福岡県弁護士会コラム(弁護士会Blog)
2020年10月号 月報
「公認会計士によるM&Aセミナー」のご報告
月報記事
中小企業法律支援センター 委員 鈴木 可南子(72期)
第1 はじめに
令和2年8月6日、福岡県弁護士会館にて、デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社から、永野浩公認会計士と妹尾一宏公認会計士をお招きし、「公認会計士によるM&Aセミナー」と題してご講演いただきました。日程の延期があった上、なお新型コロナウィルス感染症の影響があったにもかかわらず、総勢110名(会場:37名、Zoom:73名)のご参加をいただき、大変盛況なセミナーとなりました。以下、セミナーのご報告をさせていただきます。
第2 M&Aの基礎知識
1 そもそもM&Aとは?
M&Aとは、『Mergers(合併)and Acquisitions(買収)』の略で、企業の合併買収の意味を持ちます。広義の意味として、合併買収に加え提携までを含める場合もあります。
2 M&Aの目的
譲渡側としては、後継者問題の解決や不採算部門等の一部の事業の切り離し、譲受側としては、新規事業の立ち上げ(既存企業の譲り受けにより短期間での立ち上げがかなう)、既存事業の強化等が代表的な目的として挙げられます。
第3 セミナー概要
1 M&Aの最近の動向、M&Aプロセス及び留意点(永野公認会計士ご担当)
(1) Mamp;&Aの最近の動向
2019年の日本企業によるM&A件数は、2000年以降最多の4088件となりました。2020年度上半期は、コロナウィルスの影響で減少傾向がみられたものの、下半期からは、やはりコロナウィルスの影響で、債権カット、私的整理等の再生系のM&Aが増加することが予想されています。
(2) M&Aプロセス
譲渡側
① 初期的検討(意向確認、初期的株式価値算定)
② 秘密保持契約の締結
③ アドバイザリー契約の締結
④ 譲渡企業の情報収集
⑤ 企業評価(株価算定等)
⑥ ・ノンネームシートの作成
(=譲渡企業が特定されない程度に事業内容・地域・規模などの譲渡企業に関する情報をA4用紙1枚程度にまとめたもの)
・企業概要書の作成
(=譲渡企業の事業内容、財務状況、資産、M&Aの条件等を記載した数十ページ程度の書面。ノンネームシートとは異なり、譲渡企業の企業名も記載され、より詳しい内容となる。)
⑦ 譲渡先候補の選定
⑧ 譲渡先候補へのノンネームシートによる譲受けの打診
譲受側
⑨ 譲渡企業のノンネームシートの検討
⑩ 秘密保持契約の締結
⑪ 譲渡企業の企業概要書の開示・検討
⑫ アドバイザリー契約の締結
譲渡企業・譲受企業共通
⑬ トップ面談・企業訪問→経営理念等の確認
⑭ 買手候補から売手へ、意向表明書の提出
(=譲受額等の基本条件をまとめたもの)
⑮ 譲渡企業による意向表明書の検討
→譲渡先の選定
⑯ 譲渡価格等の条件交渉
⑰ 基本合意書の締結
(=買収の基本条件をまとめたもの)
→独占交渉権の付与
⑱ デューデリジェンス(=企業調査、以下DDと省略)
⑲ 最終条件の交渉
⑳ 最終契約書の締結
㉑ クロージング(決済)
㉒ ディスクローズ(公表)
(3) M&Aの留意点
①について、譲渡企業の意向の詳細な把握、特に打診NGの会社、雇用の維持、取締役の留任等の希望などに注意が必要となります。また、⑤⑥⑧について、譲渡企業の強み、例えばすでに知名度のある商品がある場合はビジネスモデルを把握してしっかりアピールすること等が重要となります。
2 関与前に知っておきたいM&Aの基礎知識(妹尾公認会計士ご担当)
(1) 株式価値評価
- 株式価値評価のタイミング
株式価値調査は、2段階で行われるのが一般的です。1回目は、①⑤等の初期の時点で行う簡易価値評価です。2回目は、プロセス⑱のDDで発見された財務上・法律上のリスク等も反映させ簡易価値評価を更新していく本格的な株式価値評価です。 - 株式価値評価の方法 株式価値評価の際、比較的多く用いられる方法としてDCF法(評価対象会社が将来創出すると期待されるキャッシュ・フローを現在価値に割り引いて株式価値を算出する)と、株価倍率法(上場類似会社の時価総額ないしは事業価値と財務数値との倍率を基に、評価対象会社・事業の株式価値を算定する)があります。 両方法に共通の株式価値の計算式を示すと、事業価値+非事業用財産(例:本業以外の賃貸不動産等の資産)-ネットデット(=有利子負債等)=株式価値となります。
(2) DDの留意点
- 重要契約のチェック
営業上の契約について、チェンジオブコントロール条項(=M&A等を理由として契約の一方当事者に経営権の移動が生じた場合、契約内容に制限が生じたり、他方当事者によって契約を解除すること等ができる条項)が付されたりしている場合があります。営業上の核となる契約について解除の可能性があれば、そもそも会社を譲り受ける意味があるのかという問題になりえます。このような条項の有無、相手方からの承諾の取得の可否等、慎重なチェックが必要となります。 - 許認可等のチェック
譲渡会社が保持する許認可や、その法令上の届出の有無、譲受会社への引き継ぎの可否等に注意を要します。 - コンプライアンス上のチェック
具体例として、個人情報をマーケティングに活用している会社を譲り受けたいというような場合、そもそも個人情報をマーケティングに活用するという事業は法律上、問題がないのかというような調査です。
いずれも重要事項となるので、会社から受け取った資料等のみで消極的に行うのではなく、不足や不自然な部分がないか等、細心の注意をはらい積極的な姿勢で調査を行う必要があります。
(3) 株式譲渡契約書の留意点
- 株式譲渡契約書(SPA)は、上記プロセス⑳の最終契約書の内容となるものです。要素としては、(a)取引条件、(b)クロージングの手続、(c)譲渡実行の前提条件、(d)表明保証、(e)誓約事項、(f)補償(損害賠償)等が一般的です。
- 株式譲渡契約書の(重要要素の)留意点
(d)表明保証
各当事者が相手方当事者に対し、一定の時点において、一定の事項が真実かつ正確であることを表明し、保証するもので、この表明保証に明示的に定めていない限り、相手方に補償を求めることが難しいため最重要ポイントとなります。
具体例としては、倒産事由の不存在、譲渡対象株式について、有効な所有、担保等の不存在等の事項があります、保証違反の効果としては、取引自体を取りやめるという場合もあります。
(e)誓約事項
株式譲渡取引にあたり各当事者の作為・不作為の義務を課す。具体例として、取引までに、株主への配当をしないこと、従業員の雇用の維持義務、競業避止義務等があります。
第4 おわりに
本セミナーの司会のお話をいただき、倒産業務にかかわっていきたいと思っていた私は、M&Aも必要なスキルと考え、ありがたく参加させていただきました。
ご実績もお人柄も素晴らしい公認会計士の先生方とのご縁をいただいた上、M&Aの勉強を始めるきっかけを得ることができ、感謝しています。本講演で得た知識を前提にいつか現実にM&A案件を担当できたらと思っています。
紛争解決センターだより
月報記事
紛争解決センター運営委員会 委員・あっせん人 松本 佳郎(49期)
1 事案の概要
本件は、申立人が抜歯を目的に相手方歯科医院を受診し抜歯後に疼痛が残ったことから、相手方が緩和療法として患部に生理的食塩水を注射したところ、同食塩水の使用期限が僅かに徒過しており、これを見つけた申立人が相手方に相応の補償をもとめたというものです。
なお、申立人は妊娠中であったところ、このことが胎児に及ぼす影響、その際の補償も念頭に進めてくれとのことでした。
2 本件の和解への経緯
本件は、医療ADRとして申し立てられたものの何らの悪しき結果が発生したというものでもなく、従って結果と過失行為との因果関係が問題となるわけではなく、ただ不適切な歯科医療の提供があったというものであり、申立人の請求が控えめな金額であったことから和解自体はそれほどの困難はありませんでした。胎児への影響についても事前に医師から心配はないとの意見を貰っていましたが、なかなか納得されなかったことから「現時点における損害賠償として」という文言を入れること、その代わり後遺障害についての賠償請求は申立人側に立証責任があることを説明した上で納得して貰いました。
しかしながら、手続的には以下の問題を残しました。
- 一つは、申立人の紹介人弁護士から、本件は医療ADRとして申し立てたところ、本来医療ADRでは、斡旋者として患者側委員1名、医療側委員1名、中立医員1名の3名体制で行われると聞いているが今回の申立については何故当職1名なのかという疑問が呈されたことです。
確かに医療ADRには何が該当するのかについては明確な定義がなく困るところですが、以上の3名体制で行われるという点も規則上明定はされておらず委員会の裁量によるところ、事案の重大性、専門性等に鑑み総合的に判断したと回答し、手続きを進めました。ただ、申立人にとっては本件の事案は重大ではない軽い案件かという疑念はあり得るところです。 - もう一つは、申立人が身重でしかもご主人も労災事故で足が不自由な状況であり会館まで出向くことに障害があること、他方相手方代理人である先生も福岡から出席されることに加えて当時筑後地方は連日の大雨であり申立人に期日に出向いて貰うことに躊躇を覚えるほどであったことから、双方から事前に和解案に対する承諾の書面を貰い、双方の出席を要しない形でこれをもって民事調停法17条の和解に代わる決定という形式が採れないかを模索しました。
しかしながら、当委員会で協議の上、やはり規則に明示されない方法であり、できないのではという結論に至りました。
この点は、将来の規則の改正も含め、残された課題であると感じました。
※ 紛争解決センター運営委員会より補足
現在、規則改正の要否を含め、紛争解決センター運営委員会内で検討・協議を行っております。正式決定後、改めて会員の皆さまにはアナウンスをさせていただきますので、宜しくお願い致します。