福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2021年10月号 月報
委員会の一冊 番外編 広報委員会からの一冊
月報記事
「うさこちゃんとたれみみくん」
広報委員長 服部 博之(57期)
ディック・ブルーナ 作、松岡 享子 訳
福音館書店 2007年
私は、ミッフィー(nijntje、miffy、うさこちゃん)が好きである。ミッフィーと生みの親であるディック・ブルーナを語るには、いかに月報製作責任者として与えられた権限を逸脱・濫用しても足りぬところではあるが、きっと、ミッフィーとブルーナの偉大さは、皆が認めるものであろうと信じる。ブルーナは、ミッフィーをはじめとし、たくさんの作品を世界に生み出し、2017年2月に89歳で逝去した。人の命には限りがあり、惜しむべきものであるが、生み出した作品は永遠である。
私のようなミッフィー好きの公言者も少なくはないが、実は口には出さないまでも実はミッフィー好きであるとの人は、おそらく会員が考えているよりももっと多い。毀誉褒貶あることはキャラクターの宿命というべきものであるが、少なくとも私は「ミッフィーが嫌いだ」という人を見たことがない。また、ミッフィーを描けないという会員もきっといないであろう(一定の絵心があれば格別、私のように絵心がない者は、「うさぎ」を描くことになれば、きっとミッフィーの特徴である長い耳・2つの目と「×」(この「×」はうさぎの「鼻と口」が表現されたものである。)を描くことになろう。)。さらに、ミッフィーとの一切の接触を断って、人生を送ることは不可能であると言っても過言ではない。特に、子育ての過程においては、ミッフィーは常に生活の一部となる。思い返してみると、私のミッフィーとの出会いも、物心が付く前、兄からのお下がりのタオルケットにミッフィーが描かれていたというものであった。
ブルーナの数多くの作品の中で1冊に絞ることは難しいことであるが、弁護士会の月報ということもあり、ここでは「うさこちゃんとたれみみくん」を挙げておくこととする。ミッフィーは常に正面を向いて語りかけてくる。ミッフィーには大人となった今だからこそ感じるべきものがある。
「ノルウェイの森」
前委員長 桑野 貴充(55期)
村上 春樹 著
講談社 1987年
「ノルウェイの森」にまつわるアレコレ
「この1冊を」と問われてこれを選ぶのは、余りにも「ベタ」な選択と言われそうで気恥ずかしくもある。それほどの大ベストセラーであるが、今までに一番読んだ本がこれなのだから仕方ない。初めて読んだのは中3か高1の頃だったと思うが、その後少なくとも20回以上は読んだし、学生のときには英訳本も読んだ。ただ、何度も読んで原文が殆ど頭に入っていたため、読んでいるそばから原文が頭に湧き出てきて、全く英語の勉強にならなかったのを覚えている(因みに、その次に読んだ回数が多いのは「羊をめぐる冒険」で、これも20回は読んだと思う。どうやら私は村上春樹が好きなようだ。)。
この本が発売された当時、本の帯には「100%の恋愛小説」と書かれていたが、私は、作者のことを堂々と本音を書くような人だと思っていなかったので、むしろこの本は恋愛小説ではない、恋愛小説の形を借りて別のテーマに取り組んだ小説だと受け取った。そう思って読み進めると、いわゆる羊3部作や「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」などのそれまでの作品に連なるテーマが扱われているように読めて、そのテーマからさらに1歩前に踏み出そうとしていると感じたものであった。もちろん、それまでの作品のテーマというのも、作者による公式見解があるわけではなく、私が勝手に感じたものに過ぎないが。ここでこれらの小説の解釈論を語りだすと、とてもではないが誌面が足りないし、私の解釈など誰も興味がないと思うので、ここでは踏み込まないでおく。
主人公は大学生となり上京して、とある学生寮に入るが、この学生寮は実在する(大学、出身地を問わず入寮可能)。そして、私も大学入学当初、親からこの寮に入れられた(因みに、当会の某会員は寮の先輩で、弁護士になって再会した。)。「入れられた」と書いたのは、本当は一人暮らしをしたかったのだが、スネをかじらせてもらう手前抵抗もできず、渋々入寮したからである。入寮後間もなく、寮の先輩から「ノルウェイの森は読んだことあるか?」と問われ、「一番の愛読書です」と答えたら、「ここは、あの小説に出てくる寮だ。村上春樹もここにいたらしい」と聞き、とてもとても驚いた。親の言いつけには従ってみるものだなとも思った。私が学生のころには毎朝の国旗掲揚はなかったが、隣のホテル(かの有名な椿山荘)が夏に蛍を放していたような記憶はある。かといって、隣のホテルから蛍が飛んできたというような心温まる出来事はなかった(因みに、このモチーフは「蛍」という短編小説で先に書かれ、これを下敷きにノルウェイの森は書かれた。)。
主人公は2年ほどで退寮し、吉祥寺の郊外に引っ越すが、私は8か月ほどで退寮し、吉祥寺のわりと街中に引っ越した。主人公を意識したわけではなかったが、偶々そうなった。偶然だが小説の世界をトレースしたようで、今振り返っても不思議な感じがする。
このようなこともあり、この小説の背景については、時代は異なるものの妙にリアルに感じることができる。これも、この小説が私を捉えて離さない理由かもしれない。村上春樹の最近の小説は繰り返し何度も手に取ることはないが、初期の作品群は今も折に触れ読み返す。おそらく、これからもそうだと思う。
「チューダー王朝弁護士 シャードレイク」
副委員長 松本 幸太(61期)
C・J・サンソム 著/越前 敏弥 訳
集英社文庫 2012年
私からは、弁護士モノをご紹介。
とはいっても、我々弁護士の日常が描かれているとか、裁判の様子が忠実に再現されている、といった類のものではなく、「チューダー王朝」という冠のとおり、歴史小説になります。ちなみに、著者は、作家になる以前は弁護士(ソリスタ)として活動していたそうです。
物語は、かの有名なヘンリー8世(チューダー朝の第2代イングランド王。6人の妻を娶り、離婚したいがために宗教制度を変えたという話が有名で、童話「青髭」のモデルという説もありますね。)の時代が舞台です。
ヘンリー8世の側近であるトマス・クロムウェルの命令で、主人公のマシュー・シャードレイクは、ある修道院で起きた殺人事件の調査を開始します。しかし、その命令の裏で、修道院を解散することを修道院院長に承認させるようにとの密命をクロムウェルから与えられたシャードレイク。
様々な欲望が渦巻く修道院や、陰鬱で生々しい時代背景。王政の財政回復のために修道院を解散させ、その土地・財産を没収したという史実。弁護士として有能ではあるものの、障がいを持ち、決して華やかではないシャードレイクの人間臭さ。女性から少し優しくされるだけで、「自分に好意を持っているのでは!?」と勘違いする、奥ゆかしくもチャーミングなシャードレイク。魅力的な脇役やセリフの妙。
最初は読むのに時間がかかりましたが、読み進むにつれ、臨場感ある当時の時代背景の描写にはまり込み、正しくありたいと思いつつも当時の価値観に制約され葛藤するシャードレイクの心の揺れ動きを感じ、読み終わると、なんとも言い難い、複雑な気持ちになります。
また、一冊では物足りない読書家の皆様には、続編として、「暗き炎-チューダー王朝シャードレイク」(またもクロムウェルからの命を受けて頑張るシャードレイク)、「支配者-チューダー王朝弁護士シャードレイク」(クロムウェル失脚後の話。表紙はヘンリー8世です。)が刊行されており、さらにイギリスでは、第7部まで続編があり、読み応えは十分です。残念ながら日本語翻訳版は第3部までしか刊行されておらず、翻訳を待ち望んでいる日本の読者は少なくありません。
イギリスの歴史が好きな人もそうでない人にも、秋の夜長におすすめの一冊(シリーズ)です。