福岡県弁護士会コラム(弁護士会Blog)
2019年9月号 月報
【北九州部会】「ジュニアロースクール北九州2019」のご報告
月報記事
会員 見越 あけみ(69期)
1 はじめに
法教育委員会は、令和元年8月21日(水)、福岡地裁小倉支部204号法廷において、「ジュニアロースクール北九州2019」を開催しました。
中高生19名、その引率者4名の合計23名のご参加により、無事に実施することが出来ましたので、その報告を致します。
2 内容
今回は、殺人事件を題材に模擬裁判(弁護士による寸劇)を行い、「被告人を有罪にすべきか、無罪にすべきか」を中高生に検討してもらうという内容でした。
題材は、本年3月に福岡県弁で実施したもの(ジュニアロースクール2019春in福岡)をたたき台に、多少アレンジを加えました。
事件の概要は、「製薬会社勤務の男性(被告人)が、愛人と結婚したいために、妻(製薬会社の研究員)に離婚話を持ちかけていたところ、ある日、妻が寝室で死体で発見された。妻の死因はトリカブトに含有するアコニチン系アルカイド中毒だった。製薬会社の研究室からは、トリカブトが持ち出されており、寝室に置かれていたコップ(トリカブトの粉が顕出されたもの)からは、被告人と妻の両方の指紋が顕出されている・・・。果たして、妻は自殺したのか?それとも、被告人が毒殺したのか?」というものです。
中高生を5班に分け、引率者班も設けて、班ごとに補充尋問事項を考え、証言や供述の信用性を検討し、有罪・無罪の結論を議論し、発表(判決言渡し)しました。
各班には、担当弁護士を割り当てて議論の補助を行い、証人の目撃証言は信用できるのか、視力は?明るさは?とか、被告人に殺人の動機はあるのか?など、活発に議論されていました。
結論は、全ての班が「無罪」判決を出し、被告人は喜んでいました。
3 感想
模擬裁判では、末廣清二先生が検察官役、竹内佑記先生が弁護人役、古野慧輔先生が裁判官役、中里彰宏先生が被告人役、仲地彩子先生と私が証人役を務めました。
竹内先生以外、普段とは異なる役回りで、皆新鮮な気分だったことと思います(笑)。
私も、証言台の前で宣誓書を読み上げ、尋問をされる経験はありませんので、役とはいえ、非常に貴重な経験になりました。
当然台本はあるのですが、末廣先生や竹内先生が、時折アドリブを入れて来られるので、証人役と被告人役は、終始気を抜けませんでした(笑)。
4 最後に
今回の開催に際して、委員の先生方には、通常業務でお忙しい中、多大なご尽力を頂きました。また、部会事務局の皆様方にも、様々お手伝い頂き、本当に感謝しています。
反省点や改善点は、今後検討していかねばと思いますが、まずは、皆様本当にお疲れ様でした。
交通賠償法研究会・新人会員等向け交通事故連続研修(第5回)-物損・責任論-
月報記事
会員 井上 瑛子(70期)
第1 はじめに
令和元年7月31日、福岡県弁護士会館にて、交通賠償法研究会・新人会員等向け交通事故研修(第5回)が開催されましたので、その内容をご報告いたします。
本研修は、交通事故委員会内のPTである賠償法研究会所属の先生方により、主に新規会員や交通事故事案の取扱経験の少ない会員を対象として、交通事故事案に関する入門的・体系的な知識・意見共有のために開催いただいているものです。平成から令和にかけて毎月連続して開かれた本研修(全5回)も、今回をもって最終回となりました。
今回の講演では、「物損・責任論」をテーマに、田部貴大会員(68期)を講師として、物損特有の法的問題や、(損害補填の実現可能性のある)請求の相手方という観点から検討される法的責任者について、ご解説頂きました。
第2 物損
以下のとおり、物損事案特有の法的問題を体系的にご説明頂いた後(1~5項)、想定事案を基に事例研究が行われました(6項)。
1 車両損害
(1) 修理費
①車両が当該事故によって損傷した事実、②修理済み又は修理予定であることの事実、③修理費の額又は見込み額を主張・立証すれば、原則として、必要かつ相当な修理費の請求が可能。立証には、領収書、修理明細書、事故車両の写真等が用いられるとのご説明でした。
実務上では、加害者側保険会社のアジャスターが事故車両を検分し、修理工場との間で協議の上、修理費の金額について協定が締結されることが多いとのことでした。
(2) 買替差額
修理費が、①「事故当時の車両価格」及び②「買替諸費用」(被害車両と同種同等の車両の取得費用)の合計額を上回る場合(経済的全損)、事故当時の車両価格と売却代金との差額を請求し得るとのことで、①②の検討方法をご教示いただきました。
①の参考資料として、いわゆるレッドブックや、インターネット上の中古車価格情報等が挙げられました。②については、実務上、廃車・登録等の法定手続手数料や、ディーラー報酬部分のうち相当額、自動車取得税などが買替諸費用として認められている一方、旧車にかかる自動車税や自賠責保険料については、還付制度があるため認められていないとのことです。
2 代車両
車両の修理や買替えのために車両が使用できない場合、①代車を使用し、②代車料を支出し、③当該代車を使用する必要性があるときは、現実に修理・買替えに要した期間のうち相当期間に限り、代車料を請求できるとのことです。
③については、被害車両が営業用車両の場合は原則として肯定される一方、自家用車の場合は当該車両の使用目的・状況、代替交通機関の使用可能性・相当性等の事情を主張しておく必要があるとのことでした。
なお、代車期間について、修理期間は概ね2週間程度、買替え期間は概ね1か月程度が一般的な目安とされているそうです。
3 休車損
被害車両が営業用車両であった場合、①事故車を使用する必要性があるが、②代車を容易に調達できず、かつ③遊休車が存在しない場合は、修理又は買替えに必要な期間中の営業損失(【計算式】〔事故車両の一日あたりの営業収入-経費〕×休車日数)を請求できる。ただし、前項の代車料が認められる場合は、休車損は発生しないことに留意が必要とのことです。認定資料には、事業損益明細書、事故発生後に被害者が作成した計算書・会計書類のほか、国交省自動車局が刊行している「自動車運送事業経営指標」を用いることもあり得るそうです。
②については、いわゆる"緑のナンバープレート"車両は、許認可との関係から、基本的に調達困難として認められているとのことです。③については、諸般の事情を総合考慮し、被害者が遊休車を活用して休車損の発生を回避し得たか否かが検討されることとなり、たとえば各営業所に予備車両を多く備える路線バス会社のケースでは、③が認められない可能性があるとのことでした。
4 評価損
事故当時の車両価格と、修理後の車両価格との差額をいい、以下(1)・(2)に区分されるとのことで、ご説明頂きました。評価損の算定方法につき、現在の裁判例は、車種、走行距離、初年度登録からの期間、損傷の部位・程度等を考慮の上、修理費用の一定割合とする方法を採用するものが多いとのことです。
(1) 技術上の評価損
車両の修理をしても完全な原状回復ができず、機能や外観に何等かの欠陥が存在することにより生じた評価損のことをいい、損害賠償の対象になり得ることについてはほぼ争いがないとのことでした。
(2) 取引上の評価損
車両の修理をして原状回復され、欠陥が残存していないときでも、中古車市場において価格が低下した場合の評価損のことをいいます。以前は争いがあったものの、現在の裁判例では、これを損害賠償の対象として肯定するものがほとんどであるとのことでした。
また、評価損の本質は被害車両の交換価値の低下、すなわち所有権に対する侵害と考えられているため、その請求権は原則として車両所有者に帰属するものと考えられるが、売主・買主間に評価損の帰属について合意があれば、買主にも評価損の請求が認められるそうです。そのため、代理人弁護士としては、早期に車検証等から所有権留保等の有無を確認し、依頼者に見通しを述べられるようにしておくとよい、とのことでした。
5 物損に関する慰謝料
被侵害利益が財産権である以上、物損を理由とする慰謝料請求は原則として認められないとのことです。
6 事例研究
タクシーとの衝突事故(過失割合に争いあり)により、自身の運転するリース車両に物損を被った依頼者から相談を受けた、という想定事案を基に、参加会員との間で議論が交わされた後、相談時から受任後の初動、交渉・訴訟に至るまで、代理人弁護士として留意すべき事項に関するご解説をいただきました。
本件で慎重に検討すべきポイントは3点あり、①過失割合の立証、②レンタカー代、③評価損、とのことです。
①については、ドライブレコーダーや防犯カメラ(Googleマップで現場付近に店舗がないかを確認しておくとよい、とのことです。)等が考えられるが、いずれも短期で自動削除されるおそれが高いため、特に前者については、依頼者に早急にSDカードを抜くよう指示すべきとのご指摘でした。
②については、過失割合に争いがある本件では、修理費・レンタカー代が手出しになる可能性がある(修理着工を踏みとどまるケースもある)ため、依頼者に十分に説明しておくべきとのことでした。
③については、上述(4項)のとおり、車両所有者をすみやかに確認すべきとのことでした。
第3 責任論
責任論においては、法的責任の所在について検討した上で、損害補填の実現可能性のある請求の相手方(保険金の支払を受け得る加害者、資力ある加害者)を検討する、とのことです。
以下のとおり、運行供用者責任(1項)、共同不法行為(2項)の順に、それぞれご説明いただきました。
1 運行供用者責任
(1) 自賠法3条(運行供用者責任)について
民法の不法行為責任が過失責任主義であるのに対し、自賠法の運行供用者責任は事実上の無過失責任であり、人損事故において適用されるとのことです。
(2) 運行供用者とは
(自賠法3条:「自己のために自動車を運行の用に供する者」)
- 判断基準
実務上、運行供用者とは、車の運行についての①運行支配と②運行利益が帰属するものとされている、とのご説明でした(二元説)。
①運行支配とは、社会通念上、自動車の運行に対し支配を及ぼすことのできる立場にあり、運行を支配制御すべき責任があると評価される場合をいい、②運行利益とは、客観的外形的に観察して利益が帰属する場合をいうそうです。 - 運行供用者の範囲
詳細にわたりご解説いただきました。概要をまとめると、下記表のとおりです。
記
原則肯定 | 原則否定 |
---|---|
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(3) 自賠法3条:「運行によって」損害が生じたこと
- 「運行」によって
「運行」については、自賠法2条2項に定義規定がありますが、同項の「当該装置」の解釈については、最高裁が固有装置説を採用しているとのご紹介がありました。 - 運行「によって」
実務では、運行と事故との間に相当因果関係が存することを要するとされている、とのことです。
本要件との関係で問題となる事例として、駐停車中の自動車における事故が挙げられました。駐停車中の自動車への追突事故や停車中のドアの開閉による事故については、肯定される場合が多いとのことです。他方、荷物の積み降ろしを原因とする事故においては、判断が分かれているとのことです。
(4) 自賠法3条:「他人」の生命または身体
「他人」とは、「自己のために自動車を運行の用に供する者及び当該自動車の運転者を除く、それ以外の者」をいうとのことです。
(5) 免責
運行供用者責任の免責規定について、自賠法3条ただし書のご説明を頂きました。
以上のとおり、運行供用者責任についてご解説いただきましたが、自賠法3条の適用が否定されるおそれのある場合には、不法行為責任からのアプローチを検討することも重要であるとのことでした。
共同不法行為(民法719条1項)
(1) 導入
共同不法行為を主張する意義は、個別的因果関係の立証責任が緩和されたり、加害者に連帯責任を負わせ得るという点にあるとのことでした。
以下、各種の問題点についてご説明いただきました。
(2) 純粋異時事故の問題点
- 同時事故・異時事故とは
同時事故は、各加害行為が同一場所で同時に行われた場合をいい、異時事故は、複数の事故の間に時間的経過が存在する場合をいいます。後者のうち、複数の事故が時間的場所的に近接して生じた場合を同時類似事故といい、それ以外の場合を純粋異時事故という、とのことです。 - 問題の所在
純粋異時事故においては、具体化した損害が、先行事故による損害か後行事故による損害か、区別がつかなくなるケースがある点で問題となります。 - 被害者の請求方法
裁判上は、寄与度に応じた分割責任が認定されていますが、被害者の代理人弁護士としては、損害全額が各加害行為と相当因果関係があると主張し、各加害者に連帯責任を求めることになるとのことでした。
(3) 医療過誤との競合
交通事故加害者に全損害の賠償を請求できるかという観点のもと、共同不法行為といえるか、単なる不法行為の競合か、検討すべきとのご説明でした。参照判例として、共同不法行為の成立を認めた最判平成13年3月13日をご紹介いただきました。ただし、当事案は交通事故・医療過誤が時間的に接着していた事案であり、一般化はできないとのことです。
(4) 共同不法行為と過失相殺
①絶対的過失相殺(各加害者の行為を一体的にとらえ、これと被害者の過失割合とを対比して過失相殺をする方法)、②相対的過失相殺(各加害者と被害者ごとに、その間の過失の割合に応じて、過失相殺をする方法)についてご説明いただいた後、各立場の判例についてご紹介いただきました(①:最判平成15年7月11日、②:最判平成13年3月13日)。
第4 おわりに
今回の研修では、物損・責任論という、広く、ややとっつきにくさを感じる分野がテーマでしたが、田部会員のご丁寧なレジュメ(豊富な資料と、約60に及ぶ脚注のフォローまで・・!)と解説で、基本的・体系的なポイントを余すところなくご教示いただきました。
全5回の連続研修がついに最終回を迎え、入門者として参加させていただいた身としては、なんともいえない寂しさと不安感を覚えていますが、手元には、基本書・辞書よりも豊かなレジュメと、ご登壇いただいた先生方の、豊富な実務経験をふまえた解説のメモ書が残っています。今後は、これをバイブルとして、しっかり復習しながら事件処理に臨めたらと思います。
賠償法研究会の先生方には、連続研修を通して、交通事故事案の扉を広く開けていただきました。大変有意義な時間とご縁をいただき、誠にありがとうございました。
外国人相談研修のご報告
月報記事
国際委員会 仁田畑 莉加(70期)
1 はじめに
令和元年7月22日、福岡県弁護士会館にて外国人相談研修が行われましたので、ご報告いたします。
第1部は、福岡出入国在留管理庁就労・永住審査部門の総括審査官、入国審査官をお招きし、入管手続についての基礎知識及び改正入管法の概要についてご解説いただきました。第2部前半は、国際委員会川上誠治先生より、外国人相談・入管相談において注意すべきポイントについて、後半は同委員会松井仁先生より退去強制手続と在留特別許可・行政訴訟についてご解説いただきました。
2 福岡出入国在留管理庁によるご講演
第1部では、入管手続の基礎知識として、外国人の入国(上陸)審査手続から在留手続・退去強制手続までの一連の手続をご説明いただき、「特定技能」に関する入管法改正についてご説明いただきました。
入管法改正で新設された在留資格「特定技能1号」は、特定産業分野に属する相当程度の知識又は経験を必要とする技能を要する業務に従事する外国人向けの在留資格で、「特定技能2号」は、特定産業分野に属する熟練した技能を要する業務に従事する外国人向けの在留資格です。特定産業分野は介護、ビルクリーニング等の14分野とされています。
特定技能1号は在留期間を通算5年とし、技能水準・日本語能力水準は試験等で確認されます。また受入機関等による支援の対象となり、受入機関は支援計画の作成、支援を行うことになります。これに対し、特定技能2号は、技能水準は試験等で確認し、日本語水準は試験等による確認が不要で、受入機関又は登録支援機関による支援の対象外となります。
外国人増加に伴い、外国人の受入環境の整備・支援の方向に進んでいるとのことでした。
3 川上誠治先生によるご講演
第2部前半では、入管業務に関して、①入国・上陸、②在留、③出国・退去強制・出国命令手続の各時点における具体的設例の解説をいただきました。さらに帰化手続業務に関する具体的設例を解説していただきました。
まず入国・在留手続に弁護士が関与するにあたり、弁護士会を経由して各地方入国管理局庁に事前届出をすることで、各種手続において、申請者本人の出頭を要することなく申請等を行うことができるとのことでした。届出手続、届出済証明書の発行までには1~2ヶ月を要するそうです。
在留期限が近づいており、在留期間の更新許可申請をせずに永住許可申請のみを行う場合、永住許可がなされなければ帰国しなければならなくなるため、永住許可手続と更新許可手続が独立の手続であることに注意して対応をしなければならないとのことでした。
外国人に対する政策や出入国管理庁の方針は、国際情勢等によっても変化する可能性があることに留意して活動をすることが大切だそうです。
4 松井仁先生によるご講演
松井先生からは、実際にご経験された2つの事例をご紹介いただき、詳細な対応方法についてご紹介いただきました。
1つ目の事例は、専従資格外活動をしたとして、退去強制事由該当性が問題となった事案での立証資料準備、退去強制手続の流れについてご説明いただきました。退去強制事由に該当する容疑がある場合、収容令書により収容され、仮放免許可を受けると在宅手続になりますが、仮放免中は就労はできず保証人等の扶助で生活し、原則として一月毎の更新手続のために入管に出頭する必要があるそうです。
2つ目の事案は、オーバーステイの外国人について、在留特別許可申請をし、その後行政訴訟、執行停止の申立、そして再審情願をされた事案をご紹介いただきました。退去強制事由に該当する場合であっても、在留特別許可手続があり、在留特別許可についてはガイドラインがあり、法務省サイトで事例集が毎年発表されているそうです。
5 おわりに
本研修で入管法を始め、様々な外国人の法律関係について広く学ぶことができる貴重な機会となりました。今後、実務に活かしてまいります。
民事介入暴力対策全国拡大協議会旭川の報告
月報記事
民事介入暴力対策委員会 甲谷 健幸(62期)
1 はじめに
本年7月19日、北海道の旭川市にて開催された、民事介入暴力対策全国拡大協議会旭川に参加してきましたので報告いたします。
協議会のテーマは、「給付行政等における反社会的勢力排除」と「暴力団排除条項の裁判規範性に関する諸問題」であり、昨今何かと話題となっている反社会的勢力の排除に重点が置かれた内容となっていました。
2 テーマ設定の背景
21世紀最初の民事介入暴力対策大会は、平成13年(2001年)5月に旭川で開催されています。この18年前に開催された大会において、旭川の民暴委員会は先進的に暴力団排除条項をテーマとされました。
暴力団排除条項については、平成19年6月19日の政府指針が、世間へと浸透していく契機となったのですが、その約6年前にはすでに旭川で開催された民事介入暴力対策大会において提言がされていたのです。
今回の拡大協議会では平成13年(2001年)5月に旭川で開催された民暴大会の経緯を踏まえ、契約関係の解除などの現実に問題となる場面が裁判の場に持ち込まれた場合に暴力団排除条項が裁判規範としてどの程度機能するのか、暴力団排除条項を遡及的に適用することに問題はないのかといった視点から「暴力団排除条項の裁判規範性に関する諸問題」のテーマが設定されました。
また、北海道では約2億4000万円もの生活保護費が不正受給されるという事件が発生し世間に大きな衝撃を与えたこともあり、生活保護費の不正受給に関する事例等を分析して諸論点を取りまとめ、特に、暴力団員という属性認定の判断要素はどのようなものなのかについて検討すべきとして「給付行政等における反社会的勢力排除」のテーマが設定されました。
3 協議会の内容
(1) 給付行政等における反社会的勢力排除について
- 生活保護制度を所掌する厚生労働省は、暴力団員は稼働能力の活用要件、資産・収入の活用要件を満たさないとして、生活保護の受給を基本的に認めないという通知を発出しています(以下「平成18年通知」といいます。)。そのため、暴力団員が生活保護の受給申請をするに当たっては、暴力団員ではない又は既に離脱した等の虚偽の事実を述べて申請することになり、これが発覚した場合には、詐欺事件として取り扱われることとなります。他方で、真実暴力団員ではない者や、暴力団を離脱し生活に困窮した者が生活保護の受給申請をする場面もあることから、生活保護の現場においては、不正受給を目論む暴力団員を排除しつつ、暴力団員ではない者や暴力団を離脱し生活に困窮している者に適切な保護費を支給する必要があり、暴力団員という属性認定が重要な課題となっています。
- このテーマについては、札幌、函館、釧路の各弁護士会の民暴委員が担当し、生活保護申請者が真実暴力団を離脱したかが争われた事例、離脱の真実性ではなく現役の暴力団員かどうかが争われた事例をそれぞれ検討の上、論点整理と暴力団員の属性認定の判断要素について整理がなされました。
暴力団員該当性の判断においては、①警察における暴力団員登録の有無、②当該人物の外部からの評価・認識、③当該人物の活動実態、④当該人物の交友関係、⑤当該人物の外形的特徴、⑥当該人物の生活状況を要素とし、①の要素については推認力が強く、その余の要素については事実関係によって推認力の軽重は生じるものの、概ね、この6要素によって、暴力団員該当性の判断されるのではないかとの報告がされました。 - 協議会ではさらに進んで、仮に、誤情報により生活保護申請を却下し、後に国家賠償請求がされた場合には、どのような判断がされるのかという点の検討もされました。
国家賠償請求においては、職務行為基準説により違法性が判断されることは周知のことですが、警察の依頼に基づく口座凍結について銀行の不法行為責任が争われた事例において、銀行の不法行為責任を否定した裁判例とパラレルに考察することができるのではないかという視点で報告がされました。
(2) 暴力団排除条項の裁判規範性に関する諸問題について
- 平成3年5月に暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律が制定され、その後、同19年6月の「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」の公表によって、企業に反社会的勢力との一切の関係遮断が求められ、さらには同年23年10月までに全国の都道府県に暴力団排除条例が施行されるに至ったこと等を契機に暴力団排除条項の導入が広がりました。もっとも、暴力団排除条項を具体的に適用する場面、特に契約関係の解除の場面において、どこまでの効力が認められるかについてなお具体的検討が必要な重要な課題となっています。
- このテーマについては、旭川弁護士会の民暴委員が担当し、法人内部における暴力団等反社会的勢力の排除、金融取引における暴力団等反社会的勢力の排除、不動産取引における暴力団等反社会的勢力の排除について、それぞれ暴力団排除条項の裁判規範性の視点から検討がなされました。
加えて、ゴルフ場からの暴力団等反社会的勢力の排除と保険契約における暴力団等反社会的勢力の排除(重大事由解除)についても検討がなされました。ゴルフ場からの暴力団等反社会的勢力の排除と保険契約における暴力団等反社会的勢力の排除(重大事由解除)については、実務経験豊富なパネリストとのパネルディスカッションの形式で行われました。 - 法人内部からの暴排については定款や就業規則に暴力団排除条項を加えた場合の効力、金融取引からの暴排については改正民法下で定型約款に暴力団排除条項を加えた場合の効力、不動産取引からの暴排については不動産流通4団体作成のモデル条項例や国土交通省作成のマンション標準管理規約の暴力団排除条項の効力が、それぞれ報告されました。
- ゴルフ場からの暴力団等反社会的勢力の排除については、具体的な事例の寸劇が披露され、特に暴力団排除条項を導入する前から当該ゴルフ場の会員になっていた暴力団員(既存会員)を排除できるかについて検討がされました。これについては、そもそも暴力団排除条項の導入が既存会員に及ぶかについて難しい論点があり、最高裁判所平成12年10月20日判決(判例タイムズ1046号89ページ)、最高裁判所昭和61年9月11日判決(判例タイムズ623号74ページ)、東京地方裁判所平成22年7月30日判決(ウエストロー・ジャパン2010WLJPCA07308002)、東京地方裁判所平成22年11月4日判決(ウエストロー・ジャパン2010WLJPCA11048002)などの裁判例の検討、さらに暴力団排除条項の導入に加えて、受付において表明保証や誓約等を求めることにより暴力団等反社会的勢力の排除の実効性がより高まるという整理がされました。
- 保険契約における暴力団等反社会的勢力の排除(重大事由解除)については、暴力団員と判明した時点と解除行使の時点、保険金支払いの有無などの内容により場面を分け、具体的な検討がされました。これについては、解除すべきか否か、どの時点で暴力団員であることが必要か、支払った保険金や弁特保険金の返還請求ができるかなどの検討がされました。
4 最後に
今回の拡大協議会は、反社会的勢力の排除について基本的なところを押さえつつ、現時点における到達点が報告され、資料もよくまとまっており非常に有益なものでした。
反社会的勢力の排除は近時でも某芸能事務所で問題になったように実際には様々な論点の絡み合う解決困難なテーマです。反社会的勢力なのか否かの判定や、反社会的勢力の排除が、これを逆手に取った「ゆすり」や「たかり」などの材料にされないような配慮も必要です。
反社会的勢力の排除を少しでも容易にし、かつ、仮に反社会的勢力であることが発覚した場合にも適切な対応をするための道具として反社会的勢力排除条項が生み出され、今日まで様々な場面で活用されてきました。今回参加して、同条項の適用には、なお検討の余地もあることや、(折しも某芸能事務所で問題となっている)反社会的勢力とのかかわりが発覚した場合の適切な対応とは何なのかについて、深く考えさせられました。
反社会的勢力排除の問題はこれから先もまだまだ議論の発展がなされるものと思われます。議論に遅れることなくアップツーデートで対応できるよう今後も研鑽を続けていきたいと思います。
最後に、令和元年11月15日に第89回民事介入暴力対策大会が、大分市で開催されます。この大会のテーマは「暴力団の資金に対する課税について」となっています。暴力団の資金を根絶することは、暴力団被害の根絶の最たる方法と考えられます。暴力団資金への課税の場面に弁護士として関与することはなかなかないことではありますが、暴力団への金銭請求に弁護士が関与することはあり得るところです。かかる場面における一助となり得るテーマと思いますのでふるってご参加ください。
旭川会場
旭川垂れ幕