福岡県弁護士会コラム(弁護士会Blog)

2022年4月号 月報

朝見行弘会員内閣総理大臣表彰記念講演会 ~茶のしずく石鹸訴訟における実務と研究の架橋~

月報記事

消費者委員会 是枝 秀幸(60期)

昨年5月、当会の朝見行弘会員が、2021年度消費者支援功労者表彰の最高賞となる内閣総理大臣表彰を授与されました(福岡県内初の表彰)。

そこで、令和4年2月23日(祝)、福岡県弁護士会会館において(zoom併用)、福岡県弁護士会主催の記念講演会が開催されました。

藤村和正会員と中村啓乃会員が司会をしました。

1 経歴と表彰

朝見会員は、当会会員であるとともに、久留米大学法学部教授、特定非営利活動法人消費者支援機構福岡(CSO福岡)理事長でいらっしゃいます。

弁護士としては、茶のしずく石鹸訴訟等の製造物責任訴訟に関わられており、僭越ながら私も被害者弁護団にて約10年間ご一緒しました。

表彰に関する主な活動実績は次のとおりです。

  • 消費者法の専門家として、消費者契約法、製造物責任法等の法制度の研究や大学で講義を通じて消費者保護の法理論確立や人材育成に尽力。
  • 福岡県消費生活審議会の会長として、第1次及び第2次の福岡県消費者教育推進計画の策定等に尽力し、消費者行政の推進に寄与。
  • 消費者庁消費者安全調査委員会の委員として4年間(第2期及び第3期)にわたり、様々な事案について消費者安全のための原因究明に貢献。
2 会長挨拶と祝辞

記念講演会では、まず、伊藤巧示会長から、朝見会員の製造物責任法等の研究や消費者被害防止の活動を讃えるご挨拶をいただきました。

次に、九州産業大学岡田希世子准教授や当会黒木和彰会員から、祝辞をいただきました。

岡田准教授は、朝見会員から、福岡大学大学院で指導を受けていたそうですが、いつも印象に残っていた言葉が「外に行きなさい」「現状を知らないとダメだ」という現場主義だったそうです。

黒木会員は、朝見会員とは、黒木会員が日弁連の貸金業の金利規制に関する調査で2001年に米国に行く際、朝見会員へコーディネーターをお願いしてからのご縁ということでした。

お二人の祝辞の後は、消費者庁を始めとする様々な団体からの祝辞が披露されました。

3 朝見会員の記念講演

朝見会員からは、参加者へ、これまでの活動に関する講演と感謝の言葉をいただきました。

  • 元々は大学人・研究者
    朝見会員は、名古屋大学大学院修士課程終了後、1979年~80年に米国留学をされたそうです。
    当時、森嶌昭夫教授の指導の下、環境法を研究しており、学部時代は四日市ぜんそくの住民調査に、米国留学中は米国で行政訴訟となっていた湿地保護の現地調査に、取り組まれていたそうです。
    そんななか、米国留学中にシカゴで弁護士の集まりがあるということで参加してみたところ、それが製造物責任のシンポジウムだったそうです。
    今の我々にとっては製造物責任やその無過失責任は最早当たり前の考え方ですが、1979年当時はとても突拍子のないものに感じたそうです。
    そして、民事陪審制度やディスカバリー等、日本と米国で訴訟手続が大きく異なることから、面白いと思い、米国法にのめりこんでいったそうです。
    とはいえ、当時は今と違い全てが紙媒体であり、じっくり読むのは帰国後にしようと考え、朝見会員は、環境法の研究の合間に、毎日夜遅くまで図書館であらゆる文献をコピーする毎日だったそうです。
    そんな朝見会員も、当時どうしても欲しくてNYの古本屋で買った書籍があり、「Restatement 2nd」という本(米国で異なる内容の各州の法律の共通ルールをまとめた書籍)だそうです。この本は今でも大切に持っているそうで、勝手ながら朝見会員の青春時代を仄かに感じ取れるお話でした。
  • 製造物責任法への立法提案「実質的製造業者」
    朝見会員は、帰国後、大量のコピーを持ち帰り、製造物責任を研究するようになったそうです
    。 しかし、1975年に我妻栄博士を中心とする製造物責任研究会が「製造物責任法要綱試案」を発表した程度で、1980年前半は日本国内で無過失責任である製造物責任に関する学者は少なかったそうです。
    それでも研究を続けていたところ、1985年のEC指令により製造物責任法制定の機運が高まりました。
    そして、私法学会も1990年のシンポジウムで製造物責任を取り扱うことになり、朝見会員もパネリストとして参加したそうです。
    その後、シンポジウムの内容を取りまとめて立法提案をしたそうですが、そこで、朝見会員たちは、責任主体について、「表示製造業者」に加えて「実質的製造業者」についても、提案したそうです。
    当時、たくさんの立法提案がなされていたそうですが、この提案は他にはないもので、「表示製造業者」だけでは責任主体から逃れられてしまうことを防ぐために「実質的製造業者」を加えたそうです。
    その後、朝見会員は立法担当者へ助言をする等、製造物責任法の成立に関与したそうです。
    このようにして、製造物責任法の2条3項3号に、実質的製造業者の規定も盛り込まれました。
  • 茶のしずく石鹸訴訟と弁護士登録
    製造物責任法の成立は、当時、ニュース等で華々しく取り上げられたそうですが(余談ですが、当時中3だった私も通学時のラジオで製造物責任法施行のニュースが流れたことをよく覚えています。)、その後、特に大きな事件もなく、学者の関心も薄れるなか、朝見会員は研究を続けていたそうです。
    2011年5月、茶のしずく石鹸の小麦アレルギー誘発問題が大きく取り上げられると、平田広志会員から朝見会員へ連絡があり、朝見会員が弁護団へアドバイザーとして参加することになり、弁護士として参加すべきだろうということになり、朝見会員は大学の許可を得て10月に当会会員となりました。
    ちなみに、弁護団に参加した当初は、言いたいことを理論構築するという研究者のスタンスと、勝つための理論構築をするという弁護士のスタンスの違いに、戸惑いもかなり大きかったそうです。
    茶のしずく石鹸訴訟について、差し支えない範囲で紹介すると、販売業者の製造業者性も一応争点になっていたのですが、販売業者が自身を製造業者として表示せずに販売した製造物についても、朝見会員が立法提案した「実質的製造業者」のおかげで、特段問題なく、製造業者性が認められました。
    朝見会員は、来年古希とのことですが、今後は、デジタルプラットフォーマー(DPF・要するにamazon等)の製造物責任に関して研究・活動していきたいとのことで、研究意欲はつきないようです。
    その他にもご紹介すべきお話はまだ沢山あるのですが、紙面の都合で割愛させていただきます。
福岡県弁護士会 朝見行弘会員内閣総理大臣表彰記念講演会 ~茶のしずく石鹸訴訟における実務と研究の架橋~

朝見先生

4 花束贈呈と閉会

記念講演会終了後は、司会の中村啓乃会員や、茶のしずく石鹸訴訟の事務局長の鳥居玲子会員から、朝見会員へ、花束が贈呈され、閉会しました。

コロナ禍で朝見会員のお好きな祝賀会はお預けになりましたが、刺激的な内容の記念講演でした。
今後も、研究者と実務家を架橋する存在として、朝見会員のご活躍とご健勝を祈念いたします。

福岡県弁護士会 朝見行弘会員内閣総理大臣表彰記念講演会 ~茶のしずく石鹸訴訟における実務と研究の架橋~

花束贈呈

福岡県弁護士会 朝見行弘会員内閣総理大臣表彰記念講演会 ~茶のしずく石鹸訴訟における実務と研究の架橋~
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トラウマ・インフォームド・アプローチから学ぶLGBTQ+とともに生きているということ

月報記事

LGBT委員会 石井 謙一(59期)

1 去る2022年2月24日、小野アンリさんと向坂あかねさんを講師に迎え、オンライン配信の形式で「トラウマ・インフォームド・アプローチから学ぶLGBTQ+とともに生きているということ」研修が開催されました。

講師のお二人は、東京でProud Futuresという団体を立ち上げ、LGBTQ+の若者の支援活動を行っておられる方々です。

非常に充実した研修で、その全てをお伝えすることは難しいので、以下印象に残った点に絞ってご報告させていただきます。

2 まず、小野アンリさんから、性の多様性についての基礎知識についてご講演いただきました。

性の要素には、性自認、性別表現、生まれたときにつけられた性別、性的指向、恋愛の対象という5つの要素があります。

そのうち、生まれたときにつけられた性別以外については、それぞれ、男性、女性、その他の性別が別要素としてあり、人の性のあり方は、以下のようにそのそれぞれを表す3本の矢印の組み合わせで表現することができます。

これらの要素について、自分がどの程度強く感じるのかを、強く感じる場合は矢印の先の方、弱いか感じない場合は矢印の根本の方に印を書き込むことで、その人の性のあり方を表現することができます。

ぜひ、ご自身について実際に書き込んでみていただければと思います。実際に書き込んでみると、ご自身の中にも様々な要素があることに気づくことができると思います。

それをこの世の全ての人が実行するとどうなるでしょうか。

書き込んだ人の数だけパターンがあるのではないでしょうか。

世の中には男と女がいて、その典型的なあり方から少しはずれた人が性的少数者だと思われがちですが、性のあり方はそもそも人それぞれなのです。

福岡県弁護士会 トラウマ・インフォームド・アプローチから学ぶLGBTQ+とともに生きているということ

3 次に、向坂あかねさんから、トラウマ・インフォームド・アプローチについてご講演いただきました。

トラウマ・インフォームド・アプローチとは、基本的には「その人がトラウマを体験した」ことを前提とした人との関わり方のことを言います。

トラウマとは自分の身に起こった、あるいは今起こっている悪い出来事や精神的負担であり、トラウマ体験とは、人の生命、安全、または福利を脅かす出来事です。トラウマ体験は、特別な誰かだけが経験するものではなく、私達だれもが癒すべき傷を持っていると考えられますが、その深さや修復可能性は人それぞれです。そのことを、一枚の紙を使って、トラウマ体験ごとに紙が握りつぶされていく様子を実演して可視化してくださいました。心はトラウマ体験によって握りつぶされて丸まってしまいますが、それをまた広げて一枚の紙に戻すことができる場合もあるし、戻らない場合や、戻っても折り目がついたままになるかもしれません。トラウマ体験を受けたときの心の状態について、実際の紙の様子を見て理解することができました。

トラウマ体験を受けると、人の脳の部位のうち、理性的な判断をするための前頭葉の機能が低下し、危機対応のための偏桃体の働きが優位になります。その結果、典型的には闘う(Fight)、逃げる(Flight)、凍る(Freeze)、友人(Be Friend)という4つの反応を示すことがあります。

例えば、対応がけんか腰になったり、重要な会合に欠席したり、反応が乏しくなったり、相手にすり寄ってしまったりといった反応です。

トラウマ反応について知識があると、こういう反応を見た時に、もしかしたらトラウマ体験によるものであるかもしれないと連想することができ、より適切なサポートにつながることが期待できます。

このような体験を持つ人をサポートすることについて、ワークを行いました。拙いながら再現してみます。来所者で、いつも声を荒げる人物を想像してください。その人を、「問題を引き起こす人」「やばい人」とラベル付けをして見た時、どんな気持ちになるのか、その人のことを他にどんな風に思うかを考えてみてください。次に、同じ人のことを、「これまでにどんな経験をしてきたんだろう」「何が起きたんだろう」という視点で見てください。そのときどんな気持ちになりますか。この人のことをどんな風に思いますか。研修当日の参加者の場合は、後者の方が当該人物について深みのある評価をすることができ、建設的な対応について検討することができるようになりました。

このように、目の前の人がトラウマ反応を起こしているときに、「これまでにどんな経験をしてきたんだろう」「私たちの用意したどんな環境や言動がトラウマ反応を引き起こしたんだろう」と考え、適切な対応をし、適切な環境を整えることがトラウマ・インフォームド・アプローチの考え方です。

LGBTQ+当事者は、非当事者と比べてトラウマを経験することが多いと言われています。例えば、社会におけるさまざまなシステムが多様な性のあり方を前提としていなかったり、サポートする側から「普通でない」「かわいそう」「気持ち悪い」という感情を持たれたりといったことです。

このような実情を前提に、LGBTQ+当事者について適切な対応をし、適切な環境を整えるために我々が具体的に何ができるかについても具体的な処方箋を紹介していただきました。

例えば、弁護士のみならず事務員も含めて、LGBTQ+について学ぶ機会を定期的に持つ、ウェブサイト等外部から見える情報の中にLGBTQ+フレンドリーであることを掲載する、LGBTQ+の人達にこれまでも関わってきたし、これからも関わっていくということを分かっておくことで、依頼者から性のあり方についての話が出てきたときに驚きすぎないようにする、などの取り組みが紹介されました。

福岡県弁護士会 トラウマ・インフォームド・アプローチから学ぶLGBTQ+とともに生きているということ

4 研修は2時間にわたるものでしたが、お二人とも、ご講演の合間にストレッチの時間を設けたり、クイズを挟んだり、動物の写真などほっこりする映像をスライドにまぜたり、受講者がリラックスできるよう配慮しながら進行してくださいました。

講演の口調も穏やかで聴き取りやすく、十分に理解しながら聴講することができました。

メンタル面に配慮するというのが具体的にどういうことなのかということを理解する上でも参考になる研修だったと思います。

5 トラウマ・インフォームド・アプローチはトラウマ治療の専門家でなくても取り組むことができるものです。

そして、このアプローチはLGBTQ+当事者対応の場面で有効なだけでなく、上記のように「やっかいだな」と感じがちな依頼者対応などにも応用可能なものです。

ぜひ参考にしていただき、日ごろの業務に取り入れていただければ幸いです。

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映画上映・講演会「望むのは死刑ですか オウム"大執行"と私」~監督長塚洋さんをお迎えして~

月報記事

死刑制度の廃止を求める決議推進室 室員 古賀 祥多(69期)

多くの皆様にご参加いただきました

去る2022年2月19日(土)、福岡県弁護士会において、「望むのは死刑ですか オウム"大執行"と私」の上映会および長塚洋監督の講演会を、日本弁護士連合会、九州弁護士会連合会との共催で、開催しました。昨今の新型コロナウイルスの流行状況にかんがみ、会場参加・オンライン参加でのハイブリット方式で実施しましたが、あいにくの悪天候の中、当日は、合計約40名の方が参加されました。

本上映会・講演会の趣旨等

日本では、現在もなお、死刑制度があり、その執行がなされていますが、日本では死刑執行に関する情報はほとんど公開されないままとなっています。

そのようななかで実施された内閣府の世論調査によれば、国民の8割が死刑を「やむを得ない」と述べています。

他方で、世界的には死刑制度を廃止・停止している国が飛躍的に増大しており、国際的潮流としては、死刑制度を廃止する方向となっています。

福岡県弁護士会では、会内において議論を重ねた上、2020年9月18日、「死刑制度の廃止を求める決議」がなされました。

その後、2021年7月1日、米国連邦政府において、ガーランド司法長官が連邦レベルでの死刑執行のモラトリアム(一時停止)を司法省職員に指示する通知を公表しました。OECD参加国をみると、死刑制度を維持していたのは、日本のほかに米国連邦およびその一部州でしたが、そのようななかで、米国連邦政府が死刑執行のモラトリアムを宣言したのです。これを受けて、福岡県弁護士会は、同年8月25日に「米国における連邦レベルでの死刑の執行停止を受け、日本における死刑制度の廃止に向けて、死刑執行の停止を求める会長声明」を発出しました。

福岡県弁護士会は、過去に、同じく長塚洋監督の、「望むのは死刑ですか 考え悩む"世論"」のドキュメンタリー映画の上映会・講演会を実施しました。今回は、長塚洋監督より、続編である「望むのは死刑ですか オウム"大執行"と私」が完成したとの話を聞き、上映会・講演会を実施することとなりました。

福岡県弁護士会 映画上映・講演会「望むのは死刑ですか オウム
見どころ説明

本映画は、2018年のオウム真理教幹部13名に対する一斉執行を受けて、死刑の加害者・被害者をはじめとする死刑執行と向き合った方のドキュメンタリーとなります。

上映に先立ち、長塚監督に本映画の見所を尋ねてみました。長塚監督は、見所を話すとネタバレになるということで、映画の内容には立ち入らず、本映画をどういう気持ちで見てもらいたいか、という点について触れられました。

長塚監督は、メインタイトルである「望むのは死刑ですか?」について触れ、我々は死刑制度を自分のこととして考えているのだろうか、死刑制度のことを本当に知っているのか、そのうえで、死刑制度について議論しているのだろうか、そういった問いかけを本映画のタイトルにつけたとのことでした。このような、タイトルに込められた意味・気持ちを明らかにしたうえで、そのような気持ちで映画を見てほしい、ということでした。

本映画の内容とオウム真理教の説明

本映画では、オウム真理教の教祖および信者を含む13人に対する死刑執行後、さまざまな立場でオウム真理教やその信者、および同信者が引き起こした事件に向き合ってきた方々へ行った、本執行に関するインタビュー、対談を内容とするものでした。

オウム真理教や同教による各事件は、日本の犯罪史上において特筆される事件であるため、既にご存知の方も多いかと思いますが、事件発生から30年近く経過していることもあり、同事件を知らない世代もいることから、改めて概略を説明します。

オウム真理教は、1980年代後半に設立された新興宗教でしたが、その教義により、「出家」や高額の布施を要求するなどして、信者の親族やその支援者と揉めることが多く、発足時から様々な問題を抱えていました。そのため、信者の親族などで構成される「オウム真理教被害者の会」(現在、「オウム真理教家族の会」。以下、「家族の会」とします。)が結成され、司法、行政、警察など関係官庁に対する訴えが繰り返されていました。ただ、家族の会の活動に対して、警察等はその訴えを取り上げることはありませんでした。

そうしたなか、オウム真理教の信者は、教義に反する者に対して、その生命・身体を狙った犯行を行い、1988年から1995年にかけて、坂本堤弁護士一家を全員殺害し、信者らへのリンチ、家族の拉致監禁殺害を繰り返したほか、松本サリン事件、地下鉄サリン事件など、数々の凶悪犯罪を引き起こしました。

これら事件については、教祖やその信者を含む13名に対して死刑判決が言い渡され、2018年7月に2回にわたり、一斉に死刑執行がなされました。

本映画で印象深かったエピソード

本稿で、映画の内容をすべて明らかにするとそれこそネタバレになりますので、その全てをつまびらかにすることはできませんが、私が印象に残ったところを少しかいつまんでお話しようと思います。

まず、家族の会の永岡英子さんは、2018年の一斉執行を受け、神奈川県警が、当初、自分たちの訴えについて取り合わなかったことへの怒りの気持ちを示し、最初から本格的に捜査をしていれば、このような重大犯罪が繰り返されることはなく、このような顛末にならなかったのではないか、といった無念の気持ちを示していました。家族の会にとって、オウム真理教に取り込まれた身内は、オウム真理教の「洗脳」の「被害者」であり、そうした被害者を救うべく努力を続けていました。しかし、そのようななか、オウム真理教に取り込まれた「被害者」が、最終的には、取り返しのつかない凶悪犯罪に手を染め、多くの命を奪った「加害者」となってしまいました。本件で死刑執行の対象となった信者の中にも、家族の会がオウム真理教から救おうとした「被害者」が含まれていました。永岡さんの言葉は、オウム真理教事件や死刑制度にかかる様々な側面を示すものとして、印象深いと思いました。

また、坂本堤弁護士の先輩であった岡田尚弁護士の話が印象に残りました。岡田弁護士は、坂本弁護士がオウム真理教から娘を取り戻したいという親の相談を担当することとなったことを目の当たりにし、その後、坂本弁護士一家全員が失踪し、さらに後日、殺害されたことを知り、以後、オウム真理教と対峙し続けることになりました。岡田弁護士は、死刑制度に対して反対意見であるとのことでしたが、坂本弁護士を殺害した信者の公判期日を傍聴した際、同僚を殺した人間を目の当たりにして、「このやろう」という気持ちが表れたことを率直に語りつつ、また他方で、「坂本は、自分を殺し、妻と子を殺した犯人であっても、果たして死刑を望んだだろうか、とも思うのです。」と述懐し、事件に対する憤りと死刑制度やその執行に対して気持ちが揺れ動く様子が映し出されていました。

さらに、滝本太郎弁護士と岡田尚弁護士の対談の際、オウム真理教幹部に対する死刑執行後に弁護士会において死刑の廃止等を求める決議を発出したことについて、滝本弁護士が、死刑判決確定後執行前に声明を発出しなかったなかで、執行後に声明等を発出することへの疑問を投げかけたところが、オウム事件を目の当たりにしたなかでの死刑制度を巡る複雑な思いが表れており、非常に衝撃的でした。

本映画では、他にも様々なことが盛り込まれていましたが、オウム事件、及び同事件にかかる死刑執行のリアルを知ることができました。

講演会・クロストーク

映画が終わった後の講演会において、長塚監督は、参加者に対し、本映画をどのように受け止めたのか尋ねられました。その中で同監督が強調されたのは、「自分は死刑制度に反対するためにこの映画を製作したのではない、死刑そのものについて知ろうとしてもらいたい、そして、死刑制度について考えてもらいたい、議論してもらいたい、そのきっかけになればと願ってこの映画に取り組んだのです」ということでした。

そして、長塚監督は、1作目の「望むのは死刑ですか 考え悩む"世論"」についても、内閣府の死刑制度に関する世論調査において、死刑制度は「やむを得ない」か、あるいは「反対」かの二者択一で質問がなされているが、このような問いかけをされれば、国民は何かしらの「回答」をするのではないかと思われるが、果たして、我々は本当に死刑制度について考えたうえで回答しているのだろうか、まず、考え悩むことが必要なのではないか、という疑問があって制作したと語られました。

ただ、1作目の映画では、これまで死刑制度について考えたことや悩んだことがなかった人に対して死刑制度について考えるきっかけを与えるものとなったものの、死刑制度にかかる「当事者」は1人しか登場しておらず、さらに深く考えてもらうには、多くの「当事者」の声を知る必要があると考えていたところ、オウム真理教幹部の大執行があり、本映画を作成することとしたということでした。

その後、黒原智宏会員を交えてお話が進みました。黒原会員は、実際に死刑求刑事件の弁護を担当し、その被告人について現に死刑判決が言い渡され、最高裁まで争ったものの、ついに死刑判決を覆すことができなかったという経験をお持ちです。そして、その後、今に至るまでその死刑確定者を支える活動をしておられる方ですが、長塚監督に問われて、それ以前は死刑制度が必要だと考えていたことを率直に認められました。その黒原会員が、上記事件を経験することにより、また、本映画を視聴したことで、死刑制度への疑問を語られ、死刑は、国家であればたやすく命を奪うことができるということを示すために、いわば国家権力を示す装置とされているのではないかとの意見を述べられたのは圧巻でした。

そして、講演は、諸外国の死刑制度をめぐる動きや法制度のことなど、様々な事柄に広がっていきました。たとえば、メディアは、死刑制度に関する報道や世論調査は十分とは言えません。頻繁に報道されることによって、世論が形成されるのですから、メディアが果たすべき役割は大きいと思われます。アメリカでは、死刑事件においてスーパーデュープロセスがとられ、通常の刑事事件とは別に特別な手続規定に従って審理がなされるなど、特別な刑罰として意識されているのも、メディアが死刑事件を取り上げ詳しく報道するからであること、それに対し、日本においては、メディアの報道不足と、これによる市民の情報不足があるということが指摘されました。

続いて、会場の参加者との間でディスカッションが行われましたが、私が印象的だったのは、オウム真理教事件を知る世代の人が、教祖以外の信者に対する死刑執行について否定的な見解を示しながら、教祖だけは別としていることについて、オウム事件を知らない若い世代の人から投げかけられた、「なぜ教祖だけ別なのか」という趣旨の質問でした。これにはその事件を知る世代の参加者も答えに窮するという場面もありました。

福岡県弁護士会 映画上映・講演会「望むのは死刑ですか オウム
死刑制度について深く知ること、考えること、議論することの重要性

本上映会・講演会で考えさせられたことは、市民が死刑制度について考えること、世の中の在り方を考えること、そして、考えたことについて議論することが大事であるということだったと思います。

本映画は、オウム真理教幹部の一斉執行の直後の時期に撮影された、まさしくその時、その瞬間を切り取るドキュメンタリーでした。現在、オウムの大執行から3年経過し、歴史になりつつあるところ、オウム真理教事件の「当事者」である方々の肉声を記録した本映画は、大変貴重なものであると思います。

オウム真理教事件、及びその幹部に対する一斉執行については、我々に対して、「死刑制度」とは何か、ということを突きつける大きな出来事であり、我々としても、より具体的に事件や刑の執行について知り、考え、議論するきっかけとすべき出来事であり、決して風化させてはならないように思いました。

福岡県弁護士会 映画上映・講演会「望むのは死刑ですか オウム

死刑を執行すれば、人の生命が国によって奪われます。オウム真理教幹部の一斉執行では、1ヶ月の間に13人の命が国によって奪われました。世間ではオウム真理教の凶悪性が報じられ、それを受けて、死刑執行の際には、立て続けに執行されたことが、リアルタイムで報道されました。しかし、その報道では、本来であれば伝えられるべき情報等が抜け落ち、何も知らされないままとなっているような気がします。たとえば、実際の死刑執行の方法や、執行に携わる刑務官のこと、死刑執行前後の死刑確定者の様子などは、まったく伏せられたままです。また、死刑執行により、もはや執行対象者から事件の真相等が語られる機会が永久に失われることとなりました。本講演会では触れられていませんが、ふと考えれば、死刑確定後、今日明日ともしれぬ死刑執行を前にして、死刑確定者がいかなる心境におかれたのか、執行間際の肉声も聞く機会はないことに気づきました。

死刑執行に直に触れ、考え、議論することが非常に大事だと思います。これからも、皆様とともに考え、議論を深めていきたいと思います。

福岡県弁護士会 映画上映・講演会「望むのは死刑ですか オウム
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トラブル多発! 安易な投資話に注意! 全国一斉投資被害110番(2月26日実施)のご報告

月報記事

消費者委員会 委員 内田 鴻二(73期)

1 実施概要

令和4年2月26日(7)10:00~16:00に「全国一斉投資被害110番」として、消費者委員会の有志が相談担当として、電話相談会を行いました。

特に、今回は、令和3年12月8日付、東京地方裁判所より、業務停止命令等が発令された、「SKYPREMIUM INTERNATIONAL PTE.LTD.(スカイプレミアムインターナショナル社)の被害相談に対応することを主な目的として行いました。

2 投資詐欺被害

スカイプレミアム投資詐欺被害とは、シンガポールに拠点を置く「SKY PREMIUM INTERNATIONAL」という会社が、日本国内で金融商品取引業の登録がないにもかかわらず、海外口座に送金をしたうえでFX取引を運用すると謳い、およそ2万2000人の投資家から1200億円を集めていた事案です。

昨年秋ごろから被害相談が増え始めたため、何らかの責任追及ができないかと考え、情報収集も兼ねて、電話相談会が実施されました。

3 実施結果

電話相談の結果としては、スカイプレミアムに関する被害相談が10件、その他の投資被害相談が8件と、事前の広報(毎日新聞と読売新聞への記事掲載)が功を奏したと結果となりました。相談者の所在は、福岡県内はもちろんのこと、沖縄や他県からの相談もありました。

福岡県弁護士会 トラブル多発! 安易な投資話に注意! 全国一斉投資被害110番(2月26日実施)のご報告
4 110番で得られた情報

被害者の多くは、身近にいるエージェントと呼ばれる人物から、『元本が割れることはほとんどない』、『利回りは30%程度』、『大損はしない』などと勧誘を受け、投資を決断。海外の送金業者を通しての入金を指示され、運用を見守っていたところ、令和3年秋頃から出金が遅延しがちになり、現時点で全く出金ができない状態に至っているというものでした。被害者それぞれの投資額(被害金額)はおおよそ数十万円から2000万円と幅がありました。

エージェントとは、現時点でも連絡を取れていることが多く、エージェントの多くは、『我々も被害者だ』、『何を焦っているんですか、投資なんだから当たり前のことですよ!』と開き直っているとのことでした。

5 今後の対応方針

まず、エージェントに対する責任追及の可能性としては、金融商品取引法違反や不法行為を理由に損害賠償請求できないか検討されるところ、仲介役であるエージェントに責任が生じるか、どこまでスカイプレミアムと関与しているか、そもそも回収可能性があるか等がハードルになるのではないかと考えています。

次に、スカイプレミアム社に対して、金融商品取引法違反を理由に損害賠償請求できないかも検討されるところ、海外に拠点を置く会社であるため、全く実態が掴めていないことや国際法の問題も生じるため、こちらもなかなかハードルが高そうです。

送金業者に対する債務不履行責任も考えられるところ、被害者の多くが送金業者とどういった契約関係にあるかが判然としておらず、こちらもまだまだ情報不足の感が否めません。

6 まとめ

電話相談の中で、弁護士との個別相談を希望する被害者もいたため、担当者を決め、各々の事務所で個別相談にも応じました。

資料やエージェントの名刺、エージェントとのLINE履歴など、徐々にではありますが、有用な情報が集まってきている実感はあります。

被害に遭われた方の沈痛な面持ちを目の当たりにすると、何とか力になりたいと思う一方、すぐには動き出せない状況にあるため、弁護士として悩ましく感じました。ただ、弁護士会全体として、積極的に助言・対応をしていければ望ましいと思っています。今後も消費者被害に遭われた方の法的支援のために有益な情報提供に努めてまいります。

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生きることにおびえなくてよい社会をめざして

月報記事

自死問題対策委員会 日髙 こむぎ(70期)

1 はじめに

2022年3月5日(土)、福岡県弁護士会が主催し日本弁護士連合会が共催する自殺予防シンポジウム「生きることにおびえなくてよい社会をめざして」が福岡県弁護士会2階大ホール(ZOOM併用)で開催されました。

シンポジウム開催の9日前の2月24日、ロシア連邦がウクライナへの軍事侵攻を開始しました。日々報道される被害の状況に心を痛め、また、平和の大切さを再認識された方も多いと思います。翻って、日本は、平和な社会と言えるのでしょうか?

2020年の自殺者数は2万1081人となり、11年ぶりに前年を上回り、女性と若者の自殺が目立ちます。2021年の自殺者数は警察庁の自殺統計(速報値)によると2万0984人とわずかに減少しましたが、女性の自殺はほとんど減っていません。これらの数字を見ると、女性や若者をはじめ多くの人の命や未来がおびやかされている現状が浮かび上がってきます。

追い込まれた死を防ぎ、生きることにおびえなくてよい社会をつくるために私たちに何ができるのか、シンポジウムの内容をご報告します。

2 基調講演

基調講演として、NPO法人ライフリンク代表であり、全国レベルで自殺対策に取り組まれている清水康之さんに、お話をいただきました。

(1) 若者にとって自殺が身近で深刻な問題であること

日本では、1998年に自殺者数が急増し、14年連続して国内の自殺者数が3万人を超える状態が続いていました。2010年以降は9年連続の減少となり、2018年の自殺者数は2万0840人と37年ぶりに2万1000人を下回りました。ところが、前述のとおり、コロナ禍において自殺者数は増加しています。

年齢階級別の自殺死亡率の推移をみると、10代の自殺死亡率のみが上昇しています。また、それぞれの年齢階級別の死亡原因をみると、10代後半、20代、30代では死亡原因の第1位が自殺です。先進国(G7)と比較すると、10代及び20代の死亡原因の第1位が自殺であるのは、日本のみとなっています。

このように、日本の若者にとって、自殺が深刻かつ身近な問題であることが分かります。インターネット上には、「死にたい」「消えたい」という、誰にも話せない苦しい胸のうちがつづられていることが少なくありません。

清水さんは、多数の大人たちが自殺により亡くなっている社会に生まれてきてしまったからこそ、子どもたちも同じように自殺のリスクを抱えてしまっていると捉えることができると指摘されました。

(2) 自殺の危機経路

自殺対策に具体的かつ実践的に取り組むためには、自殺の実態の把握が非常に重要です。そこで、ライフリンクでは、どのような人がどのようにして自殺で亡くなったのか、自殺に至るまでのプロセスを明らかにするための調査を行いました(調査の報告は、ライフリンクのウェブサイトで閲覧することができます。)。その結果、一人あたり平均して、4つの悩みや課題が重なって自殺に至るということが明らかとなりました。

一例をあげると、失業者では、「失業→生活苦→多重債務→うつ状態→自殺」、労働者では、「配置転換→過労+職場の人間関係→うつ状態→自殺」、主婦では「子育ての悩み→夫婦間の不和→うつ状態→自殺」というように、自殺に至るまでには、複数の問題が重なりあい、連鎖しています。また、職業や立場によって、自殺に追い込まれるプロセスに一定の規則性(パターン)があることが分かります。

この自殺の危機経路における最初の要因は、私たちの日常に溢れている問題です。ところが、問題が悪化して別の問題を引き起こし、また別の問題を引き起こすというように、問題が連鎖して追い込まれていきます。この連鎖では、「うつ病→自殺」の経路が危険度が高いのですが、留意すべきなのは、うつ病は、自殺の一歩手前の重大な要因であると同時に、他の様々な問題が連鎖した結果であるということです。したがって、自殺対策としては、うつ病に対する治療だけではなく、その他の問題の対策を行うことによって、危機経路の進行をいかに早い段階で止めるかが、重要となります。

(3) 自殺の危機経路の進行を止めるためには

実は、自殺の背景にある約70の問題一つ一つに対しては、既に様々な対策が講じられています。それではなぜ、自殺の危機経路の進行を止めることができないのでしょうか。

その理由は、それぞれの対策が、それぞれの領域の中に留まってしまっているからです。仮に、ある専門家が、その人の抱えている問題のうち1つだけを解決したとしても、残りの3つの問題が未解決のままでは、その人を完全に自殺から救うことは出来ません。

自殺の危機経路の進行を食い止めるには、平均して4つの窓口が連動して支援を行わなければならず、点の取り組みでは上手くいかないのです。

このことは、調査からも明らかになっています。前述した調査での質問事項の1つとして、自殺者の遺族に対し「家族(自殺者)は自殺で亡くなる前に専門機関に相談していたか」と尋ねたところ、全体の実に70%が、「相談をしていた」(30%が「相談をしていない」)と回答しました。そして、相談をした時期としては、全体のうち44%が、「1か月以内」に相談をしていたと回答しました。

このように、自殺者は、専門機関に相談をしたにもかかわらず、自死に至ってしまったという、衝撃的な事実が明らかとなりました。

(4) 自殺対策は、地域づくり・社会づくりであること

私たちの社会は、多様化する中で、地域の現場が抱える問題も複雑化し(例えば8050問題、ヤングケアラーの問題)、これまで予期しなかった問題に直面しています。今後も、よりいっそう予期せぬ問題が生じることが予想できます。そのような問題に対しては、旧来的な縦割り行政、専門分野ごとのばらばらな支援(点での支援)では、なかなか上手くいきません。

地域の現場の実情に応じて、関係者が柔軟に連携できれば、複雑化した問題にも対応することができ、住民の暮らしの質・命をまもることができます。誰が、いつ、自殺の危機経路に落ちてしまうのかは分からない状況にあります。支援の入り口のどこかにたどり着けば、そこから必要とする支援につながるという、誰もが支援を受けることができる社会を作っていくことができれば、誰にとっても生き心地のよい社会となります。

(5) 自殺のリスクをおさえるためには

自殺のリスクには、生きることの促進要因(将来の夢、家族や友人との信頼関係、やりがいのある仕事や趣味、経済的な安定、ライフスキル(問題対処能力)etc)と、生きることの阻害要因(将来への不安や絶望、失業や不安定雇用、過重労働、借金や貧困、家族や周囲からの虐待、いじめetc)が関係しています。

生きることの促進要因よりも、阻害要因が上回るとき、自殺のリスクが高まります。逆に、生きることの促進要因が阻害要因を上回っていれば、自殺のリスクは低くなります。

自殺対策のためには、阻害要因を取り除き、促進要因を増やしていくことが重要です。

(6) 点から線、線から面へ

自殺に対応できる地域のネットワークは、他のあらゆる問題にも対応できるはずです。点と点の支援をつないで点から線へ、そして線が重なり合って線から面(セーフティネット)へと広げていくことが必要とされています。

清水さんは、講演の冒頭で、ウクライナに留学された時の思い出に触れられました。そして、ウクライナの子どもたちは、キーウに残り徹底抗戦しているゼレンスキー大統領、その行動により国をまもるため立ち上がるウクライナの大人たち、そしてウクライナの人々の行動を見て支援を進める諸外国の行動を見て、「行動」から、祖国のまもるべき価値を身に染みて感じているのではないかと述べられました。

清水さんは、講演の冒頭で、ウクライナに留学された時の思い出に触れられました。そして、ウクライナの子どもたちは、キーウに残り徹底抗戦しているゼレンスキー大統領、その行動により国をまもるため立ち上がるウクライナの大人たち、そしてウクライナの人々の行動を見て支援を進める諸外国の行動を見て、「行動」から、祖国のまもるべき価値を身に染みて感じているのではないかと述べられました。

3 日弁連の自殺予防の取り組みについての報告

次に、日弁連の自殺予防の取り組みとして、生越照幸弁護士より、自死遺族支援弁護団におけるLINE相談の経験を基に、SNS相談の仕組みについてご報告をいただきました。

同弁護団では、相談で利用するSNSとして「LINE for Business」を採用されました。導入に際しては、(1)相談対応の弁護士のサポート体制(2)予想される質問への回答例の作成、(3)電話相談への誘導を工夫されたそうです。

実際に、LINE相談でのチャットの具体例(仮定)をもとに、SNS相談の難しさについてもお話いただきました。法律相談では、回答の前提として様々な事実関係を確認する必要がありますが、把握しておきたい情報を相談者から聞き出すのが難しかったり、回答者の質問の意図や回答について、相談者が理解しづらいと感じたことがあったりしたそうです。

SNS相談は有用な手段でありますが、どのような方が相談者となるか(どのような相談を行うか)により、制度設計に工夫が必要であると感じました。

4 パネルディスカッション

パネルディスカッションでは、当会自死問題対策委員会委員の川渕春花弁護士の進行のもと、清水さんに加え、福岡において子ども支援の実践と研究をされている大西良さん(筑紫女学園大学准教授)、長年女性や家庭の相談を受けてきた山坂明美さん(公認心理師)にご参加いただきました。まず、大西さんと山坂さんに、それぞれの支援活動をご報告いただきました。その後行われた「若者、女性の自殺」についてのディスカッションから、一部をご紹介します。

(1) コロナ禍で社会の弱い部分が加速したこと

コロナ禍では、女性の自殺者数の増加率が大きいです。その背景として、清水さんからは、コロナ禍では非正規雇用の人たちがまもられず、非正規雇用の割合が大きい(48%)女性が追い詰められてしまった状況があるのではないかと指摘がありました。

山坂さんの経験でも、女性の相談で、雇用・子どもに関するものが多いとのことでした。家事育児で疲弊し、このままでは子どもをどうにかしてしまうのではないかという悲痛な叫びが聞かれたそうです。清水さんによると、データとして、女性の中でも、有職女性・同居人がいる女性の方が、無職女性よりも自殺が増えているとのことでした。

子どもを取り巻く環境の変化として、大西さんは、体験やつながりの場が失われていると指摘されました。現在、学校給食は黙食のためコミュニケーションがない状況で、学校行事も開催されていません。授業以外のところで自分らしさを発揮できる子どもたちの活躍の場が失われ、子どもたちの自尊感情が低下しているのではないかとのことでした。

このような変化は、コロナ禍で新しく問題が生じたというよりは、コロナ禍で社会の弱い部分が加速し、顕在したということで、意見の一致が見られました。

(2) 支援者としてどのようにアプローチすればよいか

支援者として相談を受ける際には、どのように対応すれば良いのでしょうか。

山坂さんは、対面相談の場合には、相談者の動き・目線などを注視し、五感をフルに発揮して、相談を受けられているそうです。過去には、支援をしたいという気持ちが強すぎてつながりが切れてしまうという苦い経験をされたこともあるそうですが、相談者の自尊感情と自己決定を尊重し、敬意を持って接することに留意されています。

大西さんは、スクールカウンセラー、アウトリーチ活動で子ども・若者に対して接する中で、悩みやつらい気持ちを告白してくれたことが回復の始まりであることから、まず、支援を求めてきてくれたことを称賛されているとのことでした。また、子どもたちの自傷行為や「死にたい」「苦しい」という気持ちには、背景や理由があることを意識し、「自傷行為をやめなさい」というスタンスで望むのではなく、「『やめなさい』ということをやめる」ことに留意されています。子どもたちの気持ちを否定するのではなく、肯定的に捉えた上で伝えているとのことです。

清水さんは、主導権を奪わないことが極めて大切と指摘されました。自殺防止の支援では、「死にたい」という気持ちを吐露されることも多くあります。その場合は、「死にたい」という気持ちを受け止めるべきで、「馬鹿なこと言わないで」「いつかいいことあるよ」など、自分の気持ちを相手に押し付けるのは避けるべきとのことでした。相談者は「死にたい」という気持ちを聞いてもらうことを望んでおり、「この人は自分の気持ちを受け止めてくれた」「この人になら聞いてもいいかな」と思ってもらわなければ、その先の問題解決のための支援には進めないそうです。追い詰められた気持ちを受け止め、受け止めてもらったことを踏み台にして、生きるための具体的な支援を受ける気持ちになってもらう必要があります。

このように、支援者の対応として、相談者の気持ちの受容・傾聴が重要であることが分かります。

5 さいごに

自殺の背景には、弁護士として関わる問題が多数あります(多重債務、労働問題、犯罪被害、DV、性暴力、いじめなど)。自殺防止の支援のみならず、良い社会を作るために弁護士としてできること・やるべきことは、地域社会の他の専門分野との連携をはじめ、たくさんあるのだと再認識しました。

生きるという選択を一人でも多くの人ができる社会を作るため、活動を続けていきたいと思います。

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