井口氏に加え、当会から若狹慶太弁護士(72期)の司会進行の下、寺井研一郎弁護士(63期)、浜上慎也弁護士(70期)がパネリストとして参加し、パネルディスカッションが行われました。本セミナーは、「全国一斉中小企業のための無料法律相談会及びシンポジウム」の一環として行われたものになります。本年は、昨年に引き続き、新型コロナウィルス感染症の影響にも配慮し、エルガーラホール7階中ホールを主会場としつつ、Zoom配信も併用する形での開催となりました。
本年は、中小事業者やその他業種の方々をはじめ多数のご参加を賜り、会場参加が31名、オンラインでの参加が25名の合計56名にご参加いただきました。
本稿では、本セミナーの内容と本セミナーに関連する中小企業法律支援センタ―の取り組みについて報告いたします。
2 「一斉シンポ」について
中小企業法律支援センターでは、例年、日弁連の要請により、全国の弁護士会と共に「全国一斉中小企業のための無料法律相談会及びシンポジウム」を開催してきました。
中小企業庁は、令和元年より、中小企業基本法の公布・施行日である7月20日を「中小企業の日」としましたので、一昨年からはこれに合わせ、7月に「一斉シンポジウム」が開催されています。本年も昨年同様、「中小企業の日」である7月20日に開催することができました。
野田部会長の開会挨拶
3 セミナーの内容
本年は、「クローズアップ現代」や「日本経済新聞電子版」等、メディアでも多数取り上げられている、福岡県出身の若手起業家である井口剛志氏に標記の題でご講演をいただきました。その後弁護士を交えてのパネルディスカッションも行われ、起業家、経営者と弁護士双方の目線から議論や質疑応答がなされました。
私も現地にて参加し、拝聴して参りましたので、以下ご報告させていただきます。
(1) 第1部(井口氏によるご講演)
- 株式ベンナーズとは
株式会社ベンナーズは、2018年4月、水産物流プラットフォーム関連事業及び冷凍水産及び加工品卸販売事業を目的として設立された会社です。井口氏は、幼少期から祖父母、父が水産卸売会社に従事する姿を見て育ってきた中で、水産業界の複雑な流通構造に疑問を持つと同時に、大学で学んだプラットフォーム型ビジネスに可能性を感じ、起業されたそうです。その主な事業内容は、"未利用魚"(珍しい品種の魚、市場流通規格を満たさない魚、大量に獲れすぎてしまい相場がつかなくなってしまった魚等、これらの事情により市場に流通することなく廃棄されてしまっている魚)をミールキット及び加工品として個人宅向け及び法人向けに製造販売するサブスクリプションサービス(「Fishlle!(フィシュル)」)の提供です。 井口氏は、近年、生鮮魚介類の世帯購入数が年々下降し、「魚離れ」が叫ばれる一方で、回転寿司市場は右肩上がりで推移していることなどに着目し、「魚離れ」の原因が「魚嫌い」ではなく、「魚料理嫌い」(魚を調理するのが嫌い)にあると考えたそうです。そこで、日本の総水揚げ量の約30%にも及ぶ未利用魚を使用して、そのままでも食べることができ、料理にも使いやすい形で加工・販売することで、美味しく手軽な魚料理を安価に提供する「Fishlle!(フィシュル)」というサービスを発案したそうです。
講演のはじめの井口氏の「起業とは、誰かの課題を解決することである。」「課題は大きければ大きい方が良い。」との言葉が私としては印象的でした。その言葉どおり、見事に日本人の魚の消費量の減少という問題と大量の未利用魚問題の解消という2つの課題を解決し、その上、手軽・安価・美味に消費者に提供するサービスへと昇華している点には大変感動いたしました。同時に、自分と同世代(しかも私よりも2、3歳若い!)の方が、このような問題意識をもち、社会の課題を解決している姿勢には大変刺激を受けました。
ちなみに、肝心の商品についてのご紹介ですが、「6Pc/月4200円、10Pc/月6480円、16Pc/月8980円」で、その時々の魚料理をいただけます。煮魚のような定番メニューから少し変わり種のものまで多数のレパートリーがありそうですので、興味を持たれた方はぜひHP等をご覧になれてはいかがでしょうか?(私はフィッシュマサラがとても気になりました。)
井口氏の今後の展望は、製造拠点を拡大(目標は全国50箇所)し、収益源確保及び産地開拓の後、「Marinity」というB to Bプラットフォーム事業を本格展開することだそうです。これは、水産物の情報の一元化を図り、売主と買主のマッチングを行うことで取引の効率化を果たし、水産業界の流通の目詰まりの解消を目的とするサービスだそうです。近い将来「Marinity」が日本の水産業界に革命をもたらす日が来ることを楽しみにしています。 - スタートアップに必要な弁護士支援
さらに、井口氏自身が創業されたご経験に基づき、スタートアップに必要な弁護士支援とそのタイミングといった、事業者・起業家目線で弁護士を必要とする場面についてもご講演いただきました。
井口氏が弁護士の必要性を感じた場面としては、- 創業のタイミング~創業者間契約書~
- 資金調達のタイミング~機密保持契約書、投資契約書、株主間契約書等~
- 新たに人を雇用するタイミング~雇用契約書、準委任契約書~
- 新規事業を始めるタイミング~売買契約書、ビジネスの適法性チェック~
(2) 第2部(パネルディスカッション)
- 創業時に注意すべき法律問題
この点に関して、寺井弁護士からは、創業時点では許認可等の手続面のみならず、第三者の権利侵害のリスクを含めた事業の適法性の確認の必要性があるとの解説がありました。特に、スタートアップにおいては、創業者間契約や投資契約の締結といった場面やサービスの提供に際して知的財産にかかる権利関係が問題となる場面が多いことから、その後の紛争を防止すべく契約締結段階での契約内容の確認等が重要であるとのご意見をいただきました。 - ECサイトの利用についての注意点
先程ご紹介しました「Fishlle!」もECサイトを利用してサービスを提供しておりますように、ベンチャー企業の中には、サービス提供に際しECサイトが利用されることが多くあります。ECサイトの利用に際しての注意点として、浜上弁護士からは、ECサイトは、特定商取引法や景品表示法、利用規定の設定やプライバシーポリシーの設定(個人情報保護法との関係)等、遵守すべき法律が多岐にわたるとの解説がございました。
この点について、井口氏は、プライバシーポリシーの作成は同業他社のものを参考にご自身で行われたとのことでした。これに対し、寺井弁護士からは、テンプレートや他社の規定をそのまま参考にする場合、内容がずれている、あるいは、余計な条項が含まれていることなどもあるため、弁護士等の専門的知識を有する人に確認してもらう方が望ましいとのご指摘がありました。 - 弁護士に依頼する際の考慮ポイント
この点について、井口氏から、「スピード感と金額感」と「ビジネスのインパクトの大きさ」とのご意見がありまあした。特にスピード感に関し、例えば、投資契約書などは、着金日が決まっている関係で1日、2日の遅れでも大きく影響するためリアルタイムでのやり取りが望ましいとの意見があり、ビジネスと司法とのスピード感覚の認識の差異を感じさせられました。その中で、日頃から事業者・弁護士間で十分なコミュニケーションをとり、共通認識が作れていることが大事であり、そのためには、弁護士に対する敷居が高いイメージを払拭する努力を行うことが必要であるとの意見交換がなされました。寺井・浜上両弁護士からは、「こんな小さなことで相談するなんて申し訳ないという気持ちから初期段階に相談せず、問題が大きくなってから相談に来る事業者が多いため、どんな小さなことでも相談してほしい。そのためにも弁護士として相談しやすい関係性作りをすることが大事である」とのご意見がありました。 - まとめ
パネルディスカッションでは、その場の会話の流れから井口氏のリアルな疑問が投げかけられたり、会場やオンラインでも講演内容以外の法務に関するような点についても質疑応答があり、非常に白熱した議論で見ごたえのあるものでした。紙面の都合と私の拙い文章ではそのすべてをお伝え出来ないのが残念でなりません。
講演をする井口氏
パネルディスカッションの様子
4 セミナー後の無料法律相談会
なお、今年の無料法律相談会は、事前に5件の予約がありましたが、セミナー直前で新型コロナの感染者数が急増した影響もあり、オンライン相談1件のみが実施されました。面談相談のキャンセルは残念ではありましたが、オンラインによる安定した法律相談の提供に可能性を感じることができました。今後も委員会活動等を通して気軽に一般市民の方々や事業者の方々が相談できる環境づくりに貢献できるよう、会務にも積極的に参加したいと思った次第です。
5 おわりに
今回のシンポジウムは、私事で大変恐縮ではございますが、実家が笹かまぼこの製造・販売をしており、かつ、創業支援等に興味があり当会への委嘱希望を出した私にとって非常に私得でしかないイベントであり、大変興味深く勉強させていただきました。そして、改めて事業者の生の声を聴くことの重要性やビジネスそのものについて学ぶことの面白さにも気づかされました。今後とも会務に限らずこのような機会には触れるようにし、経験を積みたいと思います。
会場の様子