福岡県弁護士会コラム(弁護士会Blog)
2022年9月号 月報
難民問題研修レポート「激震の世界・難民条約締約国日本の責任と弁護士の役割」
月報記事
国際委員会 委員 辻 陽加里(64期)
1 はじめに
令和4年6月29日、国際委員会主催の難民問題に関する研修会が開催されました。本研修会は、開催の趣旨の一つに、難民問題に取り組む弁護士の裾野を広げるという目的がありましたので、イントロダクションとして、当会会員の稲森幸一弁護士から入門編として、難民・入管事件の特色と難民認定制度の概要についてご講演頂きました。
その後に本研修会のメイン講演として、40年近く難民事件に最前線で取り組んでこられた愛知県弁護士会名嶋聰郎弁護士より「激震の世界・難民条約締約国日本の責任・弁護士の役割」と題し、日本の難民支援・難民事件の実情及び難民認定制度の問題点についてご講演を賜りました。
最後に非常に急ぎ足ではありましたが、弊職から国際委員会内活動である福岡難民弁護団の活動についてご報告致しました。
本研修会は会員向けに行われ会場参加が10名程度、オンラインでも10名弱ご参加いただきました。
2 イントロダクション(稲森弁護士ご講演)
(1) 難民・入管事件の特色
難民・入管事件に熱心に取り組む稲森弁護士からは、難民・入管事件に特有の苦労が語られました。
まずは、日本の難民認定が非常に厳格であること、難民認定は難民条約という国際法に則ってされるべきであるのに、日本独自の解釈で難民を非常に狭く解釈し、認定していること、裁判においても日本独自の解釈に則って判断されること、国際法をどんなに主張しても特に地裁段階では判決で一切触れられず一顧だにされないことが報告されました。
その他にも実務的な問題として、依頼者が必ずしも日本語や英語に堪能ではないので、通訳の確保をしなければならないこと、難民申請者たる依頼者が入管収容施設に収容されている場合は、福岡から一番近い入管収容施設でも長崎県大村市にあるため、面会するのに片道約2時間かかり、打合せするにも一苦労であることなどが語られました。
そんな苦労の多い難民事件ですが、事件を通じて世界情勢や異文化に触れることができる上に、難民の方々が新しい人生をスタートする手助けができるという点で大きなやりがいがあるとのことでした。
(2) 難民認定制度の概要
そもそも条約上は難民と認定されなくても、条約に定める難民としての要件に該当すれば難民であるとの建て付けなのですが、日本から難民として庇護を受けるためには、まずは難民申請をすることになります。
難民申請者は、まず地方の出入国管理局に必要書類を揃えて難民申請をするのですが、その際に難民であることの立証を求められます(いわゆる一次審査)。難民事件の場合、一般的に、難民申請者は辛うじて自国を出国して迫害を逃れるケースが通常のため、自国での迫害を裏付ける証拠を周到に準備して出国するケースはほとんどありません。どの国に出国できるかも分からない方も多くおられます。難民申請者が日本の難民認定制度に詳しいはずもありません。一次審査では、難民調査官が難民該当性を調査することになっていますが、後述のとおり機能しているとはいいがたい状況です。しかも難民性を主張・立証する上で重要な難民調査官との面接に弁護士は代理人であっても同席することは許されません。なお、難民申請者の出身国の一般的な政治状況、迫害状況等の「出身国情報」は、国連機関や海外の難民関連団体等が調査公表しているものが参照されます。
一次審査で難民不認定となった場合、審査請求(いわゆる二次審査)を受けることができ、ようやく弁護士が代理することができます。審査請求では、「学識経験者」から選任された難民審査参与員という非常勤の公務員が3人一組で意見を述べることになっていますが、参与員の意見には法的拘束力はありません。
一次審査も審査請求も法務大臣が難民かどうか判断することになっており、同じ機関が2回判断を行うことも問題視されています。
3 メイン講演(名嶋弁護士のご講演)
名嶋弁護士は、冒頭でご案内したとおり、30年以上にわたって難民事件に取り組んでこられた後に、6年間参与員も勤められたとのことで、40年近く難民事件の最前線におられた方です。NPO法人名古屋難民支援協会の代表理事や全国難民弁護団連絡会議の中部地方の世話人もされています。
講演の前半は難民事件の裁判(難民不認定処分取消訴訟)に関するお話、後半は難民審査参与員のご経験に基づくお話がされました。
(1) 難民事件(裁判)
- パキスタン宗教難民
名嶋弁護士が平成元年に弁護士登録をされて間もなく取り組まれたのが、パキスタンのスンニ派の中でも少数派のアハマディアという宗派の方々の難民事件だったそうです。名古屋にアハマディアのモスクがあり、難民申請の相談が多数あったそうです。
名嶋弁護士曰く「ビギナーズ・ラック」で勝訴判決を得、難民事件へ深くかかわるきっかけになったとのことでした。ちなみに、名嶋弁護士の勝訴判決がでるまで、類似の事件49件が全件敗訴したそうです。
勝訴判決の後、同宗派の信仰によって迫害を受けている方々が一定の救済が得られるようになったそうです。 - クルド政治難民の難民不認定処分取消訴訟
名嶋弁護士は、クルド難民の難民認定処分取消訴訟でも勝訴判決を勝ち取られました。つい最近までクルド人難民に関する唯一の勝訴事件でした。(なお、名嶋弁護士の判決から15年以上経って、令和4年5月20日に札幌高裁でようやく2件目の勝訴事案が出たところです。)
クルド人は、イラン、イラク、トルコなどの複数の国にまたがる山岳地帯で生活していた民族で、いずれの国家においても少数民族として扱われ、迫害を受けながらも、自治を求めてきたという歴史があります。名嶋弁護士がご担当された事件の依頼者は、トルコ政府から政治的迫害を受けて日本に庇護を求めて来た方々です。
裁判ではトルコ国内での迫害の状況についての立証が大きな争点となりました。同様の時期に集団訴訟を行っていた他の弁護団の協力を得て、非常に充実した「出身国情報」を提出した上で、前述のとおり、難民申請者が迫害の証拠をもって自国を出国することはほとんどありませんので、この事件でも、供述証拠が重要な証拠となりました。
名嶋弁護士は、供述証拠を作成する際、原告のそれまでの人生を掘り起こし、原告がなぜ迫害の危険がある政治活動へ参加するに至ったのか、なぜ迫害を受けるに至ったのか、その動機や経緯を出来る限り詳細にまとめ、供述の信ぴょう性が高いものと裁判所に評価されるよう尽力されたそうです。一人の方の人生をつぶさに聞き取り、書面化するという作業は日本人に対して行うのにもかなりの労力を要するものです。これを言葉も文化も異なる原告に、通訳を挟んだ状態で行うとなると、どれほど多くの時間と労力を要したかは想像に難くありません。訴訟記録は膨大になり、紙も一定以上集まれば尋常でない重さの塊になるものだとの名嶋弁護士のお話が印象的でした。
名嶋弁護士の供述証拠と東京クルド弁護団の出身国情報がかみ合った結果、地裁で勝訴判決を得、高裁でもそれが維持されたそうです。
高裁では、原告がトルコ政府からの迫害を主張して難民申請しているにもかかわらず、国がトルコ政府に原告の個人情報を開示した上で調査をしたという異例の事態も発生し、ひと悶着もふた悶着もあったようでした。
他にも、この事件では、裁判係属中に原告が収容されてしまい、原告が収容前の労災事故で重い後遺症に悩まされており、入管収容中に症状が悪化し、十分な医療も受けられず、過酷な状況に置かれたり、原告や原告と同じ境遇に置かれた難民申請者らが働いて収入を得なければ食べていけないことを理解し、仕事を提供して給料を支払っていた支援者が、国から再三の注意を受けても支援を続けていたところ、ついには不法労働助長罪で実刑になったり、難民事件を取りまく困難な状況についても言及されました。
(2) 難民審査参与員の経験
名嶋弁護士は難民審査参与員の経験を通して、現行の難民認定制度の問題点について具体的に指摘されました。
その中でも、私が構造的に根深い問題であると感じたのは、やはり難民認定のいわゆる一次手続を難民調査官という入管庁の職員が担っていることです。入管庁は通常は国が入国させるにふさわしくないと考える外国人を入国させないことを役割としています。一方、難民認定は、自国から迫害を受けているため庇護を求める外国人を後見的な視点で保護する制度です。この全く相いれない二つの役割を同じ公務員が担うことは不可能であるとの指摘です。実際に名嶋弁護士が、難民調査官が作成した一次審査の調書を確認すると、調査官が申請者の主張を真摯に聞こうとしない姿勢が見て取れるそうです。
また、難民審査参与員の資質について問題提起がされました。難民認定は、本来、難民条約に定められた難民たる要件の該当性判断の問題であり、法的判断行為であるはずであるのに、難民審査参与員に、適用すべき法の探求、事実認定、要件へのあてはめと言う法曹であれば当たりまえの技能がない場合が多いことが指摘されました。弁護士が難民審査参与員に選任されることは稀であり、法曹的な訓練がされた経験のある参与員はほぼいないはずであるのに、それに対して専門的な研修等がなされることもないとのことでした。そのため、法務省や参与員自身がその点に疑問すら抱けない現状があるとのことでした。
これらの指摘は、現行の難民認定制度に致命的な欠陥があることを表しています。
4 名嶋弁護士からの最後のお言葉
名嶋弁護士はこれまで、次の2点について、繰り返し訴えてこられたそうです。
まず一つは、難民認定行為は、難民条約上の義務の履行としての法的行為であり、条約加盟国の政策的判断によって難民の認定要件が異なる性質のものでないこと、もう一つは、難民条約前文に確認されるように、難民の受け入れの負担が一部の国に偏らないように、等しく難民受け入れの義務を負うことだそうです。
弁護士の役割として、難民条約を正しく解釈し、事実認定し、難民の要件該当性を判断するという当たり前のことがされるよう、個別事件の法的支援と制度改革の両面で積極的に活動することが求められるとのことでした。
日本の難民認定の現在地は、そもそも難民条約について国際的に一般的な解釈に基づいていないという非常に残念な地点にあります。司法試験で通説を理解しないで独自の理論を展開すれば絶対に不合格でしょう。日本の難民認定制度はそれほど悲惨な状況にあると言っていいのではないでしょうか?そのような状況に裁判所が追随してお墨付きを与える現状も、私は個人的に非常に悲しく感じています。
このような過酷な分野で、希望をもって40年近くも最前線で取り組んで来られた名嶋弁護士にはただただ脱帽する思いです。
5 福岡難民弁護団へのお誘い
私も福岡難民弁護団の事務局長として微力ながら難民・入管問題に取り組んでおりますところ、研修会の締めくくりに、非常に急ぎ足ではありましたが、福岡難民弁護団の活動について案内いたしました。福岡難民弁護団では、主に長崎県・大村市に収容された外国人の方の支援を行い、支援者等を通じて九州の他県の相談も受けています。
難民・入管問題は、このレポートでも垣間見られたとおり、大きな問題がどっさり山積みの分野です。司法審査なしに無期限で収容施設に収容されたり、無期限収容によるストレスやハンガーストライキ、医療放置によって死亡者が出たり、本当に日本で起こっているとは信じがたい現実がそこにはあります。
少しでも興味を持たれた方は、是非とも一度、弁護団会議(月1回開催。ZOOM参加あり。)にご参加ください!私までご連絡ください!(天神ベリタス法律事務所 TEL092-753-7155/FAX092-753-7154/E-mail:h.tsuji@t-veritas.com)
期待高まる「弁護士と学校教育の連携・協働」(法教育・いじめ予防授業研修報告)
月報記事
法教育委員会 委員 田村 和希(74期)
1 はじめに
去る7月21日、法教育・いじめ予防授業研修が開催された。本研修は法教育センター講師の登録研修を兼ねており、私は、同講師名簿登録のため参加させていただいた。本稿では、当該研修の概要をお伝えするとともに、私自身が学んだことなどについて述べたい。
2 研修の内容
(1) 委員長挨拶
まず、法教育委員会委員長の日浅裕介先生がご挨拶され、法教育センターの設立経緯と趣旨について説明があった。
そもそも法教育とは、法律専門家ではない一般の人々が、法や司法制度、これらの基礎になっている価値を理解し、法的なものの見方・考え方を身につけるための教育を特に意味する。平成28年6月の選挙権年齢の引下げや今年4月の成年年齢の18歳への引下げ等に伴い、法教育の必要性は近年ますます高まっている。
当会では、学校等の教育機関から要請を受け、名簿に登録された弁護士がゲストティーチャー(以下「GT」)として教育機関を訪問し、主権者教育、ルール作り、いじめ予防などの法教育をはじめ、弁護士の仕事といったキャリア教育にいたるまで、さまざまなテーマについての出前授業を行っている。
研修開催日時点において、当会会員のGT登録者数は4部会合計で199名(福岡133、北九州25、筑後31、筑豊10)であるが、学校からの出前授業実施の申込数は年々増加傾向にあり、さらに多くの会員に登録いただきたいとのことであった。
(2) DVDの視聴と授業内容の説明
続いて、鍋島典子先生が中学校で実施された出前授業の様子がDVD上映された。「救急車を有料化すべきか」というテーマで、今後この国で救急車を利用するためのルールを自分たちが決める、という設定のもと、中学生たちが真剣に議論を戦わせていた。
この授業において、生徒たちは、いわゆる"正解"がない課題に向き合い、自分たちの意見をその根拠とともにまとめ上げることを試みていた。他方で、反対の意見にも配慮しつつ議論を尽くすことを通して、最後は多数決で決めるとしても「なぜそのルールになったのか」を皆が納得できるにはどうすべきか、という民主主義の過程の大切さを学んでいた。
(3) 授業実施の留意点
さらに、日弁連・市民のための法教育委員会委員でもある春田久美子先生が、授業実施の留意点等について説明された。
先生の数多くの出前授業のご経験を踏まえられ、授業づくりのポイントとして、(1)伝えたいメッセージをシンプルかつ明確にしつつ、生徒にとって身近でリアルな素材を選ぶこと、(2)ワークシートや模造紙等を使って言語活動を盛り込むこと、(3)いわゆるアクティブ・ラーニング型の授業(一方的な講義だけではなく、参加型・体験型・双方向型の授業)を目指すこと、を示された。
説明を通じて、何より春田先生ご自身が、学校での出前授業を非常に楽しんでおられる様子が伝わってきたのが印象的であった。
(4) いじめ予防授業の説明
また、森俊輔先生から、いじめ予防授業についての紹介があった。
当会におけるいじめ予防授業のこれまでの歴史的経緯をご教示いただくとともに、授業実施の目的は、「いじめがダメなことは分かっている子どもたちに、『ダメな理由』を腹落ちしてもらうこと」「被害者が嫌な思いをしたらいじめに当たると知ってもらうこと」「誰もがいじめを止めることができると知ってもらうこと」である点を示していただいた。
(5) 手続の流れ
最後に、田上雅之先生から、GT選任後の出前授業実施の流れについてご説明いただいた。
依頼を受けてGTに選任された場合、授業の実施については法教育センターの担当運営委員である弁護士からアドバイスをいただけること、使用教材についても既存の教材(法教育センター管理のドロップボックスに、テーマごとにストック)を活用できることなど、バックアップ体制が整っていることをご教示いただいた。名簿登録してすぐにGTに選任されても、不安なく対応できることが分かった。
3 研修を通じての学び
私自身、2人の子どもを育てる中で、未来を担う子どもたちが、複雑・多様化していくこの社会をいかに生きていくのか、そのために必要な能力をどうやって身につけるべきか、日々考えさせられるところである。そうした中、他者の意見・考えを尊重しつつ適切に合意を形成したり、ルールにのっとり公平・公正で妥当な結論を導いたりする力を、学校教育の場で養っていくことは、1人の人間として成長し生きる上で、また、これからの社会を支える一員となっていく上で、とても意義のあることだと感じた。
こうした法教育に、法律の専門家である弁護士として参画し、子どもたちの学びの一助となれるなら、「弁護士としての活動を通じて、世の中を少しでも良くしたい」という、自分がこの道を志した信念に沿うものだと思い、さっそくGT登録の申込みをさせていただいた。
4 おわりに
令和2年度から順次実施されている新学習指導要領においては、「主体的・対話的で深い学び」の視点に立った能動的な学習とともに、「社会に開かれた教育課程」がポイントとされている。このうち、今年度から始まった高等学校の新たな必履修科目「公共」では、積極的に専門家との連携・協働を図ることで学習活動を充実させることが明記されるなど、法律専門家たる弁護士の関与が期待されているところである。
ますます教育の現場と我々弁護士との連携・協働の重要性が高まる中、私も微力ながら法教育センターの一員として、子どもたちの「社会を生きる力」の養成に貢献したいと考えている。
セミナー「お魚のサブスクで漁師と食卓をつなぐ~規格外の魚に命を吹き込む~」
月報記事
中小企業法律支援センター 委員 阿部 雄大(74期)
1 はじめに
令和4年7月20日、株式会社ベンナーズ代表取締役・井口剛志氏を講師としてお招きし、前半には「お魚のサブスクで漁師と食卓をつなぐ~規格外の魚に命を吹き込む~」との題でご講演をいただき、後半では、井口氏に加え、当会から若狹慶太弁護士(72期)の司会進行の下、寺井研一郎弁護士(63期)、浜上慎也弁護士(70期)がパネリストとして参加し、パネルディスカッションが行われました。本セミナーは、「全国一斉中小企業のための無料法律相談会及びシンポジウム」の一環として行われたものになります。本年は、昨年に引き続き、新型コロナウィルス感染症の影響にも配慮し、エルガーラホール7階中ホールを主会場としつつ、Zoom配信も併用する形での開催となりました。
本年は、中小事業者やその他業種の方々をはじめ多数のご参加を賜り、会場参加が31名、オンラインでの参加が25名の合計56名にご参加いただきました。
本稿では、本セミナーの内容と本セミナーに関連する中小企業法律支援センタ―の取り組みについて報告いたします。
2 「一斉シンポ」について
中小企業法律支援センターでは、例年、日弁連の要請により、全国の弁護士会と共に「全国一斉中小企業のための無料法律相談会及びシンポジウム」を開催してきました。
中小企業庁は、令和元年より、中小企業基本法の公布・施行日である7月20日を「中小企業の日」としましたので、一昨年からはこれに合わせ、7月に「一斉シンポジウム」が開催されています。本年も昨年同様、「中小企業の日」である7月20日に開催することができました。
野田部会長の開会挨拶
3 セミナーの内容
本年は、「クローズアップ現代」や「日本経済新聞電子版」等、メディアでも多数取り上げられている、福岡県出身の若手起業家である井口剛志氏に標記の題でご講演をいただきました。その後弁護士を交えてのパネルディスカッションも行われ、起業家、経営者と弁護士双方の目線から議論や質疑応答がなされました。
私も現地にて参加し、拝聴して参りましたので、以下ご報告させていただきます。
(1) 第1部(井口氏によるご講演)
- 株式ベンナーズとは
株式会社ベンナーズは、2018年4月、水産物流プラットフォーム関連事業及び冷凍水産及び加工品卸販売事業を目的として設立された会社です。井口氏は、幼少期から祖父母、父が水産卸売会社に従事する姿を見て育ってきた中で、水産業界の複雑な流通構造に疑問を持つと同時に、大学で学んだプラットフォーム型ビジネスに可能性を感じ、起業されたそうです。その主な事業内容は、"未利用魚"(珍しい品種の魚、市場流通規格を満たさない魚、大量に獲れすぎてしまい相場がつかなくなってしまった魚等、これらの事情により市場に流通することなく廃棄されてしまっている魚)をミールキット及び加工品として個人宅向け及び法人向けに製造販売するサブスクリプションサービス(「Fishlle!(フィシュル)」)の提供です。 井口氏は、近年、生鮮魚介類の世帯購入数が年々下降し、「魚離れ」が叫ばれる一方で、回転寿司市場は右肩上がりで推移していることなどに着目し、「魚離れ」の原因が「魚嫌い」ではなく、「魚料理嫌い」(魚を調理するのが嫌い)にあると考えたそうです。そこで、日本の総水揚げ量の約30%にも及ぶ未利用魚を使用して、そのままでも食べることができ、料理にも使いやすい形で加工・販売することで、美味しく手軽な魚料理を安価に提供する「Fishlle!(フィシュル)」というサービスを発案したそうです。
講演のはじめの井口氏の「起業とは、誰かの課題を解決することである。」「課題は大きければ大きい方が良い。」との言葉が私としては印象的でした。その言葉どおり、見事に日本人の魚の消費量の減少という問題と大量の未利用魚問題の解消という2つの課題を解決し、その上、手軽・安価・美味に消費者に提供するサービスへと昇華している点には大変感動いたしました。同時に、自分と同世代(しかも私よりも2、3歳若い!)の方が、このような問題意識をもち、社会の課題を解決している姿勢には大変刺激を受けました。
ちなみに、肝心の商品についてのご紹介ですが、「6Pc/月4200円、10Pc/月6480円、16Pc/月8980円」で、その時々の魚料理をいただけます。煮魚のような定番メニューから少し変わり種のものまで多数のレパートリーがありそうですので、興味を持たれた方はぜひHP等をご覧になれてはいかがでしょうか?(私はフィッシュマサラがとても気になりました。)
井口氏の今後の展望は、製造拠点を拡大(目標は全国50箇所)し、収益源確保及び産地開拓の後、「Marinity」というB to Bプラットフォーム事業を本格展開することだそうです。これは、水産物の情報の一元化を図り、売主と買主のマッチングを行うことで取引の効率化を果たし、水産業界の流通の目詰まりの解消を目的とするサービスだそうです。近い将来「Marinity」が日本の水産業界に革命をもたらす日が来ることを楽しみにしています。 - スタートアップに必要な弁護士支援
さらに、井口氏自身が創業されたご経験に基づき、スタートアップに必要な弁護士支援とそのタイミングといった、事業者・起業家目線で弁護士を必要とする場面についてもご講演いただきました。
井口氏が弁護士の必要性を感じた場面としては、- 創業のタイミング~創業者間契約書~
- 資金調達のタイミング~機密保持契約書、投資契約書、株主間契約書等~
- 新たに人を雇用するタイミング~雇用契約書、準委任契約書~
- 新規事業を始めるタイミング~売買契約書、ビジネスの適法性チェック~
(2) 第2部(パネルディスカッション)
- 創業時に注意すべき法律問題
この点に関して、寺井弁護士からは、創業時点では許認可等の手続面のみならず、第三者の権利侵害のリスクを含めた事業の適法性の確認の必要性があるとの解説がありました。特に、スタートアップにおいては、創業者間契約や投資契約の締結といった場面やサービスの提供に際して知的財産にかかる権利関係が問題となる場面が多いことから、その後の紛争を防止すべく契約締結段階での契約内容の確認等が重要であるとのご意見をいただきました。 - ECサイトの利用についての注意点
先程ご紹介しました「Fishlle!」もECサイトを利用してサービスを提供しておりますように、ベンチャー企業の中には、サービス提供に際しECサイトが利用されることが多くあります。ECサイトの利用に際しての注意点として、浜上弁護士からは、ECサイトは、特定商取引法や景品表示法、利用規定の設定やプライバシーポリシーの設定(個人情報保護法との関係)等、遵守すべき法律が多岐にわたるとの解説がございました。
この点について、井口氏は、プライバシーポリシーの作成は同業他社のものを参考にご自身で行われたとのことでした。これに対し、寺井弁護士からは、テンプレートや他社の規定をそのまま参考にする場合、内容がずれている、あるいは、余計な条項が含まれていることなどもあるため、弁護士等の専門的知識を有する人に確認してもらう方が望ましいとのご指摘がありました。 - 弁護士に依頼する際の考慮ポイント
この点について、井口氏から、「スピード感と金額感」と「ビジネスのインパクトの大きさ」とのご意見がありまあした。特にスピード感に関し、例えば、投資契約書などは、着金日が決まっている関係で1日、2日の遅れでも大きく影響するためリアルタイムでのやり取りが望ましいとの意見があり、ビジネスと司法とのスピード感覚の認識の差異を感じさせられました。その中で、日頃から事業者・弁護士間で十分なコミュニケーションをとり、共通認識が作れていることが大事であり、そのためには、弁護士に対する敷居が高いイメージを払拭する努力を行うことが必要であるとの意見交換がなされました。寺井・浜上両弁護士からは、「こんな小さなことで相談するなんて申し訳ないという気持ちから初期段階に相談せず、問題が大きくなってから相談に来る事業者が多いため、どんな小さなことでも相談してほしい。そのためにも弁護士として相談しやすい関係性作りをすることが大事である」とのご意見がありました。 - まとめ
パネルディスカッションでは、その場の会話の流れから井口氏のリアルな疑問が投げかけられたり、会場やオンラインでも講演内容以外の法務に関するような点についても質疑応答があり、非常に白熱した議論で見ごたえのあるものでした。紙面の都合と私の拙い文章ではそのすべてをお伝え出来ないのが残念でなりません。
講演をする井口氏
パネルディスカッションの様子
4 セミナー後の無料法律相談会
なお、今年の無料法律相談会は、事前に5件の予約がありましたが、セミナー直前で新型コロナの感染者数が急増した影響もあり、オンライン相談1件のみが実施されました。面談相談のキャンセルは残念ではありましたが、オンラインによる安定した法律相談の提供に可能性を感じることができました。今後も委員会活動等を通して気軽に一般市民の方々や事業者の方々が相談できる環境づくりに貢献できるよう、会務にも積極的に参加したいと思った次第です。
5 おわりに
今回のシンポジウムは、私事で大変恐縮ではございますが、実家が笹かまぼこの製造・販売をしており、かつ、創業支援等に興味があり当会への委嘱希望を出した私にとって非常に私得でしかないイベントであり、大変興味深く勉強させていただきました。そして、改めて事業者の生の声を聴くことの重要性やビジネスそのものについて学ぶことの面白さにも気づかされました。今後とも会務に限らずこのような機会には触れるようにし、経験を積みたいと思います。
会場の様子