福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2018年2月号 月報

筑後地区ジュニアロースクール2017 −アリとキリギリスを題材とした主権者教育−

月報記事

日弁連市民のための法教育委員会委員
県弁法教育委員会委員・筑後部会法教育委員会委員
廣津 洋吉(60期)

1 はじめに

平成29年12月2日、筑後弁護士会館において、福岡県弁護士会主催、九州弁護士会連合会共催、福岡県教育委員会・久留米市教育委員会後援の下、筑後地区ジュニアロースクール2017が開催されました。参加者は7名(高1女子1名、中3男子1名、中2男子1名、中1男子1名、中1女子3名)と若干少なめではありましたが、以下のとおり充実した討論と発表が行われました。

開講の冒頭において、参加者の緊張をほぐしてもらい、また法曹への興味や理解を深めてもらうべく、法曹三者のバッチに関するクイズが出されました。テレビドラマなどの影響もあり、やはり弁護士バッチの認知度は高いものがありました。それぞれのバッチに込められた意味の説明にも興味をもって聞いてもらうことができました。

2 今回のテーマはアリとキリギリスを題材とした主権者教育

今回のジュニアロースクールにおいては、アリとキリギリスを題材として、団体での食料の分け方を巡る、ものの考え方・決め方(民主主義の仕組み、少数者への配慮)について学んでもらう主権者教育を実施しました。

筑後部会においては、例年、刑事模擬裁判をテーマとしてきましたが、18歳選挙権の実施により主権者教育が盛り上がっていること、高等学校における新しい学習指導要領において「公共」が必須科目となり、その中で、自立した主体として国家・社会の形成に参画し、他者と協働することが求められているなど主権者教育が重視されていることなどから、趣向を変え、主権者教育に取り組むことにしました。

今回の題材であるアリとキリギリスのあらすじは、「ある冬の日、アリの群れに空腹のキリギリスが食料を恵んで欲しいとやってきた。キリギリスをかわいそうに思った女王アリが食料を分け与えることを他のアリたちに命じたところ、他のアリたち(働きアリ2匹、兵隊アリ1匹、老人のアリ1匹、病気のアリ1匹)から反発が出た。」というもので、女王アリが食料全てをキリギリスに与えることを一人で決めることの是非(テーマ1)、アリたちで食料の分け方を決める場合の適当な決め方(テーマ2)、多数決で決める場合のあるべき参加者(テーマ3)、病気のアリに分ける食料を少なくすることが多数決で決まった場合の問題点(テーマ4)、多数決で決めて欲しくないもの(テーマ5)について、福井弁護士会法教育委員会作成の寸劇DVDを鑑賞の上、討論と発表を行ってもらいました。

3 充実した討論と発表

まず、テーマ1の、「女王アリが食料全てをキリギリスに与えることを一人で決めることの是非」については、独裁制と民主制の違い、すなわち、集団で物事を決める際にはメンバー全員の利益を確保するため、一部の者が独断で決めるのではなく、全員で決める必要があることについて考えてもらうものでしたが、参加者からは、「女王アリとしてはキリギリスを助けるために良いことをしているので問題ない」という結果を重視する意見や、「働きアリの立場に立つと理不尽」という食料確保者の立場に立った納得し得る意見、「食料はアリみんなのものだから女王アリが一人で決めるのは問題」というみんなのことはみんなで決めるべきという民主主義の発想に基づいた意見、「女王アリが決めるのではなく話し合いの場を設けるべき」という話し合いを重視する意見などが出ました。テーマ1の最後に、筑後部会法教育委員会委員長である吉田星一先生より、前記趣旨説明の他、女王アリが選挙で選ばれたのか、血筋で選ばれたのかによっても考え方が変わり得るなどの講評がなされました。

次に、テーマ2の、「アリたちで決める場合の適当な決め方」については、じゃんけん、話し合い、全員一致、多数決など様々な決め方があること、そのメリットデメリット、全員一致とならない場合の次善の策として多数決があることについて考えてもらうものでしたが、参加者からは、「食料を集めることができる力の強い者が決めるべき」「年寄りは経験豊富だから年寄りが決めるべき」などの意見が出た他、「働きアリ、老人のアリ、病気のアリなどの利益代表を出して多数決を採るべき」などの高度な意見も出ました。テーマ2の講評では、利益代表という考え方は政党の考えにつながるとの説明などがなされました。

また、テーマ3の、「多数決で決める場合のあるべき参加者」については、女王アリ、働きアリ、兵隊アリ、老人のアリ、病気のアリの中で多数決に参加すべき者を全て挙げさせ、その理由を問うものでした。参加者からは、「食料を取ってきた働きアリと兵隊アリが多数決に参加すべき」という意見が出たのに対して、「老人のアリも若い時は働いていたのだし、病気のアリも元気な時は働いていたのだから、老人のアリと病気のアリも多数決に参加すべき」という意見も出ました。また、「食料は全員で食べるのだから全員参加すべき」という意見も出ました。このテーマは、主権者、有権者の範囲や普通選挙・制限選挙について考えてもらうものであり、きちんと整理しようとすると難しいところもありますが、参加者は前述のとおり、当年の食料確保の功績を重視したり、食料確保は当年に限らず過去、未来においてもなされることを重視したり、食料の分け方は全員の問題であることを重視したりするなどして、様々な意見を理由とともに発表してくれました。テーマ3の講評では、女王アリが多数決に参加すべきか否かに関して、天皇には選挙権がないが総理大臣には選挙権があるということが紹介され、多数決に参加すべき者を考えるにあたって、参加者にとっての新たな視点が提示されました。

また、テーマ4の、「病気のアリに分ける食料を少なくすることが多数決で決まった場合の問題点」については、多数決により切り捨てられる少数者の保護、多数決にも限界があり個人の自由を優先させるべきことがあることについて考えてもらうものでした。参加者からは「多数決をするにしてもみんなの意見をきちんと聞いた上でするべき」、「多数決では少数意見が通らないので多数決で決められないこともあるはず」、「病気のアリが少ない食料しか分けてもらえていないのは平等ではないので問題だ」という意見が出るなど、多数決の問題点について人権・平等の観点から深く考えてもらうことができました。

また、テーマ5の、「多数決で決めて欲しくないもの」については、多数決でも侵害することができない人権について考えてもらうものでした。参加者からは「自分の住むところ」「自分の仕事」「自分のライフスタイル」「自分の髪型」「病気の人の扱い方、待遇」などの意見が出ました。「病気の人の扱い方、待遇」という意見は、テーマ4の少数者の保護を意識したものとなっていました。テーマ5の講評において、憲法には多数決のやり方(憲法56条等)や、多数決では奪ってはいけない人権について書かれていること、「自分の住むところ」、「自分の仕事」については憲法22条、「自分のライフスタイル」、「自分の髪型」については憲法13条に規定があることなどの説明がありました。

4 アンケート結果

アンケート結果においては、すべての参加者が「おもしろかった」と回答するなど高評価を得ました。また、難易度については「難しかった」「やや難しかった」とする者が多く、多数決や人権というテーマが刑事模擬裁判などと比べるとなじみが薄いことが影響したものと思われました。ただそれでも、「多数決についていろいろ考えさせられた」「多数決で決めていいこととダメなことがあることが分かった」など今回のテーマを評価する感想が多数寄せられており、主権者教育についての有意義なイベントとなったのではないかと思われます。

5 最後に

今後の課題として、参加者増加とそのための広報、テーマ選定(主権者教育か刑事模擬裁判かその他か)、寸劇実演などがありますが、次回も有意義なジュニアロースクールとすべく委員会での検討を進めていきたいと思います。また、本年10月に久留米で開催される九弁連大会のシンポジウムのテーマが主権者教育ですので、今回のジュニアロースクールの成果を当該シンポジウムに活かし、より充実したシンポジウムにしていけたらと思っています。今後ともよろしくお願いいたします。

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