福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2019年9月号 月報

交通賠償法研究会・新人会員等向け交通事故連続研修(第5回)-物損・責任論-

月報記事

会員 井上 瑛子(70期)

第1 はじめに

令和元年7月31日、福岡県弁護士会館にて、交通賠償法研究会・新人会員等向け交通事故研修(第5回)が開催されましたので、その内容をご報告いたします。

本研修は、交通事故委員会内のPTである賠償法研究会所属の先生方により、主に新規会員や交通事故事案の取扱経験の少ない会員を対象として、交通事故事案に関する入門的・体系的な知識・意見共有のために開催いただいているものです。平成から令和にかけて毎月連続して開かれた本研修(全5回)も、今回をもって最終回となりました。

今回の講演では、「物損・責任論」をテーマに、田部貴大会員(68期)を講師として、物損特有の法的問題や、(損害補填の実現可能性のある)請求の相手方という観点から検討される法的責任者について、ご解説頂きました。

第2 物損

以下のとおり、物損事案特有の法的問題を体系的にご説明頂いた後(1~5項)、想定事案を基に事例研究が行われました(6項)。

1 車両損害

(1) 修理費

①車両が当該事故によって損傷した事実、②修理済み又は修理予定であることの事実、③修理費の額又は見込み額を主張・立証すれば、原則として、必要かつ相当な修理費の請求が可能。立証には、領収書、修理明細書、事故車両の写真等が用いられるとのご説明でした。

実務上では、加害者側保険会社のアジャスターが事故車両を検分し、修理工場との間で協議の上、修理費の金額について協定が締結されることが多いとのことでした。

(2) 買替差額

修理費が、①「事故当時の車両価格」及び②「買替諸費用」(被害車両と同種同等の車両の取得費用)の合計額を上回る場合(経済的全損)、事故当時の車両価格と売却代金との差額を請求し得るとのことで、①②の検討方法をご教示いただきました。

①の参考資料として、いわゆるレッドブックや、インターネット上の中古車価格情報等が挙げられました。②については、実務上、廃車・登録等の法定手続手数料や、ディーラー報酬部分のうち相当額、自動車取得税などが買替諸費用として認められている一方、旧車にかかる自動車税や自賠責保険料については、還付制度があるため認められていないとのことです。

2 代車両

車両の修理や買替えのために車両が使用できない場合、①代車を使用し、②代車料を支出し、③当該代車を使用する必要性があるときは、現実に修理・買替えに要した期間のうち相当期間に限り、代車料を請求できるとのことです。

③については、被害車両が営業用車両の場合は原則として肯定される一方、自家用車の場合は当該車両の使用目的・状況、代替交通機関の使用可能性・相当性等の事情を主張しておく必要があるとのことでした。

なお、代車期間について、修理期間は概ね2週間程度、買替え期間は概ね1か月程度が一般的な目安とされているそうです。

3 休車損

被害車両が営業用車両であった場合、①事故車を使用する必要性があるが、②代車を容易に調達できず、かつ③遊休車が存在しない場合は、修理又は買替えに必要な期間中の営業損失(【計算式】〔事故車両の一日あたりの営業収入-経費〕×休車日数)を請求できる。ただし、前項の代車料が認められる場合は、休車損は発生しないことに留意が必要とのことです。認定資料には、事業損益明細書、事故発生後に被害者が作成した計算書・会計書類のほか、国交省自動車局が刊行している「自動車運送事業経営指標」を用いることもあり得るそうです。

②については、いわゆる"緑のナンバープレート"車両は、許認可との関係から、基本的に調達困難として認められているとのことです。③については、諸般の事情を総合考慮し、被害者が遊休車を活用して休車損の発生を回避し得たか否かが検討されることとなり、たとえば各営業所に予備車両を多く備える路線バス会社のケースでは、③が認められない可能性があるとのことでした。

4 評価損

事故当時の車両価格と、修理後の車両価格との差額をいい、以下(1)・(2)に区分されるとのことで、ご説明頂きました。評価損の算定方法につき、現在の裁判例は、車種、走行距離、初年度登録からの期間、損傷の部位・程度等を考慮の上、修理費用の一定割合とする方法を採用するものが多いとのことです。

(1) 技術上の評価損

車両の修理をしても完全な原状回復ができず、機能や外観に何等かの欠陥が存在することにより生じた評価損のことをいい、損害賠償の対象になり得ることについてはほぼ争いがないとのことでした。

(2) 取引上の評価損

車両の修理をして原状回復され、欠陥が残存していないときでも、中古車市場において価格が低下した場合の評価損のことをいいます。以前は争いがあったものの、現在の裁判例では、これを損害賠償の対象として肯定するものがほとんどであるとのことでした。

また、評価損の本質は被害車両の交換価値の低下、すなわち所有権に対する侵害と考えられているため、その請求権は原則として車両所有者に帰属するものと考えられるが、売主・買主間に評価損の帰属について合意があれば、買主にも評価損の請求が認められるそうです。そのため、代理人弁護士としては、早期に車検証等から所有権留保等の有無を確認し、依頼者に見通しを述べられるようにしておくとよい、とのことでした。

5 物損に関する慰謝料

被侵害利益が財産権である以上、物損を理由とする慰謝料請求は原則として認められないとのことです。

6 事例研究

タクシーとの衝突事故(過失割合に争いあり)により、自身の運転するリース車両に物損を被った依頼者から相談を受けた、という想定事案を基に、参加会員との間で議論が交わされた後、相談時から受任後の初動、交渉・訴訟に至るまで、代理人弁護士として留意すべき事項に関するご解説をいただきました。

本件で慎重に検討すべきポイントは3点あり、①過失割合の立証、②レンタカー代、③評価損、とのことです。

①については、ドライブレコーダーや防犯カメラ(Googleマップで現場付近に店舗がないかを確認しておくとよい、とのことです。)等が考えられるが、いずれも短期で自動削除されるおそれが高いため、特に前者については、依頼者に早急にSDカードを抜くよう指示すべきとのご指摘でした。

②については、過失割合に争いがある本件では、修理費・レンタカー代が手出しになる可能性がある(修理着工を踏みとどまるケースもある)ため、依頼者に十分に説明しておくべきとのことでした。

③については、上述(4項)のとおり、車両所有者をすみやかに確認すべきとのことでした。

第3 責任論

責任論においては、法的責任の所在について検討した上で、損害補填の実現可能性のある請求の相手方(保険金の支払を受け得る加害者、資力ある加害者)を検討する、とのことです。

以下のとおり、運行供用者責任(1項)、共同不法行為(2項)の順に、それぞれご説明いただきました。

1 運行供用者責任

(1) 自賠法3条(運行供用者責任)について

民法の不法行為責任が過失責任主義であるのに対し、自賠法の運行供用者責任は事実上の無過失責任であり、人損事故において適用されるとのことです。

(2) 運行供用者とは

(自賠法3条:「自己のために自動車を運行の用に供する者」)

  • 判断基準
    実務上、運行供用者とは、車の運行についての①運行支配と②運行利益が帰属するものとされている、とのご説明でした(二元説)。
    ①運行支配とは、社会通念上、自動車の運行に対し支配を及ぼすことのできる立場にあり、運行を支配制御すべき責任があると評価される場合をいい、②運行利益とは、客観的外形的に観察して利益が帰属する場合をいうそうです。
  • 運行供用者の範囲
    詳細にわたりご解説いただきました。概要をまとめると、下記表のとおりです。

原則肯定 原則否定
  • 無断運転された保有者
  • レンタカー業者
  • 運転代行(依頼者、業者共に)
  • 使用貸主
    (例外:借主が返還時期を大幅に徒過したような場合には、否定され得る。)
  • 名義貸与
  • マイカー通勤のうち、使用者が業務使用を認めていた場合の使用者
  • リース会社、留保所有権者
  • 泥棒運転された保有者
    (例外:車両管理状況、泥棒運転の経緯、盗用場所と事故との時間的・場所的近接性等から、自動車管理上の過失ありと評価される場合には、肯定される余地がある。)
  • 名義残り
  • マイカー通勤のうち、使用者においてマイカーの業務使用が禁止されていた場合の使用者
  • 親子関係
    車両の購入費・維持費の負担、保管・使用状況等を総合的に考慮し判断する。

(3) 自賠法3条:「運行によって」損害が生じたこと

  • 「運行」によって
    「運行」については、自賠法2条2項に定義規定がありますが、同項の「当該装置」の解釈については、最高裁が固有装置説を採用しているとのご紹介がありました。
  • 運行「によって」
    実務では、運行と事故との間に相当因果関係が存することを要するとされている、とのことです。

本要件との関係で問題となる事例として、駐停車中の自動車における事故が挙げられました。駐停車中の自動車への追突事故や停車中のドアの開閉による事故については、肯定される場合が多いとのことです。他方、荷物の積み降ろしを原因とする事故においては、判断が分かれているとのことです。

(4) 自賠法3条:「他人」の生命または身体

「他人」とは、「自己のために自動車を運行の用に供する者及び当該自動車の運転者を除く、それ以外の者」をいうとのことです。

(5) 免責

運行供用者責任の免責規定について、自賠法3条ただし書のご説明を頂きました。

以上のとおり、運行供用者責任についてご解説いただきましたが、自賠法3条の適用が否定されるおそれのある場合には、不法行為責任からのアプローチを検討することも重要であるとのことでした。

共同不法行為(民法719条1項)

(1) 導入

共同不法行為を主張する意義は、個別的因果関係の立証責任が緩和されたり、加害者に連帯責任を負わせ得るという点にあるとのことでした。

以下、各種の問題点についてご説明いただきました。

(2) 純粋異時事故の問題点

  • 同時事故・異時事故とは
    同時事故は、各加害行為が同一場所で同時に行われた場合をいい、異時事故は、複数の事故の間に時間的経過が存在する場合をいいます。後者のうち、複数の事故が時間的場所的に近接して生じた場合を同時類似事故といい、それ以外の場合を純粋異時事故という、とのことです。
  • 問題の所在
    純粋異時事故においては、具体化した損害が、先行事故による損害か後行事故による損害か、区別がつかなくなるケースがある点で問題となります。
  • 被害者の請求方法
    裁判上は、寄与度に応じた分割責任が認定されていますが、被害者の代理人弁護士としては、損害全額が各加害行為と相当因果関係があると主張し、各加害者に連帯責任を求めることになるとのことでした。

(3) 医療過誤との競合

交通事故加害者に全損害の賠償を請求できるかという観点のもと、共同不法行為といえるか、単なる不法行為の競合か、検討すべきとのご説明でした。参照判例として、共同不法行為の成立を認めた最判平成13年3月13日をご紹介いただきました。ただし、当事案は交通事故・医療過誤が時間的に接着していた事案であり、一般化はできないとのことです。

(4) 共同不法行為と過失相殺

①絶対的過失相殺(各加害者の行為を一体的にとらえ、これと被害者の過失割合とを対比して過失相殺をする方法)、②相対的過失相殺(各加害者と被害者ごとに、その間の過失の割合に応じて、過失相殺をする方法)についてご説明いただいた後、各立場の判例についてご紹介いただきました(①:最判平成15年7月11日、②:最判平成13年3月13日)。

第4 おわりに

今回の研修では、物損・責任論という、広く、ややとっつきにくさを感じる分野がテーマでしたが、田部会員のご丁寧なレジュメ(豊富な資料と、約60に及ぶ脚注のフォローまで・・!)と解説で、基本的・体系的なポイントを余すところなくご教示いただきました。

全5回の連続研修がついに最終回を迎え、入門者として参加させていただいた身としては、なんともいえない寂しさと不安感を覚えていますが、手元には、基本書・辞書よりも豊かなレジュメと、ご登壇いただいた先生方の、豊富な実務経験をふまえた解説のメモ書が残っています。今後は、これをバイブルとして、しっかり復習しながら事件処理に臨めたらと思います。

賠償法研究会の先生方には、連続研修を通して、交通事故事案の扉を広く開けていただきました。大変有意義な時間とご縁をいただき、誠にありがとうございました。

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