福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2022年4月号 月報

生きることにおびえなくてよい社会をめざして

月報記事

自死問題対策委員会 日髙 こむぎ(70期)

1 はじめに

2022年3月5日(土)、福岡県弁護士会が主催し日本弁護士連合会が共催する自殺予防シンポジウム「生きることにおびえなくてよい社会をめざして」が福岡県弁護士会2階大ホール(ZOOM併用)で開催されました。

シンポジウム開催の9日前の2月24日、ロシア連邦がウクライナへの軍事侵攻を開始しました。日々報道される被害の状況に心を痛め、また、平和の大切さを再認識された方も多いと思います。翻って、日本は、平和な社会と言えるのでしょうか?

2020年の自殺者数は2万1081人となり、11年ぶりに前年を上回り、女性と若者の自殺が目立ちます。2021年の自殺者数は警察庁の自殺統計(速報値)によると2万0984人とわずかに減少しましたが、女性の自殺はほとんど減っていません。これらの数字を見ると、女性や若者をはじめ多くの人の命や未来がおびやかされている現状が浮かび上がってきます。

追い込まれた死を防ぎ、生きることにおびえなくてよい社会をつくるために私たちに何ができるのか、シンポジウムの内容をご報告します。

2 基調講演

基調講演として、NPO法人ライフリンク代表であり、全国レベルで自殺対策に取り組まれている清水康之さんに、お話をいただきました。

(1) 若者にとって自殺が身近で深刻な問題であること

日本では、1998年に自殺者数が急増し、14年連続して国内の自殺者数が3万人を超える状態が続いていました。2010年以降は9年連続の減少となり、2018年の自殺者数は2万0840人と37年ぶりに2万1000人を下回りました。ところが、前述のとおり、コロナ禍において自殺者数は増加しています。

年齢階級別の自殺死亡率の推移をみると、10代の自殺死亡率のみが上昇しています。また、それぞれの年齢階級別の死亡原因をみると、10代後半、20代、30代では死亡原因の第1位が自殺です。先進国(G7)と比較すると、10代及び20代の死亡原因の第1位が自殺であるのは、日本のみとなっています。

このように、日本の若者にとって、自殺が深刻かつ身近な問題であることが分かります。インターネット上には、「死にたい」「消えたい」という、誰にも話せない苦しい胸のうちがつづられていることが少なくありません。

清水さんは、多数の大人たちが自殺により亡くなっている社会に生まれてきてしまったからこそ、子どもたちも同じように自殺のリスクを抱えてしまっていると捉えることができると指摘されました。

(2) 自殺の危機経路

自殺対策に具体的かつ実践的に取り組むためには、自殺の実態の把握が非常に重要です。そこで、ライフリンクでは、どのような人がどのようにして自殺で亡くなったのか、自殺に至るまでのプロセスを明らかにするための調査を行いました(調査の報告は、ライフリンクのウェブサイトで閲覧することができます。)。その結果、一人あたり平均して、4つの悩みや課題が重なって自殺に至るということが明らかとなりました。

一例をあげると、失業者では、「失業→生活苦→多重債務→うつ状態→自殺」、労働者では、「配置転換→過労+職場の人間関係→うつ状態→自殺」、主婦では「子育ての悩み→夫婦間の不和→うつ状態→自殺」というように、自殺に至るまでには、複数の問題が重なりあい、連鎖しています。また、職業や立場によって、自殺に追い込まれるプロセスに一定の規則性(パターン)があることが分かります。

この自殺の危機経路における最初の要因は、私たちの日常に溢れている問題です。ところが、問題が悪化して別の問題を引き起こし、また別の問題を引き起こすというように、問題が連鎖して追い込まれていきます。この連鎖では、「うつ病→自殺」の経路が危険度が高いのですが、留意すべきなのは、うつ病は、自殺の一歩手前の重大な要因であると同時に、他の様々な問題が連鎖した結果であるということです。したがって、自殺対策としては、うつ病に対する治療だけではなく、その他の問題の対策を行うことによって、危機経路の進行をいかに早い段階で止めるかが、重要となります。

(3) 自殺の危機経路の進行を止めるためには

実は、自殺の背景にある約70の問題一つ一つに対しては、既に様々な対策が講じられています。それではなぜ、自殺の危機経路の進行を止めることができないのでしょうか。

その理由は、それぞれの対策が、それぞれの領域の中に留まってしまっているからです。仮に、ある専門家が、その人の抱えている問題のうち1つだけを解決したとしても、残りの3つの問題が未解決のままでは、その人を完全に自殺から救うことは出来ません。

自殺の危機経路の進行を食い止めるには、平均して4つの窓口が連動して支援を行わなければならず、点の取り組みでは上手くいかないのです。

このことは、調査からも明らかになっています。前述した調査での質問事項の1つとして、自殺者の遺族に対し「家族(自殺者)は自殺で亡くなる前に専門機関に相談していたか」と尋ねたところ、全体の実に70%が、「相談をしていた」(30%が「相談をしていない」)と回答しました。そして、相談をした時期としては、全体のうち44%が、「1か月以内」に相談をしていたと回答しました。

このように、自殺者は、専門機関に相談をしたにもかかわらず、自死に至ってしまったという、衝撃的な事実が明らかとなりました。

(4) 自殺対策は、地域づくり・社会づくりであること

私たちの社会は、多様化する中で、地域の現場が抱える問題も複雑化し(例えば8050問題、ヤングケアラーの問題)、これまで予期しなかった問題に直面しています。今後も、よりいっそう予期せぬ問題が生じることが予想できます。そのような問題に対しては、旧来的な縦割り行政、専門分野ごとのばらばらな支援(点での支援)では、なかなか上手くいきません。

地域の現場の実情に応じて、関係者が柔軟に連携できれば、複雑化した問題にも対応することができ、住民の暮らしの質・命をまもることができます。誰が、いつ、自殺の危機経路に落ちてしまうのかは分からない状況にあります。支援の入り口のどこかにたどり着けば、そこから必要とする支援につながるという、誰もが支援を受けることができる社会を作っていくことができれば、誰にとっても生き心地のよい社会となります。

(5) 自殺のリスクをおさえるためには

自殺のリスクには、生きることの促進要因(将来の夢、家族や友人との信頼関係、やりがいのある仕事や趣味、経済的な安定、ライフスキル(問題対処能力)etc)と、生きることの阻害要因(将来への不安や絶望、失業や不安定雇用、過重労働、借金や貧困、家族や周囲からの虐待、いじめetc)が関係しています。

生きることの促進要因よりも、阻害要因が上回るとき、自殺のリスクが高まります。逆に、生きることの促進要因が阻害要因を上回っていれば、自殺のリスクは低くなります。

自殺対策のためには、阻害要因を取り除き、促進要因を増やしていくことが重要です。

(6) 点から線、線から面へ

自殺に対応できる地域のネットワークは、他のあらゆる問題にも対応できるはずです。点と点の支援をつないで点から線へ、そして線が重なり合って線から面(セーフティネット)へと広げていくことが必要とされています。

清水さんは、講演の冒頭で、ウクライナに留学された時の思い出に触れられました。そして、ウクライナの子どもたちは、キーウに残り徹底抗戦しているゼレンスキー大統領、その行動により国をまもるため立ち上がるウクライナの大人たち、そしてウクライナの人々の行動を見て支援を進める諸外国の行動を見て、「行動」から、祖国のまもるべき価値を身に染みて感じているのではないかと述べられました。

清水さんは、講演の冒頭で、ウクライナに留学された時の思い出に触れられました。そして、ウクライナの子どもたちは、キーウに残り徹底抗戦しているゼレンスキー大統領、その行動により国をまもるため立ち上がるウクライナの大人たち、そしてウクライナの人々の行動を見て支援を進める諸外国の行動を見て、「行動」から、祖国のまもるべき価値を身に染みて感じているのではないかと述べられました。

3 日弁連の自殺予防の取り組みについての報告

次に、日弁連の自殺予防の取り組みとして、生越照幸弁護士より、自死遺族支援弁護団におけるLINE相談の経験を基に、SNS相談の仕組みについてご報告をいただきました。

同弁護団では、相談で利用するSNSとして「LINE for Business」を採用されました。導入に際しては、(1)相談対応の弁護士のサポート体制(2)予想される質問への回答例の作成、(3)電話相談への誘導を工夫されたそうです。

実際に、LINE相談でのチャットの具体例(仮定)をもとに、SNS相談の難しさについてもお話いただきました。法律相談では、回答の前提として様々な事実関係を確認する必要がありますが、把握しておきたい情報を相談者から聞き出すのが難しかったり、回答者の質問の意図や回答について、相談者が理解しづらいと感じたことがあったりしたそうです。

SNS相談は有用な手段でありますが、どのような方が相談者となるか(どのような相談を行うか)により、制度設計に工夫が必要であると感じました。

4 パネルディスカッション

パネルディスカッションでは、当会自死問題対策委員会委員の川渕春花弁護士の進行のもと、清水さんに加え、福岡において子ども支援の実践と研究をされている大西良さん(筑紫女学園大学准教授)、長年女性や家庭の相談を受けてきた山坂明美さん(公認心理師)にご参加いただきました。まず、大西さんと山坂さんに、それぞれの支援活動をご報告いただきました。その後行われた「若者、女性の自殺」についてのディスカッションから、一部をご紹介します。

(1) コロナ禍で社会の弱い部分が加速したこと

コロナ禍では、女性の自殺者数の増加率が大きいです。その背景として、清水さんからは、コロナ禍では非正規雇用の人たちがまもられず、非正規雇用の割合が大きい(48%)女性が追い詰められてしまった状況があるのではないかと指摘がありました。

山坂さんの経験でも、女性の相談で、雇用・子どもに関するものが多いとのことでした。家事育児で疲弊し、このままでは子どもをどうにかしてしまうのではないかという悲痛な叫びが聞かれたそうです。清水さんによると、データとして、女性の中でも、有職女性・同居人がいる女性の方が、無職女性よりも自殺が増えているとのことでした。

子どもを取り巻く環境の変化として、大西さんは、体験やつながりの場が失われていると指摘されました。現在、学校給食は黙食のためコミュニケーションがない状況で、学校行事も開催されていません。授業以外のところで自分らしさを発揮できる子どもたちの活躍の場が失われ、子どもたちの自尊感情が低下しているのではないかとのことでした。

このような変化は、コロナ禍で新しく問題が生じたというよりは、コロナ禍で社会の弱い部分が加速し、顕在したということで、意見の一致が見られました。

(2) 支援者としてどのようにアプローチすればよいか

支援者として相談を受ける際には、どのように対応すれば良いのでしょうか。

山坂さんは、対面相談の場合には、相談者の動き・目線などを注視し、五感をフルに発揮して、相談を受けられているそうです。過去には、支援をしたいという気持ちが強すぎてつながりが切れてしまうという苦い経験をされたこともあるそうですが、相談者の自尊感情と自己決定を尊重し、敬意を持って接することに留意されています。

大西さんは、スクールカウンセラー、アウトリーチ活動で子ども・若者に対して接する中で、悩みやつらい気持ちを告白してくれたことが回復の始まりであることから、まず、支援を求めてきてくれたことを称賛されているとのことでした。また、子どもたちの自傷行為や「死にたい」「苦しい」という気持ちには、背景や理由があることを意識し、「自傷行為をやめなさい」というスタンスで望むのではなく、「『やめなさい』ということをやめる」ことに留意されています。子どもたちの気持ちを否定するのではなく、肯定的に捉えた上で伝えているとのことです。

清水さんは、主導権を奪わないことが極めて大切と指摘されました。自殺防止の支援では、「死にたい」という気持ちを吐露されることも多くあります。その場合は、「死にたい」という気持ちを受け止めるべきで、「馬鹿なこと言わないで」「いつかいいことあるよ」など、自分の気持ちを相手に押し付けるのは避けるべきとのことでした。相談者は「死にたい」という気持ちを聞いてもらうことを望んでおり、「この人は自分の気持ちを受け止めてくれた」「この人になら聞いてもいいかな」と思ってもらわなければ、その先の問題解決のための支援には進めないそうです。追い詰められた気持ちを受け止め、受け止めてもらったことを踏み台にして、生きるための具体的な支援を受ける気持ちになってもらう必要があります。

このように、支援者の対応として、相談者の気持ちの受容・傾聴が重要であることが分かります。

5 さいごに

自殺の背景には、弁護士として関わる問題が多数あります(多重債務、労働問題、犯罪被害、DV、性暴力、いじめなど)。自殺防止の支援のみならず、良い社会を作るために弁護士としてできること・やるべきことは、地域社会の他の専門分野との連携をはじめ、たくさんあるのだと再認識しました。

生きるという選択を一人でも多くの人ができる社会を作るため、活動を続けていきたいと思います。

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