福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2022年9月号 月報
難民問題研修レポート「激震の世界・難民条約締約国日本の責任と弁護士の役割」
月報記事
国際委員会 委員 辻 陽加里(64期)
1 はじめに
令和4年6月29日、国際委員会主催の難民問題に関する研修会が開催されました。本研修会は、開催の趣旨の一つに、難民問題に取り組む弁護士の裾野を広げるという目的がありましたので、イントロダクションとして、当会会員の稲森幸一弁護士から入門編として、難民・入管事件の特色と難民認定制度の概要についてご講演頂きました。
その後に本研修会のメイン講演として、40年近く難民事件に最前線で取り組んでこられた愛知県弁護士会名嶋聰郎弁護士より「激震の世界・難民条約締約国日本の責任・弁護士の役割」と題し、日本の難民支援・難民事件の実情及び難民認定制度の問題点についてご講演を賜りました。
最後に非常に急ぎ足ではありましたが、弊職から国際委員会内活動である福岡難民弁護団の活動についてご報告致しました。
本研修会は会員向けに行われ会場参加が10名程度、オンラインでも10名弱ご参加いただきました。
2 イントロダクション(稲森弁護士ご講演)
(1) 難民・入管事件の特色
難民・入管事件に熱心に取り組む稲森弁護士からは、難民・入管事件に特有の苦労が語られました。
まずは、日本の難民認定が非常に厳格であること、難民認定は難民条約という国際法に則ってされるべきであるのに、日本独自の解釈で難民を非常に狭く解釈し、認定していること、裁判においても日本独自の解釈に則って判断されること、国際法をどんなに主張しても特に地裁段階では判決で一切触れられず一顧だにされないことが報告されました。
その他にも実務的な問題として、依頼者が必ずしも日本語や英語に堪能ではないので、通訳の確保をしなければならないこと、難民申請者たる依頼者が入管収容施設に収容されている場合は、福岡から一番近い入管収容施設でも長崎県大村市にあるため、面会するのに片道約2時間かかり、打合せするにも一苦労であることなどが語られました。
そんな苦労の多い難民事件ですが、事件を通じて世界情勢や異文化に触れることができる上に、難民の方々が新しい人生をスタートする手助けができるという点で大きなやりがいがあるとのことでした。
(2) 難民認定制度の概要
そもそも条約上は難民と認定されなくても、条約に定める難民としての要件に該当すれば難民であるとの建て付けなのですが、日本から難民として庇護を受けるためには、まずは難民申請をすることになります。
難民申請者は、まず地方の出入国管理局に必要書類を揃えて難民申請をするのですが、その際に難民であることの立証を求められます(いわゆる一次審査)。難民事件の場合、一般的に、難民申請者は辛うじて自国を出国して迫害を逃れるケースが通常のため、自国での迫害を裏付ける証拠を周到に準備して出国するケースはほとんどありません。どの国に出国できるかも分からない方も多くおられます。難民申請者が日本の難民認定制度に詳しいはずもありません。一次審査では、難民調査官が難民該当性を調査することになっていますが、後述のとおり機能しているとはいいがたい状況です。しかも難民性を主張・立証する上で重要な難民調査官との面接に弁護士は代理人であっても同席することは許されません。なお、難民申請者の出身国の一般的な政治状況、迫害状況等の「出身国情報」は、国連機関や海外の難民関連団体等が調査公表しているものが参照されます。
一次審査で難民不認定となった場合、審査請求(いわゆる二次審査)を受けることができ、ようやく弁護士が代理することができます。審査請求では、「学識経験者」から選任された難民審査参与員という非常勤の公務員が3人一組で意見を述べることになっていますが、参与員の意見には法的拘束力はありません。
一次審査も審査請求も法務大臣が難民かどうか判断することになっており、同じ機関が2回判断を行うことも問題視されています。
3 メイン講演(名嶋弁護士のご講演)
名嶋弁護士は、冒頭でご案内したとおり、30年以上にわたって難民事件に取り組んでこられた後に、6年間参与員も勤められたとのことで、40年近く難民事件の最前線におられた方です。NPO法人名古屋難民支援協会の代表理事や全国難民弁護団連絡会議の中部地方の世話人もされています。
講演の前半は難民事件の裁判(難民不認定処分取消訴訟)に関するお話、後半は難民審査参与員のご経験に基づくお話がされました。
(1) 難民事件(裁判)
- パキスタン宗教難民
名嶋弁護士が平成元年に弁護士登録をされて間もなく取り組まれたのが、パキスタンのスンニ派の中でも少数派のアハマディアという宗派の方々の難民事件だったそうです。名古屋にアハマディアのモスクがあり、難民申請の相談が多数あったそうです。
名嶋弁護士曰く「ビギナーズ・ラック」で勝訴判決を得、難民事件へ深くかかわるきっかけになったとのことでした。ちなみに、名嶋弁護士の勝訴判決がでるまで、類似の事件49件が全件敗訴したそうです。
勝訴判決の後、同宗派の信仰によって迫害を受けている方々が一定の救済が得られるようになったそうです。 - クルド政治難民の難民不認定処分取消訴訟
名嶋弁護士は、クルド難民の難民認定処分取消訴訟でも勝訴判決を勝ち取られました。つい最近までクルド人難民に関する唯一の勝訴事件でした。(なお、名嶋弁護士の判決から15年以上経って、令和4年5月20日に札幌高裁でようやく2件目の勝訴事案が出たところです。)
クルド人は、イラン、イラク、トルコなどの複数の国にまたがる山岳地帯で生活していた民族で、いずれの国家においても少数民族として扱われ、迫害を受けながらも、自治を求めてきたという歴史があります。名嶋弁護士がご担当された事件の依頼者は、トルコ政府から政治的迫害を受けて日本に庇護を求めて来た方々です。
裁判ではトルコ国内での迫害の状況についての立証が大きな争点となりました。同様の時期に集団訴訟を行っていた他の弁護団の協力を得て、非常に充実した「出身国情報」を提出した上で、前述のとおり、難民申請者が迫害の証拠をもって自国を出国することはほとんどありませんので、この事件でも、供述証拠が重要な証拠となりました。
名嶋弁護士は、供述証拠を作成する際、原告のそれまでの人生を掘り起こし、原告がなぜ迫害の危険がある政治活動へ参加するに至ったのか、なぜ迫害を受けるに至ったのか、その動機や経緯を出来る限り詳細にまとめ、供述の信ぴょう性が高いものと裁判所に評価されるよう尽力されたそうです。一人の方の人生をつぶさに聞き取り、書面化するという作業は日本人に対して行うのにもかなりの労力を要するものです。これを言葉も文化も異なる原告に、通訳を挟んだ状態で行うとなると、どれほど多くの時間と労力を要したかは想像に難くありません。訴訟記録は膨大になり、紙も一定以上集まれば尋常でない重さの塊になるものだとの名嶋弁護士のお話が印象的でした。
名嶋弁護士の供述証拠と東京クルド弁護団の出身国情報がかみ合った結果、地裁で勝訴判決を得、高裁でもそれが維持されたそうです。
高裁では、原告がトルコ政府からの迫害を主張して難民申請しているにもかかわらず、国がトルコ政府に原告の個人情報を開示した上で調査をしたという異例の事態も発生し、ひと悶着もふた悶着もあったようでした。
他にも、この事件では、裁判係属中に原告が収容されてしまい、原告が収容前の労災事故で重い後遺症に悩まされており、入管収容中に症状が悪化し、十分な医療も受けられず、過酷な状況に置かれたり、原告や原告と同じ境遇に置かれた難民申請者らが働いて収入を得なければ食べていけないことを理解し、仕事を提供して給料を支払っていた支援者が、国から再三の注意を受けても支援を続けていたところ、ついには不法労働助長罪で実刑になったり、難民事件を取りまく困難な状況についても言及されました。
(2) 難民審査参与員の経験
名嶋弁護士は難民審査参与員の経験を通して、現行の難民認定制度の問題点について具体的に指摘されました。
その中でも、私が構造的に根深い問題であると感じたのは、やはり難民認定のいわゆる一次手続を難民調査官という入管庁の職員が担っていることです。入管庁は通常は国が入国させるにふさわしくないと考える外国人を入国させないことを役割としています。一方、難民認定は、自国から迫害を受けているため庇護を求める外国人を後見的な視点で保護する制度です。この全く相いれない二つの役割を同じ公務員が担うことは不可能であるとの指摘です。実際に名嶋弁護士が、難民調査官が作成した一次審査の調書を確認すると、調査官が申請者の主張を真摯に聞こうとしない姿勢が見て取れるそうです。
また、難民審査参与員の資質について問題提起がされました。難民認定は、本来、難民条約に定められた難民たる要件の該当性判断の問題であり、法的判断行為であるはずであるのに、難民審査参与員に、適用すべき法の探求、事実認定、要件へのあてはめと言う法曹であれば当たりまえの技能がない場合が多いことが指摘されました。弁護士が難民審査参与員に選任されることは稀であり、法曹的な訓練がされた経験のある参与員はほぼいないはずであるのに、それに対して専門的な研修等がなされることもないとのことでした。そのため、法務省や参与員自身がその点に疑問すら抱けない現状があるとのことでした。
これらの指摘は、現行の難民認定制度に致命的な欠陥があることを表しています。
4 名嶋弁護士からの最後のお言葉
名嶋弁護士はこれまで、次の2点について、繰り返し訴えてこられたそうです。
まず一つは、難民認定行為は、難民条約上の義務の履行としての法的行為であり、条約加盟国の政策的判断によって難民の認定要件が異なる性質のものでないこと、もう一つは、難民条約前文に確認されるように、難民の受け入れの負担が一部の国に偏らないように、等しく難民受け入れの義務を負うことだそうです。
弁護士の役割として、難民条約を正しく解釈し、事実認定し、難民の要件該当性を判断するという当たり前のことがされるよう、個別事件の法的支援と制度改革の両面で積極的に活動することが求められるとのことでした。
日本の難民認定の現在地は、そもそも難民条約について国際的に一般的な解釈に基づいていないという非常に残念な地点にあります。司法試験で通説を理解しないで独自の理論を展開すれば絶対に不合格でしょう。日本の難民認定制度はそれほど悲惨な状況にあると言っていいのではないでしょうか?そのような状況に裁判所が追随してお墨付きを与える現状も、私は個人的に非常に悲しく感じています。
このような過酷な分野で、希望をもって40年近くも最前線で取り組んで来られた名嶋弁護士にはただただ脱帽する思いです。
5 福岡難民弁護団へのお誘い
私も福岡難民弁護団の事務局長として微力ながら難民・入管問題に取り組んでおりますところ、研修会の締めくくりに、非常に急ぎ足ではありましたが、福岡難民弁護団の活動について案内いたしました。福岡難民弁護団では、主に長崎県・大村市に収容された外国人の方の支援を行い、支援者等を通じて九州の他県の相談も受けています。
難民・入管問題は、このレポートでも垣間見られたとおり、大きな問題がどっさり山積みの分野です。司法審査なしに無期限で収容施設に収容されたり、無期限収容によるストレスやハンガーストライキ、医療放置によって死亡者が出たり、本当に日本で起こっているとは信じがたい現実がそこにはあります。
少しでも興味を持たれた方は、是非とも一度、弁護団会議(月1回開催。ZOOM参加あり。)にご参加ください!私までご連絡ください!(天神ベリタス法律事務所 TEL092-753-7155/FAX092-753-7154/E-mail:h.tsuji@t-veritas.com)