福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2018年12月号 月報

第61回人権擁護大会シンポジウム「組織犯罪からの被害回復」~特殊詐欺事犯の違法収益を被害者の手に~のご報告

月報記事

民事介入暴力対策委員会副委員長 天久 泰(59期)

はじめに

日弁連民事介入暴力対策委員会が中心となって、第61回人権擁護大会(10月4、5日。青森市)において、特殊詐欺事犯に関する被害の防止、回復等を目指す大会決議について承認を得ることができました。本稿では、大会前日のシンポジウム(4部構成)の内容を中心にご報告します。なお、このシンポジウムに先立ち、本年7月28日には、北九州市において、「特殊詐欺事案の被害回復の現状とその課題」をテーマに、日本弁護士連合会及び九州弁護士会連合会と共催のもとプレシンポジウムが開催されています。

1 第1部「特殊詐欺被害の実態」

「特殊詐欺」とは、面識のない不特定の者に対し、電話その他の通信手段を用いて、預貯金口座への振込みその他の方法により現金等を騙し取る詐欺をいい、オレオレ詐欺、架空請求詐欺に代表される振り込め詐欺、振り込め詐欺以外の特殊詐欺(金融商品等取引名目の特殊詐欺等)を総称したものです。2017年の「特殊詐欺」の認知件数は、1万8212件、被害総額は約394.7億円に上り、一向に減少の兆しが見えません。

第1部では、特殊詐欺被害者の被害実態に詳しい辰野文理教授(国士舘大学法学部)による基調講演を含む、パネルディスカッションが行われました。

その中では、特殊詐欺の手口も電子マネー型、収納代行利用型の手口が急速に増えつつあり、特殊詐欺を敢行する犯罪組織が、民間企業が社会に提供するサービスやツールを利用して、その利益の最大化を図っていることが報告されました。近年では、暴力団の特殊詐欺への関与が深まっている実態があり、2017年における検挙被疑者に占める暴力団構成員等の割合は約25.2%となっています。

実際に被害を受けた被害者のインタビュー映像も流されました。老後の資金として貯めた多額の現金を詐取された事例では、資金を失った喪失感とともに、加害者の言葉を信用した自らの落ち度を責め、心身に失調を来たしたり、自殺を図ることを考えたりする事態に追い込まれていることも報告されました(特殊詐欺件数1万3196件のうち、65才以上の割合は72.5%)。このような被害実態からは、他人に被害を打ち明けられず、一人で抱え込む傾向にあること、被害者の主体的な申告を期待するのではなく、事前予防こそが重要であるという意見が示されました。

2 第2部「特殊詐欺に対する行政・民間企業の各種取組」

被害者対策、通信手段対策について、行政・民間企業の取り組みに関する報告がありました。

通信手段については、IP電話の転送機能や転送電話サービスを悪用するなど、犯罪組織の手口は更に進化しており、必要十分な対策が講じられているとは言い難いようです。

その他、民間企業が提供するサービスやツールを犯罪組織に入手・利用させないことによって特殊詐欺による被害を未然に防止するよう自主的な取組の推進や、民間企業同士で特殊詐欺の手口や、これに対する有効な対応策及び取組事例について情報共有する仕組みなどの紹介がありました。

3 第3部「特殊詐欺に対する捜査と裁判の現状」

特殊詐欺に対する捜査と裁判の現状についてパネルディスカッションがありました。

具体的には、警察庁は、2015年1月29日、重点的に取り組むべき事項等、特殊詐欺対策の推進について指示した「当面の特殊詐欺対策の推進について」を発信する等、特殊詐欺の取締りを強化しています。その結果、2017年においては検挙件数4644件(2011年以降で最多。)、検挙人員2448人(過去最多だった2015年とほぼ同等の水準。)という成果を挙げています。

また、最高裁第三小法廷平成29年12月11日決定は、「だまされたふり作戦」の開始後に共謀に加功した「受け子」について、加功前の欺罔行為の点も含めて詐欺未遂罪の共同正犯としての責を負うとの判断をしたことなど、裁判実務においても積極的な判断がなされる傾向にあることが紹介されました。

もっとも、特殊詐欺を敢行する犯罪組織の首謀者らは、犯罪組織の実態を巧みに隠蔽しているため、末端の受け子や出し子に対して有罪判決が下されても、首謀者の検挙にまで至る例は少なく、特殊詐欺の犯罪組織の解明や被害回復には程遠い状態にあるとの指摘もありました。

4 第4部「特殊詐欺等の組織犯罪に係る被害回復」

被害回復手段について、スイス視察の結果報告が注目すべき点でした。

スイスでは、詐欺被害者に附帯私訴を申し立てる権利があること、犯罪被害者が、犯罪者、保険会社等の第三者からの補償を受けられない場合、犯罪者が支払った罰金、没収物等を被害者に給付することができること、有罪判決によらない没収手続があること、有罪判決によらない没収手続のうち、訴訟手続による没収は、検察官又は裁判官が凍結し、刑事責任を問えない限定的な場合に判決により没収すること、犯罪組織が処分権を有する全ての資産は没収できること、捜査手法として郵便・電気通信の監視、技術監視装置、観測、銀行取引の監視、司法取引、潜入捜査が可能であることの紹介がありました。

また、刑法にマネーロンダリング罪及び没収の規定があること、マネーロンダリング対策のための法(AMLA)では、「疑わしき取引の報告」が定められ、同法10条に「財産の凍結」が定められていることが重要であり、日本でも導入が検討されるべきであると指摘されました。

5 さいごに

シンポジウムの翌日の大会では、前日までのシンポジウム及び基調報告書の内容に基づき、大要以下のような内容の決議案が採択されました。

  1. 特殊詐欺による被害を未然に防止するため、各企業は各種防止措置を講じ、各業界団体は取組事例を周知共有して、業界レベルでの防止措置を推進するとともに、国及び地方自治体は特殊詐欺対策としての取組を強化すること。
  2. 国及び地方自治体は、十分な予算及び人員を投入し、特殊詐欺に係る捜査態勢を拡充すること。
  3. 国は、刑事訴訟手続を利用した実効性を有する犯罪被害回復制度を採用している諸外国の例も参考にしつつ、実効性のある被害回復制度を構築すること。
  4. 国は、金融機関による自主的取組として実施されている預金口座等の凍結を支援し、更に推進・拡充するため、実効的に被害の回復を行うことができる法制度の導入を検討すること。
  5. 国は、海外に移転された犯罪収益につき海外当局による没収を通じた被害回復のための国際的連携を強化すること。
  6. 国は、以上の取組を推進するため、犯罪対策閣僚会議において、特殊詐欺に係る対策の基本計画を策定し、関係各政府機関へその対応を指示することにより、官民一体の特殊詐欺対策を推進すること。

以上のような決議を前提に、民事介入暴力対策委員会のみならず、全ての弁護士が特殊詐欺の被害は甚大な人権侵害であるとの認識を持ち、積極的に被害回復と被害の事前予防に向けた各種方策の提言等、必要な活動を行うべきであると考えます。

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