福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2019年5月号 月報

『ジュニアロースクール2019春 in福岡』開催報告

月報記事

法教育委員会 委員 田上 雅之(69期)

1 はじめに

年度が変わる直前の平成31年3月26日午後1時から午後4時まで、新会館2階大ホールにおいて、『ジュニアロースクール2019春in福岡』が行われました。例年当委員会で開催しているジュニアロースクールと比べ、かつてないほどの参加者が集う大盛況ぶりだったようです。

今年は、中・高生の参加者を15チームに分けて、それぞれ「被告人が有罪であるのか、それとも無罪であるのか」を証拠に基づき考えてもらうという刑事模擬裁判を行いました。

この度、鹿児島県弁護士会から登録換えをして間もない私でありますが、移籍後初の会務活動としてお手伝いをした平成最後のジュニアロースクールにつき、鹿児島の実情も交えつつ、以下ご報告させていただきます。

2 イベントについて
(1) 開催規模

例年開催しているジュニアロースクールの参加者は、中・高生合わせて30名程度のようです。

今回のイベントには、145名(中学生27名・高校生118名)もの参加者が集まりました。

この度の参加者増については、例年よりもイベント告知を早めたことから、より多くの中・高生にイベントの周知ができたことによるものであり、これに移転間もない新会館での開催であったことなどが後押ししたのではないかと考えられています。

(2) 事案の概要と進行

今回は、『家政婦は見た!・・・のかもしれない事件裁判』と題して、妻を毒殺したとして殺人に問われた被告人が、毒薬ではなくビタミン剤をコップに入れたに過ぎない、毒薬はその後に妻が自分で飲んだと主張する事案につき、中・高生に考えてもらいました。

当日は、当委員会の所属会員が公判手続の寸劇を披露しました。

配役は、被告人役(横山先生)・証人役(家政婦:佐渡先生、研究所職員:八木先生)・法曹役(裁判長:吉田(俊)先生、弁護人:柳先生、検察官:吉村先生)であり、それぞれ熱演を繰り広げました。

とりわけ、佐渡先生の家政婦(某テレビドラマの某登場人物を彷彿とさせる特徴の設定)や八木先生の研究所職員(被告人の実家で35年間家政婦を務めており、被告人に大変愛着があるように窺える設定)の役作りが素晴らしく、各グループに付いた所属会員のみならず、参加者もかなり爆笑し、釘付けになっていました。

参加者には、現場に遺留された物の状態を手がかりに、被告人がコップに何かを入れる様子を目撃していた家政婦や、事件前後の被告人や妻の様子を見聞きしていた研究所職員の供述を踏まえ、15に分けたグループ内で、ほぼ初対面の参加者同士で議論してもらい、家政婦に対する補充尋問・被告人に対する補充質問を考えてもらいました。

そして、証拠調べの後、有罪・無罪を理由と共に検討してもらいました。

(3) 「被告人・・・」

最後に、15のグループの代表者から、それぞれ判決主文と理由を発表してもらいました。

結論は、有罪0、無罪15となり、全てのグループが無罪としました。

各チームは、被告人がビタミン剤を入れたに過ぎず、その後に妻が自分で毒薬を飲んだ可能性を排斥できないということについて相応な理由を示していました。判決についての評議時間が約25分程度と限られていた中で、参加者一人一人が「ああでもない、こうでもない」と真剣に悩み、結論を導いていた点に感心しました。

(4) 他会では・・・

同じ九弁連管内である鹿児島では、当会と異なり、例年8月のお盆休み前に、三庁共催で小・中学生を対象に刑事模擬裁判を実施しております。定員29名に対して40名程度の応募があるといった状況です。

鹿児島のイベントは、地裁の裁判員裁判用法廷を会場として行っており、参加者を法曹三者にそれぞれ配役し、法曹三者からサポートを受けつつ公判手続をロールプレイングで実践し、尋問内容・論告弁論・判決を実際に考えてもらうというものになっています。

3 参加者の様子から
(1) 「・・・についてどう思う?」

参加者には、イベント直前に起訴状と当日取り調べられる証拠書類の抜粋が配布され、「その場で見聞きして考える」を実践してもらいました。

各裁判体に所属会員がサポート弁護士として付きながらも、議論そのものは参加者に進めてもらうなどしました。

サポート弁護士が直前の寸劇の内容を改めて説明するなどして議論のポイントをそれとなく示すと、さすがは中高生です。特に誘導しなくとも、「証拠の○○についてはどう思う?」など想定している議論に次々と進んでいきました。

特に、高校生が学校の授業で学んだ「疑わしきは被告人の利益に」を意識しながら議論をリードし、証拠の評価を行っていたのがとても印象的でありました。

(2) あらゆる方向から証拠を検討する姿勢

今回のイベントの事案は、目撃者証人の当時の視認状況と内容が重要なポイントの一つになっていました。

座って議論していた参加者が、各裁判体に証拠物のコップが回ってくるとおもむろに立ち上がり、あらゆる方向からコップの見え方を確認するなどしていました。

あらゆる角度から証拠を吟味する重要性を改めて感じた次第です。

(3) 説得的に意見を述べる姿勢

グループの代表者に判決理由を発表してもらいましたが、家政婦の目撃供述について推認力の限界や、犯行に用いたとされるコップから被告人の指紋が出ていながら、薬包紙から被告人の指紋が出ていない不自然さを法曹さながらに説得的に言及する発表者もおり、大変圧倒されました。

4 本年度のジュニアロースクールに向けて
(1) アンケート結果から

イベント後に参加者アンケートを実施したところ、9割近くの参加者が「おもしろかった」と回答してくれているものの、7割近くの参加者が「難しかった」と回答しております。

これは、ほとんど初対面の参加者同士で議論し、参加者がよく考え悩みながらも結論を出すという体験を通じて、今回のイベントを充実したイベントであると感じてくれたという証であり、イベントの目的を存分に味わってくれたということになるでしょう。

(2) 題材はどうか

今回のイベントのアンケート結果では「有罪を決定づける証拠がない」とする回答が複数寄せられておりました。

今回の事案では、台所で被告人が何らかの粉末を入れていることが認定できる状況で(家政婦供述と被告人供述とは、被告人が台所で粉末を入れているという限度で符合しております。)、家政婦供述に基づき「台所で毒薬を入れた」という検察官の主張と、「ビタミン剤を入れた」という被告人の主張とが対立しているところ、妻の寝室で毒薬の成分が付着した薬包紙が落ちていたという事実が証拠により認定できるということになっていました。

参加者のグループ代表者の発表でも問題意識が表れていたように、仮に検察官の主張のとおり、被告人が台所で毒薬を入れたのであれば、その際用いた薬包紙を台所で処分するのが自然であると思われます。寝室で毒薬の成分が付着した薬包紙が落ちていたという状況自体、妻が寝室で自ら服毒したという被告人の主張を強く裏付けており、この点、特段検察官の反論を支える事実や証拠の手当てがなされていませんでした。

なお、鹿児島のイベントでは、毎年三庁から事案を持ち寄ってシナリオを決定していますが(無罪の昨年は検察庁が準備したものが、有罪の一昨年は弁護士会が準備したものが、それぞれ採用されています。)、シナリオとしては有罪・無罪がきわどいものとなっております。

(3) まとめ

当会の法教育委員会では、広く市民の方々に開かれた法教育の提供を目指しており、刑事模擬裁判に限らず、様々な方法で法や司法制度の背景にある価値観を発信し、とりわけ将来の担い手となる中・高生を対象として、「自分で、よく考え、物事の判断をすること」の重要性の"気づき"となる取り組みを続けています。

次回以降のジュニアロースクールのイベント実施にあたっては、結論の方向性への匙加減(証拠のちりばめ方)もよく議論することで、一つでも多くの"気づき"を提供でき、よりよいイベントとして好評を博するのではないかと考えています。

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