福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2019年11月号 月報
研修会「災害からの復興支援とLGBT」
月報記事
LGBT委員会委員 浜田 輝彦(71期)
1 はじめに
令和元年9月17日(火)、福岡県弁護士会2階中会議室201にて開催された「災害からの復興支援とLGBT」の研修会について報告いたします。
今回は外部講師として、山下梓さん、川口弘蔵さんの2名の講師をお招きしました。山下梓さんは、弘前大学の男女共同参画推進室専任担当教員で、東日本大震災の際、LGBT 被災者支援のために「岩手レインボー・ネットワーク」(セクシャルマイノリティの当事者及び支援者のためのネットワーク団体)の立ち上げ、これをきっかけにLGBTなど多様な性を生きる人たちの災害時支援対応策などを広める活動を行っている方です。川口弘蔵さんは、「レインボーパレードくまもと2016」の共同代表で、ご本人もLGBT当事者としてLGBT支援活動を続けるなかで熊本地震に被災し、災害時の支援活動を間近で経験された方です。
2 本研修の意義
昨今、全国的にも地震や台風などによる災害が度々生じており、九州でも熊本地震・九州北部豪雨をはじめ、様々な災害が生じています。当会の弁護士も被災者の相談を受けたり、災害時の対応へのアドバイスを求められたりする機会が増えています。
もっとも、社会的にLGBTの方々への理解は広まりつつありますが、災害という緊急事態にあっては、未だにおざなりにされているというのが現状です。しかし、支援を必要とする被災者の中にも、少なからずLGBTの方々は存在しており、被災者LGBTの方々への災害時の支援活動に関する知識は必須のものとなっています。
そこで、災害時におけるLGBTの復興支援に関する理解を深めてもらうため、LGBT委員会と災害対策委員会が共催で研修する機会を設けました。
3 災害があってもだれもが尊厳をもって生きのびられるように(山下さん)
(1) 東日本大震災での経験
まず、山下さんには、東日本大震災の復興の取り組みの一環として「岩手レインボーネットワーク」を立ち上げ、岩手県内に住むLGBTの被災者の方々からの相談窓口として活動された経験についてお話しいただきました。同団体が活動するなかで聞き取った相談の中には、生理用品、下着、ヒゲソリなど、男女別に支給される物資を受け取りにくい。周囲から不審な目で見られるため男女別に設置されたトイレ・更衣室・入浴施設を使うことができない。ホルモン剤治療を継続していたトランスジェンダーの方が、ホルモン剤治療を中断せざるを得ず生理が再開し、生理用品をもらいにいくと不審がられた。性自認や性表現に沿った物資をもらいにいったりすると予期せぬカミングアウトに繋がるため、避難所に避難することができなかったなど様々な相談が寄せられたそうです。
しかし、一方で被災者の中には、避難所という狭いコミュニティのなかでは、緊急時にLGBTであることを伝えても配慮してもらえるはずがない、予期しないタイミングでのカミングアウトに繋がる、そもそもLGBTのことを理解してもらえるか不安であることなどを理由に相談することさえできない当事者の方も多数いたそうです。
1 LGBTとは、レズビアン(L)、ゲイ(G)、バイセクシャク(B)、トランスジェンダー(T)の略称で、性的少数者(セクシャルマイノリティ)の総称としてよく用いられる言葉です。実際には、LGBTに該当しない性的少数者もたくさんいます。
(2) 多様性に配慮した被災者支援
山下さんは、災害などの緊急時には、見えにくいものはさらに見えにくく、普段から忘れられがちなことはさらに忘れられるようになり、LGBTの方や外国人などの少数者に配慮ある支援はおざなりになる傾向があると言います。しかし、被災者にも尊厳ある生活を営む権利はあり、可能な限り尊厳ある生活を営むための援助を受ける権利があります。このような多様な個性に合わせた被災者支援をするためには、普段から当事者の方々と繋がり、その理解を深めることが重要であり、被災地の相談所などにLGBTに関する理解者がいることがその改善への第一歩とのことでした。
実際に、山下さんは東日本大震災の経験から、高知県のLGBT支援団体(高知ヘルプデスク)と協力して、支援者や自治体向けに災害時の対応策をまとめた「にじいろ防災ガイド」を作成し、災害時に誰もが尊厳をもって生きのびられる災害支援対策を広める活動を行っています。山下さんらが作成した「にじいろ防災ガイド」には、誰もが使えるユニバーサルトイレの設置、多様性に配慮してボランティアや専門家などを通じて個別に支援物資を届けられるような仕組みの検討など自治体向けの対応策や支援の際の注意点など、災害時であってもだれもが尊厳をもって生きのびられるようにするためのアイディアがまとめられています。「にじいろ防災ガイド」は災害時の対応へのアドバイスや被災者からの相談の際にも非常に有意義なものであるため、皆様も是非一度ご覧いただければと思います。
4 熊本地震とLGBT支援(川口さん)
川口さんからは、当時の熊本の被災状況を紹介していただき、被災地での支援活動についてお話しいただきました。川口さんが避難された場所は、熊本市国際交流会館でした。国際交流会館は、避難対象場所とはなっていませんでしたが、普段同会館を利用する外国人の方など多くの人が避難していたため、炊き出しの際には、できる限り各国・各人の信仰に配慮した食事の提供などもおこなっていたそうです。
また、自らSNSなどで自分がLGBTであることを公言した上で、様々な理由により避難場所に避難できないLGBTの人たちのために、国際交流会館が理解者のいる避難所であることを発信し続けるなどしてLGBTに向けた被災者支援活動もおこなっていたとのことでした。
川口さんは、LGBTの方々は、他者の態度や反応に敏感であり、LGBTであっても気軽に相談できる相談場所を作ることが求められると今後のLGBTに対する被災者支援についても語ってくれました。
5 終わりに
災害時におけてLGBTの方々が直面する問題は、この他にも、パートナーの死を知らせてもらえない、災害公営住宅に同性カップルで住むことができない、ホルモン剤治療を辞めると体調が不安定になるため治療継続の必要があるが理解されないなど多岐にわたります。また、山下さん・川口さんのお話でもあったとおり、災害時にこのような要望を誰にも相談できない当事者の方々が数多く存在します。
このような方々を本当の意味で支援するためには、普段からLGBTの方々の理解に努め、多様性に配慮した災害支援対策を議論することが肝要です。
先日、熊本県で、九州で初めて性的少数者への配慮を盛り込む形で災害時の避難所運営マニュアルを改訂する方針が発表されましたが、全国的にはまだ議論がはじまった段階です。災害対策・災害支援は今や身近なものであり、支援を必要とするLGBTの方々は必ず存在します。誰もが尊厳をもって災害支援を受けることができるようLGBTをはじめとするセクシャルマイノリティの方々を理解することから始めていきませんか。