福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)
2018年5月号 月報
シンポジウム「依存症と自殺予防~私たちにできることは?~」のご報告
月報記事
自死問題対策委員会 日髙こむぎ(70期)
2018年3月24日(土)午後2時から、TKPガーデンシティにおいて、福岡県弁護士会主催「依存症と自殺予防~私たちにできることは?」が開催されましたので、その内容をご報告します。
当日は、晴天に恵まれた花見日和の土曜日の午後にもかかわらず、依存当事者、支援者、医療関係者、行政職員、法曹関係者、一般市民の方など、約50名の参加があり、依存症と自殺予防についての関心が高いことがうかがえました。
基調講演では、独立行政法人国立病院機構肥前精神医療センター院長の杠(ゆずりは)岳文氏に、「アルコール依存症と自殺予防」というタイトルで、わが国における自殺の実態、アルコール問題の現状、多量飲酒と急死・うつ・自殺の関連性、アルコール依存症患者・多量飲酒者対策等についてお話しいただきました。
杠氏によると、約109万人のアルコール依存症患者のうち、約4万人しかアルコール依存症として治療を受けておらず、また、アルコール依存症まで至らない問題群への対策(2次予防)が全くなされていないという実態があるそうです。
飲酒関連死は、アルコール健康障害の最たるものですが、アルコール使用障害の様々な段階に見られ、依存症でなくとも、3分の1程度がアルコール依存症の前の段階で亡くなっています。さらに、急死者全体の12%が飲酒関連死であることが判明しています。
多量飲酒とうつ・自殺との関係では、アルコール依存症は精神疾患と相互に合併しやすく、アルコール依存症患者の精神疾患合併率は、男性5倍・女性20倍になるとの報告があります。また、国民1人あたりの飲酒量が多い国は、自殺率も高く、日本国内の研究でも、アルコール消費量の多い都道府県は自殺率も高くなることが分かっています。
このように、アルコール問題の現状として、アルコール依存症でなくても、飲酒期間が長期に亘り、飲酒量が増化する程、自殺リスクは高くなります。また、杠氏は、自殺例における血中アルコール検出率が約50%と、死亡時に飲酒率が高いことを紹介され、飲酒により恐怖感や、思考の健康的な展開がなくなることが原因で、自殺に繋がるのではないかと考察されていました。
そこで、現状を踏まえ、杠氏は、依存症と多量飲酒者対策として、減酒支援を提言されています。これは、(1)断酒ではなく、飲酒量の減量を目標とし、(2)依存症の専門家ではなく、ヘルスケアの従事者(看護師、管理栄養士等)によってカウンセリングを行い、(3)依存症ではない患者を対象とするものです。減酒支援により、飲酒量を約3分の2程度に減少させることができ、早期介入を行うことで、飲酒関連死の減少に繋がると紹介されました。
基調講演の後は、当会自死問題対策委員会の星野会員から、当会が運営している自死遺族法律相談制度、自死問題支援者法律相談の概要とこれまでの実績、いくつかの相談事例の紹介を行いました。
休憩を挟み、パネルディスカッションを行いました。当会自死問題対策委員会委員長の松井仁会員の進行のもとで、杠氏に加え、3名の有識者の参加を得て、依存症と自殺予防について議論しました。
まず、福岡市精神保健福祉センター所長の本田洋子氏から、センターにおける依存症支援についてプレゼンをしていただきました。
薬物依存当事者は、依存症が病気であるという問題に気づくことができないか、認めることができない人が多く、これは、依存症の「否認」という症状であるとの説明がありました。否認から脱し回復するためには、(1)医療機関等でのプログラムの受講、(2)自助グループやリハビリ施設への入所という手段があることを教えていただきました。センターでは、薬物依存当事者を対象に、SMARPP(認知行動療法プログラム)などを参考に作成した、センター独自のプログラムを提供されています。また、本人に回復を促すためには周囲の協力が必要であるところ、家族や支援者も限界な状態にあることが多いことから、CRAFT(コミュニティ強化法と家族トレーニング)などを参考に「福岡Drawプログラム」という独自のプログラムを提供し、家族に対する専門支援も行われているそうです。
次に、ジャパンマック福岡施設長の岡田昌之氏からは、ご自身のアルコール依存症からの回復の経験を中心に、施設における支援を紹介していただきました。マックでは、12ステッププログラムというプログラムを用い、アルコール依存症、薬物依存症だけでなく、ギャンブル依存症、買物依存症、ゲーム・ネット依存症、性依存症、クレプトマニア(窃盗症)等の様々な依存症支援に取り組まれています。
さらに、NPO法人九州DARC代表の大江昌夫氏からは、ダルクにおける支援について具体的にお話いただきました。
ダルクでは、共同生活を送る中で、既に回復過程にある仲間が、新加入の仲間の回復を援助しているそうです。依存症が病気であることの理解を促し、否認から脱するため、本人にとって最良の支援は何かを考え支援されています。
また、最初にダルクに繋がるのは、困っている家族が多いため、家族支援も行っており、本人との関わり方をアドバイスしているとのことでした。
その後の議論では、まず、目前に依存当事者がいるとして、どの機関に繋げればよいか?という点につき、杠氏及び本田氏から、離脱症状が激しい人や併存している精神疾患がある人は治療のために医療機関、そのような症状が出ていない人は自助グループにつなぐのが良いとの回答を頂きました。
また、依存症の否認の症状について、家族が治療プログラムに参加させたいと考えても、本人が参加を拒否している場合に、家族や支援者はどのように治療を受けさせたらよいか?という会場からの質問がありました。
杠氏からは、CRAFT等により、家族や支援者が、本人の自尊心を傷つけること無く本人とコミュニケーションを行う技術を会得することが重要との指摘がありました。また、岡田氏からは、否認している人はまず本人のやり方でやってもらい、止められなかったら治療に向き合いましょうと誘導するという工夫を紹介していただきました。
この質問に関連し、否認はどのように解消できるのか?という会場からの質問については、大江氏にご自身の経験を踏まえ、依存当事者の心理について詳しく話していただきました。また、自助グループで行われているミーティングは、否認を脱するために重要な手段であり、継続していくことに意義があるため、良くなりたいとの思いがあれば、是非継続して参加してほしいとのことでした。
自助グループに参加しつつも、途中でスリップ(薬物の再使用)してしまった場合のフォローについて、岡田氏・大江氏ともに、本人が希望すれば支援は継続して行っているそうです。
また、杠氏から、本人の依存症からの回復に伴い、それまでは見えていなかった現実に直面し、ストレスからうつ病になってしまう人もいるため、本人の素振りに注意する必要があるとの指摘がありました。さらに、「死にたい」と述べた人に対しての対応の注意点としては、本田氏から、まずは本人のいつもとは異なる様子に気づくこと、本人の話を否定せずに傾聴すること、家族や支援だけで抱え込まず、医療機関や自助グループに繋げること、繋げた後は見守ることが重要であると教えていただきました。
会場からもこの他に多くの質問が寄せられましたが、残念ながら時間切れとなり、全てを議論することはできませんでした。
弁護士として活動する上で、依存症当事者に出会うことは少なくなく、依存当事者は身体的・精神的にどのような状態にあるのか、どうすれば回復に繋がるのか、悩まれる会員の先生も多いと思います。今回のシンポジウムでは、支援者、当事者経験者の双方の話を聞くことにより、依存症についての理解が深まるとても良い機会となりました。
シンポジウムに参加された聴衆の皆さんも、依存当事者、家族、支援者の方に関わる上での様々なヒントを得られたようで、出口で回収したアンケートでも、参加して良かったとの声が多数寄せられました。