福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2020年2月号 月報
市民とともに考える憲法講座「守ってくれるのは軍隊?それもとも憲法?」のご報告~内外から見た沖縄基地問題
月報記事
会員 米倉 大樹(65期)
1 憲法市民講座の開催、中村哲医師への追悼
2019年12月21日14時から、福岡県弁護士会館大ホールにおいて、「憲法改正問題に取り組む 全国アクションプログラム 憲法市民講座」として、沖縄基地問題から平和憲法を考えるとのテーマの下、琉球新報・編集局長の松元剛さん、弁護士であり、新外交イニシアティブ(ND/New Diplomacy Initiative)代表も務める猿田佐世さんにご講演いただきました。講演会の様子は、北九州弁護士会館でも中継放送されました。
また、講演会に先立ち、長年にわたりアフガニスタンやパキスタンで人道支援活動に従事された中村哲医師が、12月4日、現地で護衛者らとともに銃撃を受け、逝去されたことを受け、改めて追悼の意が表されました。北九州でも2015年8月2日にウェルとばた大ホールで「9条あっての国際貢献~アフガニスタンでの医療協力31年~」のご講演をいただき、会場一杯に市民の方々が足を運ばれ、中村医師の活動への関心の高さを目の当たりにしたことを覚えています。
2 松元剛さんの講演~沖縄から見た「沖縄基地問題」~命の格差、二重基準
まず、松元さんから、沖縄の内側から見た「沖縄基地問題」について語られました。そもそも基地担当の記者がいることが沖縄の特殊性を表しており、沖縄基地問題の核心は、ウチナーンチュと、本土やアメリカ本国に住む人々との命の重さをめぐる度を超えた「二重基準」にあります。沖縄の人々の命は、本土やアメリカ本国に住む人々との命と比べて、明らかに軽んじられているということです。
基地の現状として、普天間基地から嘉手納基地までの距離は僅か9.5~10キロメートルであり、海兵隊と空軍の拠点がこれほど近い所は他にないそうです。普天間基地の直ぐ近くには普天間第二小学校があり、教室内でも騒音は119デシベルに達するとのことです。このレベルの騒音になると会話は不可能とされます。また。2008年5月2日付の琉球新報「〔嘉手納基地から〕F15が未明に10基離陸」、「爆音 砂浜で112デシベル」という見出しの記事を示され、この出来事の背景には、日本を午前5時頃に離陸することでアメリカへの到着時刻を日中にし、過酷な訓練に臨むパイロットへの負担を軽減する配慮があることに触れられました。
ハワイでは、地域住民からのカメハメハ大王の生誕遺跡が荒れるとの反対意見などに配慮し、オスプレイの離着陸訓練が中止されたり、アメリカとの地位協定があるイタリアでは、アメリカ軍が事前にイタリア側に訓練を報告し、事故があった時はイタリアの国内法に基づいてイタリアが主導して、アメリカ軍がそれに協力をすることになっており、シエスタ(昼寝)の習慣にも配慮がなされ、その時間帯は訓練させないことになっているとのことです。
指摘されたいくつかの記事、事例を見ても、日本、沖縄への配慮とは雲泥の差があり、沖縄の人々の命が軽んじられている現状が伝わりました。普天間基地の名護市辺野古への移設についても、沖縄県民投票で反対が70%を越えたことに加え、軟弱地盤の問題やそれに伴う工費の莫大な膨張を指摘され、2014年1月1日付で琉球新報が特報した日米地位協定の秘密解釈文書「日米地位協定の考え方」にも触れられました。日米地位協定の不自然さを浮き彫りにし、見直しの必要性を考えさせる内容の講演でした。
最後に、2004年8月13日に普天間飛行場に派遣されていた米海兵隊所属ヘリコプターが、沖縄国際大学の本館ビルに墜落、激突後に、爆発炎上した事故について、当時の動画を流されました。アメリカ兵によって現場への立ち入りや撮影が厳格に規制されている様子を捉えており、事故直後の現場の物々しい雰囲気が伝わりました。イタリアにおける地位協定の在り方も踏まえ、改めて主権とは何か考えさせられました。
3 猿田佐世さんの講演~沖縄の外から見た「沖縄基地問題」~ワシントン拡声器、「アメリカの声」の主
引き続き、猿田さんから、沖縄の外側(国外)から見た「沖縄基地問題」について語られました。猿田さんが代表を務める「新外交イニシアティブ」は、政策提言・情報発信を通じ、日米及び東アジア地域において、外交・政治の現場に新たに多様な声を吹き込むシンクタンクです。現在の取り組みの8割は沖縄問題であり、猿田さん自身、月に1回ほど沖縄を訪問されていた時期もあるとのことです。沖縄問題は、実は本土の問題であり、根本的な原因は東京の永田町にあります。
日本の政策に影響を与える「アメリカの声」の発信元は、多くても30人ほどの非常に限られた知日派アメリカ人であり、日本の政府や大企業から情報や研究資金の提供を受けています。日本では、こうした「声」を通じて伝えられる「アメリカの意向」が大きな圧力として働きます。この仕組みを「ワシントン拡声器」と表現されています。
具体的な仕組みは、ワシントンは世界中の問題についてアジェンダ(議題)設定能力を有し、評価・権威付けを行うところ、(1)一部の日本人がアメリカの知日派やシンクタンクなどに資金や情報を与える。(2)与えられた情報に基づき彼らが発言したり、報告書を発表したりする。(3)日本の政府やメディアが、アメリカ側から出てくる情報の中から自分達の推進したい政策の追い風となる情報を選択し、選択した情報を「ワシントン発」の声として日本に向けて「拡声」しながら伝える。(4)アメリカの影響力を追い風に、日本国内で自分達の望む政策を実現するというものです(猿田佐世『自発的対米従属-知られざる「ワシントン拡声器」』68頁~135頁(角川新書、2017))。
知日派で知られるアーミテージ元国務副長官が普天間基地の返還を巡り「沖縄であれだけ反対しているのだから、辺野古以外のプランB(代替案)があった方がいい。」と語ったことや、アメリカでは原発が斜陽産業と認識されており、日本の使用済み核燃料再処理に反対していることなどが日本国内のメディアでは伝えられておらず、アメリカの声の「アメリカ」とはいったい誰なのかと疑問を投げかけられました。
日本ではアメリカの出来事が連日のように報道される一方、アメリカ人で日本のことを考えている人はほぼ皆無とのことです。2015年9月21日、翁長知事が国連人権理事会(ジュネーブ)で声明を発表し、沖縄の人々の人権や自己決定権がないがしろにされている辺野古の状況を世界中から関心を持って欲しいと訴えたことに触れ、今後も、アメリカの中枢に「沖縄の声」を届けるとともに、辺野古が唯一の選択肢ではないことを働きかけていきたいと語られました。
4 質疑応答~沖縄基地問題の今後の展望
質疑応答において、猿田さんによると、トランプ政権の下でも強固なパイプは健在であり、「ワシントン拡声器」を利用した既存外交に変わりはないとのことです。松元さんは、今後も基地の周辺で、小さな事故が重なりやがて重大事故につながる恐れや統計的に見てまた沖縄の人々が事件に巻き込まれる可能性を危惧し、時間的にも、費用的にも終わりの見えない辺野古への移設問題にも触れ、なぜここまでしてアメリカに、日米地位協定にすがらなければならないのか、考える分岐点にあるとの認識を示されました。
基地の引取運動について、松元さんは、一部の地域の人々に過剰な負担をかけず、国民全体の問題と捉えようとする動きとして正当性があると評価されましたが、猿田さんは、アメリカに提言すると実際にそのように動く可能性があり、議論が成熟するのを待ちたい。まずは日本の外交を変えなければならないと述べられました。
5 最後に~本講座の持つ意義、まず関心を持つことの重要性
松元さんが講演の冒頭で今年10月31日に首里城が炎上したことに触れ、今この時期に、国民の目が沖縄に向くことは、基地問題や憲法改正を結びつける何かのメッセージではないかと語られたことが印象に残りました。また、猿田先生の著書、講演に接し、伝達される情報がどのような過程を経て届けられているのかを知ることの大切さ、重要性を感じました。今年3月9日に開催された憲法市民講座「広告で憲法が変えられる?」において、著述家の本間龍さんが講演されたメディアによる情報操作の危険性にも通じるものがあると思います。
今回の講演会を通じ、沖縄基地問題、憲法改正のいずれも、国民一人一人がまず関心を持つこと、関心を持った上で理解・知識を深めていくことが大切であり、このような機会を弁護士だけでなく、一般市民の方々にも提供する場として、本講座の持つ意義を改めて感じました。
多数の情報が氾濫する中、実際に現場で活動される方々の生の声を、直接、より多くの方に届けることが、問題の所在と本質への理解、議論を深め、より良い方策の発見、解決への一助となるのではないかと思います。