福岡県弁護士会コラム(弁護士会Blog)
2022年2月号 月報
虐待の違法と予防の違い ~ 経済的虐待の裁判例を題材にした「あいゆう研修」レポート
月報記事
高齢者・障害者委員会 委員 野中 嵩之((73期)
1 研修概要
令和3年11月26日、高齢者・障害者委員会主催(日弁連との共催)の「あいゆう研修」を福岡県弁護士会館(ZOOM併用)にて実施したのでご報告いたします。
本研修は二部構成で行い、前半は「近時の高齢者・障害者虐待に関する裁判例の紹介」と題して裁判例の紹介、後半は「ケーススタディディスカッション」と題して行政の不作為が第1審で違法とされた裁判例を題材にパネルディスカッションを行いました。
前半は、当委員会の委員である郷司佳寛先生に講演いただき、後半は上記裁判例の原告側代理人である齋藤真宏先生、社会福祉士の小幡秀夫様、当委員会委員松澤麻美子先生にパネルディスカッションをしていただきました。
2 第2部の概要
(1) 第2部では、滋賀県近江八幡市での裁判例(大津地裁平成30年11月27日判時 2434号3頁)を題材に、議論は進みました。
テーマは、「どうすれば虐待を防げるか≠どうすれば違法にならないか」、つまり裁判における事後的な違法判断ではなく、行政的な視点での事前予防策に視点をあてた研修でした。
(2) 上記裁判例の事案の大枠は以下です。交通事故で夫が事故に遭い、重度の後遺障害を負いました。夫婦は新婚で、第1子ができた矢先の事故でした。その後、妻から夫に対する虐待が疑われるようになり、交通事故に伴う多額の賠償金が入金されてからは、1年に約1300万も支出があるということが2年連続確認されています。また、ある弁護士が保佐申立てをしていたにもかかわらず、上記の明らかに不自然な支出に気付くことはできませんでした。
3 第2部のディスカッションで学んだこと
(1) 違法と予防の視点の違い
上記裁判例では、行政の不作為が違法と認定されたのは相当後の時点でした。その上、第2審では行政の対応に違法はなかったとすら判断されています(現在、最高裁に上告中です。)。このように、違法となる時期は遅くなる傾向にあると感じる一方で、いかに虐待を防ぐかの視点では相当早期の段階で対策を打つべきとの議論がなされました。
とくに、社会福祉士の小幡様は、原告本人(夫)が施設に入るも「家族が面会に来ない」「(交通事故の保険から休業補償が入ったのに)利用料が滞っている」という段階から、行政としては介入すべきであったとします。行政による権限行使というハードなものではなく、子育て支援に寄り添うソフトな対応を早期のうちにしていれば結果は違ったかもしれないとのことでした。
虐待というと、どうしても「悪者」として責任追及すべき対象と捉えがちですが、本件の妻も子供ができて子育てが大変となった直後に夫が重度の後遺障害を負っており、不安でならなかった、そんな孤独の中で行政等の支援すらもなければどうなるのか。このようなことを考えさせられた議論でした。
(2) 経済的虐待の難しさ
また、上記裁判例では明らかに不自然な多額のお金の支出が2年連続で行われていますが、小幡様は身体虐待やネグレクトと比べると経済的虐待は少ない印象であるとご指摘したように、経済的虐待自体、他の虐待類型とはまた違う難しさがあるのかもしれないと感じました。
原告代理人の齋藤先生は、この頃の行政の不作為について当時の福祉課が証人尋問で「家庭によって経済的事情は違うので、一概に経済的虐待と判断することは難しかった」と聞き取ったことを受けて、「家族にはスタイルあるからと言って、月100万円を使うことも許容されるのか?」と疑問を呈されていました。まさに、経済的虐待では、この問題にいかに向き合うかという難しさがあるのではないのでしょうか。
今後の経済的虐待を考えるにあたってのひとつの視点にもなるかもしれません。
(3) 保佐人としての姿勢
上記裁判例の事案では、保佐人として弁護士が関与してたにもかかわらず上記の不自然な金銭の動きに気付くことができませんでした。
齋藤先生は、当該保佐人は原告本人の顔も見ていないとのことで苦言を呈されていました。この話を聞いて、弁護士である自分も決して他人ごとではないと肝を冷やす思いをしました。
虐待に興味がないとしても、たとえば後見人として知らず知らずに経済的虐待にある種加担することもありうる。このことは、たとえ興味がないとしても知るべきことがある、また今後経済的虐待など議論が進むに従い知識を補充していくべきではないかと思いました。
4 おわりに
普段、弁護士の業務上も裁判例は数多く目にしますが、本研修のように専門家の方や実際に関与された代理人の先生からのコメントや知見を踏まえ、予防の視点で裁判例を読み解いたことは私自身初めての経験で、非常に刺激のある研修内容でした。
経済的虐待の問題、これを取り巻く行政、家裁、弁護士などの各専門家がいかに考え関与していくのか。そして、いかにして虐待を予防していくか。虐待自体に興味がない方でも知るべきことがあること。 私自身、これらの問題について弁護士人生を通して考えていきたいと思います。
中小企業法律支援センターだより「公庫の融資課長が語る決算書から見るコロナ禍における中小企業の実情と今後の展望」研修報告
月報記事
中小企業法律支援センター 委員 泊 祐樹(68期)
1 はじめに
令和3年12月22日、日本政策金融公庫福岡支店国民生活事業融資第三課長の中嶋康夫様を講師にお招きし、「公庫の融資課長が語る決算書から見るコロナ禍における中小企業の実情と今後の展望」と題する研修を開催しました。
コロナ禍を考慮し、ライブ(県弁護士会館2階大ホール)とZoom併用で実施したところ、会場18名、Zoom39名、合計57名の会員にご参加いただきました。
本稿では、講演の内容のうち、コロナ禍における日本政策金融公庫の取り組みや融資実務における中小企業の決算書の着目ポイントなど、皆様に有益な情報を共有させていただきます。
2 日本政策金融公庫の概要
講演の冒頭で、日本政策金融公庫の紹介がありました。
日本政策金融公庫は、株式会社日本政策金融公庫法に基づいて設立された、財務省所管のいわゆる「政府系金融機関」の一つであって、全国に152支店を有し、現在117万先にのぼる小規模事業者に融資をしています。
国民生活事業の1先あたりの平均融資残高は1008万円で、小口融資が主体となっているそうです。
公庫中嶋課長講演
3 新型コロナウイルス感染症関連融資の状況
続いて、新型コロナウイルス感染拡大に関連する日本政策金融公庫の取り組みについて報告がありました。
新型コロナウイルス感染症関連の融資は、令和3年9月末日時点で約93万件、約16兆円にまで及んでいるそうです。これは、リーマンショックの影響を大きく受けた平成21年度の年間実績を大きく上回る水準であるとのことでした。
福岡県の融資決定件数についても、令和2年4月(単月)には9389件であったのが、令和3年8月の累計件数では4万6464件にのぼるなど、急激な増加を見せています。
4 急増する相談への対応状況
日本政策金融公庫では、新型コロナウイルス感染症の影響を受けた事業者からの融資の申し込みの急増に対応するため、通常の業務体制では対応できず、定期人事異動の凍結(引き継ぎ等による業務の遅滞を防止するため)、OBの採用に始まり、休日電話相談、提出書類の簡素化、審査手続の簡略化など、特別の対応を行わざるを得なかったとのことです。
また、HPに特設ページを開設し、動画を活用してオンライン案内を拡充したり、来店希望の場合は事前予約制を導入したりするなどして、支店自体が密にならないようにする対応にも力を入れたそうです。
福岡支店では、コロナ禍前の通常時に抱えていた案件の、実に10倍以上の件数を各担当者に割り振られることになり、皆様非常に忙しい日々を過ごされたと聞き、新型コロナウイルス感染拡大による融資現場の状況について、臨場感をもって知ることができました。
公庫中嶋課長講演
5 融資決定のための決算書の着目ポイント
多忙を極める中、日本政策金融公庫としては「速やかに」融資希望者の決算書に目を通し、経営実態を掴み、融資を決定するということがより求められていたそうです。
本研修では、損益計算書や貸借対照表の具体的にどこをチェックしているのかということを、事案が特定できないよう工夫したうえで具体的な資料に基づき、解説いただきました。私が代わりに説明するにはハードルが高すぎるので、中嶋課長が指摘した「ポイント」だけ説明いたします。
- 単純な売上だけでなく、減価償却費や役員報酬などにも着目し、「法人・代表者一体の収益力」を確認するようにしている。
- 売上が増減している場合、その原因が価格設定の変動にあるのか販売方法や販売量の変更にあるのか等、事業者に質問して具体的に確認するようにしている。
- 経費が増減している場合、その原因が、販促費・従業員数(人件費)・店舗数の変更等、どこにあるのか、事業者に質問して具体的に確認するようにしている。
- 財務状況を確認する上で一番重要視するのはやはり「現預金」。1カ月の売上(月商)程度(理想は2カ月分以上)の残高があるかを確認している。
- 現預金に、架空の現金が計上されていないかを確認するようにしている(ここでの粉飾が多い)。
- 売掛金について、不良分の計上があったり、前倒しで計上されているものがあったりしないかを確認するようにしている。
- 借入金について、事業規模に比して過大な借り入れをしていたり、高利の借り入れをしていたりしないかを確認するようにしている。
- 売上高及び仕入高を月単位に変更したうえで、各勘定を月商で割って指数化し、前期・前々期と比較して大きく変動している科目には注目するようにしている。併せて、推定有高との整合性がない科目にも注意している。
6 倒産動向
福岡支店が担当している事業者における、令和3年4月から11月までの(広義での)倒産件数は86件とのことです。これは前年度と比較して約2割増の水準だそうです。
つまり、現状において、倒産件数が(増加傾向にはあるものの)顕著に増えているというわけではないそうです。
ただし、これにはコロナ禍であることを理由に据置返済(元金の返済はストップして利息のみの返済だけとする方法)を認めていることなどが大きく影響しているそうで、このままコロナ禍が続くと、据置返済期間も終了し、倒産件数が増加してしまうのではないか、という懸念があるとのことでした。
7 日本政策金融公庫の現在の取り組み状況
日本政策金融公庫では、利用者の増加に対応するため、電話で簡単に融資相談や事業継続・成長支援を行ったりする等、コロナ禍での経験を生かした新しい支援を実施しているそうです。オンライン面談やインターネットでの融資申し込みを受け付けるなど、デジタル化の推進も進んでいます。
また、創業・事業承継支援、新型コロナ資本性劣後ローンの推進をすべく、セミナーを開催したり民間金融機関への制度周知に尽力していたりするそうです。
8 おわりに
弁護士として、日常の相談や受任段階で決算書に目を通す機会があると思いますが、その際にどのような視点で精査・検討するかが重要です。今回中嶋課長より融資担当者が着目するポイント、すなわち当該決算を行っている事業者の財務状況(現在そして将来性も含めて)を把握するために見るべき箇所をご教示いただき、大変勉強になりました。
最後になりましたが、中小企業法律支援センターの幽霊委員であった私にマリンワールド水族館にて気さくにお声をかけていただき当日の司会まで任せていただきました池田耕一郎先生、私の復帰(?)を温かく迎え入れてくださいました牧智浩委員長、準備段階から当日まで細やかなご配慮をいただいた松村達紀先生、井川原有香先生をはじめとした委員の皆様、ありがとうございました。