福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2020年10月号 月報
紛争解決センターだより
月報記事
紛争解決センター運営委員会 委員・あっせん人 松本 佳郎(49期)
1 事案の概要
本件は、申立人が抜歯を目的に相手方歯科医院を受診し抜歯後に疼痛が残ったことから、相手方が緩和療法として患部に生理的食塩水を注射したところ、同食塩水の使用期限が僅かに徒過しており、これを見つけた申立人が相手方に相応の補償をもとめたというものです。
なお、申立人は妊娠中であったところ、このことが胎児に及ぼす影響、その際の補償も念頭に進めてくれとのことでした。
2 本件の和解への経緯
本件は、医療ADRとして申し立てられたものの何らの悪しき結果が発生したというものでもなく、従って結果と過失行為との因果関係が問題となるわけではなく、ただ不適切な歯科医療の提供があったというものであり、申立人の請求が控えめな金額であったことから和解自体はそれほどの困難はありませんでした。胎児への影響についても事前に医師から心配はないとの意見を貰っていましたが、なかなか納得されなかったことから「現時点における損害賠償として」という文言を入れること、その代わり後遺障害についての賠償請求は申立人側に立証責任があることを説明した上で納得して貰いました。
しかしながら、手続的には以下の問題を残しました。
- 一つは、申立人の紹介人弁護士から、本件は医療ADRとして申し立てたところ、本来医療ADRでは、斡旋者として患者側委員1名、医療側委員1名、中立医員1名の3名体制で行われると聞いているが今回の申立については何故当職1名なのかという疑問が呈されたことです。
確かに医療ADRには何が該当するのかについては明確な定義がなく困るところですが、以上の3名体制で行われるという点も規則上明定はされておらず委員会の裁量によるところ、事案の重大性、専門性等に鑑み総合的に判断したと回答し、手続きを進めました。ただ、申立人にとっては本件の事案は重大ではない軽い案件かという疑念はあり得るところです。 - もう一つは、申立人が身重でしかもご主人も労災事故で足が不自由な状況であり会館まで出向くことに障害があること、他方相手方代理人である先生も福岡から出席されることに加えて当時筑後地方は連日の大雨であり申立人に期日に出向いて貰うことに躊躇を覚えるほどであったことから、双方から事前に和解案に対する承諾の書面を貰い、双方の出席を要しない形でこれをもって民事調停法17条の和解に代わる決定という形式が採れないかを模索しました。
しかしながら、当委員会で協議の上、やはり規則に明示されない方法であり、できないのではという結論に至りました。
この点は、将来の規則の改正も含め、残された課題であると感じました。
※ 紛争解決センター運営委員会より補足
現在、規則改正の要否を含め、紛争解決センター運営委員会内で検討・協議を行っております。正式決定後、改めて会員の皆さまにはアナウンスをさせていただきますので、宜しくお願い致します。